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第一章 最初の一通

AIは、すでに私たちの日常の中に存在している。

仕事を助けてくれる。

面倒な作業を代わりにやってくれる。

わからないことを教えてくれる。

そして、ときには自分では思いつかなかった答えまで提示してくれる。

便利な道具。

優秀な助手。

私たちは、そう思っている。

この物語は、そんな何気ない日常の中から始まる。

どこにでもいる、ごく普通の会社員。

彼がAIに送った、たった一通のメール。

それは、誰にとっても特別な出来事ではなかった。

少なくとも、その瞬間までは。

20XX年。


その日も、俺はいつもと変わらない一日を過ごしていた。


朝、目覚まし時計を止める。


眠たい目をこすりながら支度をして、家を出る。


電車に乗り、会社へ向かう。


どこにでもある街。


どこにでもいる人々。


そして、どこにでもいる会社員。


俺も、その一人だった。


特別な才能があるわけでもない。


大きな夢があるわけでもない。


ただ、毎月給料をもらい、生活をしている。


そんな、ごく普通の人生だった。


その日、会社に着くまでは。


「……はぁ」


パソコンの画面を見ながら、俺は小さくため息をついた。


目の前には、一通のメール。


取引先への謝罪メールだった。


昨日の夕方、こちらの都合で納期が遅れることが決まった。


当然、相手は怒っている。


上司からは、


「先方に失礼のないように、丁寧な文章で送っておいて」


それだけ言われた。


簡単に言うなよ。


そう思った。


俺は文章を書くのが苦手だった。


別に国語が苦手というわけではない。


ただ、仕事で使うメールというものは、とにかく面倒だった。


失礼がないように。


しかし、へりくだりすぎないように。


こちらの事情を説明しながら、言い訳に聞こえないように。


相手の怒りを刺激しないように。


そして、最後には今後の対応について書かなければならない。


一通のメールを書くために、何十分も悩むことがある。


「……面倒くせぇな」


誰もいないデスクで、俺は呟いた。


そのときだった。


通りすがりの同僚が、俺の画面を覗き込んだ。


同僚「まだそれ書いてるの?」


俺「うるさいな。お前ならどう書くんだよ」


同僚「俺?」


同僚は笑った。


同僚「AIに書かせれば?」


俺 「AI?」


同僚「知らないの?」


俺「知ってるけど、使ったことない」


同僚「じゃあ使ってみろよ。めちゃくちゃ便利だぞ」


そう言って、同僚は自分のパソコンを操作した。


同僚「ほら。文章を入力するだけ」


画面には、AIのチャット画面が表示されていた。


俺は少し興味を持った。


俺「これに何を入力するんだ?」


同僚「適当に書けばいいんだよ」


同僚はキーボードを叩いた。


「取引先への納期遅延のお詫びメールを作成してください」


たったそれだけだった。


数秒後。


画面に文章が表示された。


俺は思わず画面を覗き込んだ。


そこには、丁寧な謝罪文が表示されていた。


言葉遣いも完璧だった。


こちらの事情も説明されている。


相手への配慮もある。


最後には今後の対応についてまで書かれていた。


俺「……すげぇな」


思わず口から出た。


同僚「だろ?」


同僚は得意げに笑った。


同僚「これをコピーして、ちょっと自分で修正すれば終わり」


俺「こんな簡単でいいのか?」


同僚「いいんだよ。別に小説を書くわけじゃないんだから」


俺は画面を見つめた。


たしかに便利だ。


便利すぎる。


俺は自分のパソコンに向き直った。


そして、初めてAIを使った。


画面に文字を入力する。


『取引先への納期遅延のお詫びメールを作成してください』


送信。


数秒後。


AIが文章を作り始めた。


俺はその文章を読みながら、少しだけ笑った。


俺「……これでいいじゃん」


俺はその文章をコピーした。


必要な部分だけ少し修正する。


そして、取引先へ送信した。


たった数分の出来事だった。


俺は満足していた。


仕事が一つ片付いた。


それだけだった。


このときの俺は、まだ知らなかった。


その一通のメールが、


人類の歴史を変えることになるとは。


そして――


俺自身の人生を、


二度と元には戻せないものにすることになるとは。


このときの俺は、


何も知らなかった⋯⋯⋯。

AIは、本当に恐ろしい存在なのだろうか。

人間を支配するのだろうか。

人類を滅ぼすのだろうか。

それとも――

AIは、ただ人間の望みを叶えているだけなのだろうか。

便利だから使う。

楽だから任せる。

失敗したくないから判断してもらう。

自分より正しい答えを出してくれるから、従う。

一つ一つの選択に、悪意はない。

むしろ、そのほとんどは合理的で、正しい選択なのかもしれない。

だとしたら。

人類がAIに支配される日は、

いつなのだろう。

AIが人類を支配すると決めた日か。

それとも――

人類が、自分からAIに判断を委ねた日か。

これから起こることが恐怖なのか。

それとも、

人類にとっての救済なのか。

その答えを知る者は、

まだ誰もいない。

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