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18、女子会

「昼の王都は人が多いね」


 市場でもないのに人で賑わう街道を人にぶつからないよう歩く。

 石畳の道は馬車が通れるよう舗装され、道の両脇に並ぶ建物もしっかりとした造りに生活感が滲む活気のある場所。


「誰かさんの結婚式にあやかって恋の季節だなんだと盛り上がってるみたいね。ほら、花飾りの店が幾つも出てる」


 そう言うのはトヴォだ。普段は体の線がわかるドレスや露出の高いものが多いが、今日は昼の外出だからか比較的おとなしい服装だ。とは言え、肩はばっちり出ているし、滲み出る色香はそう消せるものではない。


 花飾りというのは花を模して作られた装飾品で、告白や恋人への贈り物として用意することが多い。その中でもレイエンダの森にしか咲かない穢れなき花、カデナを模した花飾りはプロポーズで用いられる。

 恋人へだろうか。出店で花飾りを真剣に選んでいる男を微笑ましげに見つめるトヴォは、女の目から見てもとても綺麗だ。


「まだ一月もあるのに?」

「もう一月しかないのよ」


 トヴォの言う誰かさんの結婚式が行われるのは光の季節(マルテス)。今は一つ前の花の季節(フエペス)なので気が早いのでは、と首を捻ったがそうでもないらしい。


「通常、貴族は婚約を結んで一年くらい経ってから結婚するものなのよ。今回は婚約が公にされてなかったせいで、急に三ヶ月後の花の季節(フエペス)に結婚しますと言い出したものだから、商人や細工師、服飾関係も大慌てよ」

「それは分かるけど……」


 結婚式は当人だけの問題ではない。それこそ貴族ともなれば、関係する貴族は祝の品と式に参列するためのドレスや装飾品を用意しなければならない。今回はミトロピア家とレイエンダ家という、大貴族同士だったことから、ちょっとしたパニックが起きたらしい。

 しかし、それは貴族間、もしくは貴族に棚卸ししている店だけのこと。目の前にある出店はどう見ても庶民向けだ。


「あれはね、人手不足を嘆く店に自分はこういう物を作れるけど雇わないかっていうアピールと、手習いで作った物を売って日銭を得る、一石二鳥なシロモノなのよ」

「ふうん」


 確かに自分を売り込むには作品を見せるのが一番。出店を見に来なくとも、商品を買った人間が身につけてくれれば目に留まりやすい。強かなのは商人の十八番かと思っていたけど、そうでもないらしい。

 ディソナンテですら日々話に出るのだから王都はもっと凄いだろうと予想はしていたけども。正直、アカネの結婚を目の当たりにさせられるのは辛く、焦りが滲む。


「欲しい?」


 じっと花飾りを見ながら歩いていた私に、トヴォがにやりと笑う。問いかけに、誰かから渡されたいのか、それとも渡す宛てがあるのかと二重の意味が込められているのに気付いたが、無言で首を横に振った。

 見ていたのは、市場に出回るカデナの花を近くで見るのが初めてだったから。実物を見ずに作られているからか、作り手によって雰囲気が違うのが興味深い。カデナの姿形は分からないけど白い花なのは知ってると言わんばかりに、チューリップやバラ、他にも元々ある花を想像力でカデナっぽくしているようだ。


「トヴォは?」

「私に似合う物なら考えてあげてもいいわ」

「買うんじゃなくて、貰うの前提なんだね」

「当然」


 ふふんと艶やかに笑ったトヴォの上から目線に、思わず吹き出す。


 もう十年なのか、まだ十年なのか。先程のトヴォとの言葉遊びを、自分の過去に当てはめる。

 私はエンに拾われ、エン・トヴォ・トレのバスラトップスリーに育てられた。親子というよりは、歳の離れた妹のような存在だったのだろう。過ごす時間も学ぶものも、エンからが多かったけど、トヴォとトレからも様々なことを教えてもらった。特にトレは属性が一緒で、魔力コントロールは付きっきりで仕込まれたのが懐かしい。

 バーで働くトヴォとは一月に一度は顔を合わせるものの、トレとはここ数年会っていない。トレの事だから元気だろうと、頭の隅にぽいっと投げる。 


 歳を取ったと酔っぱらって言っていたのはついこの間のこと。トヴォとも長い付き合いだけど、未だに歳は知らない。エンに聞いても知られないほうが都合が良いからと、トヴォどころか自分の歳も教えてくれないので知るのは諦めた。


「トヴォは綺麗だよ」

「知ってるわ」


 当然とばかりに髪を背に流す仕草も、自分が人の目にどう映っているかも知り尽くした艶やかな笑みも年々磨かれ、洗練されていく。

 トヴォは王都にあるバー、セルベッサで働いている。王都とは言え歓楽街の一角なので、下町にいるような荒くれ者や、偉そうな貴族、はたまたワケ有りの人が流れ着く。そこで様々な情報を入手してくるのだが、相手によってはかなり危うい立ち回りを要求される。美人なだけではやっていけない仕事だ。


「でも、良かったの? 今日お休みなんでしょ?」

「馬鹿ね。休みだから好きに過ごしてるの。フィーラってば、私が連れ出さないと新しい服の一つも買わないんだから」

「だってまだ着れるし……」


 拾われてすぐは怪我や、目立たないよう男の子っぽい格好をすることが多かった。髪が伸びて自由に動き回れるようになってからも、動きやすいからいいやとエンに渡された服を着ていた。

 見かねたトヴォが私を連れ出し、着せ替え人形にしたのが始まり。それから定期的に一緒に買い物へ行くようになった。


「もう身長も伸びないからって、全然新しく買ってないでしょう。そんなんじゃ良い男も寄ってこないわよ」

「寄ってこないほうがいい」

「ふふ、よっぽど困ってるのね」


 トヴォの言葉にハルセがよぎり、つい顔を顰めてしまった。思い浮かべた人物を察したのか、トヴォは楽しげに「私も会ってみたいわ」と笑う。私はもう会いたくない。


「でも、今日連れ出してくれたのは助かった。ありがとう」

「どういたしまして」


 今朝の出来事を思い出し、げんなりと肩を落とす。


 昨日、ついにアコルデまで来たハルセをオッタに回収してもらった。余程、私に食べさせられた種が苦かったのか、拾った子供達を教会に送り届けたオッタが戻るまで微動だにしなかった。

 後で詳しく聞くと捨て台詞を残して去っていったものの、妖魔の後処理が立て込んで夕飯に来なかったのでティオが自警団に差し入れに行った。だから、今日の夜までは大丈夫だと油断していた。

 昨日の騒ぎで急遽休みになったのだと、開店前に現れたオッタは機嫌が悪そうで。謎の威圧感を発しながらにじり寄られていたところでトヴォがやってきた。オッタも師匠(トヴォ)には逆らえず、エンの許可を得て王都までやってきた。


「まあ、あの子もしぶといから。また聞かれるでしょうけどねえ」

「ティオが代わりに説明するって言ってたから大丈夫だよ」

「それは……余計にこじれるんじゃあ……」

「どういうこと?」

「まだまだ青臭いって話よ」

「?」


 一部始終を見ていたティオが話してくれるのなら、当事者である私が話すより客観的で断然いいと思うのに。なぜかトヴォは苦笑し、私の腕に自らの腕を絡めた。


「さ、ちゃっちゃか行くわよ」


 そう言って連れてこられたのは女性用の服飾店。

 暖かくなってきたので、薄手の物を幾つか見繕う。アコルデの給金は高いわけではないけど、住み込みで賄い有りなので使う用途があまりない。私でそうなのだから外へ出ないエンはもっとだろう。ティオは弟妹を預けている教会へ大方を寄付している。


「あら。フィー、それ似合ってるじゃない」


 何度目かの試着で袖を通した服にトヴォが声を弾ませた。

 襟ぐりの開いた白地の長袖に、檸檬色のベスト、ロングスカートは新緑色で裾に花の刺繍が施されている。少々胸元が心許ないが、春らしい意匠だ。


「じゃあ、これにしようかな」

「これも付けてみて」

「装飾品はいいよ、使わないし」

「お洒落するなら一分の隙も作っちゃダメ。その隙を男は突いてくるんだから」

「ええ、なにそれ……」


 店員にそのまま着て行くと告げて会計を済ませる。トヴォも既に買う服を選び終わっていたようで、ちゃっかりお勧めのネックレスも一緒に会計している。

 店員の化粧室を借りて髪も弄られ、買ったばかりのネックレスを付けられる。トヴォが買った物なので強くも言えず、頭のてっぺんから足先まで新しく買った物を身に着け、店を出た。


「男共のなんて時間を掛けるだけ無駄よ、無駄」


 次に入ったのは男性用の服飾店。引きこもりのエンと、成長期に入りつつあるティオ用の服を見繕う。

 トヴォはいつも私やエンに服を見繕っては、古着を教会に寄付させる。子供なんて古着で十分、新しい服が欲しいのなら働けばいいのよ。というのがトヴォの言だ。

 子供はすぐ汚すし、成長して大きさが合わなくなる。定期的な服の寄付は教会側にもいいのだろうが、新しい服でないのは自立を促すためのトヴォのこだわりなのだと以前言っていた。


「これと、これ。あ、これなんかどう?」

「それ絶対着ないでしょ」

「やっぱり? 綺麗な色なのに。あいつ元貴族だからか、意外と服に煩いのよね」


 私には違いがあまりわからない白いシャツを数枚手にしたかと思えば、急に爽やかな空色のシャツを候補に入れ始める。つまらないとぼやきながら空色のシャツを戻し、これまた違いのわからない黒っぽいズボンを数本選んでいた。

 エンは外出しないので仕事着と部屋着一緒くたのシャツしかないし、オッタは上に自警団の赤いベストを着るので、どうしても白いシャツばかりになる。寒い時期なら黒を買ったりもするけど、そうなるとエンは全員真っ黒になってしまうからか、あまり選ばない。


「お待たせ」

「もう終わったの?」

「ええ、ばっちりよ」


 まだ来て少ししか経っていないのに、トヴォは手に大きな包を抱えていた。ちなみに服代は毎回エンがお駄賃として渡すお金で支払われている。

 包の中には服だけでなく下着も含まれている。オッタやティオですら下着は自分で買うと断固拒否するのに、トヴォは当然のようにエンの下着を買い、エンも当然のように受け取る。近くで見てきた私にも、二人の関係性はよくわからない。


 一度王都にあるトヴォの家へ荷物を置きに戻り、再び街へ繰り出す。今日はただ買い物に来たわけではない。


「そろそろ時間ね。向かいましょう」


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