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サブヒロイン一筋ですが何か?  作者: ないんだな、それが
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第一話

リメイクしました。

 新雪を踏み固める音が耳に響く。

 頭まで覆い隠せるほどの厚手のローブを着ていたが、時折冷え切った冬の風をその身に受けながらも、目的地へと足を進ませていた。


 そこまでの道は人が寄り付かないせいもあるのか、足元がしっかりしておらず、気を抜いていると、足を取られそうな場所だ。

 また肉食獣が生息している地域のど真ん中を現在進んでいることもあり、それにも警戒しなければならないためから、早く動けず少しずつではあるが息が上がっていく。


 そんな中、雪が太陽の光を反射し、あたりが僅かに暖かくなるのを感じると顔を上げる。

 目の前に太陽の光が差し込んでいる事に気付くと、彼女は倒れ、折れかかっている樹々の隙間を縫って進み、中心部へと足を踏み入れる。

 

 その場所は、とある異変によって姿を大きく変えていた。

 前までは森林が生い茂っていた場所だったが、今では周囲にあった樹々は雷でも受けたのか、炭化していた。

 また異変の中心点と思わしき場所は綺麗に土が掘りとられ、大きな穴を作り出していた。

 だが、異変はそれだけでは無い。

 つい最近まで降っていた雪は、掘りとられ穴の中だけは避けるかのように縁に積もっていた。


 彼女は土が掘りさらわれた原因について僅かに考えるが、すぐに肩に掛けているバッグを降ろし、中から男性の握り拳一つ分はありそうな石を取り出す。

 石の形は探せば外に落ちていそうな石に見えなくもないが、彼女自ら塗ったのかその石は白一色に染められていた。

 その石を広げた手の平の上に置くと、穴の前へと突き出す。


「――映写」

 小さく言葉を呟くと、それがトリガーとなり白い石が一瞬だけ発光する。


 直後、先程まで白色だった石は黒く変色しており、彼女はそれを自分の目の前まで近づけ、少しだけ観察するとバッグへ仕舞い込む。


 再度、掘りとられた穴に目を向ける。

 先程ので一つ目の依頼は解決したが、ここに来た以上何かしらの手がかりを掴まなければ、時間を浪費した事になる。

 その上、ここで調査した事は後で報告書にまとめて提出しなければならないため、手を抜いて帰ろうものならば、あとで呼び出されて叱責されるのが目に見えて浮かぶ。


 そう思うと、雪が避けるように積もっているからには何かしらの原因があるのだろうと推測も込め、グローブをはめた手をゆっくりと伸ばす。

 その手は何も無いはずの空間で壁に触れたかのように止まると、彼女は顔を僅かにしかめてしまう。


 攻撃を受けたわけでも、毒を盛られたわけでもない。

 だが、その手を幾ら伸ばそうと力を込めようとも、土の縁を越えると堅い何かに触れ、それ以上伸ばせなくなっていた。

 軽くノックをすれば自分の指に軽い痛みを感じ、それ以上の刺激を与える事を辞めて手をローブの中へと戻す。


(障壁? ――どうして、こんなところに?)

 魔術師を志す者ならば誰もが必ず通る道である。


 だが、初級の防御呪文に衝撃反射の付加まで付けられると、正直対処に困る。

 しかし、ここで引いて何も出来なかったでは、自分自身の名折れだ。

 ローブから両手を出すと、厚手のグローブを外してバッグの中へと戻す。

 再度ローブの中に手を突っ込み十個の指輪を取り出す。その一つ一つをはめ込むと両手の指輪に目を向けながら大きく息を吐き、魔力を込めていく。


 数分後、指輪からローブ内の何かに繋がっているピアノ線が青白く発光する。

 自分の魔力がローブの中の物に充分行き渡っていると言う事に確信を抱くと、二体の人形をローブから飛び出させる。

 そのまま、人形が持っているナイフで障壁のある場所を切りつけるが、結果は先程とは変わらない。

 変わったことといえば、人形達の持っているナイフが刃こぼれした程度だろう。


 その事に彼女は大きく息を吐くと、これ以上この場に居ても時間の無駄でしかない事と判断する。

 今度は知り合いの魔術師を連れて来るべきだろう。そう考えながら踵を返した。


 直後、背中の方で濃厚な魔力反応を感じ、愛用のマチェットを片手に抜きながら振り返る。

 何も無かったはずの穴の中心に、見ていて気分の悪くなるような黒く濁ったナニかが時折弾けながら渦巻いていた。

 彼女はその光景に不気味さを覚えると同時に、以前王都の図書館で読んだ文献の中に目の前の現象が書かれていた事を思いだす。


 しかしアレは文献上ではもう二度と現れない。

 そう予測されていたにもかかわらず、目の前にその現象が起きており、僅かに後ずさりしてしまう。


歪門ゲート、なんで?」


 それがこの現象の名であり、この大陸を生み出した根源でもある。

 ただ、残された文献には大陸を作りあげるのと同時に、世界を一度破滅へともたらした現象でもある。

 中でも歪門が現れた場所には誰も知らない大陸が現れ、今ある世界と融合し、その後大災害が起こると書かれていた。


 つまり、ここから急いで逃げたとしても、世界が融合する際に起きる大災害によって死ぬことは回避できないだろう。

 それを理解すると彼女は足掻く事を諦め、新たな大陸が現れる瞬間を見届けようとその場に座り込む。


 直後、歪門を中心に大きな揺れがしょうじ、近くにあった樹々も激しく揺れ始める。

 森の奥からは唐突な揺れによって動物たちが、戸惑いと驚きを含んだような鳴き声を上げる。

 だが、揺れに反して歪門が徐々に収束し、小さくなっていることに気付く。

 まさか、それ自体が収まり始めたのかと不信感を抱きながらその場を立ち上がり近づこうとする。


 このとき僅かに気を抜いたのが失敗なのだろう。

 次の瞬間、耳をつんざく爆発音があたりに鳴り響くと同時に、先程まで大きな穴を守っていたとされる障壁はガラスが砕けるような音とともに破壊される。


 気付いた時には衝撃波によって背後の樹木に全身を叩きつけられた。


「――カハッ」

 肺の中にある空気を全部吐き出すと、彼女は叩きつけられた木の幹から滑り落ちる。

 無様な姿を晒す自分に皮肉の一つでも零してみたいが、全身に響く痛みがそれすらも許さない。


 途切れゆく意識の中、彼女の視界には歪門が収まっていき、かわりに人型の何かが光と共に降りてきていた。


3


「うぅっ、あれ? えっと、ここは何処だ?」

 光に包まれ、意識がとんだと思ったら見知らぬ場所に立っていた自分は困惑していた。


 薄着なせいもあるのか、肌に突き刺さるような寒気が襲って来る事を感じると、軽く身震いを起こしてしまう。

 そんな中、あたりを見渡すと自分が大きな穴の中に居る事に気付き、更に疑問を覚え首をかしげてしまう。


(――さっきまで自分の部屋でゲームをしてたはずなんだが?)


 つい先ほどまで他人とそう変わらない日常生活を過ごしていたはずでありながら、どうしてこんな場所に居るのか自分自身へと何度も問いかけるが、答えなど返ってこない。むしろ、訳が分からず混乱が深まるだけだった。


「まぁ、いつまでもここに居る訳にもいかないし、他の人に何処なのか聞くのが手っ取り早いか」

 一旦疑問を解決するのを諦め、穴からぬけ出し、周りに目を向ける。


 だが、周囲の光景は酷い。その一言に尽きるものだった。

 自分が居た穴を中心に周りの木々は台風の直撃でも受けたのか、殆どがへし折れていた。中にはへし折れずに、地に根を張ったままの巨木も存在する。

 ただ周りが折れている以上、根を張っている巨木も折れないと言う確証はない。

 一つ言える事としてはこの森林を抜けなければ、人に出会う事もないだろうし、ここが何処なのか把握できないため自然とため息が零れる。


(なにか無いもんかね?)

 異変のあった森林の中で何かを見つける等無理と言っても過言ではない。けれども薄着のまま雪道など歩こうものなら途中で凍死してもおかしくはないだろう。


 そのため何かを見つけられないかと淡い期待を抱いて再度周りを見渡す。すると先程までは気付かなかったが、大木の幹に茶色い布状の何かがあることに気付く。


 近づいてその何かを改めて確認すると、ポンチョに似た形状の上着だ。少し触れてみれば厚手の生地で作られているようにも感じられる。

 ただ、良く見るとソレは成人男性よりも少し大きめに作られているようで、着込めば寒さから守ること位はできるだろう。

 しかし、それはあくまで一時的に寒さから身を守れるだけであり、長くこの場所に留まっていたら風邪をひきかねない。すぐにでも上着を着こもうとポンチョの一部を掴む。


 直後、掴んだ場所はフードだったのか、上着から幼さの残る少女が顔をのぞかせた。


「――え?」

 目の前の状況に理解が追い付かず、少し後ずさり、動揺してしまう。


 何でこんな場所に子供が居るのかという疑問と、着ようとしていた物は既に別人が着用していて、それを奪おうとしていた自分の行動に罪悪感を抱いてしまう。

 だが、それ以上に何故こんな所に倒れているのかと言う疑問を抱く。


 こんな場所に一人で来れるような歳では無いだろう。

 それ以上に異変のそばで倒れている以上、死んでいるのではないかという心配と恐怖が湧きあがる。

 急いで生死を確認しようと手を顔に近づけ、呼吸を確認しようとする。

 ただ途中で伸ばした手を止めて、彼女の顔をまじまじと覗き込んでしまう。


「そういえば、この子。どっかで見たような気がするな」

 どこで見たと質問されれば明確な答えはかえせない。

 ただ最近見たというのは事実だけは変えられない。

 元々これだけ目立つ髪型をしていれば忘れる方が難しい。

 それにも関わらず、彼女が一体何者なのか何かに引っ掛かったかのように思い出せず頭を悩ましてしまう。


 すぐに人の生き死にが関わっているのに無駄な事に思考をさく自分に呆れるが、少女の表情がかすかに歪み、徐々に目が開いていく。

 綺麗な琥珀色の両目がこちらを捕らえると一瞬ドキッとするが、目の前の少女が生きていたという事に若干の喜びを覚える。


 しかし数秒後には異質なものを見たかのように目が見開かれる。

 直後、それに驚く暇もなく自分の腹部に衝撃が加わったと思うと、その場でうずくまってしまう。


 衝撃が加わった所に両手を回し、冷や汗をかきながらも、いきなり攻撃してきた少女に怒りを込めて睨みつけようとする。

 だが、顔を上げた先には一振りのナイフを持った人形と、それを操っていると思われる少女が冷ややかに見下ろしていた。



「―――――?」

 その状態のまま何かを喋っているのか、口が魚のようにパクパクと開閉する。

 ただ、その声は掠れきっていて、何を言っているのかハッキリとは聞き取れない。

 唯一理解出来る事は表情からしてこちらに対して警戒していると言う事だけだ。


「そ、その、すまない。聞き取れないんだが」

 さらに冷や汗をかくが、できるだけ相手を刺激しないよう注意深く言葉を選ばなければならない。


 下手に返事をしようものなら今も彼女が操っていると思われる人形に刺され、血塗れになる未来が簡単に見える。

 それを回避するためにも、せめて会話ができるよう恐る恐るではあるが返事をする。


 その事に少女は一層険しい表情を向けてくるが、もう一方の腕は自分の胸元に向かい、触れる。

 大切な物でも落としたのだろう。唐突に何度も自分の胸元をたたき始め、ついにはこちらへ目もくれず周りに目を向けていた。

 未だに自分の眼先には刃物を持った人形が残っているが顔を青くして、瞳に涙をためている所を見ると、余程大切な物だったのだろうなと予想が着く。


 その事に同情すると自身も倒れ込んだ状態で周りを見渡す。

 姿勢を低くしたことが良かったのだろう、折れた木々の隙間に太陽の光を反射している何かがある事に気付く。

 少女と人形の方を一瞥するが、こちらには全然意識を向けていない。

 未だに探し物を見つけるために、周りに目を走らせている事を確認すると、音を立てず落ちている物を拾いに行く。


 拾ったものを改めてみると素人目から見ても安物のペンダントだと思えた。

 明らかに拾った石を綺麗に磨き、金具を付けただけの簡素な作りに見える。

 ただ首に掛ける鎖が千切れていることから、かなり愛用していたのかも知れない。


「なぁ、探し物はこれか?」

 その場を立ち上がり、今も必死に成って探している少女に声を掛ける。


 少女もこちらに半分苛立ちも込めた視線を投げかけようと振り向く。

 自分が探し物を握っている事に気づくと、表情が険しくなった。


 それだけで自分の持っている物が探し物だったと言う事が理解できる。

 人形に刺されないよう若干警戒しながらも近寄るとペンダントを彼女に差し出す。


 少女はそれを受け取ると注意深くペンダントを観察し始めるが、途中で傷が入っていたのか、若干悲しげな表情を浮かべた。

 ただ即座に意識を切り替えたのか、悲しげな表情から一変して無表情に戻り、右手首に鎖を巻き付けると青白い光がペンダントを包み込んだ。


 その現象に興味をひくが、数秒後には青白い光が霧散していく。

 どういった原理が働いているのか疑問がわくが、少女の目が自分に向くと一瞬とは言え心臓の鼓動が跳ね上がった。

 

「ありがとう」

 目の前の少女の口は動いていない筈でありながら唐突に表れた言葉に理解が出来ず、あたりを見回してしまう。

 それ以上にかけられた言葉が警戒でも、悪意でもないただの感謝。それだけの事に戸惑いの表情が隠しきれない。


「説明忘れてた。私は普通に喋れない。――だからこうして魔力を通して喋っている」

 そう言いながら先程青白い光に染まったペンダントを見せてくる。


 だが、それよりも魔力というゲームや創作物の中でしか出てこないような言葉を聞いて、再び怪訝けげんな表情を浮かべてしまう。

 そもそもの話、先程ナイフを向けられていた事もあってこの後自分がどうなってしまうのかと言う事だけが気になってしまう。


「それで改めて質問。貴方は誰、何者?」

 先程の好意的な言葉から一変して再び警戒も含めた表情を浮かべ、質問を投げかけてくる。

 こちらからも聞きたい事はあるが、質問には答えた方がお互い円滑に物事が進む事だろう。


「俺は殻木浩介。ただの大学生だ。それで今度はこっちが質問したいんだが、ここは何処なんだ?」

「ここはスアス地方。それよりも大学生が何なのか判らない。だけど、歪門ゲートのあった場所から出てきて、その前は強力な障壁を張ってあった、一体何隠してる?」

 彼女が何を言っているのか理解に苦しむが、再び聞き覚えのある単語を耳にし、何を忘れてしまったんだと言う疑問が強くなってしまう。


「本当に何が起きてるのか知らないし、判らないんだ。それに君にも聞きたい事だって多くある。――それよりも人に名乗らせて自分の名を名乗らないってのは無いよな?」

 疑われている事に関しては仕方ない事だと納得させる。

 ただ現状で訳の分からない以上は情報の整理は必須であり、自分の忘れている事を思いだすためにも目の前の少女の正体を知る事を優先させようと判断し言い返す。


「む、確かに失礼。私、クレア――クレア=ラーディッシュ」

 彼女の自己紹介が終わると同時に、今までの情報の全てがかみ合っていき、忘れていた事を思いだす。


 しかし自分の中で生まれた仮説が本当ならば、嬉しい反面、戸惑いが湧きあがってしまい、思わず両手で顔を覆うとその場でしゃがみこんでしまう。


「しゃがみこんで、どうしたの?」

 ただ唐突にそんな行動を取った俺に驚いたのか彼女が近寄って質問を投げかけてくる。


「いや、えっと。何でもない」

 そう言いながら立ち上がって平気なそぶりを見せるが、実際の所自分にとってこの世界を知り過ぎて戸惑っているのだ。


 先程彼女の口から言われた「スアス地方」「歪門」「クレア・ラーディッシュ」は全て架空の存在で、つい最近まで携帯ゲーム機でやりこんだためにこの先どういった事が起きるのか殆ど記憶していると言っても過言ではない。

 そしてそのゲームで登場するキャラで一番好意を抱いている人物が目の前のクレア・ラーディッシュであり、その登場人物が今目の前に立ち、実際に話しているのだから笑えない。


 それと同時に一つ疑問を抱く。本来自分が居る場所はゲーム本編なら主人公が立っているべき場所であり、今この場にその主人公が居ないのは何故だろうか。もしかして別の場所に居るのではないだろうかと思うが、それでも何処に行ったのだろうかと言う疑問は尽きない。


 ただ今一番大事なのは目の前の人物だ。

 彼女が名乗った通り彼女はクレア・ラーディッシュ。

 自分がつい先ほどまでプレイしていたゲームのキャラクターである。


 そしてゲーム内のエンディングで死亡するか、ストーリー上で何処かへと消えていく不遇のキャラクターだ。


 別に彼女自身がゲーム内で何か悪い事をしているのではなく、製作者の悪意とも捉えられる所業だと思うのだが、とある条件を満たすと彼女は自らの意思でパーティを離れていくのだ。


 その条件というのがクレアと恋人状態になっている間にメインヒロインとの好感度をカンストさせること。

 その条件を誤って満たしてしまうとクレアに比べ数段も弱いヒロインが恋人状態になり、あとはクレアが主人公の知らぬ間に置き書きと共に去っていくのだ。


以降は言わなくてもわかると思うのだが、特定のイベントでクレアが必須となることもあるのだが、その時だけ遭遇して仲間になっても一時的な物であり、イベントが済めばすぐにパーティーから離れてしまうので、楽にクリアしたいのであれば、いかにクレアをパーティーに残したまま物語を進めるかが肝ともなっている。


 だが過去の苦い記憶を思い出す度にメインヒロインに対して理不尽な怒りが込み上げてくるが、これはある意味ではチャンスかも知れない。


 何故自分がこの世界に呼び出され、この場に居るのか疑問は尽きない。

 けれど、この世界に呼び出されたと言う事はクレアを不遇な扱いにする事無く、救える可能性があるといっても過言では無い。


 そう思うとこの世界に来た価値もあるかも知れないと考えてしまうが、クレアがこちらをいぶかしげな眼で見てきていた。

 いつのまにか表情が変わっていたのだろうかと思い自分の顔に何度か触れると、笑みを浮かべているのか若干唇が歪んでいることに気付く。


「何をにやけてるのか知らないけど、ここは危ないから別の場所に――!」

 若干呆れているのだろう、ため息を吐きながら近寄ってくるが、直後何かに気付いたのか自分自身のローブの中へと手を突っ込む。


 そしてその手に投擲用と思われる柄の無いクナイに似たナイフを取り出し始めた。

 その光景に一瞬だけ慌ててしまうが、こちらの事情などお構いなしにクレアは自分にタックルを食らわせると彼女と一緒に雪原へ倒れ込んでしまう。


「キャイン!」

 その直後、犬の悲鳴と思わしき声が彼女の後ろから響き、何事かと思い恐る恐る目を向ける。

 そこには数滴の血痕が雪の上に零れ、血痕を辿って行くとクレアが先程まで持っていたナイフが首に刺さり、ピクリとも動いていなかった。

 その事にもう絶命しているのだろうと思うが、クレアが急いで起き上がると再びローブ内に手を突っ込み、今度は刃渡り三十センチほどあるマチェットが姿を見せる。


 それを見て今度は自分の番かと思い、身体を倒したまま後ずさるがこちらの事などお構いなしに、先程の狼に近寄るとマチェットを振りおろし、止めを刺していた。

 屠殺の光景は一度だけ映像で見た事はあるが、実際に目の前で似たような光景を行われ、あたりに漂う血の匂いと何度か痙攣を起こす狼の死体は吐き気を催すには充分だった。


 思わず、口から食べた物を吐き出さないよう手で抑えてうずくまるが、彼女が振り返ると先程狼の殺したのとは別のマチェットを差し出してくる。


「これ持って自分の身守って」

 その言葉に唖然としてしまうが、マチェットが雪の上に落とされると彼女は気にとめる訳もなく、あたりを警戒し始めた。


「な、なんでだよ? モンスターはもう倒したんじゃ」

 その続きを言うよりも先に周囲から雪を踏み抜く音が響き、サッと血の引く感覚を受けた。

 何かの冗談だろうと思いあたりをクレアを真似て周りを見渡すが、先程の同じ狼が自分達を囲んでいた。

 それらから吐かれる荒々しい息が自分に恐怖を感じさせるには充分だった。


「まだ居る。四、五匹。私が引きつけるから何とか逃げて」

 そう言いながら先程と同じクナイらしき投擲物を狼たちに投擲すると、人形を宙に浮かせ何処かへと一気に駆けて行った。

 先程まで囲んでいたウルフたちは自分には興味がないと言わんばかりにクレアを追いかけて行ったが、何もいう事も出来ず、ただその光景を呆然と見守るしかなかった。


4


 投擲用のナイフと血のついたマチェットを軽く揺らしながら私が挑発したモンスター、ウルフたちは狩るべき対象を彼から私へと定めたのか後ろの方から荒い息を吐きながら雪を駆け、追いかけて来ていた。


 それを改めて確認するとコースケと名乗った男性からある程度離れただろうと判断し、その場で足を止めた。

 それと同時に後ろの方からウルフの飛びあがる音を聞いた。

 その場で反転し、飛び掛るウルフの首元目掛けてマチェットを叩きつけるとダメ押しで人形たちにも追撃を行わせ、止めを刺す。


 だが、敵は一体ではない。次から次へとウルフたちが自分に対して飛び掛って来ており、その場から転がって回避すると即座に起き上がる。

 雪を全身に浴びる事に思う所はあるが、奴らの餌になるよりかはマシだ。

 ただ現状の問題は解決しておらず、どうやってこの状況を打開するべきかと頭をフル回転させつつも距離を取るために、少しずつ後ろへと下がる。

 

 直後、片足が大きく取られ、驚きの表情を浮かべてしまう。

 次の瞬間には獣の咆哮と共に一匹のウルフが飛び掛り、大きく伸びた左腕へと噛みつかれ、押し倒される。


「――チッ!」

 一瞬とは言え痛みが走り、表情がさらに歪む。

 今は使えないマチェットを手離し、新たに小ぶりのナイフを取り出す。

 そのままウルフの胸元に突き立て勢いに任せて腹部を切り裂き、蹴り飛ばす。


 そこでようやく左腕が解放されるが、破けた衣服からは穴の開いた革製の手甲とそこから滲み出た血が姿を見せていた。


(オマケで腕に手甲を着けてて正解だった。――でも、この状況は不味い、早く終わらせなきゃ!)

 こんな状況で血を出し過ぎればいつかは倒れるかも知れない。

 

 そうなったら自分は知らず知らずの間にこいつ等の餌になる。

 その恐怖を改めて理解すると気が引き締まるが、改めて状況を理解するために軽く息を吐き、簡単にあたりを見渡す。


 現在こちらを囲んでいるウルフは四体。内二体は今まで戦ってきた奴よりも二回りほど大きい。

 一方でこちらが使える武装は指示が必要な人形が二体、小ぶりのナイフが一本、投擲用ナイフが四本ほど。

 そして雪に突き刺さったままのマチェットが一本そばにある程度だ。


 このまま相手側に増援が来なければ何とかできなくもないが、ジリ貧であることには変わりない。

 早めに決着を着けなければ。その考えだけが自分に焦りを浮かばせ、額からは汗が噴き出るが、それを拭う事もせず、再び雪原を駆け出した。


5


 クレアにマチェットを渡され、モンスターをひきつけて遠くへと行った彼女を必死に追っていた。

 元々この世界に来た方法はどうであれ、目的はクレアを救う事だ。そのため直ぐに彼女に会えたのは本当に運が良かったと言えるだろう。

 しかし、いきなりモンスターに襲われ、クレアが囮となって逃がしてくれるのは予想外ではあった。

 ただ、彼女を救うと決めた以上彼女を放って自分一人だけ逃げるというのは元より選択肢にはなかった。

 そんな中、獣のうなり声や鳴き声が聞こえ始め、手に握ったマチェットを改めて強く握りしめると目的地に向かって走る。

 そこには片腕から血を垂れ流しながらもその手で人形を操り、小ぶりのナイフを振るって四匹のウルフたちに応戦していたクレアの姿があった。


 ただそんな光景にふと疑問を抱いてしまう。

 なぜ彼女が序盤のモンスターにこんなにも防戦を強いられており、討伐するのに手こずっているのかが理解できない。

 この世界は元々ゲームの世界であり、スキルを使えばウルフたちなど一瞬で片がつくはずなのに、それを使えないと言うのは何かしらの理由があるのかと、戦場の真ん中に居ながら考えてしまう。


 そんな中鳴き声とともに一匹の狼が近くまで吹き飛ばされ、その光景に思わず身を竦ませてしまう。

 狼が立ち上がり身に着いた雪を振り払うと、こちらに気付いたのか荒い息を吐きながら近づいてくる。

 おおよそクレアよりも自分の方が狩りやすいと判断したのか身をかがめはじめ、飛び掛ろうとしていたので思わずその場からふりかえって逃げ出してしまう。


「ガァァァッ!」

 その瞬間、ウルフの方も咆哮を上げながら飛び掛って来ており、それに反応して振り返った自分は悲鳴を上げながらその場でへたりこんでしまう。


 そして恐怖のあまり、襲い掛かってくるウルフを直視できず、目を閉じてしまう。

 だが、迫りくる恐怖に対していつまでたっても痛みがやって来ないことに気付くと、恐る恐る目を開く。

 そこには不気味な人形が絶命したウルフを刺し続ける光景が映った。


 何度目かわからない小さな悲鳴が自分の口から漏れる。

 すぐにこれが近くに居るクレアが操っている物だと気付き、彼女に目を向けると片腕から血をしたたらせながらも先程と同じモンスター三匹を相手取っていた


 しかし浮かべている表情は苦悶。

 流れ出ている血のせいでもあるのだろうか。時折体をふら付かせながらウルフの攻撃を回避しているが、それがいつまでも続く事は無い。

 次の瞬間には攻撃を受けて噛み殺される可能性だってある。


 そう思うと、先程彼女の手によって殺されたばかりのモンスターに目を向ける。

 自分もクレアが助けてくれなければ似たような状況か、もっと凄惨な事になっていたかも知れない。

 それを考えるだけで体が小刻みに震え、この場から逃げだしたくなる。


 それでも落としたマチェットの柄を掴むと、その場から立ち上がりこちらに背を向けているモンスターに対して借りていたマチェットを投げていた。

 

 投擲したマチェットはウルフたちに掠る事すらしない。

 けれど、意識していない方向から飛んできた武器はウルフたちの気を引くには充分なようだ。

 三匹の眼光がこちらへと向き、放たれる明確な殺意は身を竦ませる。

 ただ、自分が作った隙を見逃す程彼女は甘くないだろう。


「ナイスフォロー」

 その声とともにクレアが駆けだすと持っていたクナイに似たナイフを小型のウルフへと投擲していた。

 その全てが吸い込まれるように小型のウルフに突き刺さり、悲鳴があがる。


「残り二体っ!!」

 まるで自分に言い聞かせるように叫ぶ彼女を視界に収める。

 残った中型のウルフも自分では無く、彼女を標的に走りだしていたが、既に遅い。

 自分が投げたマチェットを走りながら拾い、まるで今までのお返しのように一匹の首元へと飛び掛り、叩きつける。

 白いじゅうたんに赤い花が咲いた。とめどなく吹き出る血が彼女と顔と周りの雪を真っ赤に染め上げて行く。

 その光景は幻想的でもあるが、最後の一匹を恐怖で支配するにはそれだけで充分だった。


「貴方も餌になる?」

 マチェットを首から引き抜き、もう一匹と相対する。

 だが、残った一匹にはそれだけで戦意を奪ったのだろう。数歩下がるとすぐにこの場を脱兎のごとく走り去っていく。


「終わった、のか?」

 それに一安心し、思わず体の力を抜いて呟く。

 先程まで走り命がけの行動をやったせいか今は雪の冷たさに心地よさすら感じる。そんな中、クレアの方から雪を踏み潰す音が響き、起き上がる。


 そこには片膝をつき、流れ出ている血を必死に止めようと腕を抑え、苦悶の表情を浮かべている彼女がうつった。


「大丈夫かっ!?」

「大丈夫じゃ、ない。――薬出して」

 肩に掛けていたバッグを投げ渡されると、急いで中を開く。


 目当ての物を探そうとするが、中身は色鮮やかな木の実、用途が不明の青い液体の入った瓶。投擲に適しているクナイに似たナイフなど一見すれば不必要な物が多いバックだと言わざるを得なかった。

 だが、端の方に赤色の液体の入った試験官に似た細長い小瓶が差し込まれていた。


「これか?」

 ポーションとしてはありきたりな色ではあるが、確認のためにクレアへ向ける。


 それがお目当てだったのか彼女の首が縦に振られると、蓋となっているコルクを抜いて手渡す。

 それを受け取ると彼女は一息でポーションをあおり、苦渋の表情を浮かべた。

 空瓶を雪原へと投げ捨てると、こちらへ顔を向けてくる。


「ありがとう――だけど、いくらなんでも無謀。私居なかったら死んでた」

 先程に比べて幾分か顔色が良くなったようにも見える。

 ただ彼女が責め立てるのも一理ある、自分のやった事は後先なしの無謀な行動だ。

 可能性の話ではあるが、自分だけでは無くさらに彼女を危険な状況に置かせていたかも知れない。 

 そう考えると、少しだけ気落ちするが。だけど、と言葉が続きこれ以上何を言う気だろうかと顔を上げる。


「コースケのおかげで助かったのも事実、それは感謝。ただ長居は危険、離れよう」

 そう言って立ち上がろうとするが、途中で顔をしかめ再びうずくまるので、確認するように近寄る。


 どうやら足を痛めているのか、片手で右足首を抑えていた。

 立つ時に苦悶の表情を浮かべる以上、歩いて逃げるのは今クレアにとっては難しい話だ。

 今も立ち上がる時に苦悶の表情を浮かべ、自分に鞭を打つように足を引きずる姿は痛々しいとしか言えない。

 それを見てどうするべきかと自分も考える。この状況で無視できるほど、人として冷たくはない。

 けれど、思いついたソレをやった瞬間、彼女にぶん殴られそうな気がしたが、今は背に腹はかえられない時だ。


「あーそのだな。クレア、いきなりぶん殴らないでくれよ?」

「何を言って――――わひゃっ!?」

 今も無理して歩くクレアを抱き上げ、膝に腕を通すとお姫様抱っこを敢行する。


「グッ、結構重いな。それより出口はどっちの方向だ?」

「……話すけど、降ろして。歩ける」

 先程の事を気にしてか、顔を紅くし何とか抜け出そうと腕の中で暴れはじめた。

 自分自身鍛えてないため力が無い事と、予想に反してクレアが重たかったせいで一瞬とは言えバランスを崩す。

 お互いに驚愕の表情を浮かべるが、歯を食いしばり、足を雪に突き立てると無理やり姿勢を正した。

 その状態のままクレアに目を向ける。彼女にとっては睨み付けられたのかと思ったのか、僅かに体を震わすが、それを見てため息を零す。


「さっきまで歩けなかった奴が、何言ってるんだ。もう一度聞くけど、出口はどっちだ? 言わなければ、もう勘で進むぞ」

「む、それは困る。出口ずれて無ければ向こう」

 本気でやりかねないと判断したのか、人差し指で大まかな場所を指さした。

 その方向に目線を向け、彼女の身体を担ぎなおすと再び出口に向かって歩き出した。


「あぁ、そうだ。クレアはさっきの人形を浮かして、敵が来た時に対処して貰っても――」

「構わない。むしろそれ位しかすることが無い」

 言い切るよりも先に武器を持った二体の人形が周囲を漂う。

 それと一緒にクレアも警戒して周りに目を向け始めている事に気付くと、僅かに息を吐き出す。


 まだ森の中で、いつあのウルフたちが襲って来るかはわからないが、クレアが周囲を警戒してくれている。その事実が僅かとは言え安心感を抱かせてくれる。

 そんな中クレアの動きとともに揺れる髪が何度か首に触れる。

 くすぐったさもあるが、そこから漂う彼女の微香に現実感を抱かせ、心臓の鼓動が少しずつ早く感じさせる。


それを知ってか知らずか、彼女の方は警戒しながらも、こちらの違和感を感じたのか、こちらへと振り向く。


「歩幅が小さくなってる。どうかした?」

 クレアが声を掛けてくるが、彼女の無意識にやった行動が問題だった。

 お互いの吐息が掛かる距離である事に気付くと、自分の顔が熱くなるのを感じる。


「い、いや、なんでもない。それよりも周囲は大丈夫なのか?」

 本心を悟られないよう必死に雑念を頭の中から消そうとする。

 少し無理矢理ではあるが、話の流れを変えようとこちらからも質問するが、問題ないと一蹴される。


「調子悪いなら、降ろして。もう歩ける」

 そこまでお姫様抱っこが気に食わないのだろう。

 本音は降ろして欲しいという事に気付くと、少しだけ落ち着きを取り戻す。


「大丈夫だ。それにしてもクレアって重たいんだな?」

「装備を多く持ってるから仕方ない。あと本来の体重はもっと軽い」


 もう一度他愛のない話を持ち出すが、やはり女性にとって体重の話はタブーなのだろう。 

 勘違いしている事が気に食わないのか、文句を言いながらクレアがこちらを睨み付けてくる。

 ただ、攻撃されずに睨み付けられる程度なら可愛いもので、話題が逸れたなら、こちらの目的は達成したような物だ。


 そんな他愛のない話をしている間一回も襲われる事無く、自分達は森の入り口へと着いていた。


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