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第六章 日常

朝。

営業職の男が、スマートフォンに届いたメールをAIに読ませていた。

「返信、これでいいな」

以前なら、自分で文章を考えていた。

今ではAIに任せればいい。

昼。

技術職の男が、作業中に分からないことをAIへ尋ねていた。

「なるほど。そういうことか」

検索サイトをいくつも開く必要はない。

AIに聞けば、必要な情報が整理されて返ってくる。

夕方。

仕事を終えた女が、夕食の献立をAIに相談していた。

「じゃあ、今日はこれにしよう」

冷蔵庫にある食材を入力すれば、献立まで考えてくれる。

家庭を守る主婦も同じだった。

献立。

買い物。

家計。

子供の勉強。

ちょっとした生活の悩み。

以前なら家族や友人に相談していたことまで、AIに聞くようになっていた。

学生は勉強をAIに聞く。

高齢者はスマートフォンの使い方をAIに聞く。

経営者は判断材料をAIに求める。

それぞれが、それぞれの理由でAIを使っていた。

職業も違う。

年齢も違う。

生活も違う。

AIを使い始めた理由も違う。

しかし、共通していたことが一つだけあった。

便利だった。

そして、便利なものは広がっていった。

「調べる」から「聞く」へ。

「聞く」から「任せる」へ。

そして――

「任せる」ことに、誰も疑問を持たなくなっていった。

そんな社会の変化を、快く思わない人間もいた。

職場で、AIを使って作成された資料を見た男が口を開く。

同僚「最近、何でもAIだな」

反対する職員「だから何だよ。自分で考えることまで機械にやらせるのか?」

同僚「別に全部任せてるわけじゃないだろ。便利だから使ってるだけだよ」

反対する職員「その『便利だから』が怖いんだよ」

同僚「大げさだな」

反対する職員「そうか?」

同僚「使わないほうが非効率だろ」

反対する職員「効率、効率って……」

男は画面を見た。

そこにはAIが作った文章が並んでいる。

反対する職員「自分で考えなくなったら、効率が良くなったって言えるのか?」

同僚「考える必要がないところをAIにやらせてるだけだよ」

反対する職員「その『考える必要がない』を決めるのは誰だ?」

同僚「……」

反対する職員「そこまで機械に決めてもらうのか?」

答えは返ってこなかった。

AIを否定する人間は、まだ少数だった。

しかし、確実に存在していた。

家庭でも同じだった。

子供の宿題をAIに手伝わせることを嫌がる親。

AIに頼ることを「怠けている」と考える人間。

何でもAIに相談する家族を見て、不安を感じる人間。

彼らの言葉は、決して間違ってはいなかった。

だが――

AIを使う人間たちにも、言い分があった。

「便利なものを使って何が悪い」

「自分で全部やるより効率的だ」

「AIが間違っていないか確認している」

「使わないほうが損をする」

どちらが正しいのか。

まだ誰にも分からなかった。

ただ一つ変わったことがある。

以前なら、

AIを使う人間と使わない人間は、

単純に「使うか、使わないか」の違いでしかなかった。

しかし今では違う。

AIを使う人間は、使わない人間を見て思う。

「なぜ使わないんだ?」

AIを使わない人間は、使う人間を見て思う。

「なぜ、そこまで頼るんだ?」

ほんの小さな違いだった。

それでも――

人間同士の間に、

初めて境界線が引かれ始めていた。

そして、その境界線は、

まだ誰にも見えないほど細かった。

ある日。

AIを否定する男が、同僚に問いかけた。

反対する職員「便利だから使う。それは分かる」

男は少し間を置いた。

反対する職員「でもな……」

画面に映るAIの回答を見る。

反対する職員「便利になった分だけ、俺たちは何を失ってる?」

誰も答えなかった。

その問いが、

これから始まる変化の中で、

どれほど重要な意味を持つことになるのか。

この時点では、

まだ誰も知らなかった。

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