6-9 工務省
工務省の馬車置場ではジンが待っていた。バース達は建物の中へ先に入っているとのこと。またジンにバギーの見張を頼む。ジンもそのつもりでここで待っていたので話は早い。ジンとバギーを残して五人で受付まで歩き、来訪を告げる。すぐに会議室へ案内された。部屋の中では既にバースが担当官らしき男と話をしている。利息がどうとか言っているから、借り入れとかの話だろう。オレの相手をすべく待っていたのは男女二人だった。
「工務省で『木』の担当をしているフショップです。」
「同じく工務省の『布』担当モックです。」
二人がそれぞれ挨拶した。フショップが男。女がモックだ。オレも挨拶を返す。
「マコト・ナガキ・ヤムーグだ。長ければマコトでいい。今日は、もうあちらで話が始まってるみたいだけど『紙』の話をさせていただく。アン、現物を出してくれないか?。」
アンが足下に降ろしていた背嚢から二束の紙を取り出し、モックとフショップの前に置く。
「試しで。お二方に使ってもらいたい。『紙』がどんなものかを知ってる方が話をしやすいだろうから。」
二人は目の前におかれた紙を手にとって、手触りや薄さなどを確かめる。
「何か書いてみてもいいですか?。」
モックが聞いてきた。
「もちろん。木簡の代用になりそうなものとして作ったから、書いてみて、書きにくいとか書きやすいとか、そんな感想も聞きたいと思ってる。」
「じゃあ、今日の記録は、私は試しにこれに書いてみましょう。フショップ、あなたは今までのやりかたで木簡にお願い。あとで比べてみるから。」
「わかりました。そうさせて貰いましょうか。」
二人の立場は、モックの方が上らしい。次に話したのはフショップだった。
「この『紙』の材料は草木や古布と聞いています。布も元は草木なので『木』と『布』の我々が呼ばれてますけど、これはどうやって作ってるものですか?。」
「布を作るには糸がいるだろう?。糸は、どうやって作ってる?。」
「このあたりで一番よく使われてるのは『ハース』ですね。乾かして、水に浸けて、乾かして、水に浸けて、何度かやってから裂いたり潰したり、人によって作り方は違うようですけど。」
モックが答えた。
「木も、同じやり方で糸にしようと思えばできるよね。」
「できるかもしれませんけど、固いから大変そうです。」
「糸にしようと思ったらできるだけ長く切れないように裂いていかないとダメだけど、紙の場合はもっと短くてもいい。で、細ければ細いほどいい。」
「短くてもよくて、細い方がいい。そうすると、単純に叩き潰したようなものでもいいということですか?。」
「そうだよ。草木の場合はもう単純に叩き潰す。茎というのは、細くて長い糸の集まりみたいなものだろ?。その細さの一番細いヤツ一本一本がバラバラになるほどに叩いて潰す。ここまでやったら、一本の長さは掌に乗せても余るくらいになるだろうね。そこまで潰したらそれを水に入れてかき混ぜて、薄くのばして乾かす。途中で混ぜ物をするとか、色々コツはあるけどね。」
フショップが言う。
「私は木を木のまま、固いままで使うための調整が仕事でして、今のお話を聞くと、モックの方が『紙』には向いていそうな気がします。木をその『紙』に使えるほど細くできるものでしょうか?。」
「種類にもよるけど、『皮だけ』とかで水に浸けっぱなしにしておくんだ。あと、ネゲイで見つけたけど泥炭も使えるね。まだ使いこなせてないけど。」
「泥炭。あれももつれた糸の絡まりの塊みたいなものですね。ええと、ハンナ様?。」
「何でしょう?。今の私は商務の五位だから『ナーベ』でいいですよ。」
呼びかけられたハンナが答える。
「ええと、ナーベ殿、商務の人なら泥炭の採れるとことか、知ってるよね?。」
「あれは燃やせますけど、煙が酷いから貧乏な人しか使ってなくて、そんな人は自分で掘りに行くから商務でもよくわからないんですよ。ネゲイでも採れるんですか?。」
「ネゲイの町とヤダ川の間にたっぷりあるよ。」
「紙に使うとどうですか?。」
「安く手に入って紙が丈夫になるのがいいところで、前処理で手を抜いたら土埃が混ざること、入れすぎると色が濃くなることと、ペン先が引っかかりやすくなることが、悪いところかな。あれを上手に使うのは、もっと色々試してみないと。」
ここでフショップが聞いてきた。
「さっきいただいたこの『紙』も泥炭を使ってますか?。」
「いや。お土産用、陛下にも献上できるように作ったものだから、できるだけ色が付かない材料だけで作ってある。」
そんな会話で気付いた。オレは紙とは白、又はそれに近い色のもので、色が付いた紙は目的や理由があって着色されているという考えだったが、元々白ではない木簡や羊皮紙に文字を書く人達は、淡色でインクとのコントラストさえ確保できれば何色でもいいのだ。
「ああ、話してて思ったけど、色が付いていても問題なさそうな気がしてきたな。木簡より薄い色ならいいのか。」
フショップが答える。
「先ほどの『献上する品だから』ということもある程度わかりますけど、字が読めれば色は何でも構わないと思います。インクと見分けのできる色なら。他の方はどう思われます?。ええと、ナーベ?。」
フショップは最上位者に意見を求めた。彼女の回答なら、余程の根拠がなければ反論されないだろう。
「最近古い木簡を山ほど見てました。木は古くなると色が変わりますよね。インクの色が薄れるのと木の色が濃くなるので読みにくいものも結構あります。それを考えたら、新しい木簡と同じくらいの色があってもいいんじゃないでしょうか?。手広くやれるようになったら、色も種類を増やすとかあるかもしれませんね。」
「なるほど。どうも、白くすることにこだわりすぎていたようだ。多少の色が付いていても、書いた字か読める程度なら気にしなくていいな。古くなって色が変わるというのは、最近のネゲイで作り始めたものはまだそこまで時間が経ってないけど。」
「商務の人間として言わせていただきますと、字の読みやすさ、色の薄さで値段を変えるとかもあっていいと思います。値段を決めるのはこれ以外にも丈夫さとか書きやすさとか、色々あるでしょうけど。」
「材料の混ぜ方を変えたら色々作れるよ。今までは白いものを目指してたから、丈夫に作れるけど色が悪いからって使わないことにした配合もあるんだ。」
ここでモックが再び口を開く。
「ええと、方向を確認したいのですけど、同じものを沢山作る、それから、色々な種類を少しずつ作る、のどちらですか?。私は『同じものを沢山』のつもりでこの話に来てましたけど。」
モックの指摘は当然だ。目指す方向で初期の設備投資はや原材料調達が変わってくる。最初から手を広げすぎてもよくない。
「話が広がりすぎた。最初は『同じものを沢山作る』から始めた方がいいと思ってる。種類を増やすのは、職人がやり方をきちんと覚えて、自分で工夫改良できるようになること、それから、最初に作り始めた紙がある程度売れて、道具とかを追加で用意できるようになってからの方がいい。」
「わかりました。ちょっと心配したので。」
「大きさ、厚さ、丈夫さ、色とか、種類は増やせるけど色々広げることもできる。でも最初は、木簡の代用として使える大きさと色のものを目指す。これを基本で。種類を増やす話は、今日はやらない。脱線しそうになったら、言ってくれ。」
「それがいいです。私達は最小限知っておくべきこともまだわかってないですから。」
今日進むべき方向を示されたモックは笑顔で答えた。考えを整理した彼女は次の質問に移る。
「で、最小限のことですけど、材料と道具と職人、そんなことを整理しておきたいのです。材料は草木、古布、泥炭も使える、と。草木にも色々ありますけど、泥炭や古布もお仲間となると、なんとなく方向はわかる気がします。布の材料になる、糸が採れそうな、ハースとかそれに近いものですね。」
「ここに来る前にちょっと町の外に出て使えそうなものを探してみたんだ。アン、出してくれ。」
アンが背嚢から先ほどの草原での戦利品を取り出す。モックとフショップがテーブルに並べられたサンプルを覗き込んだ。そんな二人にオレは説明する。
「さっき町の外で集めてきた。この近くで、半日誰かに動いてもらったら集めることができそうなものだ。ネゲイではこれ以外にも使ってる。草じゃなくて木とか、さっきも話がでた泥炭とか。」
「これはハースの若いヤツですね。他のものも、見たことはありますが、名前がわからないから収穫とか採取とか人に頼むのが、ちょっと困ります。フショップ、あなたこの中で名前がわかるものはある?。」
「私もハースはわかりましたけど、それ以外はちょっと。仕事柄、木の名前は詳しい方だと思ってますけど、草はダメです。でも、名前がわかってそれを集めることを人に頼んでも、頼まれた人がその名前を知らなかったら、頼めませんね。」
「でも傾向はわかるわ。ある程度、葉や茎がまっすぐ長く伸びるような草、できれば色は薄い方がいい、そんな感じですかね。」
「そんな感じかな。工房を作る場所によって使えるものの種類は変わるかもしれないから、『ネゲイで作ったら』『カースンで作ったら』とか、特徴が出てくるだろうけど、最初は『最低でもペンで字が書ける』って条件を満たせるならいいことにしよう。」
「そうですね。作り始めて、ある程度経ったら『何処の誰が作ったものが一番書きやすい』とか『破れにくい』とか、評判も出てくるでしょう。そうすれば、自然と種類も増えてきますよ。」
「じゃあ、ネゲイに帰ったら他の材料見本も送るつもりだけど、材料に必要な特徴の説明はこんな感じでいいかな?。」
「そうですね。工務卿からも聞いてますけど、材料を集めて溶かしてから形を整える、とすると、草木を、糸よりも細くなるほどに裂いて、水で混ぜて薄く縺れ合った形で乾かす、ええと、少し糊みたいな混ぜ物もあった方がいいですか?。」
モックはなかなか鋭いことを聞くな。理解が早いと嬉しい。
「今までの試作では、糊としても効きそうな、粘り気のある汁を持った草も使ってるよ。今日集めた中には入ってなかったと思うけど。」
「やっぱりそうでしたか。わかりました。でもそういう汁は、手に付いたらあとで痒くなったりするんですよね。人にもよりますけど、私はダメな方でして、うーん、試作とか、やってみたいとは思ってましたけど、私はやらない方がいいかも。」
「水に溶かして薄まるし、水を通さないように作った手袋とかを使えば、モック殿も試せるんじゃないか?。」
「手袋の具合で同じものを触っても感触が違いますし、長くやってると少しずつ水は通ってきますからね。マコト殿は試作をするぐらいだから、そういうのは平気なんでしょうね。」
「運良く、そういうのは、今まで試した材料では平気だったみたいだ。ネゲイでも何人かに試してもらってるけど、そういう話は今のところ聞いてないな。」
「私は運が悪いです。まあ、私みたいに草の汁に弱い人は、紙の職人になりたくても何日か試せば諦めるでしょう。」
「粘り気のある草にも色々種類はあってモック殿でも大丈夫なものもあるかもしれないけど、ダメとわかってるなら手は出さない方がいいだろうね。」
「これについては、そうします。ええと、作り方を聞いて、要りそうな道具を確認するつもりでした。材料になる草木や古布を細かくする道具、叩いたりこねたりするもの、材料を溶かす桶、それから、形を整えるために掬う道具、乾かすための場所、そんな感じですか?。井戸もあったほうがいいでしょうね。」
「大体、そんな感じかな。」
「井戸のあるところで工房の建物を借りることができたら、道具は金貨一~二枚あれば収まりそうですね。あとは……、フショップ、あなた草の汁が大丈夫だったらネゲイまで行ってくれる?。」
「そういう流れかと思ってましたよ。来月ですかねえ?。」
「そのあたり、マコト殿、よろしいですか?。」
「あっちで話してるバース様さえよければ、私は構わないよ。」
名前が出たのが聞こえたのか、バースがこちらのテーブルに移ってきた。
「ネゲイに来るって?。作り方の視察かな?。」
フショップが答える。
「ええ。来月にでも、私が行かせていただく案が出てます。」
「マコト殿がいいなら、それで進めてよ。こっちは、ネゲイだけでなくてカースン国内での紙の出荷に対して、それぞれの紙工房からの売上の十二分の一で権利料をもらう方向で話を進めることにしたよ。六年ごとに再交渉だ。石鹸と同じように、ネゲイの工房の収入にする。マコト殿にはその半分を個人収入としようと思ってる。どうかな?。」
「わかりました。『紙』は進めたいのに進めずにいたから、嬉しいですよ。じゃあ、フショップ殿、来月のどこか、ネゲイで工房の視察と、紙を作るもっと詳しい話をするということで。」
「ええ。この後モックと二人で工務卿に報告します。そこでネゲイに行く日も大体決めて、マコト殿にお知らせしますよ。今はネゲイ館ですか?。」
「明日の夕方に出発の予定だから、それまでにネゲイ館に来てもらったら私がいなくても伝言は届くよ。」
「ではそのようにさせていただきます。」
ここでの話は大体落ち着いたようだ。
「じゃあ、今日ここでできる『紙』の話は大体おわったな。フショップ殿、モック殿、ありがとう。ネゲイに帰ってからまた材料見本を送るけどどちら宛てにすればいいかな?。」
「どっちでも構わないです。同じ部屋にいますから。工務省の資材担当のフショップかモック宛てでお願いします。」
アンが蠟板に送り先を書いて二人に示した。
「宛名はこれでいいですか?。」
「ええ。あと、フショップの綴りは……。」
フショップはアンの蠟板を借りて自分の名前の綴りを修正する。フルネームは「ドーン・フショップ」か。今日初めて聞いた固有名詞だから、綴りはAIでも間違える。フショップはモックの名前もフルネームになるよう加筆した。最後に、バースの相手をしていた工務省の男が言う。
「モック、フショップ、工務卿の所へ行こうか。ネゲイの方々、今日は色々聞かせていただいた。ありがとう。この場は、これで解散だとしましょう。」
一六〇〇M。モック達はこれからジリオに報告だ。ハンナも父王に報告のため帰りたいという。
「ドリー達と歩いて戻ります。歩いている間にドリー、ツヤとも陛下に話す内容を整理したいですし。」
「じゃあ、私達はバギーでネゲイ館に戻るよ。明日は……、ハンナ殿は商務での仕事の予定が入ってるということだったから、今回はこれでお別れかな?。」
「明日の夕方、出発は五の鐘の頃ですか?。」
「大体そのくらいのつもりだよ。忙しいだろうから見送りはいらない。」
「そういうわけにはいきません。陛下が勧めて下さったお相手ですし、私はもっとマコト殿のことを知っておくべきなんです。」
「でもそれで、今やりかけている仕事に支障が出たりするのは私も望まない。だから、『来るな』とは言わないけど、本当に時間が余ればでいいんだよ。」
「余らせますよ。」
「本当に、無理にそんなことはしなくていいからね。余らせるんじゃなくて、余ってしまった、それならいいよ。」
「わかりました。では今日はこれで。」
「ああ。気を付けて帰ってくれ。」
バース達も同乗してネゲイ館に戻った。そろそろ夕食の時間だ。明日の予定は市内と海を見ることだ。ジンの案内なしでバギーで少し沖に出て、海水からウーダベーで抽出できそうなものを順に試してみたい。リストはもう作ってある。カースン滞在中に少なくとも一日は海を見に行く日を作ることは出発の前から話していたことなので、バースも「予定のとおりだよね」と、あっさり了承した。そして、「コビンが増えるんだから、ネゲイの二人にはお土産を奮発した方がいいよ。」とのお言葉。これは的確なアドバイスだとは思うが、むつかしい注文だ。
『そんなことはないわよ。口に出さなくても、仕事以外の時間で視線を何に向けているか頻度分析すれば、エンリもネリもどんなものが好きなのかはわかるわ』
『それで二人の好きなものはわかってる?。』
『傾向としてはね。明日、蚤の市でもなんでも、よさそうなものがあったら教えてあげるわ。』
『嬉しいアドバイスだな。頼むよ。』




