30、回顧
「ただいま」
「おかえり、フィーラ!」
森を出たら、空は赤から黒へと変わり始めていた。
ハルセのおかげで鬱々と悩まずに済んだけど、同時に説明の段取りも組めなかった。でも、どこか気持ちはスッキリしていて、私はまっすぐアコルデへと帰った。
客が少なかったのか掃除も終わり、エン、オッタ、ティオの三人が出迎えてくれた。
「待ってくれてありがとう」
「気持ちの整理はついたかい?」
「……まだ上手く話せないかもしれない」
賄いを食べ終えた後、いつものように四人で囲む。
自ら話したい内容でもなく、過去の事だから言わなくていいと話さずにいた。アキトが爆弾を投下したことで話す事にはなったけど、結局それはただのキッカケ。
遅かれ早かれ過去と向き合わないといけなかったのだと、今なら思う。
「それでもよければ、私の昔話を聞いてほしい」
「もちろん!」
「前置きはいいからさっさと話せ」
「短気な男は嫌われるよ〜」
「うっせ!」
静かに微笑んで頷くエン、口の悪いオッタとからかうティオ。いつもの光景。
あの時捨てた過去の私が、今も私の中に生きている。どれだけ自分や取り巻くものが変わったところで変わらないものがある。悔しいけど、ハルセの言う通りだ。
話すことで何かが変わるかもしれないのは、正直怖い。だけど、話しても話さなくても変化は訪れる。なら、自分で変えるほうを選びたい。
「昨日の人だけど、名は聞いた?」
「ううん、ここで使ってた名前が偽名ってことだけ」
偽名だと知っていたのは意外だった。偽名だと教えた上で本名を名乗らなかったのなら、告げるかは私の判断に委ねるということだろう。
話す順番を決められていないので、アキトのことから話そうと決めて口を開いた。
「彼の本名はアキト。……アキト・レイエンダよ」
「あきと?」
「れいえんだ?」
「……そうか、彼が」
「え!? ちょっと待って、レイエンダって……最近当主になったっていう、災禍の生き残り!?」
一気に混迷を極めた室内に、話を続けても平気か心配になる。
庶民からしたら貴族なんて雲の上の存在だから気持ちは分かるけど、まだ話の入り口にも差し掛かってない。思わず黙り込んだ私に気づかないまま、主にオッタとティオの声が大きくなっていく。
「エンは知ってたのか!?」
「……災禍の時には私はもうここにいたからね。会ったこともなければ、身分差からして見る機会もなかったよ。それで、彼とはどんな関係なんだい?」
「もしかして婚約者だったとか!?」
「いや、いいとこ使用人の子とかだろ」
エンは元貴族だけど、国内をぐるりと旅した後にディソナンテに腰を下ろした。それが災禍の数年前らしいから、災禍時に六歳だったアキトと会ったことはないだろう。まあ、それ以前の問題があるんだけど。
温度の違いはあれど、三人から向けられる好奇の視線に耐えられず顔を逸らす。
「……弟よ」
「おとーと?」
「!」
「弟って、誰が?」
「アキトが、私の。……私は二人の姉なの」
「……え?」
「いやいや、それだとお前もレイエンダ家の……公爵家の血筋ってことに……嘘だろ?」
貴族は庶民に姿を見せない。住んでる場所は領地の本邸か貴族街の別邸。移動は馬車で、女性であれば帽子に扇子で顔をできるだけ隠すのが普通だ。なのに、まさか一つ屋根の下に住んで一緒に働いてるなんて思わないよね。
先程までの賑やかさはどこへやら。あっという間に通夜の空気を醸し出す三人に言い聞かせるように言葉を続けた。
「言っておくけど過去の話よ。フィーラとしてここで暮らした時間のほうがとっくに長いんだから」
「だが、彼は」
「……うん」
この間レイエンダの屋敷で会った時、アキトが諦めていないことは感じていた。だからこそ突き放したんだけど、逆効果だったみたいね。
エンはもちろん、オッタも私がディソナンテに来た時からの縁だ。生まれがどうあれ過ごした時間は二人とのほうが長いのに、オッタは開いた口が塞がらないまま固まっている。
「そういえば、彼はなぜ倒れたんだい? 仮病には見えなかったが」
「自業自得、いいえ自作自演と言ったほうがいいかな。アキトには体が受け付けない食べ物があるの。それを口にしたことで体が拒絶反応を起こして倒れたのよ。自ら毒を呷ったようなものね」
「なるほど……」
好き嫌いではなく、口にした事でじわじわと毒が体に広がっていくようなもの。
昔は二・三口で吐いたり倒れたりしていたのに、あんなに重症化するなんてどれだけ食べたのか。
「まあ、もう大丈夫でしょ。倒れた原因は隠し通せても、頬の腫れは誤魔化しようがないもの。とっくにアカネが治したんじゃない?」
珍しい癒やしの力を持つ、レイエンダの聖女。
薬を渡した時に自戒を込めてと言っていたからアキト自身は自然治癒するつもりかもしれないけど、昔からアキトはアカネに弱い。きっと拒みきれずに治療されたことだろう。
「って、ちょっと待て。それが本当なら、お前実の妹に復讐しようとしてるのか!?」
「そうだけど」
「待って待って! 復讐ってなに?!」
「ティオには言ってなかったっけ? 私がバスラに入った理由の一つは、アカネに復讐するためなの」
「聞いてない!」
そんな喧伝するような内容でもない。むしろ内容と相手を考えれば、下手すれば実行前に処刑されてしまう。
あっけらかんと首肯する私に、ティオとオッタが絶句している。
「その気持ちは、今もまだ変わらないんだね?」
「ええ、必ず復讐は果たしてみせる。準備もほとんど終えているから、二人が結婚するまでに決行するつもりよ。ああ、心配しなくても皆の手は煩わせないわ」
「えっ!? 一人で復讐するつもりなの?!」
「私情にバスラを巻き込むわけにはいかない」
「そんなっ! エンとオッタは知ってたの!?」
「……ああ」
「会った頃から言ってっからな」
「……っ」
これはバスラに入る時、ノルにも言った言葉だ。ノルも私の生まれを察していたのか、バスラ入りを渋っていた。本心を隠したままでは信頼してもらえないと思って、私の利用価値と共に伝えた上で、バスラ入りを許可してもらった。
なので当然、エンとオッタは知っている。知らないのは比較的新しく入ったティオとシユー、後は話すと面倒臭そうなフェムくらいか。
「レイエンダの災禍と呼ばれている火災はね、アカネの魔力暴走が原因なの。火に巻かれて皆死んだと言われてるけど、本当は違う。火の手が上がる前に、私達三人以外は全員死んでた。両親も、親族も、使用人も、全員」
「!!」
「彼は、」
「勿論知ってるわ。目の前で起きたことだもの」
あの日、レイエンダの時期当主を決める話し合いで皆集まっていた。いつも以上高い出席率が災いし、私達三人しか生き残らなかった。
私とアキトが生き残ったのも、アカネのすぐそばにいたから。ただ、それだけ。
「火が屋敷を包んだ時、アキトはアカネを連れて表へ逃げた。私は裏手に繋がっていた森へ逃げた。逃げても逃げても木を伝って燃え広がる炎に追いかけられて……気付いた時には、エンに保護されてベッドの上だった」
「そうか」
「で、でもおかしいじゃん! なんでフィーラが生きてるって、探してって言わなかったの!?」
「私は逃げる二人を見送って、炎の中に残った。死んだと思って当然よ。それに言わなかったんじゃなくて……言えなかったんだと思う」
「言えなかった……?」
そっと目を瞑る。思い出すのは赤で塗りつぶされた視界と、私の名を呼ぶ声。
私は、私の意思で二人を助けた。それに後悔はない。でも不意に考える。私を炎の中に残して行かなくてはいけなかった二人は何を思っていたのだろう、と。
「とある事情で私達の存在は隠されていた。だからアキトは公に言うことが出来なくて、一人で私を探し続けた。そうして”フィーラ”として生きる私を見つけた。私がバスラに入ってすぐのことよ」
「!」
「アキトがバスラを知ったのはその時。そんな危ない所にいないで、また一緒に暮らそうとディソナンテまで言いに来たわ。断って二度と来るなと追い返したけど、ノルに迎えなんて来ないって言った手前言えなくて……ごめんなさい」
家族を失い、住む場所や環境すら変わった中、少しずつ慣れてきた頃だった。ようやくノルを説得して加入を認められたのに、迎えが来たなんて言えば居場所も命もなくなってしまう。それでは復讐が果たせない。
「……時々、レイエンダ家に行っていたね? 彼と会っていたのかい?」
「災禍後アキトと会ったのは、私がバスラに入ってすぐの一回と、少し前ハルセに気を取られてうっかり会ってしまった二回だけ。災禍後、アカネが精神的に不安定でいつまた暴走してもおかしくないから、戻らないならせめて力を貸してと言われたの。屋敷には精神安定の効果がある薬を定期的に届けていたけど、二人に会う気はなかったからそっと置いて帰ってた。でも、もう必要ないだろうから届けるのはやめると、うっかり会った時に伝えたわ」
「それで繋ぎ止めようと、あんなことを」
数カ月に一度の頻度で屋敷を訪れていたものの、当主となるべく研鑽を積むアキトは常に忙しく。アカネも王都にある治療院に出仕しているか、部屋に籠もるかの二択だったので、本当に会うことはなかった。
「気付かれないようにって、そんなこと出来るの?」
「レイエンダ領に張られている結界は、血族以外を弾くものなの。だから、私にとっては屋敷も森も出入り自由。結界を通って中に入った者なら、使用人も大して気に留めないわ」
ディソナンテで結界を張れる人は少ない。張れるのは王都から流れてきたノル・エン・フェムあたりか。ノルは教会に、エンはここアコルデに結界を常時張っている。
ただしレイエンダ家は敷地が広く個人が常に張るのは厳しい。なので、魔石を塀に埋め込んで森から常に力が供給されるような仕組みになっている。
「で、なんだ? もう来ないって言われたから、慌てて迎えに来たってわけか? 今更? はん、随分都合がいいこって」
「オッタ」
「だってそうだろ? どんな理由であれ、本気で連れ戻そうと思えばもっと早くに出来たはずだ。お貴族様なんだからよ」
「それは……」
「フィーラ、”結婚するのが一番いい方法”だと彼は言っていたね? それが、今になって君を迎えに来た理由と関係しているんじゃないのかい?」
「……」
周りから見ればそう思っても当然かもしれない。でも、アキトの性格を知る私から見れば、恐らくアキトは時間をかけて確実に私を戻す計画を練っていて、私の行かない宣言は実行時期を早めた程度でしかないだろう。
今回の自作自演よりももっと、私だけじゃなく周りにも有無を言わせぬ綿密な策を立てているに違いない。
「思い当たる理由はいくつかあるけど……」
「……んで、そんな他人事みたいにっ」
「オッタ?」
「嫌じゃないのかよ! 弟なんだろ? 理由なんざ関係ねぇ、お前はどう思ってんだよ!?」
アキトが当主となったことで多少の融通が出来るようになったこと、アカネが家を出ること、私が結婚できる歳になったこと。いくつもの理由を一気に解消する為に、アキトは結婚を提案したのだろう。
「見てわからなかった? アキトも私もお互いをそんな目で見てない。色んな問題を片付けるのに一番手っ取り早いのが、私との結婚なだけ」
「だから何でそんな冷静なんだよ! 仮に結婚してみろ! 社交だ跡取りだって色々言われるに決まってんだろ!?」
「ちょっ、オッタ落ち着きなよ」
一人興奮気味のオッタが机を思い切り叩く。置いていたコップが倒れ、水が溢れた。
どうして言われた私よりオッタが気にするのよ。つい冷めた視線を向ける。
「オッタの言う通り、私を落胤としてでっち上げて引き取るんじゃなくて、結婚という形で一族に戻そうとしてるのは、私に子が生まれた場合を考えてでしょうね」
「っ!」
「勘違いしないで。アキトは私と子を成すために提案したんじゃない」
「……は?」
「どういうこと?」
アルマドゥラ国では血の繋がった姉弟の婚姻は禁じられている。戸籍上私は存在しないから、新しい戸籍を捏造して迎えるつもりなんだろうけど、
ちょっと鬱陶しくなってきたオッタを一睨みし、勘違いを正す。何を言っているのかわからないと顔に書いてある三人に、呼吸を整えてから続けた。
「レイエンダ家は代々森の管理を受け継いできた、アルマドゥラ国でも古い歴史を持つ一族」
「はあ? んなこと、誰だって知ってんだろ。何で急に、」
「つまり、レイエンダ家において一番大切な役目は森の管理なの」
「だからぁ、それがなんだって……!」
「そういうことか」
「……どういうことだよ?」
察しの悪いオッタと違い、エンの表情が険しくなる。ティオも気付いたのか、唖然としている。二人の様子に毒気を抜かれたのか、未だ分かっていないオッタが困惑顔できょろきょろ視線をさまよわせる。
はあ、と溜め息を一つ零し、オッタにも分かるように簡潔に説明した。
「当代の森の管理者は、私なの」




