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サブヒロイン一筋ですが何か?  作者: ないんだな、それが
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第三話

 クレアの手によって気絶し、二階の一室で再び一夜を過ごした次の日。

 このギルドのマスターである老人に対して、ギルドに入りたい。そう告げると二階の寝ていた部屋とはまた別の個室へ連れて行かれていた。

 中はそこまで広くなく、机とそれを挟んで置かれているイスが二つある。

 机の上には見覚えのない黒い小石が置いてあったが、それを気にするよりも先に椅子に座るよう指示される。


「それじゃあ再確認者が、お主もギルドに入るという事で良いかの?」

 奥の椅子に座ると、老人も向かい合う形で椅子へと座り、話を早速切り出された。


「はい。若輩者ですが、努力させて頂きます」

 目上の者には礼儀正しくしろ。

 大学の就職係から口が酸っぱくなる程言われ続けたせいだろうか。

 自然と教えられた敬語が口から表れ、同時に老人に対して頭を下げた。


「そんな堅苦しい言葉を使わんでも良い。いつもどおりの口調で話しても気にせんよ」

 そう言われても染みついた口調を、崩せと言うのは難しい。

 なるべく努力しますとだけ返答しておくが、初対面の相手に対して不快感を与えにくいこの口調のままが一番いいだろうと、一人判断を下す。


「さて、ギルドに入るからにはこれから誓約書とメンバーカードの準備、クラスの把握をせんといけんのう」

 そう言うと、老人は机に置かれていた黒い石に皺だらけの手をかざした。

 一瞬とは言え、かざされた黒い石から薄く青色の波紋が広がると、すぐにその手を引っ込めた。


「今のは?」

 どう言う機能を持っているのだろうか。

 その疑問を口にすると、一瞬何を言っているんだと言う表情を浮かべられる。

 だが、すぐに納得したのか、あぁと声を上げた。


「これは共鳴石じゃよ。効果は――」

 説明の途中でノックの音が部屋に響く。すぐに老人の方から、入ってよいぞ、と声が上がった。

 直後、黒を基調としたエプロンドレスを着用している、おっとりとした感じの女性が扉を開いて現れた。


「何の用でしょうかぁ? マスター」

「ここに誓約書とギルド印。それと姿見の帽子を用意してくれるかの?」

 話し方は非常にゆっくりとしているが、特に老人も気にした様子はない。

 むしろ、これがいつも通りなのだろうと、一人納得していると、用件を伝えられた女性も判りましたぁとだけ答え、部屋から出て行った。


「さて、さっきの質問の続きじゃが、これはただの連絡用の道具じゃ。魔力を通せば、別の位置に置かれておる石に合図を送る事が出来るんじゃよ」

 説明だけ聞いていれば、ファミレスにあるチャイムを思い浮かべる。

 ただ、ここでも魔力を使うと言う事は、この先も魔力を使って作用させるものはあるんだろうなと、一人で勝手に想像した。


「はぁーい。お待たせしましたぁ」

 そんな事を考えている内に再び、あの女性が現れた。

 その手には紙媒体の書類が一枚。このギルドのマークが掘られているであろう木製の印鑑。

 そして、古ぼけたとんがり帽子が一つ机の上に置かれていく。


「では、ごゆっくりぃー」

 用件をすませると足早に女性が出ていった。

 どうも、あのおっとりとした口調に慣れることができず、少しだけため息を吐いてしまう。


「大丈夫かの?」

 何かをする前に疲れたように息を吐いたせいだろう。

 心配したような表情を浮かべ、声を掛けてくれるが、すぐに表情を切り替える。


「大丈夫です。それより、これから何をすればいいんですか?」

 机の上に載っている書類ととんがり帽子を一瞥しながらも話を進めると、老人の方から書類が差し出される。


「ここに書かれておる注意事項を読んで、問題が無ければサインして貰えるかの?」

 差し出された書類を掴むと、間近まで寄せて文字に目を向けた。


 疲れているのだろうか。ちゃんと眠っているはずなのだけどなぁ、と内心思う。

 もしかしたら、目が疲れているのだろうと都合の良い解釈をして軽くマッサージすると再度目を向けるが、やはり結果は同じだ。


「なんて書かれてるんだこれ?」

 紙に書かれているものは、自分からすればミミズが這ったようなものにしか見えない。

 辛うじてわかるのはアラビア数字らしきものくらいだ。


「何じゃと? ちょっと貸して貰っても良いかの?」

 自分の言った事が信じられない。そう言いたげな表情を浮かべる老人に紙を返した。


「――何処も問題はないはずじゃが?」

 食い入るように書類に見ていたが、すぐに書類は返された。

 その言葉を信じてもう一度書類を見るがやはり結果は変わらない。

 一体どういうことなのかと首をかしげるが老人の方は読めない原因を考えているのか、その場で目をつぶり始めた。


「ふむ、先にこれを被って貰えるかの?」

 数分後、老人が目を開くと、とんがり帽子が押し出される。

 言われたとおりに姿見の帽子という名で呼ばれた物を手に取ると、帽子の中に目を向けた。

 中は何の変哲もない、縫われた跡が少し目立つ古ぼけているだけの帽子にしか見えない。

 一体何を見る帽子なのだろうかと疑問を抱きつつも、コレを被って死ぬことはないだろうと判断して深く被る。


 直後、一瞬とは言え電流のようなものが全身を駆け抜ける。

 痛みはないが、なにかが体の中を駆け巡る感覚は初めてだ。思わず身震いを起こすと、事前に説明をしなかった老人に対して批難の目を向ける。

 そんな中、頭にかぶっていた帽子が淡く光ると、丸い形状をした色のついたモヤが五つ机の上に吐き出される。


「なんだこれ?」

「ふむ、なるほどのぅ。これならば、納得じゃ」

 頼むから一人だけで納得していないで説明してくれ。心からそう思いながらも、帽子から吐き出された五色のモヤに再び目を向ける

 どのモヤも形状以外は統一性は無い。色の種類は赤、橙、緑、黄、白となっているが、それぞれ大きさが異なっている。大きさで並べるのならば、赤、緑、黄、橙、白の順で小さくなっている。


「おっと、スマン。これらの説明をせんといけんのう」

「ようやくですか。それで、これは何を示してるんですか?」

「これはお主の資質を表しておっての。赤が体力、橙が筋力、緑が素早さ、黄が知性、白が運となっておるのじゃが、一つ足りんものがある」

 もったいぶった言い方だが、残り一種類が何なのかは、もう見当がついた。

 ゲームでは必ずと言っても良いほど、おなじみの物が自分には備わっていないのだろう。


「魔力、ですか?」

 老人が言うよりも先に答えを言うと、重々しく首を縦に振った。


「僅かな可能性じゃが、測定できぬほどの魔力を保有しておるのか。それとも初めから枯渇しておるかの二択じゃ」

「ただ最初から文章を読めなかった時点で後者の説が強いと言う訳ですね」

 おそらくだが、最初には渡された紙は魔力を持っていれば、誰にでも読めるような仕掛けがあったのだろう。

 けれど、自分は読めなかった。それは自分が魔力を持っていない事にも繋がるだろう。そうでなければ老人が意外そうな表情を浮かべた事に説明がつかない。


 だが、ここまで魔力が生活に関係しているとなると、これ以降の生活は不便どころの話ではない。

 このままでは常に通訳をそばに連れていかなければ、書類を渡されても何も読む事が出来ないのだから、それを良いように利用される可能性だってある。


(異世界での問題がよりにもよって言語か。――ほんとに運に恵まれてないなぁ)

 下から数えた方が速いと言うのだから、運が無いと言われても仕方がない。


「仕方ないのう。このままでは不便じゃ、それ専用のアクセサリーを今度用意するが、今回はワシが読み上げるから納得したらサインをしてくれるかの?」

 そう言うと、書類が読み上げられた。


 内容は誓約書というよりも注意事項のようなものばかり出てくる。

 要点だけを纏めるならば、依頼の期日は厳守。

 依頼に失敗した場合は規定報酬は貰えず、違約金を依頼者に支払わなければならない。

 依頼を三回連続で失敗した場合、ランクと実力があっていないと判断し、降格処分。なお、最低ランクは適用されない。

 詐欺や窃盗、殺人など法に触れる事をした場合、騎士団と協力関係を結び、捕縛または殺害を行う。また所属ギルドからは除名されるが、状況によって変更あり。


 以上の四点が特筆すべき注意事項であり、返された書類の一部に指をさされると、そこに自分の名前を書くように指示される。

 だが、肝心の羽ペンやインクが手元に置かれていない。どうやって書き込むのだろうとか一瞬思ったが、その答えを示すように老人が懐から刃渡り十センチにも満たないナイフの刃がこちらへ向けていた。


「え、えっと。それは冗談にしては笑えないような気がしますが――」

 嫌な予感がする。自分の直感がそう告げると、この場から逃げるように椅子を引く。

 頼むから自分の予想が当たるなよと、心の底から願ってみるが。


「誓約書は魔術的な要因も含めて血で名前を書く必要があっての、これでスパッと――」

「や、やっぱりっ!」

 自分の予想があたり、それを否定したいために頭を抱えて叫ぶが、目の前からため息が吐かれた。


「あとで治療の呪文を掛けるから一思いにやればよかろう。それに、男なんじゃから女々しい事を言うのは情けなく見えるぞ?」

 そう言われれば、少しだけ安心感を抱くが、リストカットに似た行為は嫌悪感を抱く。

 慣れない、いや、やりたくない事をいきなりヤれと言われても、出来る人間など一握り居れば良い方だ。


 しかし、ここで行動に出なければ前には進めない。覚悟を決めてナイフを受け取ると、左の手の平に刃を添える。

 かすかに震えている気もするが、強く握りしめると力を込めてナイフを引いた。


 直後、硬い何かが手の平を通った。一瞬、痛みの無さに疑問を覚えるが、傷口が空気に触れると、痛みと共に紅い液体が溢れ出し、左手が紅く染まっていく。

 それに表情を歪めながらも、紅く染まった人差し指で書面に触れると、カタカナで自分の名を書き上げる。


「これでいいですか?」

「うむ、それにしても思い切ったのう。これじゃあ、度胸があるのか、ないのか判断に困る」

 自分の名前を書きあげた事を伝えると、すぐに切った左手を突きだした。

 その傷跡に老人がため息を零しながら、直径十五センチほどの杖を取り出すと、先端を向けてくる。


「治癒の力をここに――治療クーア

 老人が呪文らしき言葉を呟くと、左手全体が淡い緑色の光に包みこまれる。

 光が消えると、痛みは感じなくなり、血も止まったようだが左手を拭うと、ある事に気付く。


「傷口が完全に塞がってないんですが」

 少し弄ったら傷口から血が出るようにも見えるため、不安感だけが胸につのる。

 そして目の前の老人に話が違うじゃないかと、再度批難を含んだ視線を向けると、ため息を吐かれた。


「呪文は万能ではない。治療といっても本人の治癒力を高めただけであって、一瞬で傷が治るなど高位の僧兵でも無ければ無理な話じゃ」

 HPポーションの時点で予想はしていたが、これからは下手に怪我を出来ないなと認識するには充分だ。

 もしも深い傷など負ったら最後、先程の治療しか出来なければ、異世界とは言えアッサリと死ねる。それを改めて認識できたと考えれば、今回怪我をしたのも総合的に言ったら、得るものが多かった。


「さて、これで登録は完了じゃ。これでもお主もギルド『宿り木』の一員じゃ。遅れはしたが、ワシはライト=シュピラーレ。このギルドの総ギルド長を務めておる」

 ホントに遅れた自己紹介だと思うが、総ギルド長がなんで地方に居るのだろうと疑問を抱いてしまう。


「中央に戻ったら仕事をしろと、うるさい奴が居ってのう。ワシとしては気楽な老後を過ごすために来たわけじゃ」

 そう言いながら心底うんざりしたような表情を浮かべていたが、今頃お付きの人が頭を悩ませているのではと思えば、同情し辛い。

 ただ、自分からすれば、それは他人事だ。あまり口出しても、自分にとっていい方向には転がらない。それよりも大事な事は自分のクラスだ。


「結局のところ、自分のクラスはどうなるんですか?」

 おそらくだが、ゲーム内でもあった職業欄を埋めるために何にするか確認を取られるのだろう。


 ただ姿見の帽子で推測された資質を見るに、前衛系になる未来しか見えない。

 仮に後衛になる素質を見い出されたとしても、自分は前衛を選ぶ事は確定している。

 その理由の一つが、後衛に属した場合モンスターに不意打ちされる等と言った最悪の想定が起きた際、とっさに自衛できるかどうかだ。

 それならば、鎧などで身を護る前衛職の方が、多少の攻撃を受けたとしても生存率は高いと思える。


「ふむ、前衛に適性があるからのう。ファイターかマーセナリー、それかルークじゃな」

「ちなみに聞いておきますが、後衛は――――」

「魔力が無いから、まず無理じゃ。まぁ、魔力が少しでもあれば、レンジャーも可能性にあったんじゃがの」

 やっぱりか。ある程度推測が出来ていたが、前衛職だけに選択肢を絞れたのはある意味、幸運だ。


 さて選ばれたクラスだが、ファイターとマーセナリーに関しては違いは剣と斧、どっちが装備できるかと言うのが大きな違いだ。

 もちろん、両方とも同じ武器は使えるが、職業システムが持っている専用武器補正がある上に、能力としての伸びしろが変わるため、実質別物として数えられている。

 ただどちらも一つ言える事があるとすれば、能力が平均的に伸び、覚えるスキルも優秀であったために、終盤まで使われている職でもあった。


 最後の一つはルークだが、こちらはゲームでいうなら肉盾タンクだ。

 防御に主眼を置き適正には大盾・重装・斧・槍と全体的にゴツイ装備を手に取り、魔獣にとって好みの匂いを放つ鎧を身に纏って攻撃を全てその身で受けるという特徴を持っている。

 火力の点についてはファイター、マーセナリーに比べたら低いと思われがちだが、逆だ。

 ゲーム内での最高火力を叩きだせるのは自分が知っている中でも、ルークとなっている。

 発売当時はルークが強いとされていたが、ルークには重大な欠陥を備えていた。その理由が素早さの低さと魔力の低さだ。

 主にマーセナリー、ファイターはどちらも筋力と素早さが優先的に伸び、他も一緒に追いかける形でバランスよく育っていく。

 その反面ルークが上がっていくのは、筋力と体力だけとなっている。

 もちろん、魔力、素早さ、そして運と言った要素も育ちはするが、高レベルになっても低レベルのファイター、マーセナリーよりも低いという現実を見せつけ、育てていったプレイヤーに悲しみを背負わせたクラスだ。

 しかし高い攻撃力と防御力を兼ね備えた能力値は、ゲームでも目を見張るものがあった故に「愛すべき馬鹿職」という名も着けられていた。


「うーん、悩むな」

 後々の事を考えれば、万能であるファイター、マーセナリーの方がいいだろう。

 ただ、自分の身とクレアたちを守る事を考えればルークは捨てがたい。


「そう悩む必要はないぞ。あとで申告すれば、クラスは変えられるしの」

「へ? 一度決めたら変えられないんじゃ?」

「そりゃ、すぐに変えられたら困る。ただクラスはその人は何が得意かを、大まかにさす言葉じゃからの、たまに変える者も居るぞ」

「なるほど。では、ルークになります」

 その一言で安心すると同時に、気持ちが後押しされると即座にクラスを決めた。

 ゲームのようにクラスが固定で無い以上、迷う必要性はない。一番気に入っていたクラスを選択し、もし自分の戦い方がファイターやマーセナリーになったのならば申告し直せば良いだけの話だ。


「あい、分かった。では最後にギルドメンバーの証として、これをお主には持っていてもらおう」

 これで全部終わりかと思うと内心ホッとするが、ライトから植物のツタで編んだミサンガが机の上に置かれる。

 それを受け取ってはみるがが、どうみても自分の腕には入らないと言いきれる程、輪が小さい。

 これだけ小さくては落としても気付かずにそのまま紛失してしまうのではと、少し不安にも思う。


「それを腕に通して貰えるかの?」

 植物で出来ているであろうミサンガを無理に通せば壊すのでは。

 その不安が胸中に渦巻き、心配してライトに目を向けるが、早くしろと催促され始めた。

 壊さないよう慎重に指を通していくと、唐突にミサンガの輪が大きくなり、手首にはめるのにちょうどよいサイズへと変化した。


「え?」

 訳の分からない現象に思わず言葉が漏れた。

 これも魔力あってこそ出来る芸当なのだろうかと、一瞬考える。

 だが自分は魔力を持っていないのは先程証明されたので、こんな事は出来ない筈だと一人混乱してしまう。


「うむ、たしかにギルドの証を持ったことを確認したぞ。では身支度金に二千五百セル渡すとするかのう。あとはそれを元手に頑張るのじゃな」

 そう言いながらライトが金の入っている小袋を机の上に置いた。

 それを受け取り、中身を確認すると銀コインが2枚、銅コインが5枚入っていた。


「わかりました。これからお世話になりますライトさん」

「何度も言うが堅苦しく言わんでよい。ウチじゃ法と最低限の礼を欠かさなければ、自由に過ごして構わん」

「なんとも緩いんですね。まぁ、ガチガチに固められるのは勘弁ですけど」

「肩ひじ張って生活するのも疲れるじゃろ。じゃからお主も必要最低限の事さえ守ればよい」

 そう言われて、大人しく判りましたとだけ答えておくとライトが席から立ち上がりこちらに手を差し出してくる。


「ようこそ宿り木へ。ワシらはお主を歓迎するぞ」

 嫌みのない、本心からの笑顔を浮かべているようにも見える。

 それにつられて笑顔を浮かべると、ライトの握手に応じていた。


 そして今日、この日。自分はゲームという端末からではなく、本当の意味で異郷の地に慣れ始めていくのだろうなと、どこか実感していた。


 13


「おぉ、コースケ。そのミサンガを見る限りお前もギルドに入ったんだな」

 ようやく個室から解放され、一階に下りるとロナ姉が嬉しそうな表情で迎えてくれた。


「えぇ。このギルドはミサンガが証なんですね。といってもロナ姉と、あれ? クレアは」

 知り合ってまだ日は浅いが、なんとなくロナ姉と一緒に居るのだろうなと、一人予想していた。

 だが、自分の予想は外れているようで、そばに彼女はおらず、見つけるために周りへ目を走らせる。


「あぁ、クレアなら。――ほら、あそこだ」

 ロナ姉が顎をカウンターの方に振ると、つられてそちらに目を向けた。

 そこには皿の上にじゃがいものような料理を溢れんばかりに乗せて、慎重に歩いているクレアの姿があった。


「自分はクレアを助けに行くんで、ロナ姉は先に席を確保して貰っても良いですか?」

 返事を聞かずに、今も両腕を少しだけ震わせているクレアに近寄っていく。


「持とうか?」

 一応、確認を取るが落とさないよう集中しているのだろう、返答すら帰ってこない。

 いつ落とすか不安になるが、そんな中近くの席に座っていた男性がクレアにぶつかった。


「あっ――!」

 それと同時にクレアから驚く声が上がった。

 持っていたお皿が傾きかけ、中身が落ちそうになる。ただこの事態を予想していた事もあってか、お皿の端を掴んで安定させると、そのままクレアから取り上げた。


「コースケ、いつから来てた?」

「今さっきかな、それより持つよ」

 気付いたら目の前にいたとでも思われたのだろうか、驚いた表情を浮かべていた。

 それを気にする事無く、余計なお節介ではあるが、お盆をクレアから受け取る。


「自分で運べる」

「腕の怪我、まだ治ってないんだろ? だったら、こういう力仕事は任してくれ」

 クレアの本調子がどれ位なのかは知らないが、ウルフたちに噛まれた傷が三日程度で治るとは思えない。

 むしろ、傷ついている腕を無理に行使すれば、治りも遅くなる。それならば、多少文句を言われたとしても、ここは自分が運ぶべきだ。


「……ありがとう」

 予想とは違い、クレアから返ってきたのは感謝だった。

 それに、どういたしましてとだけ返すと、ロナ姉が既に確保した机に向かって足を進める。


「また、ポテトの煮潰しか。もっと肉を食わないと成長せんぞ?」

 自分が持ってきた料理をロナ姉が見ると、飽きれたような表情を浮かべてクレアに忠告していた。

 たしかに目の前の料理―ジャガイモを煮て潰しただけに見える―だけでは、腹は膨れる確実に膨れるだろう。

 しかしこれだけを食べてロナ姉の体形になれる等といった、甘い話は存在しない。


「今の体形が丁度良い。それにこれ好き」

 ただそんな自分の体形に不満が無いのだろう。

 ロナ姉の発言に不愉快な表情一つ浮かべずスプーンを取り出すと、黙々と食べ始めた。


「まったく、相変わらずだな。仮に恋人が出来たら相手が大変だろう。――なぁ?」

「はい!? え、えぇ。まぁ、そうですね」

 一緒の席についているとは言え、話題がこちらに振られるとは予想はしてなかった。

 そのせいで、軽く噛んでしまう。それを見たロナ姉には軽く笑われるが、すぐにクレアの方を一瞥してからロナ姉の質問に同意する。


 クレアの身長は先程見た限り、良くて百五十五センチいくかいかないかであり、肉付も平均な人に比べれば細見に見える。

 仮にクレアと付き合う事になった場合、周りからすれば幼い子が好きな変態、または親子。最悪、人さらいだと勘違いされると可能性がある以上、もう少し成長して欲しいと心から思う。


「ヨースケの変態。やっぱり男は胸にしか興味がない」

 そんな中、何を勘違いしたのだろうか、クレアから見当違いの毒が吐かれる。


「は?」

「へ?」

「え?」

 その事に自分とロナ姉は何を言っているんだといった表情を浮かべた。

 その事にクレアも見当が外れたせいか、疑問を含んだ声を上げた。


「私達は胸よりも身長の話をしていたんだが、ヨースケもそうだろう?」

「ええ。さっき見たのも身長を確かめただけで、昨日の今日で言って良いものといけないものの区別くらいはついてますよ」

 事故とは言え、蹴られたら痛いですしと付け加えていると、何故かクレアから恨めしげに眼が向けられる。間違えたのはそちらだと言うのに少し理不尽だ。


「それでクレアは何で胸の話題と勘違いしたのかな? ん?」

「っ~~~!! ロナ姉の言い方が悪い。――それよりもコースケ、クラスは何にしたの?」

 ロナ姉が追及すると面白い位顔を紅くするが、すぐにこちらへと話題を切り替えた。

 どうみてもなかった事にしたいようにしか見えないが、追及すれば酷い目にあうだろうと予測はつく。


「ルークですね。二人は?」

「私は魔法使マジシャンいだが、派生は魔法戦士だな」

「私も魔法使マジシャンい、派生は人形使パペッターい」

 二人が口にしたクラスは一緒だ。

 もちろん、ゲームの情報であらかじめ二人のクラスは知ってはいたが、上位職ではなく派生なんて単語は初耳だ。

 ゲームでは一度も聞いた事も見た事も無いのだが、これもゲームとの違いだと一人納得させておく。


「ん? どうした、そんな間抜け面して?」

「いや、その、何と言いますか」

「――まさか説明受けてない?」

 クレアが意外そうにするが、そのまさかだ。首を縦に振るとロナ姉が顔に手を当て深くため息を零してた。


「あの爺は最後まで説明をしろと何度言わせる気だ。――まぁ、良い。派生と言うのは簡単に言えば、詳細能力を示すものだな」

「詳細能力?」

「私達のクラスは魔法使い。でも、それだけだと後衛したか戦えないって思われる。だから、派生を使ってどんな戦い方を主とするか想像させやすくする」

 話を聞けば実装された理由も納得はできるの。

 ただ、それがパーティーに入るために虚偽申告している可能性もある以上、どこまで信用していいかわからなくなる。


「仮にその派生は、誰が決めるんですか?」

「ギルドマスターと中央から派遣された役人が決めるな。ここに居る奴は皆そうだ」

 と言う事は、数か月もすれば自分も二人と同じように派生職を決める事になるのだろう。

 そう思うとどのような派生名を着けられるのか、もう成人したとはいえ二つ名に近いものは子ども心にワクワクする。


「ところでコースケ。身仕度金は貰えたよな?」

「ええ、二千五百セルほど」

 ライトの説明不足がロナ姉を心配させたのか、気遣ってくれるが、貰った金貨袋を見せると安心したように息を零した。


「そうか、私達の時と一緒か。それだったら準備が出来次第、装備を整えに出かけるか」

 ロナ姉からの提案にありがたさを覚えるが、自分が空腹であることを思い出すように腹が鳴る。


「おっと、まだだったのか。――仕方ない、今日は私のおごりだ。少し待ってろ」

 そう言うと、今度はロナ姉が席を立って、カウンターに向かって行った。

 それを目で軽く追うが、途中で先程から会話に参加しながらも食べ続けているクレアに目を向けた。

 先程まで山盛りで乗せられていたポテトの煮潰しは、そのほとんどが無くなっていた。

 もはや大きな皿には不釣り合いといっても良いの量だが、それを食べているクレアが何一つ表情を変えずに食べているところを見ていると、美味しいのかという疑問。

 そしてあれだけの量を食っておきながら、腹が膨れている様子もない以上、何処に入っているのだと言う二つの疑問が湧きあがる。


「……ちょっと食べる?」

 注視しすぎたせいだろう食事の手を止めると、料理に指をさして提案をしたきた。

 それに申し訳なさも覚えつつも、空腹にも限界が来ているせいか、首を縦に振る。


「それじゃあ――はい」

 料理を一口分スプーンですくい、そのまま差し出されると、何も考えずに口の中へと含んだ。

 味は元いた世界のジャガイモと変わらない。ただ塩コショウとバターの味が良くしみているせいか、これだけでも充分美味しいと言える。


(あれ? そういえば今使ってのって、クレアが使ってたスプーン――――ん?!)

 もう一口お願いしようかと思ったが、食べ物を食べたおかげか僅かに思考能力が回復する。

 ただ今度は別の問題に直面すると、わずかに硬直し恐る恐るクレアの方に目を向けた。


 こちらが焦っていると言うのにクレアの方は何かを気にした様子は無い。

 むしろ先程差し出してきたスプーンを使って残りの料理を口に運ぶ様子を見ると、恥ずかしさからか両手で自分の顔を覆ってしまう。


「ん、足りなかった? ――でも、ロナ姉持ってくる。もう少しの辛抱」

 そんな心情をちっとも理解していないのか、見当はずれの言葉を言われると、何とも言えず再びため息が零れた。


「ほんとにどうしたの?」

「ほらっ、持って来たぞ」

 一体どうしたんだろうと言いたげな表情を浮かべている中、ロナ姉が大きなプレートを片手に席へと戻ってきた。

 それを待っていましたと言わんばかりに体を起こすと、目の前に置かれた料理に集中する。

 そこには香草と思われる草が乗ったきつね色に焼かれた鳥モモに似たステーキ。

 ナスを蒲焼にしたように切り開かれ、茶色いタレが軽く掛けられている白色の野菜。

 クレアが食べていたポテトの煮潰しに、トマトに良く似た同じ形、色をしたみずみずしい野菜が丸々一つ乗っかっていた。


 この世界での食事は先程クレアの物を食べた時からある程度は日本人の口にもあうだろうと予想はしている。

 ただ毎度毎度主人公達が宿屋に泊る時に、こういう美味しいそうな食事を提供されていたと言うのならば、かなり羨ましいと思える。

 しかし先程は別で見た目に反して奇抜すぎる味が飛んできたらと思うと、僅かに手を出すのが恐くなってしまうが、ロナ姉の奢りでもあるのでここで断ってしまったらお金を無駄に浪費させたことになる。


「はぁーい。頼まれた黒パンお持ちしましたぁー。ごゆっくりどうぞー」

 そんな中、先程二階で会った女性がカゴに入ったパンを持ってくると、料理のそばに置いて行く。

 これは、クレアと街に来る際に食べさせて貰ったが、保存食と店で提供する物は流石に違うだろうと淡い気持ちも込めて手を伸ばし、かじった。


「か、かたっ!?」

 予想に反して、いや、予想通り固いものは固かった。

 現代のフランスパンと比べても、今かじってる黒パンの方がまだ固いのではとも思ってしまう。


「私達冒険者はそれをいっつも食べてるからな。まぁ、コースケもそのうち慣れるさ」

 その事にクスクスと笑いながらも、理由を教えてくれる。

 けれど、これを平然と食べれるようになっている時には、高確率で顎の力が凄い事になってるのではとすら思う。


 そんな中、再びお腹の鳴る音が響く。

 お腹に手を置くと、そろそろ持って来てもらった料理に手を着けようと、備えられたフォークに手を伸ばす。

 まずはナスの蒲焼に似た物に手を伸ばし、そのまま口に含むと、甘辛い味が口内に広がるが、ナスの方だけを食べてみれば、あまり味がしない。

 おをかじっているようなもので、ソースを掛けずに食べるならハッキリ美味しくないと言える。

 次に鳥モモのステーキだ。先程のナスが味が薄かった事もあって、少し不安ではあるものの食べなければ、何もわからない。勇気を持って一口かじる。


「――おいしい」

 まずくない。むしろ今までいろんな料理を食べてきたが一番美味しいと言っても問題ない。

 日本でここまで美味しくて味の濃い肉は数万出して食べれるのかすら怪しいものだが、一体なにをすればこうなるのだろうかと気になってしまう。


「そうだろう、そうだろう。――コカトリスの肉は誰でも美味しいと言うほどだからな」

 まるで自分の事のように喜んでいるが、出てきたモンスターらしき名前に食事の手が止まる。


「コカ、トリス?」

「あぁ、コカトリスだな」

「コカトリスの肉、美味しい」

 二人から返ってきた答えから、ゲーム内に登場したモンスターが脳裏に浮かび上がる。

 たしか胴体と頭は鶏で、尻尾はヘビを生やしたモンスターだった筈だ。毒爪と石化攻撃を多用してくるので、なんど腹立たしい思いをしたか数えきれない。

 しかしその腹の立つモンスターを食わされる羽目になるとは思わず、ためいきを吐きつつもポテトの煮潰しを口に運んだ。

 これは先程クレアから食べさせて貰ったものと変わらないが、美味しいと言う事だけは言える。


「どうしたんだ?」

「いえ、なんでも。ただ美味し過ぎて、思わず息が零れただけです」

「そうか、まだメーロが残っているが、食べないのか?」

 最後に残ったトマトに似た野菜。

 コカトリスのこともあったせいか少し抵抗感があるが、今まで食べてきた物が美味しかった以上、これも不味いはずがないだろうとかぶりつく。


 次の瞬間、口の中に甘味が広がるが、甘い中に薄い酸味を感じられ、より一層甘味を引き立てさせる。トマトの見た目をしながら味がリンゴと言うのは新鮮だが、美味しい以上文句を言う気にもなれず、一気に食いきる。


「ふぅ、ごちそうさまでした」

 全体的に美味しく、不満はパン以外ない。

 両手を合わせていつものように言うと、二人が首を傾げた。


「なにそれ?」

「コースケの世界にあった習慣なのか?」

「ええ、まあ。食材をくれて、作ってくれた人やものに対して感謝のしるしみたいなものですかね」

 やはり異世界では日本の習慣はないのか意外そうな表情をしながら聞いてくる。

 ただいつも通り、子供のころから習慣づけられて気にしていないせいか、自分の説明が正しいかすら怪しい。


「ほぅ、そいつは良い事を聞いた。――ところで、食事は口にあったかな?」

「ええ、自分の世界と味は似てたものが多かったので、美味しかったですよ」

「珍しい。昔はどの種族も転移後は食事が合わないって事が多かった。だから不満があると予想してた」

 昔は料理が発達していなかったのか、それとも別の理由があったのか。

 何故なのかは分からないが、ここで気にする必要はない。むしろこの後、装備を整えに行くのだから食器を片づけなければ、待たせている二人に悪いだろう。


「それより、お待たせしました。自分はこれを片付けに――」

「気にしなくても食器はそのままでも大丈夫だ。それよりもこの後コースケの装備を整えるために出かけるが、クレアも着いてくるか」

「行く、二人だと心配」

 何が心配なのか。どう考えても前日クレアの胸を揉んだ事が一つの要因となっているのだろう。

 だがこちらも、二度も同じ失敗をおかす気はない。

 ただ買い物に行くならば、二人よりも三人の方が楽しいに決まっている、断る必要もない。


「おいおい、まだ私は現役だぞ? 何が不安だって言うんだ」

「コースケが何するかわからない。それに、ロナ姉は抜けてる」

 見当違いな答えに対して、クレアの答えは予想通りのものだ。

 自分が何か問題を起こす前提で考えられているのは非常に文句を言いたいが、ロナ姉のスタイルは元の世界に比べても魅力的であるとハッキリ言える。

 特に日本だったらロナ姉の胸は平均よりかなり大きいもので、もの好きならば自然と彼女の胸に目が行くだろう。

 しかし、自分は違う。たしかにロナ姉は魅力的ではあるが、自分が一番好きなのはクレアだ。

 命を助けられた恩もあるのかも知れないが、クレアの容姿、性格どれをとっても自分にとっては魅力的で、出来る事ならば付き合って下さいと言いたいほどだ。


「クシュン――だれか噂した?」

 そんな中、クレアから可愛らしいクシャミが出た。

 室内は温かいままだが、クレアの視線がこちらに向くと思わず視線をそらしてしまった。


「なんで目逸らす?」

「いや、なんでもない。ただ風邪をうつされたくないかなと思って」

 自分でも苦しい言い訳だと思うが、そうと言うとあっさりと引き下がった。

 やはり、心の底から人を疑う事を知らないと言うべきだろうか。今だけは追及してくれないクレアに内心感謝する。


「ふむ、寒くなる前に出かけるか」

 クレアの心配をしてかロナ姉が話を切り出す。

 それに自分もクレアも気持ちを切り替えて同意すると、席を立ちあがり、そのままギルドを出た。

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