第二話
「――コースケ」
森の出口に着き、もう一踏ん張りだと気合を入れたところでクレアから声を掛けられる。
「どうかしたのか? まさかモンスターが近くにいるのか?」
「違う。足の状態を確認したい、一度降ろして」
そうは言われても、無理に歩き出しそうな感じもする以上、少しだけ降ろすべきか悩んでしまう。
ただ過保護すぎるのも問題だ。クレアの言葉を一旦信用し、地面へと降ろす。
すぐに彼女はしゃがむと、何度か足首を触れて調子を確かめていた。それも数十秒の間で、すぐに立ち上がり、歩き始めた。
顔には出ていないが、まだ痛みが引いてないのだろう。痛めた足が先程から歩くと言うよりも、引きずっており、無理しているのが丸わかりだ。
それを言わずに努力する根性は褒めるべき所かも知れないが、自分が居るのに無理をして後に響いたら笑えない。
「クレア」
「なに?」
「もう一度お姫様抱っこされるのと、自己申告して担がれるの。どっちがいい?」
後の憂いを取り除くために、クレアへと声を掛けると、意外そうな表情を浮かべた。
流石に足を引きずっている状態なら、自分じゃなくても気付けただろう。
もちろんクレアが抱っこするのを拒否して再び歩き始めた時には無理矢理担ぐが、ナイフで刺されようものなら洒落にならない。
それを避けるためにもこうして一言断りを入れているのだが、彼女も僅かとは言え迷った表情を浮かべていた。多分このまま無理をするか、楽をするかで迷っているのかも知れない。
「――ん、じゃあ担いで」
さすがにお姫様抱っこをもう一度されるのは気に食わないのか背中に回ってくる。
「はいはい、まったく正直になればいいのに」
それを聞いて内心ホッとしながらも、乗っ掛かりやすいよう片膝を着けてしゃがみ、皮肉気にこぼす。
だがその皮肉を、クレアの前で言ったのが失敗だったのだろう。直後、後ろ首を掴まれ、痛みから悲鳴を上げて、背筋を伸ばしてしまう。
「うるさい。脅した方が悪い」
つまみ上げた手を離されると、軽口に対して言い返せない返答に思わず黙りこんでしまう。
そんな沈黙の中、森から脱け出すと景色が一変し、太陽の光があたりを照らしだしていた。
しかし先程まで暗い所に居たせいか、あまりの眩しさに目を細めてしまう。
数秒もすればあたりの明るさになれ、目を徐々にだが、開いていく。
改めて周りを確認すれば、一面銀色に輝く雪景色が広がっている。
ここに来るまでの道は誰かが雪かきをしたのか、埋もれていた地面がむき出しとなり歩きやすい道だ。
しぶとく生き残ってる雑草が好き放題に生えてはいるが、これも先程に比べれば幾分かマシだろう。
「この道を真っ直ぐ進めば街。モンスターもそこまで出ないから安心」
更に安心させる言葉に一瞬だけ力が抜けるが、我に返ると言われた通り一本道を歩いて行く。
歩いている中、彼女と言葉を交わすことなく自分はこの世界に来る時と、この世界に来てから幾らかの疑問が浮かんでいた。
まず一つ目は、なぜ自分がゲームの世界に来れたのか。
正直こんな機能がゲームについているとは思えない。原因はゲームをプレイしようとした時に脳内に鳴り響いた声だと思う。
あれに返答をしたから、この世界に送りこまれたとなると、少し迂闊な行動を取ったなと思う。
だがそれを除いても、救いたい相手であるクレアに会えたのは幸運だ。今の気持ちを言うならば、まさしく嬉しさ半分、戸惑い半分と言った所だろう。
ただ冷静になってこの世界について考えてみる。
自分の保有しているゲームの知識は絶対とまでは言わないが、その殆どは役に立たないと言っても過言では無いのかも知れない。
その根拠となった原因は二つある。
まず一つ目は自分が登場した場所だ。先程の場所、クレアと出会った場面は本来ならば主人公と出会い、会話するという筋書となっていた。
それにもかかわらずゲーム内で登場するはずの主人公が、あの場へと呼び出されていない。
自分だけが現在クレアと遭遇している状態なのだ。
もちろん主人公が別の位置に呼び出されたか、元々居なかった事にされている可能性もある。
個人的には前者の方がありがたいが、それが叶うかどうかはまた別の話だ。
どちらにせよ、最初のイベントから原作とは違っている。
あくまで原作での情報は頭の中に留めておくものの、それに頼り過ぎずあくまで判断材料の一つとして考慮しておけばいいだろう。
二つ目は自分たちが戦闘した時の事だ。
ゲーム内では当たり前だった攻撃を受けても次のターンには何事も無かったかのように反撃。アイテムを使って即座にHP回復して傷を治療。バグを使った相手の攻撃無効などといった概念は存在しないのだろう。
その一つの証明となるのがクレアのスキル「二回行動」だ。
彼女の能力は初期に入るキャラでも破格の存在として認識されていたが、常に動き続ける戦場では、ターンの概念など存在せず、仮にスキル確認時にあったとしても使えるものではないだろう。
しかしそれを差し引いても、先程の戦闘で六匹のウルフを相手に一人で渡り合っていた事を思いだすと、二回行動などオマケでついて来たスキルという認識が正しいのかも知れない。
(にしても無限に金やアイテムを増やす方法とか使えないとなると、とことん役立たずになるのか?)
僅かにだが、心配事で胸中が一杯になるが、問題点はそれだけではすまない。
一番重要なのは元の世界への帰り方だ。
この世界ではクレアを救う事を第一目標としているが、実際にクレアを救った後、元の世界への戻り方が判らなければ、この世界に住み続けなければならない。
そうなれば元の世界に置いてきた家族や友人が心配し、警察に捜索願を出す可能性が高い。
家族たちを悲しませないためにも、何とかして自分が元居た世界に戻る手段を発見する必要がある。ただ元の世界に探す事に集中しすぎて、クレアを生存させる事が出来なかったら本末転倒だ。
本来の目的であるクレア生存を優先させた方が、行動指標が立てやすいだろう。
けれど、元の世界に帰る方法を調べる事を疎かにすると、避けては通れぬ問題が発生するのだ。
その問題というのが時の流れだ。自分の世界をAとし、この世界をBとするならば、Aでの一年がBでの一日と言った浦島太郎のような事になった場合、たとえ元の世界に戻れたとしても自分の事を知っている者が存在しない事もある。
そうなれば、戻って来た意味が存在せず、時の流れも調べられる限り、調べた方がいいだろう。
(そうなったらマズいし、やっぱり救出と帰還方法を同時に調べるべきか?)
来て早々、忙しくなりそうだが、どちらも両立できるか果てしなく不安になってくる。
正直言ってやれるか、やれないかと聞かれれば、現状はやれないとしか答えられないだろう。それを誰かに聞かれれば、無茶苦茶な計画だな。と呆れられるのが関の山かも知れない。
けれど来てしまった以上は仕方がない。今ここで机上の空論を繰り広げても何の解決策を生まれてくるわけでもない。
しかしこちらの世界への知識はゲーム内で登場したアイテム、モンスターの知識だけでなく、作中で登場した書籍も覚えている。
たしか物語内で主人公を呼び出した歪門についても書かれていた書物もあったはずだ。
内容に関しては流し読み程度で覚えてはいないが、そう言う書籍がゲームにあった以上、別の世界に戻る方法に少しは希望を持っても良いだろう。
「ケ、――コース、ケ。コースケ!」
「え? あっ、ごめん。何だ? クレア」
いつの間にか声も聞こえおらず、一人集中していた事に気付く。
先程まで動かしていた足も今は止まっており、名前を呼んでいたクレアに簡単に謝罪すると、用件を聞く。
「集中するのは構わない。けど、こんな所でずっと立ってたら勝手に降りて先に行く」
「頼むからそれだけは止めてくれ。それよりクレアの住んでる街までどれくらいかかるんだ?」
「んー……二日?」
クレアが軽く迷い、視線を空に向ける。
数瞬後には何事も無かったかのように発言するが、その意味を理解すると唖然とした。
あと二日もこの状態で歩くとなると、自分の腕がもつか心配になってきた。
「今回は私も怪我して、コースケにかつがれてるからそれだけ掛る。場合によって短縮できる」
「そうなのか?」
「うん。だからコースケも足を止めないでさっさと歩く」
再び足を止めてしまっていたのか、馬をあつかうように何度か叩かれる。
それに、はいはいと曖昧な返事だけを返し、覚悟を決めると再び街に向けて進んで行った。
6
「少し待って、コースケ」
「ん? なにかあったのか?」
太陽が沈みかけ、あたりが夕焼けの光に照らされ始めたころ、急にクレアからストップがかかる。
思わず警戒してあたりを見渡すが、彼女はそれすら無視して夕焼けに目を向けていた。
自分もそちらに目を向ければ、ちょうど沈みかけの太陽と橙色の光を反射する雪が美しいに見とれてしまった
「ここらへんで野宿しよう」
「良いのか? 俺はまだ歩けるけど?」
「案外日が沈むのは早い。そうなったらモンスターも動き出す。その前に野営の準備を済ませて火を焚いておきたい」
ここは冒険の熟練者でもあるクレアの言葉に従った方が良いだろう。
一度クレアを降ろすと何をすれば良いか次の指示を即座に聞いておく。
「んー近くの立ち木の枝を何本か取って来て。今日の焚き木に使う」
そう言われてあたりを見回す。
離れていて見え辛いが、百メートル程離れた先に立ち木が一本立っていることに気付く。
再度振り返ると、あれを取って来るのかと指を刺しながら確認を取ってしまう。
「――何でもするんじゃないの?」
「何でもとまでは言ってないんだが、まぁ、焚き火になりそうな枝を取って来る位なら一っ走りすれば良いだけだし、行ってくるよ」
そう言いながらクレアに背中を向けて、立ち木まで行こうかと足に力を込めていく。
だが、後ろの方で思い出したようにクレアが声を上げたので、思わず踏み出そうとした足を止め、何事かと振り返ってしまう。
「コースケ、忘れ物」
「忘れ物? 何か預けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」
後ろを振り返ると見覚えのあるマチェットが足元へと飛び、雪へ深々と突き刺さる。
その光景に思わず絶叫すると、何か悪い事をしたかと必死に思い出そうとする。
しかし彼女への嫌がらせをした覚えは一つとしても思い浮かばず、まさかここで気絶していた時の恨みを俺の死で晴らすつもりなのかと思うと冷や汗が噴き出す。
「あっ、ごめん。すっぽ抜けた、それ使って枝切ってきて」
「間違いで自分の命が失われそうになったんですが!?」
思わずツッコミを入れてしまうが、特に気にした様子もない。こちらを一瞥するとニッコリと笑みを浮かべる。
「コースケ、私寒いから早く行って来てほしいな」
次は無い。そう言わんばかりに微笑むと、もう一本のマチェットが抜かれる音が耳に入る。
その行動を予想すると自分の体温がさらに下がる感覚を受けた。
二本目が飛んでくるよりも先にマチェットを引き抜くと、その場を離れるために立ち木に向かって全力疾走していた。
7
「そういえばコースケ。コースケがのみこまれる前の世界はどんな世界だったの?」
夜、焚き火の前でクレアから提供された固い黒パンをかじりながら、唐突な質問に対して疑問を抱く。
「何でそんな事を?」
「私が生まれる前。歪門が起きるまでそれぞれの種族が住んでた世界は何処も一風変わってたらしいから気になった」
「なるほどね。ただ、どんな世界だったか……か。正直どう説明すれば良いのやら」
クレアに質問されて元の世界、日本について思い浮かべる。
ただ、あまりに情報量が多すぎて、どう説明すればいいか少し頭を悩ませてしまう。
「何でも良い。長くなっても話が聞けるなら聞く」
興味津々な表情を浮かべている以上、答えた方が彼女を喜ばせる事にもなるだろう。
「そうだな。自分の居た所は毎日命のやりとりがなくて、誰もが勉強できて、誰もが生きる権利を持っている平和な世界って所かな」
元いた世界について考えて、ようやく思いついた言葉は余りにも短すぎる。
それを聞いたクレアは想像できないのか、胡散くさそうな表情を浮かべはじめる。
「ふーん、それで?」
未だに納得していないという事だけは顔を見ればわかる。
クレアを納得させる事が出来るよう、元いた世界の事について自分が説明できる限りを詳しく説明する事にした。
時間にして一時間程、日本について説明するとようやく納得したのか、続きを促してくる。
話が一段落ついてきた事もあってか、わざとらしくおおきな欠伸をかくと、クレアも頭上に昇った月を見た。
「明日も早い。長話に付き合わせてごめん。火番するからコースケ寝て構わない」
「そうか? じゃあ言葉に甘えるよ」
本来ならば男である自分が火番をやるべきなのだろう。
だが、それをやれるだけの体力も尽き、何もせず黙って火を見守る作業は寝落ちする可能性が高いので、一言断わると固い土の上に寝転び瞳を閉じる。
普段の何ひとつ変わらない日常とは一転して命がけだった一日ではあったが、何処か充実感を感じ、これが夢でない事を願いながらも意識はすぐ途切れた。
8
目の前に居る人物が寝息を立てた事を確認すると、よほど疲れていたのだろうと判断してしまう。
正直親しくもない人間でありながら、何でそう安々と信用し、眠りにつく事が出来るのかが私には理解出来ない。
可能性として私が一人で先に行くという事を考慮するならば、何かにつけて起きているという選択肢もあったはずだ。
それ以外にも目の前のカラギ・コースケと名乗った男は、初対面でありながら一度として疑いの目を向けるどころか、何処かで会った事でもあるのか私に会って見せる表情は喜び、戸惑いといった何かを知っているようなものばかりだ。
またウルフに襲われた時は逃げろと言ったのに、助けに来る大馬鹿野郎で、戦闘中では震えていたのに即座にこちらの怪我に気付いておぶって運んでくれるのだからあまりにも人が良すぎる。
それがどこまでが本心でどこまでが嘘なのか読めないが、今は自分のそばにおいても問題ないだろうと思う。
「ただ裏切った時の報復はちゃんと受けてもらう」
アホ面で今も眠っているコースケに向けて呟いていた。
9
目覚めは案外早かった。意識が浮上し、いつも使っている低反発の枕の感触が感じられない事に気付く。それに疑問を抱き、あたりを見回してみれば薄暗い中手一杯に雪を持って焚き木の火を鎮火している人の姿がうつった。
何で自室とは違う場所に居るのか? 目の前に居る子は誰だろうか? ぼやけた思考の中で幾つもの問答を繰り返すが、こちらの視線に気付いたのか、炭と化した物をバッグの中から取り出したズタ袋に入れると琥珀色の双眼を向けてくる。
何処かで見た事のある子だと思う。それ以上に整った容姿に隠し事すら許さない貫くような細目と、歩くたびに揺れる薄緑色の髪がその子の魅力を際立たせているようにも見えてしまった。
そしてその子が自分の眼前まで来ると――――寝ぼけた思考を起こすように頭を蹴られる。
「いってぇ!」
「眼、覚めた?」
悲鳴を上げ、蹴られた所を抑えつつも蹴って来た張本人を鋭く見返す。
「もっと別の起こし方が――って、夢じゃない?」
昨日に引き続き、どうしてこう蹴られなきゃいけないのだろうか。
そろそろ文句の一つでもと思ったが、思考がハッキリしていくと自分のおかれている状況を再認識し、思わず言葉が漏れる。
その意味を理解出来ないのかクレアは一人首を傾げるが、そちらに気をやる事無く顔を伏せると傍から見て不気味な薄ら笑いを上げる。
「やったぁぁぁぁぁぁぁ!」
目を覚ませばまたいつもと変わらない日常が返ってきて昨日の事は酷い明晰夢だった。
そうなれば、笑い話としてはこれ以上ないほど笑えていたのかも知れないが、二日連続で見覚えのない場所に居れば現実味は一気に増してくる。
「うるさい。それとそろそろ出発する。今から歩けば昼前には街に着く」
そう言いながら先に歩き出したクレアは、昨日とは打って変わり何ら問題ない足取りだった。
寝ている間に何をしたのかという疑問を抱くが、それは追々説明されるのだろうと期待し、捻った足に注目する。
そこにはソックスの合間から白い包帯が姿を見せていたが、無理していないか心配しながらも、彼女の横に並び立つように小走りで着いていくことにした。
10
歩き始めてはや四時間。雪道を歩き続け、積もりに積もった雪景色をずっと眺めていたら流石に飽きてきた。
時たま変化はあるが、それも現代じゃそうそう見られない大樹が生えてる程度で、あっても無くても同じような物だと認識しても間違いではない。
それ以上に四時間も歩き続けたせいか身体中に疲労を感じ、もはや彼女の心配をするよりも街まで自分の体力がもつか心配になってきた。
「なぁっ、まだか?」
「正直言ってだらしない。あとすぐで着くから頑張る」
僅かではあるが息切れしてきていることを感じ、彼女に街まであとどれくらいかかるか質問を投げかける。
「あとすぐって、どれくらいだよ?」
すぐに答えは返ってきたが、見えないゴールに少しずつ苛立ちを感じ、声に出てしまう。
「あの丘越えれば街に着く」
指を指した先に目をやると、あと数十分は掛かるだろう道のりが目に入る。
それを下れば街へと着くのだろうが、それまでの距離を考えると苦痛にしか感じられない。
なんとか顔に出さないまま無言で足を進める。丘の頂上へ着くとクレアの言うとおり山を下りてすぐの所に街が建っていた。
「あれが私の住んでいる街。あと一息頑張れ」
そう言いながら疲れを一切顔を出さない彼女に尊敬の念を抱いてしまう。
それと同時に置いて行かれないよう着いて行くが、目的地が視界に入ったのも要因なのか、不思議と足は軽くなり、クレアに並び立って歩く事はそう難しい事では無かった。
「コースケって案外現金?」
「否定できないのが辛いなぁ」
11
街の門にはこの街の警備隊らしき人が居た。
原作では見た事もないが、横を通りがかった際に、一瞬だけ変な目で見られていた。
だが、声を掛けられる事も無く、街の中に入るとあたりが一気に騒がしくなるが、隣を歩いている彼女は気にした様子も無いままこちらを向く。
「コースケ、これからギルドに案内する。そこであの場に居た理由を説明して貰う」
穏やかな雰囲気から一転して剣呑な雰囲気を醸し出すクレアの空気に呑まれかける。
とてもじゃないが冗談を言える空気では無い。
けれどギルドでこの世界にどうやって来たのかと問われた所で、本当の話をしても頭のおかしい人としか思われない。
だが、何かしらの説明を行わなければ、今度は魔術によって飛ばされたスパイか狂言を言う変人としか捉えられないだろう。
「わかった。そのギルドとやらに連れて行ってもらえるか?」
若干追い詰められている気もしなくもないが、今はこの場を乗りきるのを優先させるために流れで返答する。
その言葉にクレアは足を進める。それに置いて行かれないよう着いて歩く。
しかしギルドに着いたところで、何がどうしてこうなっているのか理解できない自分が、何から説明すれば良いのか全く分からないのも事実だ。
仮に記憶喪失で物事を押し通そうものなら、何故自分の名前などを知っているのかと揚げ足を取られかねない。
むしろばれる嘘を吐くより、ここに来るまでの状況を掻い摘んで説明した方が疑われはするが、記憶喪失よりかは少し現実味がある。
あとは何を質問されても、物事を理解し正しく返答すれば命を奪われる可能性も限りなく低いと思いたい。
今更だが自分は何故この世界に来たのかが、本当に理解する事が出来ない。
確かにクレアの死亡した終わり方に対して納得できず、その後周回プレイをする時に脳内に響いた声に対して賛同した。
ただそれだけの事で、この世界に呼び出された理由を納得する事は出来ない。
むしろ、英雄といったものには興味はない。自分がそれに該当するなどという自惚れも、モンスターに襲われた時点で粉々に砕け散った。
さて話を戻すが、仮定話としてゲームをプレイしている最中に何らかの法則があってこの世界に来れる条件を満たしたというのならば、この状況もわからなくもない。
しかし大量生産されたゲームソフトがオカルト現象を引き起こすなど、未だかつて前例がない。
仮にその法則があるというのならば、自分より先に誰かが見つけているはずだ。
けれど、その話が今まで出てないという事は誰も遭遇していない。または馬鹿げた話だと一蹴して、まともに話題に上がらなかったのかも知れない。
様々な憶測が頭の中に浮かび、いつまで経っても答えの出ない推論に頭を悩ませていたせいか、クレアが立ち止まっている事にも気付かず、ぶつかってしまう。
「うぉっ!?」
立ち止まっていたクレアにぶつかってよろつかせてしまった。
「――あっ、すまんクレア」
即座に考えることを止め、謝罪の言葉を掛けるも、クレアから恨めしそうな視線を向けられ申し訳なさだけが浮かぶ。
「コースケ、考え事しすぎ。ちゃんと前見て」
「本当に悪かったって。――それよりもここがクレアの所属しているギルドなのか?」
再度謝ると、右手に見えている木造二階建て。
白を基調とした建物を目端に捉え、質問を投げかけると首を縦に振った。
「そう、ここが私の所属しているギルドだけど、どうしたの? コースケ」
入り口に向かい、両開きの戸を押していたが、また考え事をしないか心配だったのだろう。
こちらに目を向けると質問を投げかけられるが、何か大切な事を忘れているような気がして、首をかしげてしまう。
「いや、何か忘れてる気が」
「考える事や話す事は中でも出来る。だからもう入ろ」
言っている事が正論な以上何も言い返す事が出来ない。
言われた通り中へと入ってから考えを纏めようと判断し、クレアと共に両開きの扉を押して中へと入る。
「クレアっ! 無事だったか」
中に入った直後、紅い髪の女性がクレアに走り寄り、抱き締めていた。
自分もクレアも予想外の出来事だったため反応しきれず、紅髪の女性にクレアが抱き締められていた。
ただどう見ても、紅髪の女性の胸によって圧迫され、第三者の目から見てもクレアが苦悶の表情を浮かべていることに気付く。
「――ロナ姉苦しぃ」
片腕を怪我している以上、上手く引き剥がせずにいるのか、息苦しそうな表情を浮かべている。
「仕方ないだろう。お前が歪門近くに居ると聞いた時は驚いたんだ。これ位の事は許してくれ」
そう言いながらロナと呼ばれた女性はニコニコと微笑みながら未だにクレアを抱き締めていた。
抱き締められたクレアの方と言えば、抱き締められる力が強いのと胸に思いっきり押さえつけられて、息が出来ない状態が続いたせいか顔が青くなっており相当危険な状態に見える。
「あの、そろそろクレアを離したらどうですか? 今にも死にそうな顔なんですけど?」
命の恩人であり、死なせたくない人が目の前で窒息死と言うのは洒落にもならない。
恐る恐るではあるが、見覚えのある紅髪の女性に声を掛ける。
「おっ、どちらさまかな? もしかして歪門で呼び出された別大陸の住民?」
言っている事は当たりだが、クレアを離す気はさらさら無いのか、その手は一向に緩みを見せない。
むしろ強まっているのかクレアから何かが軋む音が聞こえ、腕がゆっくりと垂れ下がっているのに気付く。
「だからクレアがヤバいんですって! ホントに死んじゃいますから!」
一刻を争う事態に焦りすら感じる。急いで掛けよるとクレアの体を掴んで引き抜こうとする。
(あれ、こういう時ってどこ掴めばいいんだ? さすがに衣服を引っ張るわけにもいかんし――)
身体のどこを掴むか迷うが、今にもクレアが死に掛けている以上なりふり構まっていられない
目を瞑って問題なかろう場所を想像しながら、身体の一部を掴み引っ張り出す。
「おっと、無理やりはいかんぞ青年。今度からは触るべき所には気をつけるべきだな」
無理やり抱き締めている奴が何を言っているんだ、そう言いたい所だが、今はそれ所では無い。
クレアを助ける事を最優先に再び引っ張りだそうとすると、けなげな努力を認めたのだろう。
ロナ姉も小さく笑みを浮かべ、抱き締めていた力を突如ゆるめた。
それによってクレアを引っ張り出す事はできたが、力を込めている最中にゆるめられたせいか、後ろへと盛大に倒れ込む。
「いてて、急に離さないで下さいよ!」
少し大きめな物音を立てたので、建物内に居たほとんどの人の注目を集める。
それを気にすること無く上半身を起こすと、先程の女性を睨み付ける。
こんな事をさせておきながら何が面白いのか判らないが、未だに笑う赤髪の女性に僅かとは言え苛立ちすら覚える。
「すまんすまん。それよりも青年、自分の手が何を触っているのか見た方が良いと思うぞ」
自分の怒りを買いたくないためにわざと話を逸らそうとしているのではと思う。
しかし目の前の女性が笑っている理由が気になり、何を握っているのか確認するために、その場で触れているものを何度か握ってみる。
何やら柔らかく、マシュマロのような感触にも近いが、一体何なのだろうと言う疑問から首をかしげる。
「――? ――!?」
そんな中、今助けたばかりのクレアが何やら騒ぎはじめた。
一瞬とは言え、背筋に冷や汗をかくと自分の握っていたものから手を離し、彼女の衣服へと目を向ける。
クレアの胸部が皺だらけになっているところを見るに、とんでもない間違いを犯したと理解し、顔を青ざめさせる。
「す、すまっ――――カフッ!」
クレアに対して何度目の謝罪だろうか。
土下座を敢行しようと、態勢を変えようとするが、それをやるよりも先に顎へと鋭い衝撃が走る。
それにより、再び意識が途切れる。
最後に見えたのは軽快に笑っているロナと呼ばれた女性と、顔を真っ赤に染め上げこちらを射殺すように眼付を向けてくるクレアの姿だった。
12
「――ん、あれ? ここは――って、痛たたた」
目を覚ますと、目前に見覚えのない木の天井が視界に入った
それと同時に気絶した原因であろう痛みが顎から走り、涙目になりつつも血が出てないか確認のため手を当てる。
強い力で蹴られたせいだろう。
触れただけでも鋭い痛みが走るが、それよりも重要な事は今居る場所がどこなのか、だ。
下から何かしらの物音が聞こえてくるが、先程の痴漢行為の事も考えると全く別場所である可能性も否定できない。
今居る場所を確認するためにもこの場から起きて、降りる必要があるだろうと判断し、ベッドから起き上がる。
それと同時に目の前の扉が音を立てて開く。
誰だろうと思うが、この世界に知り合いは未だにクレアしかいない。
という事は高確率で、知らない誰かだろうが、中に入って来たのは初老の男性だった。
しかしこの世界では魔法と言う物が存在する以上、老人だからと言って油断のできる相手では無い。ただ老人の方はこっちが起きているのが意外なのか、驚いた表情を浮かべていた。
「もう起きたのかね? あの娘は強いからもう少し気絶していると思って様子を見に来たのじゃが」
あの娘と言うのは十中八九クレアの事だろう。
なんだかんだ言ってクレアも手加減を知っている筈だろうし、原作でも性格が非常に良い方だ。
強い力を込められたからと言って、アレは全力に分類する方じゃないだろうと、内心予想する。
「いやいや、あの娘も事故とは言え本気だったぞ。それなのに起き上がれるとは大したもんじゃ」
一瞬、言葉に出ていただろうか。その疑問を頭に残しながらも片手を自分の口へと持っていく。
ちゃんと口は閉じられているにもかかわらず、何故こちらの考えがと疑問すら浮かびあがる。
ただ、魔法の概念を思い出せば、それも出来るのだろうと判断し、目の前の老人への警戒心が強まる
「警戒せんでも、何もする気はないんだがのう。――とは言っても、いきなり心を読まれては無理があるかの?」
わかりきっている事を口にする老人に対して、警戒を緩めるなどできるものか。
むしろ、自分の知ってるゲームでは「こんにちは、しね!」みたいな次の瞬間には殺される展開だって存在するのだ。
それを考えれば目の前の相手を警戒するのは普通だが、こちらとしては聞きたい事もある。
しかし一歩間違えば最悪な状況に陥ってしまう以上、どうやって話題を切り出すか一瞬悩んでしまう。
「ふむ、名も知らぬ青年よ。お主には感謝する。ウチの娘を、クレアを助けてくれてありがとう」
ウチの娘と言う事はこの爺さんが、クレアの父親なのだろうかと一瞬錯覚する。
けれど、外見からしてもクレアと目の前の老人が似ている所を探そうとしても一つとして見当たらない。
(もしかして叔父的な存在なのか?)
「いやいや、あの娘と血は繋がっておらぬよ。だが、ウチのギルドに居る子は皆、ワシの子じゃ」
だから人の心を読むなと言いたくはなるが、典型的なお人よしな老人だと言う事だけは理解出来る。
「自分は何も出来てません、むしろ足を引っ張っただけで感謝される事ではないです。それよりもここは何処ですか?」
頭を下げられても対応に困る。むしろ、今この場所が何処なのか知る方が重要だ。
場合によってはクレアの居場所を知らなければ、このままでは死ぬ可能性だってありえる。
それだけは避けたい所だが、目の前の老人が素直に答えてくれるかは判らない。
「ここはさっきお主が居った建物の二階じゃ。――それよりもお主に聞きたい事があるんじゃが良いかの?」
「ええ、といっても貴方を満足させるような物は持ってませんよ?」
持ち合わせがあったならば差し出していたが、何も持たずに飛ばされたのだ。
こちらから提供できる情報は最大限活用した方が無難ではある。
「そう警戒せんでも良い。 わしが知りたいのは、お主が歪門に巻き込まれる前に何があったのか教えて貰おうと思っただけじゃ」
「え?」
一体なにを思ったそんな質問をしたのか。
全く意図が読めず、疑問を含んだ声を上げてしまうが、どうやら続きがあるようだ。
「お主の場所以外にも歪門が観測されての。大陸の融合は起きんかったが、何かあるかも知れん。共通点さえ見出せれば対策も練れると思っての」
あぁ、なるほど。と納得の言葉を漏らしながらも、一つの可能性が湧きあがる。
原作では主人公と呼ばれる存在も歪門から出てきていた。
その点を考慮すれば、もう一つの歪門から出てくるのは十中八九、主人公であることは確率は高い。
けれど、どこに現れたかなどは言われておらず、場合によっては主人公の手で既に別地域でのイベントが発生している可能性がある。そうなれば、もはや原作知識は僅か程度では無い。
使えないといい切ってすっぱり忘れた方が幸せな可能性も捨てきれない。
「まさかお主、何か知っておるのか?」
「貴方が言っている件については残念ながら、特に何もやっていないとしか答えられません。ただこの先何が起きるのか仮説で良ければお話はできます」
急に口を止めて考え込む自分に対して老人が声を掛けてきた。
クレアの時もそうだが、顔に出やすい体質でもあるのだろうかと首を傾げつつ、質問に答える。
一応原作のストーリーはうろ覚えとは言え始まりから終わりまでは書き出せる自信がある。
けれど、それが本当に起きるかは別問題だ。もしも起きなければ、自分が大ぼらを吹くペテン師扱いされかねないので、今ここで話すかどうかは目の前の老人次第だ。
「――そうか。じゃったら聞くのも無しじゃ」
「え? 聞かないんですか?」
あっさりと手のひらを返され、思わず呆けてしまう。
自分から言いだしたものの、やはりあるかも知れない可能性を聞いておくのは今後のためにもなるというのに何を考えているのだろうか。
「そうじゃ。それにお主の話は仮定じゃし、未来の話など聞いても面白味が無かろう?」
なんとも気楽な老人だと皮肉気に思うが、今後の人生を楽しむならば確かにこの人の言う事には一理ある。
「さて話題は変わるが、お主はこれからどうするつもりかの?」
そんな中、新たな話題に考えを止める。
これからの方針を考えてみれば、たしかにサブヒロインを助けに行く。
それが基本方針となって動く事は既に決めていたのだが、それ以外は全くと言っていいほど考えてないせいで頭を悩ませてしまう。
本来ならば自分の家に戻って明日の準備をするのだが、あいにくここに自分の家などない。
そのため衣食住はこれから確保しなければならず、それを得るためにも働かなければならない。
ただし、この世界には自分の身元を保証するような人物が居ない以上、まともな職につけやしない。
「どうしましょうか、働くにしても身元を保証してくれる人が居ないんですよね」
まさに八方ふさがり、もはや苦笑いしか浮かばないが、目の前の老人に対して助けを求めると言うのも恰好がつかない。
「何を言っておるかわからんが、冒険者はどうじゃ? お主のような何かしらの問題がある者でも、腕さえあれば問題ないしのう」
その言葉に光を見い出し、顔を上げる。
たしかに冒険者となれば、命の危険性はあるが衣食住を確保するのも難しくはないうえに、ある程度クレアたちの近くで強くなれるので、冒険者になるメリットは大きい。
「ありがとうございます。――でも、少し考えさせてください」
けれども、命懸けの仕事というのは恐怖すら覚える。
考えるのには時間が必要だ。
そう思うと、外の空気を吸いに部屋を出ようと老人の横を通り過ぎる。
「そうか、じゃがお主は冒険者になるはずじゃよ。ワシの直感がそう言っておる」
「勘なんて、そうそう当たる物じゃないと思いますが?」
「ふむ。――でも、ワシの勘は良く当たる。色よい返事を待っておるぞ」
部屋から出ると、窓から見える外は既に夜のとばりが降りていた。
ただし、建物の入り口や街道に一定間隔に置かれている街灯が頼りないが、僅かに道を照らしていた。
その光景を一瞥しながらも、薄暗い廊下をゆっくりとした足取りで前へ進む。
一歩一歩踏み出すごとに床に打ちつけられている木材のきしむ音が、耳に響き一種の不安を湧き立たせる。
だが、その状況もすぐに終わりをつげた。
目先には上下階に繋がる階段が二つ見つかった。
階下からは多くの人の笑い声、喧騒が聞こえ、先程の集会所に繋がるのだろうと予想が着いた。
ただ今は一人で考え事をしたい。その気持ちが支配し、不思議と上に続く階段へ足を向けた。
二十段ほど昇ったところで踊り場と扉が現れ、なにも考える事無くドアノブに手を掛けると外へと出ようとするが――
どうやら先客がいたようだ。扉の奥から誰かが跳ねているのか、床を蹴る音が断続的に聞こえる。
こんな時間に誰だろうと言う疑問を抱くが、自分と真逆で喜んでいる若者が居ると思うと、愚痴の一つでも聞いてもらえるのではと僅かな期待を抱きつつ外に出る。
そこには体格に似合わない、ぶかぶかの白い着物を纏った人が舞っていた。
舞いには規則性はないのか、その場で回っていたと思ったら、跳びはね、ステップを適当に踏み出す等を繰り返していた。
だが、夜空から顔を出している月光が舞っている人と純白の着物を照らしだし、幻想的な風景に心を奪われ、立ちつくしてしまう。
「あの子の邪魔をしては駄目だぞ青年」
突如声を掛けられ、我に返ると声の方向に顔を向ける。
そこには紅い髪をお団子状にまとめて座っている女性、ロナと呼ばれた人が座っていた。
その手にはおちょこが握られており、すぐそばには折り畳み式の机が置かれていた。
机には先程までつまみが乗っていたと思われる小さな小皿と徳利が一本立っていた。
「ほらっ、いつまでもそんな所に立ってないで、こっちに来い」
悩んでいると言うのに酔っ払いに絡まれるとはついていない。
ため息を隠すことなく吐くと、誘いを断る事無く、机の向かい側に黙って座り込んだ。
「さてと、青年は何の用でここに来たのかな?」
「その青年ってのやめてくれませんか? 自分にもちゃんとした名前があるんですけど」
用件を話される前にいつまでも青年呼ばわりは鬱陶しい。しかめつらを浮かべながら抗議するが、軽く笑われる。
「それは失礼した。だが、青年の名を知らないのだから私は君を青年と呼ぶしかないだろう」
「殻木 浩介です。好きに呼んでくれて構いません」
そう言えば言って無かったな、と思うと改めて自己紹介をすませておく。
ロナと呼ばれていた女性が何度か自分の名前を反芻すると改めてこちらに目を向けた。
「覚えたよ、コースケだな。私はロロナ=ジヤヴォール。みんなからはロナ姉って呼ばれているが、好きに呼んで構わないさ」
お返しと言わんばかりに自己紹介をされると、やはりかと自分で勝手に納得する。
最初は確証を得られなかったが、この人も序盤に出てくるお助けキャラだと先程の名前で確証した。
けれど、この人は強制的とも言える死亡フラグを持っている悲しいキャラクターで、この人は救えるのだろうかと疑問を抱く。
もちろん、出来ない事はないのだろうが、それまでにアイテムが揃うかどうかという事と、そもそも死亡の原因となったものが存在するか確認しなければならない。
恐る恐るではあるがロナ姉の左目に注目する。
予想通り、そこには複雑な文字と五芒星が描かれた眼帯を着けており、それだけで今後によっては死亡する可能性がありえると判断するには充分だ。
最初から忙しくなるのかと思うと、一気に力が抜けて壁に背中を預けると別の意味でため息が零れた。
「どうした?」
一気に力の抜けた姿に心配したのか、お猪口に口を着けながら声を掛けてくる。
ただホントに心配しているなら、まずは酒を置いてから声を掛けろよとツッコミを入れたくなる。
「いや、なんでも。それよりも、あそこで舞っている人は誰なんですか?」
今も白い着物を頭からかぶり、月下で舞い踊っている人の正体がそろそろ気になった。
ロナ姉ならば知っているだろうと期待して質問を投げかけると意外そうな表情を浮かべる。
「あの子はクレアだぞ? 体格からして判らないのか?」
「マジ――」
ロナ姉から言われた事実に思わず声を上げた。
言い切るよりも先にロナ姉から伸びた手が口を塞ぎ、思わず息がつまりかけた。
「あの子はどんな夜でもああやって舞うんだ。推測は立てれるが、悲しみを紛らわせるためかも知れんな」
そう言うと、ようやくロナ姉が口から手を放すが、急に塞がれたせいか、思わずむせてしまう。
「おいおい、大丈夫か?」
「ええ、まあ」
原因の大半は彼女にあるのだが、わざとではない以上、責めれはしない。
ただこのままではいつまでもここにいると、事故で殺されかねない気がして仕方がない。
早々に話題を切り上げて、ここから抜け出した方が自分のためになるだろうと判断する。
「そういえば、コースケに聞きたい事があるんだが、答えてくれるか?」
「とりあえず、質問聞いてからでも良いですか?」
「構わんさ、コースケはクレアの事が好きなのか?」
いきなり核心をつかれてしまったせいだろうか。一瞬とはいえ、体が震える。
ただここで動揺を隠しきれなかったら、クレアに好意を抱いているのがバレて一生弄られる事になるだろう。
「いやぁ、そ、そんな事あるわけないですよ。それにそもそも好意を抱かれてるか判らないし、てか胸揉んだ時点で、絶望的だろうからなぁ」
「これは本当のようだな。――ただ、そこまで落ち込む事はないだろう」
どんどん墓穴を掘っていく自分に対して同情してくれているようだが、今はその優しさすら辛く感じる。
「それよりも、だ。私は人の色恋を弄る気はない。ただ――クレアを泣かすような事をしてくれるなよ? でないと、お前さんの一物を私の手でお別れさせんといけん事になる」
女の人とは思えない程低くドスの利いた声。
背筋から汗が噴き出ると、了解の意味も込めて何度も首を縦に振る。
冗談では無く本気で言っている程の威圧すら感じる。
実際にクレアを泣かせてしまったら、一物どころの話ではない、自分の命すら取りに来るだろうとしか思えないが、こちらにだって意地はある。
「当然です。自分もあの子を、クレアを泣かせるような事をしたら自分が許せなくなる」
「ふふっ、なら良い。あの子は私を勝手に支えにしているようだが、正直言って迷惑だ。コースケがクレアの事を好きなら、なおさらあの子の支えになって欲しい」
自分の返答が心底気に入ったのか嫌みのない笑みを浮かべるとクレアに向けて目を向けていた。
それはまるで愛する我が子に向ける慈愛の目にも似ていた。
「正直に言えば、私はクレアを支えられる程強い人間ではないからな」
その言葉を呟くと、途端に寂しげな表情を浮かべていた。
その言葉は自分にも突き刺さり、何も返答できないまま沈黙だけが支配していた。
それ以降はお互いにクレアの演舞を見守っており、静かにステップを踏む足音と、お猪口を傾けてアルコールを飲みこむ音以外は響かなかった。
何十分経っただろうか、唐突にクレアが足を止めて月の方へと顔を上げるが、それも一瞬で俯いてしまう。
一体何だったのだろうかと言う疑問を抱く間もなく、用が済んだのか被っていた白い着物を綺麗にたたみ、こちらに顔を向けた。
さすがに自分が居たとは思わなかったのか、苦虫を噛んだような表情を浮かべたが、すぐにいつもの表情へと戻り、静かにこちらに近寄ってくる。
「コースケ、どこから見てた?」
見ちゃまずいものだったのか。無表情とはいえ、少し苛立っているようにも見えるのは気のせいだろうか。
「そう怒るなクレア。コースケは私の少し後に来たんだ」
まさか、こんなにも怒るとは思っていなかったせいで、どうするべきかと悩むが、ロナ姉が助け船を出してくれる。
ロナ姉には聞いてない。そう言いそうな程、鋭い瞳をロナ姉へと今度は向けていたが、彼女は特に気にした様子も無く、どこ吹く風と聞き流し、お銚子を傾けて
いた。
中身は底を尽きかけていたのか、お猪口に中途半端にお酒が注がれると、あとは雫が零れ落ちる程度だ。それをみてロナ姉が顔をしかめるが、すぐにため息をこぼしながら立ち上がる。
「酒が切れたか。悪いが先にお暇させて貰うよ。あとは若い二人で存分に語り合ってくれ」
そう言いながら徳利の首を掴んで去っていく。相当酔いが回っているのか、その足取りはおぼつかない。
「――あまり、この格好見せたくなかった」
綺麗に折りたたまれている着物に目をやりながらクレアは小さく愚痴った。
ここに来たのは本当に偶然だが、ここまで落ち込まれると、居心地の悪さを覚えた。
「その、ごめん、ただちょっと一人で考え事をしたかったんだ。それで上がってきたら偶然ね」
「考え事? なにを考えてたの?」
「これから先の事を少しね」
彼女が隠したようにこちらにだって隠し事はある。
少しだけ含みを持たせた言い方をして、これ以上聞かれないよう配慮はするが、クレアが見せたくなかったものを見たのがいけなかったのだろう。
「詳しく話して、コースケには見られたくない所を見られた。ちなみに拒否権ない」
へ、とふぬけた声を上げるが、その手には見覚えのある投擲用ナイフが握られていた。
「――その前に一つ聞くけど、なんでナイフを握ってるか教えてもらっても?」
「逃げたら、困る。だから、そうした時は――――壁に縫い付ける」
冗談では言ってないのだろう。
ナイフが月の光で煌めくと同時に、あれが人を縫い付けるには充分な切れ味を持っているのは、この間の件で良く覚えている。
「わかった。喋るから、それを仕舞って下さい」
結局は見せつけられた暴力には勝てやしない。
大人しく白状することを決めると両手を顔の前で合わせて頼み込む。
「じゃあ、話して」
「正直この先どうしようかなって考えてるんだ。歪門に巻き込まれたせいで家は無い、身寄りもない。自分の歳で仕事はできるだろうけど、こんな訳の分からない奴を雇おうと思う酔狂な人はいないだろうし」
「探せば居るかも知れないけど、無職でいるつもり?」
「そう言うつもりはないんだ。このまま冒険者になるのも良いかも知れないなって思うけど、ウルフに襲われた時、恐がってた自分が出来るのか不安なんだ」
老人に引き続いて、クレアにまで弱音を零してしまう。
どれだけ情けない奴なんだと自分を叱責したくなるがが、今まで平凡な生活を送って来たのだ。
そんな状態で命の奪い合いすらありえる世界に放り込まれては、恐怖が体に染みつくのは仕方がない。
「ごめん、こんな事を話して。聞いてくれて助かったよ」
「そう。――でも、それは人間として普通の感覚。私だってそんな感情は抱く」
「え?」
「あの時、コースケが来てくれなかったら死ぬかと思った。あのまま血が流れ過ぎたせいで意識を失って、身体の感覚が無いまま食べられるんだろうって思ったら怖くて怖くて、泣きそうだった」
それは紛れもない弱音。魔力を通して喋っているはずなのに、その言葉は震えているようにも感じた。
「だから、あの時助けてもらったのは嬉しかった。だから――改めて、言わせて。ありがとう」
「え、あ、うん。どういたしまして」
こんなイベントは原作でも無かった。たしかに無いと言い切れる。
だけど、これは現実だ。でなければこんな弱みも、震えも見せられる事は無かった。
「なぁ、クレア。少し聞きたい事があるんだ」
「ん、なに?」
「どうして助けてくれたんだ?」
それでも聞きたい事は残っている。
クレアに対して質問を投げかけると少しだけ離れていき、振り返る。
「コースケ、あなたは人を助けるのに理由が必要?」
「え、あ……」
確かに考えてみれば、困っている人に助けを差し伸べる人が日本にも居た。
そう言う人の大半は困っていたから等、明確な理由など何ひとつ存在しない。
きっと、クレアもそれと同じで自分を助けたのに明確な理由など存在しなかったのだろう。
それときっと同じだ。自分がクレアたちサブヒロインを助ける事に理屈なんて必要ないのかも知れない。
今は震えて怖がっているが、それは当然だ。人間だからこそ、恐怖はいつだって付き纏う。
でも今だけは彼女たちを助けるのに理由は必要無い。クレアの言うとおり、助けたいと思う心。
それだけでも今は大丈夫だと言える。
「コースケ? どうしたの?」
「いや、なんでない。それよりもありがとう、悩みは少しとは言え、晴れたよ」
「そう、それは良かった。じゃあ今度は――――私の番」
何か悩みを持っているのだろうかと口を出すよりも先に、小さな風切り音が耳元に届く。
一体何事かと理解するよりも先に、クレアから投げられたナイフが服のたるみに刺さり、木製の壁へと縫い付けられる。
「え? ちょ、何で!?」
唐突に起きた状況に理解が遅れるが、何か機嫌を損ねるような事をしたかと思い返す。
「コースケの隠し事は聞いた。でも、見られたくない姿を見た事は許すなんて言ってない」
「後出しは卑怯だと思うんですが、なんて――――」
ちょっと性質の悪い冗談だろうと思い軽口をたたくが、クレアが腰から小ぶりのハンマーを取り出すと、一気に冷や汗をかく。
「大丈夫、痛くないよう手加減はする」
「ショック療法はあんまし効き目が――――」
言い切るよりも先に頭に衝撃が走る。
二日の間になんど衝撃を受けたのだろうと思い返した。
次、目が覚めた時には再びあの固いベッドの上だった。
しかしいつ眠ったのか思いだそうとすると、何故か頭に痛みが走り、思い出してはいけないものなのだろうなと本能が告げていた。




