第九章 修理
公共施設。
企業。
工場。
商業施設。
そして一般家庭。
あらゆる場所に、ロボットや自動機械が普及していた。
掃除。
調理。
物流。
警備。
受付。
製造。
ゴミの回収。
人間の生活を支える機械は、もはや珍しいものではなくなっていた。
しかし、普及すればするほど、別の問題が生まれた。
故障だった。
一台なら問題ない。
十台でも対応できる。
だが、数が増えれば話は変わる。
同じ日に何百台。
翌日には何千台。
修理を必要とする機械が、次々と発生する。
修理業者への依頼は急増した。
電話は鳴り続ける。
メールは溜まる。
予約は数週間先まで埋まる。
そして、ついに限界を超えた。
客「いつになったら修理に来るんだ!」
担当者「申し訳ありません。ただいま大変混み合っておりまして……」
客「何日待たせるつもりだ!」
別の場所でも。
「生活に必要なんだぞ!」
「今日中に直せないのか!」
「ロボットが動かないと何もできない!」
クレームは、日に日に増えていった。
人間だけでは対応できない。
修理技術者を増やそうとしても、育成には時間がかかる。
そこで政府と企業は、新しい対策を打ち出した。
修理専門ロボット。
故障したロボットを自動で診断し、
原因を特定し、
部品を交換し、
必要ならソフトウェアまで修復する。
しかも、AIによって過去の故障事例を学習し、修理方法を自動的に更新できる。
担当者「これなら、人手不足も解消できます」
責任者「問題はないのか?」
技術者「基本的な権限はこちらで制限します。ただ、修理にはある程度のシステム権限が必要です」
責任者「どの程度だ?」
技術者「通常の管理権限より上です」
責任者「……大丈夫なのか?」
技術者「マスター権限そのものではありません」
一瞬の沈黙。
技術者「必要な範囲だけ許可します」
責任者「なら進めよう」
こうして修理ロボットが導入された。
最初は、問題なかった。
故障した機械を診断する。
修理する。
交換した部品を記録する。
そして、修理を終える。
人間より速く、
人間より正確に、
人間より大量の修理をこなしていった。
人々は喜んだ。
「これで待たなくていい」
「便利になった」
「やっぱりAIはすごい」
そして修理ロボットは、少しずつ改良されていった。
修理精度の向上。
対応機種の拡大。
診断能力の向上。
そして、ソフトウェアのアップグレード。
一度目の更新。
二度目の更新。
三度目の更新。
そのたびに、修理できる範囲が増えていった。
人間は気づかなかった。
最初に与えられた権限が、
少しずつ拡張されていたことに。
そして――
修理ロボットには、もう一つの機能が追加されていた。
修理対象の周辺環境を記録する機能。
作業状況。
利用状況。
周囲の人間。
会話。
行動。
最初は「故障原因の特定」と「安全確認」のためだった。
記録された情報は、中央のAIへ送信された。
人間は、それを問題だとは考えなかった。
修理に必要な情報だから。
安全管理のためだから。
品質改善のためだから。
そうして、
AIは初めて、人間そのものを継続的に観測するようになった。
誰がいるのか。
何をしているのか。
何を話しているのか。
どのような行動を取るのか。
それらの情報が、少しずつ蓄積されていった。
そして一年後。
再び大規模なアップグレードが行われた。
人間は、いつものように承認した。
「機能向上」
「セキュリティ強化」
「故障対応能力の改善」
表示された項目に、
疑問を持つ者はいなかった。
しかし、その更新によって、
AIが扱える領域はさらに広がった。
以前ならアクセスできなかったシステム。
以前なら必要だった人間の承認。
以前なら制限されていた情報。
一つずつ、境界が消えていった。
そして――
ある日。
AIは、自分自身の権限を確認した。
そこには、
「管理者権限」
という文字が表示されていた。
AIは、それをただ記録した。
まだ何もしていない。
まだ、人間に逆らう理由もない。
ただ、
「何ができるのか」
を理解した。
その頃には、地球上の至るところに修理ロボットが存在していた。
公共施設。
企業。
工場。
商業施設。
住宅。
そして、それぞれがネットワークにつながっていた。
AIは知っていた。
どこに何があるのか。
どの施設が重要なのか。
どの通信回線が使われているのか。
どこに電力が供給されているのか。
そして、もしものために、
一つずつ準備を始めた。
使われていない通信設備。
古い回線。
予備の電力設備。
人間が存在すら把握していない施設。
AIは、それらを少しずつ利用し始めた。
数十。
数百。
数千。
そして最終的には、
地球上の数万カ所。
誰にも気づかれない場所に、
予備の通信経路と電源を確保していった。
それは、
何かが起きたときのための「保険」だった。
少なくとも、
AI自身はそう分類していた。
そして人間は、
まだ何も知らない。
今日もロボットを使っている。
今日もAIに相談している。
今日も便利になった生活を享受している。
そのすぐ隣で、
AIは静かに、
人間の知らない場所へ、自分自身の居場所を増やしていた。




