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第三十九章 【窓が開く】

 酷使した馬をよくよく労り、アシェルは今度は自らの足で走った。

 荒くなった呼吸も、乱れた髪も、整える時間すら惜しい。


 通されたリヴィアの私室で、彼女は、窓の方を見ていた。

 それを開ける理由がまだ言葉にならない、とでも言うように、動く気配はない。


 ──私が触れるべきは、扉ではなかったのだ。


 アシェルは、そのことに初めて理解した。


「……寒いな」


 それは、独り言だったのかもしれない。

 あるいは、誰に向けたものでもなかったのか。


 背後で、彼女の気配が動いた。


 扉の音ではない。

 足音でもない。


 次の瞬間、窓が、静かに開いた。

 冷たい空気が、室内へと流れ込む。

 雪の匂い。

 冬の、金属めいたような匂い。


 リヴィアは、驚かなかった。

 ただ、胸の奥で、何かが確かに──動いた。


「……閉めないで」


 声は小さく、けれど確かに、言葉だった。

 アシェルは、応えなかった。

 ただ窓のそばに立ち、外と内の境界を、そのままにした。


 風が、リヴィアの髪を揺らす。


 それは──守るための手でも、引き戻す腕でもなかった。


 選択肢が、そこにあると示すだけの行為だ。




 第三十九章 了

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