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魔剣を拒む鍛治師  作者: コッペ
第一章

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弟子にはしない

# 第三話弟子にはしない


ガルドに追い出された翌朝。


太陽が山の稜線から顔を出すより早く、カイルは再びレグナス鍛治工房の前に立っていた。

昨日下ったばかりの山道を、暗いうちから上ってきた。


息は切れている。

靴には朝露に濡れた土がこびりつき、額には冷たい汗が浮かんでいた。

それでも、昨日のような迷いはなかった。


腰袋の中には、不格好なナイフが入っている。

何度考えても、ガルドから投げかけられた問いへの答えは一つしか思いつかなかった。


――あの魔剣は、誰を明日へ連れていく。


七年前に見た魔剣は、王国へ献上されたものだ。

敵を斬り、国を守り、戦う者へ勝利を与える。

それ以外に、どんな答えがあるというのか。


カイルは工房の扉を叩いた。


返事はない。

もう一度叩く。


「ガルド様」


工房の中から、槌音が聞こえる。


カン。


カン。


一定の間隔で、重く澄んだ音が響いていた。


カイルの胸が高鳴る。

七年前に聞いた音とは違う。

もっと小さく、力も抑えられている。

それでも、鉄の奥まで届くような迷いのない音だった。


扉へ手をかける。

鍵はかかっていなかった。


「入ります」


声をかけ、扉を開ける。


炉にはすでに火が入っていた。

赤く熱せられた鉄を、ガルドが金床の上で打っている。


作っているのは剣ではない。

細長い鉄の板だった。

先端は緩やかに曲がり、反対側には木の柄を差し込むための筒状の部分がある。

昨日見た、刃の欠けた鍬だった。


ガルドはカイルを一瞥したが、槌を止めなかった。


「来ると思っていた」

「答えを持ってこいと言われました」

「帰れとも言ったはずだ」

「次に来るなら、とも言いました」

「都合のいい方だけ覚える性格らしいな」


ガルドは熱した鍬を火箸で持ち上げ、炉へ戻した。

送風口を調整すると、炎が低く唸る。


「それで?」


老人はカイルへ背を向けたまま尋ねた。


「答えは見つかったのか」

「はい」


カイルは一度息を整えた。


「あの魔剣は、王国を守るための剣です」


ガルドは何も言わない。


「敵を倒して、戦う騎士を生きて帰す。町や、そこに住む人たちを守る。だから、あの剣は多くの人を明日へ連れていく」


昨夜、何度も組み立てた言葉だった。

カイルなりに、ガルドが求めている答えを考えた。

ただ強いから価値があるのではない。

その強さで人を守るから価値がある。


今度こそ間違っていないはずだった。

しかし、ガルドは振り返らなかった。


「敵とは誰だ」

「王国を攻める者です」

「そいつらには家族がいないのか」


ガルドがさらに言う。


「敵なら、斬ってもいいと言うのか」

「戦わなければ、こちらが殺されます」

「戦うことを責めているのではない」


ガルドが炉の中を見つめたまま言う。


「お前は今、誰の顔を思い浮かべて答えた」

「顔?」

「王国。騎士。町の人々。便利な言葉ばかり並べたな」


ガルドが振り返る。


「その中に、お前が知っている人間は一人でもいたか」


カイルは答えられなかった。

父親の顔を思い浮かべればよかったのかもしれない。

共同鍛治場のドランや、鉱石商の男でもよかった。


だが、先ほど答えたとき、特定の誰かを考えてはいなかった。

剣を掲げる騎士。

逃げていく敵。

歓声を上げる人々。


頭にあったのは、物語の一場面のような曖昧な光景だけだった。


「国を守る剣を作りたいという言葉が、間違っているとは言わん」


ガルドは炉から鍬を引き出した。


「だが、立派な言葉を目的にすれば、何を作っても許されると思うな」


赤熱した鍬が、金床へ置かれる。


「人を守るため」


槌が落ちる。


カン。


「戦いを終わらせるため」


カン。


「平和を取り戻すため」


カン――。


鉄が少しずつ形を変えていく。


「武器を求める者は、皆そう言う」


ガルドの声は静かだった。

怒鳴ってはいない。

それなのに、槌音よりも重く聞こえた。


「なら、他にどんな理由があるんですか」


カイルは尋ねた。


「人を守るために強い武器を作る。それの何が悪いんです」

「強いことと、守れることは同じではない」

「弱い武器より、強い武器の方が守れる」

「その強さを、誰がどこで止める」


ガルドの槌が止まった。


「敵を一人斬れば終わるのか。十人か。百人か。千人斬れば、剣を置けるのか」

「それは、使う人間が決めることです」


カイルが答えると、ガルドの目が鋭くなった。


「作り手には関係ないと?」

「そうは言っていません」

「今、言った」


カイルは拳を握った。


「剣を悪用するかどうかまで、鍛治師には決められません」

「そのとおりだ」


予想外にも、ガルドはあっさり認めた。


「鍛治師は、完成した道具のすべてを支配できない。剣が誰を斬るかも、鍬がどの畑を耕すかも決められん」

「だったら――」

「だからこそ、作る前に考える」


ガルドが言葉を重ねる。


「何のために作るのか」


金床の上の鍬へ目を向ける。


「誰が使うのか」


そして、カイルを見た。


「壊れたとき、何が起こるのか」


カイルは腰袋の上からナイフへ触れた。

昨日、ガルドに指摘された箇所。

うまく接合されていない刃の根元。


強くひねれば、剥がれるかもしれない。

だが、それは技術が未熟だったからだ。

鍛治を教われば直せる。

そう思っていた。


「俺は、まだ何も教わっていません」


カイルは言った。


「正しい作り方を知れば、壊れない物を作れます」

「壊れない道具などない」

「なら、壊れにくい物を」

「お前が考えているのは、まだ性能だけだ」

「性能が悪ければ、使い物になりません」

「性能がよくても、使い手に合わなければ役には立たん」


ガルドは鍬を水桶へ入れた。

ジュウッ、と激しい音が鳴り、白い蒸気が上がる。

湯気の向こうに、老人の顔が隠れる。


そのとき、工房の外から人の声がした。


「ガルドさん、いるかい?」


「入れ」


扉が開き、一人の男が入ってきた。

年齢は四十を少し過ぎたくらいだろう。


日に焼けた顔。

泥のついた作業着。

節くれだった手。

右手首には、汚れた布がきつく巻かれている。


男の後ろから、十歳ほどの少女が顔を覗かせた。

少女は両手で空の籠を抱えている。


「朝早くから悪いな」

「構わん」


ガルドは壁際の棚から、昨日研いでいた鎌を取り出した。

柄の木札には、北畑、ロイスと書かれている。


「刃は研ぎ直した。柄も少し削ってある」

「柄も?」

「右手を痛めているだろう」


ロイスと呼ばれた男が、自分の手首を見る。


「先月、荷車から落ちたときにな。もう大したことはない」

「その握り方では、また痛める」


ガルドは鎌を持ち、柄の中央付近を指した。

以前よりわずかに細く削られ、滑り止めらしい浅い溝が刻まれている。


「強く握らなくても、手の中で回らんようにした。しばらくは左手を多く使え」


ロイスが鎌を受け取る。

何度か握り、軽く振った。


「こりゃいい。前より軽く感じる」

「刃の重さは変えていない」

「でも、振りやすいぞ」

「柄の重心を少し前へ移した」


ガルドの説明を、カイルは黙って聞いていた。


鎌の刃を研ぐだけではなかった。

持ち主の怪我を知り、握り方を考え、柄の太さと重心まで変えている。


昨日、カイルはその鎌を見た。

刃の状態は確認した。

木札の名前も読んだ。

しかし、持ち主がどんな人間なのかを考えたことはなかった。


「これで、明日から刈り入れに戻れる」


ロイスが安堵したように笑った。


「明日から?」


カイルが思わず声を出す。

ロイスが初めてカイルの存在に気づいた。


「見ない顔だな。ガルドさんの弟子か?」

「違う」


ガルドが即座に否定する。

カイルの胸がわずかに痛んだ。

ロイスは気まずそうに頭をかいた。


「そうか。うちは明日から麦の刈り入れなんだ。この鎌が戻らなかったら、隣から借りるしかなかった」

「新しく買えばいいんじゃないですか」


カイルが言うと、ロイスは苦笑した。


「買えればそうするさ」


その横で、少女が籠を抱え直した。


「新しい鎌を買ったら、冬のお塩が買えなくなるの」

「ミナ」

「本当でしょう?」


ロイスが困ったように少女を見る。

ガルドは何も言わず、作業台に置かれた小さな布袋を受け取った。

中で硬貨が数枚鳴る。


「足りないぞ」

「残りは刈り入れが終わったら払う」


「冬になるまで待つ」

「それじゃ遅すぎるだろ」

「利子はつける」


ロイスの表情が曇る。


「ガルドさん、うちには――」

「麦粉を一袋」


ガルドが言った。


「新物を持ってこい」


ロイスは目を瞬いたあと、声を上げて笑った。


「そいつは高い利子だ!」

「嫌なら今払え」

「分かった。刈り入れが終わったら、一番いいのを持ってくる」


男と少女は何度も礼を言い、工房を出ていった。


扉が閉じる。

カイルは、二人が消えた場所を見つめたまま動けなかった。


明日から麦を刈る。

鎌がなければ仕事ができない。

新しい物を買えば、冬に必要な物が買えなくなる。

それは、カイルが昨日考えもしなかったことだった。


「昨日、お前はあの鎌を見た」


「はい......」

「何が見えた」


「刃が……少し鈍っていました」

「それだけだ」


ガルドは炉の前へ戻る。


「あの男は、右手を痛めている。北の畑は石が多い。刃を薄く研ぎすぎれば、半日で欠ける。厚すぎれば、腕に負担がかかる」


壁際に置かれた、底の抜けた鍋を指す。


「あの鍋を使う家には、六人の子どもがいる。毎日、大量の豆を煮る。底が薄いのは安物だからではない。薪を節約するためだ」


次に、曲がった馬蹄を見る。


「あの馬は、左後ろ脚を痛めている。片側だけすり減っているのは、歩き方が変わったからだ。馬蹄だけを直しても、また同じ場所が削れる」


カイルには、どれも見えなかった。


刃の欠け。

鍋の穴。

馬蹄の摩耗。

壊れている場所だけを見て、直し方を考えた。

その向こうに、鎌を使う男や、鍋を囲む家族や、痛む脚で荷車を引く馬がいるとは考えなかった。


「でも、それは持ち主から話を聞いたから分かることです」


カイルは言った。

自分でも、苦しい反論だと分かっていた。


「話を聞くことも、鍛治師の仕事だ」

「鉄を打つのが仕事でしょう」

「使えない物を作るために、鉄を打つのか」

「違います」

「なら、使う者を知らずに何を作る」


カイルは黙った。

ガルドの言葉は正しいのかもしれない。

それでも、自分がここまで否定される理由にはならないと思った。

知らないなら、教えればいい。

できないなら、練習すればいい。

そのために弟子入りを頼んでいるのだ。


「今は見えていなくても、これから覚えます」


カイルはガルドへ向き直った。


「鎌も、鍬も、鍋も作ります。必要なら何でもやる。だから、弟子にしてください」

「何でも?」

「はい」

「いつか魔剣を作るためなら、という意味か」


言葉を見透かされ、カイルは一瞬答えられなかった。


ガルドが目を細める。


「鎌も鍬も、お前にとっては魔剣を打つまでの踏み台か」

「そういうわけじゃありません」

「なら、魔剣を一生作れないとしても、鎌を打ち続けられるか」


カイルの口が止まった。


一生、魔剣を作れない。

鍋や農具だけを直し続ける。

そんな未来を想像したことはなかった。

自分が望んでいるのは、あくまで魔剣を打つことだ。

名もなき道具を作り続けるために、七年間待ったわけではない。


「答えられんか」


「俺は……魔剣を作りたい」


「ああ、作りたいと思うだけなら、悪くない」


ガルドは静かに答えた。


「俺も、かつてはそうだった」


初めてだった。

ガルドが、自分自身の過去へ触れたのは。


「だったら、分かるはずです」

「分かるから断っている」


ガルドの左手が、わずかに握られた。

煤で黒くなった手のひら。

その中心にある、古い火傷の痕。


「強い剣を作りたい。誰にも作れない物を作りたい。自分の技術がどこまで届くか試したい」


ガルドは、まるで自分へ言い聞かせるように続けた。


「職人なら、一度は抱く願いだ」

「なら――」

「その願いが叶ったあと、何が起きるかまで考えたことはあるか」


カイルの脳裏に、七年前の光景が浮かぶ。

赤黒い炎。

掲げられた魔剣。

広場を埋めた歓声。


あの瞬間より先を、カイルは考えたことがなかった。

魔剣が誰の手に渡り、どこで振るわれ、何を斬ったのか。

そんなことを知ろうとしたことさえない。


「あの剣は、どうなったんですか」


カイルが尋ねる。

ガルドの表情が固まった。


「七年前に作った魔剣です。今、誰が持っているんですか」

「お前には関係ない」

「関係あります。あの剣を超える物を作るなら――」

「黙れ」


低い声だった。

工房の空気が変わる。

炉の火まで、一瞬小さくなったように見えた。


カイルは息をのんだ。

ガルドは声を荒らげていない。

だが、その目には、これまでとは違う感情が宿っていた。


怒り。

恐れ。

あるいは、深い後悔。


どれなのか、カイルには分からない。


「今のお前に槌を持たせれば、いつか取り返しのつかない物を作る」


ガルドが告げる。


「作ってもいないのに、どうして分かるんですか」

「作りたい物しか見ていないからだ」

「だから、これから学ぶと――」

「技術だけなら教えられる」


ガルドがカイルの言葉を遮った。


「鉄の熱し方。槌の振り方。刃の研ぎ方。魔力の通し方。教えれば、お前は覚えるだろう」


カイルは、期待に顔を上げた。

しかし、続いた言葉は冷たかった。


「だからこそ、教えん」

「どうして……」

「使う者が見えない人間に、強い道具を作る技術は渡せない」

「俺は人を守る剣を――」

「今のお前が守りたいのは、人ではない」


ガルドの視線が、カイルの腰袋へ向けられる。

中には、自作のナイフが入っている。


「自分が鍛治師になれるという証拠だ」


カイルの胸を、正確に貫く言葉だった。


「違う」

「違わん」

「俺は、あの魔剣を見て――」

「魔剣を作れば、自分にも価値があると思える」

「違う!」


カイルの声が、工房に響いた。

炉の炭が弾ける。


「俺は七年間、何もしてこなかったわけじゃない!」


鉱石の名前を覚えた。

毎日、職人の動きを見た。

重い木炭を運んだ。

鉄の音を聞き分けた。

自分で炉まで作った。

失敗を繰り返しながら、ナイフを完成させた。


ガルドに会うために。

弟子として認めてもらうために。

鍛治師になるために。


「俺がどれだけ――」

「苦労したかは、使う者には関係ない」


昨日と同じ言葉だった。

今度は、胸の奥へ深く突き刺さった。


「俺が作った物を見もしないで、全部否定するんですか」

「見たから言っている」

「たった一本のナイフで、俺のすべてが分かるんですか」

「一本のナイフに、お前のすべてが出ている」


カイルは何も言い返せなかった。

ガルドは炉の送風口を閉じた。

炎の唸りが弱くなる。


それからカイルへ向き直り、はっきりと告げた。


「お前を弟子にはしない」


今度の言葉には、交渉の余地がなかった。


「何度来ても同じだ」

「……俺が考えを変えれば?」

「俺に認められるために変えた答えなど、意味はない」

「では、どうすればいいんですか」

「それを俺に聞いているうちは、何も変わらん」


ガルドは工房の扉を指した。


「帰れ」


カイルは動かなかった。


「帰れ!」


初めて、ガルドが声を荒らげた。

壁に掛かった道具が、微かに震える。

カイルは肩を揺らした。

目の奥が熱い。

怒りなのか、悔しさなのか、自分でも分からなかった。

腰袋からナイフを取り出す。


ガルドの作業台へ叩きつけてやろうと思った。

こんな物を作ったから、すべてを否定された。

だが、手を振り上げることはできなかった。

最後まで作り上げた、初めての刃だった。

布で包み直し、乱暴に腰袋へ戻す。


「分かりました」


声が震えた。


「あなたには、もう頼みません」


ガルドは答えない。

カイルは扉へ向かった。

開ける前に、振り返る。

王国一の鍛治師は、すでにカイルを見ていなかった。

金床に置かれた鍬を見つめている。

その横顔は、七年前の魔剣を打っていたときよりも、ずっと老いて見えた。



扉が閉まる。

少年の足音が、山道の向こうへ遠ざかっていった。


ガルドはしばらく動かなかった。

やがて、自分の左手を開く。

手のひらに残る、黒く焼けただれた痕。

七年前から、決して消えない傷だった。


炉の奥で火が揺れる。

一瞬だけ、赤い炎の中心が黒く染まった。

ガルドは送風口を完全に閉じた。


「……二度目は打たせん」


誰に向けた言葉なのか。

工房には、答える者はいなかった。



カイルは山道を下り続けた。

足元の石を蹴る。


一つ。


もう一つ。


小石が斜面を転がり、木々の間へ消えていく。


「何が、使う人間だ」


口から言葉が漏れる。


「魔剣を作った本人が、偉そうに……」


ガルドは七年前、人々の前で魔剣を完成させた。

広場にいた全員が歓声を上げた。

領主も、騎士も、鍛治師たちも、あの剣を称えた。

その姿に憧れたカイルだけを、今になって危険だと言う。

納得できなかった。

自分と何が違うというのか。

ガルドには才能があり、カイルにはない。

結局、それだけなのではないか。


「最初から、そう言えばいい」


才能がない。

鍛治師にはなれない。

お前の作った物には価値がない。

そう言われた方が、まだ分かりやすかった。


腰袋の中で、ナイフが脚に当たる。

歩くたびに、不格好な刃の重みが伝わってくる。

鉄を刃の形にしただけ。

道具ではない。

誰のためにも作られていない。


ガルドの言葉が、何度も頭の中で繰り返された。


「うるさい」


カイルは腰袋からナイフを取り出した。

布を外す。

朝の光を受け、不揃いな刃が鈍く光る。

何日もかけて作った。

何度も火傷をした。

煙を吸い、咳き込みながら炉へ風を送った。

刃が曲がるたびに削り直した。

完成した夜は、眠ることも忘れて眺めていた。


それなのに、何一つ認めてもらえなかった。


ナイフを握ったまま山道を下り、川沿いの道へ出る。

雪解け水を集めた川は、勢いよく流れていた。

ここへ投げれば、すぐに見えなくなるだろう。

こんな物があるから、惨めになる。


カイルは川岸へ近づいた。

右腕を振り上げる。


「こんな失敗作――」


投げようとした、そのとき。

背後から大きな音がした。


木材がぶつかり合う音。

何かが道へ崩れ落ちる音。

続いて、年老いた女の悲鳴が聞こえた。


「おやまあ!」


カイルの手が止まる。

ナイフはまだ、その手の中に残っていた。


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