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32、近くて遠い彼女の秘密

20/9/18 内容を大幅に変更しました。


「おい。おーい」


 俺の視界を、上へ下へ何かが横切る。

 無視するほど高速、かつ顔に近付いてくるそれの主をじろりと睨む。


「……んだよ」

「睨んでねえでさっさと書けよ。さっきから一文字も進んでねーじゃん」

「気のせいだろ」


 ユージンが俺の手元の紙を引ったくる。書いていたのは、昨日捕まえた空き巣犯の報告書。

 俺が物心ついた時、町には生死もあやふやなやせ細った老若男女がそこかしこにいて、食べ物を盗む子供を大人は殴り飛ばし、怒鳴り声や泣き声が聞こえない日なんてなかった。

 今もまだ女子供が安心して外に出られるには程遠いが、確実に治安は良くなってる。


「返せよ。明日には出さねぇとなんだから」


 いつもなら一週間以内なんだが、書類の提出先であるダイの来る頻度が減っていた。

 王族に盾突いた過去を持つディソナンテは、現職の王宮騎士が在籍することで存在を許されている。団長のカイルは退役済だが、副団長のダイは現職の王宮騎士。今回は例の結婚式で警備をすることになったとかで、来る回数も減り、見る度に疲労度も増していた。


「はっはーん。さてはフラれたの引き摺ってんな?」


 フィーラがいなくなって六日。ノルからは「しばらくこちらを手伝ってもらう」と素っ気ない手紙が届いただけ。アコルデはティオが何とか回している。まあ、一応エンもいるしな。

 俺やフィーラがバスラなのは、誰も口にしないが知られている。だからこそ、アコルデの看板娘の長期不在は町民の不安を煽る。自警団員には知り合いの仕事を期間限定で手伝うことになったと伝えていた。今は挙式に肖った商売で儲けてる所が多いから怪しまれもしなかったが、何故か生温い視線を向けられることが増えた。


「女々しい男はモテないぜ?」

「黙れチャラ男」

「フラれたのは否定しねーんだ? で、やっぱり相手はフィーラちゃんか」

「お前には関係ない」


 報告書を奪い返そうとする俺を、腹立たしいにやけ顔で眺める。女とあらば年齢関係なくたらしこむ節操なしだが、伊達に自警団員はやってない。

 おちょくってるとしか思えない顔と素早い動きで避けるユージンの顔に一発お見舞いしてやろうと拳を固めた時、けたたましい音が下町に響いた。


カーン、カーン!!


「「!」」


 妖魔の出現を報せる鐘。

 ユージンと詰所を飛び出す。詰所にはいざという時に団員のみ起動させられる結界装置が入口に取り付けられている。手早く起動させ、人々の逃げ惑う流れに逆らう。


「おおい二人とも! 出たのは教会のほうだ!」

「わかった!」


 靴屋の親父が、大きな風呂敷を背負いながら指を差す。入り乱れて逃げていた町民も俺達に気付いて左右に道を開ける。いいことじゃねぇが、それだけ妖魔の出現に慣れてる。

 市場を過ぎ、教会へ急いでいると地鳴りが激しくなった。すでに駆けつけた団員が対応してるらしい。


「モトハ! ケイジュ!」


 妖魔の前には自警団員の赤ベストが二人。

 蔦で妖魔の動きを止めようとするケイジュと、怪我をしたらしい町民を背にかばうモトハがこちらを向いた。


「サイガ、ユージン!」


 属性には相性がある。木火、火土、土金、金水、水木はそれぞれ相性が良く、木金、火水、土木、金火、水土は相性が悪い。土属性の俺で言うと、金属性は相性が良く、木属性とは悪い。俺の力を養分にあっちの力が増す可能性がある。

 モトハは水、ケイジュは木。俺が土で、ユージンは火。金属性のキヒロと土属性のノリは非番だ。

 脳裏をフィーラが過ぎる。アイツは一目で相手の属性を見抜く。それが人だろうと、人外だろうと関係ない。他にも幼い頃しか見えないはずの妖精が未だ見えること、簡単な魔法なら無詠唱で出来ること。可笑しな点を数えればキリがない。それも生まれに起因するのかと雑念が混じり、一瞬詠唱が遅れた。



「来たれ(ほむら)、身を焦がす熱で彼のモノを焼きつくせ!」

「大地よ割れろ、荒れ狂う魂を打砕け!」


 ユージンの詠唱で我に返り、慌てて詠唱する。

 ユージンから放たれた炎と、割れた地面の欠片が妖魔に襲いかかる。当たった箇所に損傷は見られず、妖魔は再び暴れ始めた。


「ちっ!」


 攻撃が小さすぎるのか、これでは属性がわからない。怪我した町民を避難させたモトハ達が戻ってきた。


「四人で力を合わせよう。俺が妖魔を足止めする、攻撃を一箇所に集中するんだ」

「「「おう!」」」


 ケイジュの指揮で妖魔の正面にユージン、左右から俺とモトハが攻撃を仕掛ける。核のある場所を狙えたらいいが、それが分かるフィーラは今いない。同時に魔法を行使し、ど真ん中を狙う。


「っ……」


 足止めは出来ているものの効いている気配はない。持久戦になれば先にこちらの魔力が枯渇するのが目に見えていた。

 じりじりと魔力が減っていく感覚に焦りを覚えていた時、視界の端に鮮やかな赤が現れた。


「苦戦しているようだね。手を貸そう」

「なっ!?」


 止める間もなく赤髪の男は俺達の前に躍り出た。

 ケイジュ達が声をかけるより早く、男は右手を妖魔に突き出す。すると空中に金属の矢が無数に現れた。


「穿て」


 たった一言。

 次の瞬間には、腹に大きな穴を開けた妖魔が断末魔をあげ、サラサラと霧散した。


「お前っ!」

「何を怒っている?」

「外野が手出すんじゃねぇよ!」

「お、おいサイガ」

「君達の仕事は町民を守ることだろう? 被害を最小限にする為ならば、使えるものは使うべき……ああ、なんだ。ただの嫉妬か」

「っ!」


 一人で妖魔を倒した赤髪の男、アキト・レイエンダは涼しい顔で俺を見上げた。

 相手は貴族だ。ここにいる誰より分かってる。だが、今一番見たくない顔にまざまざと力の差を見せつけられ、とどめに心を見透かされた俺が咄嗟に手を伸ばすのをケイジュが止めた。

 アコルデに来る時は下町風の服装だったが、今日は貴族のお忍びだと察せられる控えめだが仕立ての良い服に身を包んでいる。そんな相手に手を出せば、自警団だけでなくディソナンテに害が及ぶかもしれない。


「どなたか存じ上げませんが、手を貸していただきありがとうございました」


 ケイジュは賢く機転が利く。俺達の様子を見ていただろうに、素知らぬ顔で礼を言った。


「礼には及ばない。ああ、だが動いて小腹が空いたな。どこか食事が出来る店に案内してくれないか?」


 どこかと言われても、ディソナンテにある食事処は一箇所のみ。

 完全に俺を見て言う生意気なガキに、ちらりとケイジュが俺を見て掴んでいた手を離した。その目は何故か生温く、俺はぐしゃりと頭を掻いた。



* * *



「どういうこと?」


 両手に荷物と赤い嵐(アキト)を携えてアコルデに着くなり、驚いたティオに厨房に連れ込まれた。

 妖魔が出現したせいか、店内に客はいない。勝手に座るヤツを放置し、簡単に事情を説明した。


「で、荷物持ちしてたわけだ?」

「うっせ」


 置いた荷物を見て、馬鹿にした笑いを浮かべるティオの頭を叩く。疲れて言い返す気力もない。


 ここへ来る途中、撤退していた市の人々が早くも戻り始めていた。通り過ぎるだけのつもりだったのに、騒動でダメになった商品を嘆く声にヤツはふらふら寄っていって買い取るとかぬかしやがった。

 それは別にいい。アコルデで出される料理も、余剰や売れ残りを安く引き取って提供してる。じゃねぇと粗悪品が増えるし、町民の暮らしが立ち行かなくなるからな。だが、世間を知らなそうな坊ちゃんが言ったことで、高値で売れるのではと人が殺到。もみくちゃにされる羽目になった。


「歓談中か?」

「うぉい、こっちは関係者以外立入禁止だっつの。坊ちゃんはあっち行ってろ」

「調理しているところを見せてもらっても?」

「聞けよ!!」

「話し相手がいないのはつまらないからね」


 どいつもこいつも話聞かねえヤツばっかだな!

 ずかずかと厨房に入ってくるヤツに、エンが一歩下がる。バスラが関われば頼りがいがあるのに、普段の生活では人見知りで俺達以外とは基本話さない。俺達相手でもほぼ聞き手だしな。


「寂しんぼかよ。おら、行くぞ」

「ここは火とか使ってて危ないですしね!」


 俺とティオでヤツを厨房から追い出す。後は持ってきた食材でエンが何か作るだろ。

 ヤツも本当に話し相手が欲しかっただけのようで、大人しく席に座ると俺達を手招きした。飲み物を用意しにもう一度厨房に引っ込むティオを見ながら、何でこんなことになったんだかと溜め息が溢れた。


「アイツならいないぞ」

「知っている」

「……」

「僕の顔に何かついているのかな」


 ティオがヤツの隣、俺は正面に腰掛ける。が、話題なんて思い浮かぶはずもない。無言で睨む俺を、ヤツは涼しい顔で見返してきた。


「……アイツから聞いた。昔のこととか、関係とか、色々」

「そうか」


 他に客がいなくてよかったと安心するべきなのか、整えられた場に見えて気味が悪いと疑うべきなのか。貴族相手に無礼極まりないのはわかっているが、今更口調を取り繕う気もおきずにタメ口で切り出した。


「本気なのか。その……け、けけ…っ」

「ださっ。結婚しようと言ったのは本気なんですか?」

「無論、本気だ。何か問題が?」

「大アリだろ!!」

「どこがだ?」


 上手く発音できなかった二文字ごとティオが後を引き取って話題を振った。じろりと睨んだが、今更こいつには効きやしねぇ。

 躊躇いなく肯定したヤツに思わずテーブルを叩いちまった。どこがって、全部に決まってんだろ!! 


「あの、フィーラとは姉弟なんですよね?」

「確かにそうだが……もしかして聞いていないのか? 僕は養子だぞ」

「はあっ!?」

「子が娘しかいない場合、分家や遠縁から引き取って養子にするのはよくあることだろう?」

「なっ、アイツそんなこと一言も!!」

「本来の関係は従姉弟にあたる。問題は何もない」


 婚姻に関する法は身分問わず同じ。親を同じくする者、両親と直接血が連なる者とは認められない。親の兄弟とは婚姻できないが、親同士に血の繋がりがあろうと別の両親から生まれたイトコは婚姻が認められている。

 それが本当なら根底から覆る。弟としか思っていないという意味だとしても、言うべき情報だったはずだ。アイツ、まだ何か隠してやがるな。 


「で、でもっ! フィーラはあなたとの子を作る気はないと言ってました!」

「ティオ!」

「今聞かないでいつ聞くの? これで罰されてもおれは構わないよ。ヘタレは黙って聞いてれば!」


 なんつーことを聞くんだ!!

 立ち上がって机越しに伸ばした俺の手を、ティオは思い切り弾いた。決意が籠もった目にアイツが重なる。が、そんな俺達のやり取りを見ていたヤツは笑っていた。


「ははっ、肝の座った少年だな。彼女がそう言ったのか?」

「はい、あなたも同じ考えだろうと。子を生む気がない相手を妻にするんですか?」

「少し違うな。彼女が生む気がないと言ったのは相手が僕の場合だろう? 彼女が生んだ子ならば、父親が誰だろうがその子が跡取りとなる」

「……あなたの子でなくても、ですか?」

「ああ」


 至極当然とばかりに、フィーラと同じことを言うヤツにティオの語調が弱まる。これは貴族には当たり前の考え方なのか?

 ちらりと厨房に目を向けても、聞こえてるはずのエンが反応する様子はない。


「なんでそこまで、」

「正統な血筋を残すほうがいいに決まっている」

「正統な?」

「当代の森の管理者で当主になるはずだった前当主の娘と、災禍で当主の座が転がり込んだ分家からの養子。どちらの血を残すべきかなど考えるまでもない」

「……え?」

「待て。いま聞き捨てらんねぇ言葉が聞こえた気がするんだが」

「? 彼女から聞いたのだろう?」


 淡々と理由を告げたヤツは、俺達を見て怪訝な顔をした。確かに色々聞いた。聞いたんだが。

 頭を抱えて思考を放棄しかける俺の斜め前で、開いた口が塞がらないティオが虚空を見つめていた。おい黙って見てろつったのはお前だろ、魂飛ばしてんじゃねぇぞ。


「私達が聞いたのは、あなたが弟である事と倒れた理由、災禍について少しだけ。義弟であることも、次期当主のはずだったと言うことも、彼女の口からは聞いていません」


 いつの間にかサンドイッチの乗った皿を持ってきたエンが俺達の代わりに説明した。その口調から、今はアコルデの店主ではなくバスラとして話していることが窺える。

 ティオに目で合図を送ると、魂が戻ってきたのか慌てて営業中の看板を裏返しに行った。ヤツはエンの説明を吟味するように黙り込むと、確かめるようにゆっくり口を開いた。


「森の管理者だと言うことは?」

「聞きました」

「だが、次期当主に内定していたとは言わなかった」

「はい」

「災禍についてとは?」

「……あの日亡くなった方の死因は火事ではないと」

「なるほど」


 一つ一つ、俺達の知る範囲を探る。エンが災禍について言い淀んだ理由も察したのか、考え込む素振りはあるが動揺は見えない。フィーラの言う通り、こいつも姉であるアカネが殺したのを知ってるってことか。


「メリダについては?」

「めりだ?」

「……それは話していないのか」


 溜め息を吐いたかと思えば、エン手製のサンドイッチを掴んで頬張り始める。食べろとばかりに皿を寄せて来るから、俺達も一つずつ手にして食べ始めた。

 思案に耽るヤツの顔を盗み見る。髪色と雰囲気がフィーラに似ている気がして目を逸らす。同じものを食べているはずなのに、育ちが滲んでいた。

 無言で食べ終えて一息ついたかと思えば、ヤツは急に立ち上がった。その表情は苦々しげで。


「来て正解だったな。彼女を落とすにはもっと本気でかからないといけないようだ」


 懐から小さな巾着を出したかと思えば、金を机に置いた。そのまま出ていこうとするヤツの背中にティオが叫ぶ。


「待ってください! メリダってなんですか!?」

「精霊だ。彼に聞くと良い」


 彼、と振り向きざまに視線でエンを示す。精霊?エンが知ってる?何のことだ?

 それ以上話す気はないらしくドアに手をかけた。が、出て行きかけた体を捻り、半身で再度振り返る。


「そうだ、彼女に伝えてくれないか。当分、フィーとして生活するようにと」

「フィーとして?」

「どこぞの犬が彼女を探しているようだからね」


 そう言うと、ヤツはひらりと手を振って出ていった。

 必然的に俺とティオの視線を受ける羽目になったエンの顔は引き攣っていた。


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