王女と騎士団長
さぁ、我が店に帰るところだが。
マスターの店に寄って進行状況を報告しておこう。
貴族街の高級店が立ち並ぶ道を進み。
我が店が可愛く見える巨大な服屋『グランド•エターナル•ワードロープ』についた。
お城のような外観、ショーウィンドウに飾られた美しい服、絶え間なく賑わう客。
はぁ、いいな。何度見ても凄さに溜め息がでる。
そして身が引き締まる思いに至る。
私もいつか、こんな店のオーナーに。フククッ。
あっ、店員さんが気づいて事務所に案内してくれた。
店員さんはスーツローブやオススメの服を着ている。仕立ての良い制服を着こなす身のこなしまで洗練されているな。
事務所は私の事務所の参考にさせてもらっている貴族風の内装だ。広さも机や椅子や調度品の豪華さもレベルが高い、そこに居るマスターの似合ってる感も私では太刀打ちできないレベルだ。
またもや突きつけられた圧倒的な格の違いに縮こまりながらも前に進もう。
「マスター、失礼いたします」
「ああ、ユルクか」
事務机に向かい書き物をしていたマスターは顔を上げて笑みを見せてくれた。
「装飾ギルドと製靴ギルドへの注文を終えました。無事に制作が開始されます」
「それはよかった」
マスターと一緒に一安心のスマイル。
「ユルクが担当するなら心配なかったな」
信頼には自信を持ってスマイルを返そう。
しかし、マスターが担当しなかったことについても話しておこう。
「マスタージュエラーはマスターがドレスの注文受付を中止したことを気にしていました、今回の婚約破棄とドレスキャンセル問題、貴族として私もわがままは気をつけなくてはいけませんわねと」
「そうか、マスタージュエラーは我々平民職人への理解力があるからな。気にさせてしまったな」
マスターは申し訳なさそうに微笑した。
マスタージュエラーの装飾スキルだけでなく人格も信頼しているんだな。
「製靴マスターは何か言っていたか?」
「いえ、そういえば、何も」
「そうか、こちらから知らせた時は残念ねとは言っていた。しかし、製靴マスターとメンバーは楽天家だからな。深くは気にせず注文受付再開を待ってくれるんだろう」
「そうですね。いつも通りのテンションでした」
「それはよかった」
マスターと共にほっとした笑いがこぼれた。
「俺のしたことが、ギルド同士の問題にならずスムーズに進んでくれてよかった」
「はい。それもこれもマスター同士の理解力と絆があるからですね」
マスターはふっと笑った。
「そうだな。問題が片付いたら二人に改めて詫びて酒でも奢らないとな」
マスターも女性になってマスタージュエラーと製靴マスターと女子会したり、逆に全員男子になって飲み会して親睦を深めているという。
一体、どんななんだろう。参加したいようなしたくないような……
私も思わず笑いが口元に出てしまった。
ほのぼのした空気が流れた、安心してそろそろ失礼するか。
「失礼します! オーナー! 」
店員さんが飛び込んできた!?
「王女様がいらっしゃいました!」
ええっ!?
さすが国一番のマスターの服屋。
王女様も常連客の一人だ、来てもおかしくないが。
店員さんの慌てた様子はいつもと違う来訪を感じさせる。
マスターもそれを感じ取ったのか、笑みを消して立ち上がった。
「王女様はドレス受付中止の件について、ご納得いかないようで、ご乱心のご様子です」
やはり、そのことか。
マスターはうなずくと決然と歩き出した。
ドレス問題。
ほのぼの収束するかに思えたが。
一転して緊張する事態になった。
なんだか怖いけど、ついて行こう――
王女様は店の入口にいた。
堂々としたその立場と存在感からか、客達は遠巻きに控えて様子を伺っている。
私もマスターの後ろからそっと様子を見ていよう。
「王女様、ようこそ」
マスターも堂々としたお出迎えだ。
いつもと変わらぬ態度でいられるなんて……私ならアワアワビクビクしてるだろうな、こういう事態も良い経験と勉強の場にさせてもらおう。
王女様の服装
こちらも滅多にできない服装チェック。
この深紅の美しいドレスもマスターが作っておりサイズからデザインまで王女様にぴったりだ。
スタンドカラー (立襟)。
パフスリーブの長袖、ジゴスリーブともいう。
デコルテ (首元から胸元)は透け感のある素材になっている。シアー切り替え、シアーヨーク(ヨークは肩のこと)という。
タイトなハイウエスト。
スカートは二枚重ね。上はオーバースカート、下はアンダースカート。
オーバースカートはフロントが左右に開いて後ろに釣り上げられている。これによりできているドレープ (生地の柔らかな重なりとボリューム )はドレスの美しさと豪華さの一つだ。
足元からのぞく靴も深紅。製靴ギルドマスターの作った一足だろう。
王女や貴族の履く靴は色々ある。
城で履く靴は宮廷靴、外出用は様々でコートシューズ (パンプスの正式名称) 、ハイヒール、キトンヒール(猫足ヒール)など。
宝石の飾りがあるのはビジューヒール。
つま先が丸いのはラウンドトゥ、つま先が尖っているのはポインテッドトゥ。
アクセサリーは控えめ。マスタージュエラーの作ったものだろうか? 小さな金のドロップ (しずく型)のイヤリングと立襟のペンダントトップまたはチャーム。
説明を省いた簡単な名前は外出用のドレスと靴。
王女様の慌てぶりからすると、室内用のドレスのまま来たかもしれない。その場合は宮廷ドレスともいう。
「オーナー! ドレスを作らないというのは本当なの?」
王女様の声と表情には叱責と悲痛さがある。
「はい、当面は注文をお断りさせていただくことにいたしております」
マスターの声には動揺がない。
「陛下にも事情をご説明し、お許しをいただいております」
陛下、王女様の父上。
王である父上が許したなら王女である娘は従わないといけないが。
納得できない様子で王女様は表情を険しくした。
「事情は私も聞いています。度重なる婚約破棄でドレスのキャンセルも続いたと」
「はい、その通りでございます」
「丹精込めて作ったドレスを無駄にされて、オーナーの怒りと悲しみはわかりますわ」
王女様は悲しげに胸に手を当てた。
「ですが、私は婚約破棄などしてないし、そもそも婚約の予定もないし、ただオーナーの作ったドレスを着たいだけです! 絶対にキャンセルなどしませんわ。今まで一度だってしたこともないでしょう? それなのに私にも作ってくれないの?」
切々とした訴えは最後には泣きそうになっていた。
私も貰い泣きしそうだ。そのまま "ごめんなさい〜! 今すぐドレス作りますー!" と膝をつくところだが。
マスターの背中は微動だにしない。
「申し訳ございません、姫君。今回の事態に巻き込んで悲しませてしまいましたことは心からお詫びいたします。ですが、例外はございません。ドレス注文受付再開まで今しばらくお待ち下さい」
そんなっ、厳しい!
王女様もそう言いたげな顔をしている。
しかし、服屋としてはマスターの冷酷さもわかる。
例外的にドレスを作ってしまったら、客に与えるドレスの注文完全停止というインパクトと危機感が薄れてしまうからな。
商売では時に非情なまでに店の方針を示さないといけないんだ。
国一番の店というブランドを守るためにも――
「どうか、おわかりいただきたい」
マスターの声にも悲痛さが……
「うぅっ……」
王女様も必死にわかろうと苦悩しているようだ。
そんな様子を私やお客や店員達は見守るしかない。
ん? 一人だけ、マスターを睨んでいる。
王女様の護衛の騎士団長だ。
騎士団長の服装
恐る恐る服装チェック。
騎士団の制服 (リヴァリー)である軍服を着ている。
金のパイピングで縁取られた漆黒の軍服、重々しい強さとともに高貴さがある。
立襟には金の襟章 (カラーバッチ)。
ポタンが二列のダブルブレスト。
肩には金の房飾りは肩章 (エポーレット)。
肩章に赤いマントを装着している。
見えにくいが肩には金の紐飾りは飾緒または飾緒。
肩から斜めに掛けている赤い布はサッシュ。サッシュは階級を色で表しており赤いサッシュは騎士団長の証だ。金のエンブレムブローチも付けている。
赤いベルトはサッシュベルト (ウエストサッシュ)、飾帯。剣を帯ているので帯刀ともいう。
シンプルなのはロングブーツだけ。
全体的に装飾がされて豪華だ。
説明を省いた簡単な名前は礼装軍服、礼装制服 (リヴァリー)だ。
王侯貴族の軍服には種類がある。
1、礼装用→式典などで着る正装。今日は王女様の護衛ということで正装しているのだろう。
2、常務用→普段の任務中に着る。肩章は房飾りのないシンプルなもので飾緒も飾帯もサッシュもない。
3、戦闘用→階級によって常務用と同じシンプルな場合と正装用と同じ豪華な場合がある。防御魔法付与など特殊な作りになってもいる。
剣は礼装軍服の時は飾りで斬れない。礼装用剣、儀仗剣 (儀仗は儀礼の時に用いる武器、武具のこと)、指揮刀などという。
しかし、今は王女様の護衛中なので斬れる剣を帯びているかもしれないな。
王女様を傷つけられた怒りに任せて剣を抜いたりして?
「やっぱり、このまま待つなんて出来ません!」
王女様が騎士団長が動くより早く告げた。
「父上に訴えてきます!」
聞き覚えのあるセリフだ。
そうだ、マスターも "王に訴えてくるぞ!" と言ってたなぁ。同じこと言ってるよ。
「このままにはさせておきませんわ! 行きますわよ、騎士団長!」
「はっ」
王女様は騎士団長を引き連れて馬車に飛び乗り、行ってしまわれた……
嵐が去った後のように、しばし、店は静まり返った。
マスターがふと息を吐き肩の力を抜いた。
それでようやく店を包んでいた空気の緊張も解けた。
「お客様、お騒がせいたしました」
マスターが腰をかがめて周囲に謝罪した。
私も店員さん達と共に続こう。
お客さんも胸を撫で下ろし店も落ち着いてきた。
もう話しかけてもいいかな?
「マ、マスター」
小さな声かけにマスターは振り向き笑ってくれた。
「驚かせたな」
「はっはい、大丈夫ですか? マスター」
「ああ、しかし、このままドレスの注文受付中止だ! と強気でもいられないようだ」
私も王女様には逆らえないし、うなずいておこう。
「予定より早くドレス受付を再開することになりそうだな」
そう腹をくくったマスターの様子は。
嫌嫌でもなさそうで、晴れ晴れと吹っ切れたようにも見える。
「王女様は心から純粋にマスターのドレスをお求めですもんね」
「ああ、たとえ百人にキャンセルされようと、そんな一人のお客様を待たせるわけにはいかない」
うんうんと同意したスマイルを返そう。
純粋に服を求めてくれる。
そんな、一人のお客のために。
服屋の喜びや使命はそこにあるんだ。
それを王女様は再確認させてくれた――
このまま婚約破棄問題も改めて陛下に訴えて、解決してくださればいいんだが。
そんな頼りになりそうな王女様を見送って。
私も帰って店を開きながら、ドレスとスーツの完成を待とう。
補足です。
透け感のある服の名前には他にフィルミー (filmy、膜や布が薄い、透ける)というのがあり可愛い響きだと思うのですが、今のところ服には使われていないようです。
王女様の靴は見た目と歩きやすさならパンプスなんですが、パンプスという名前は現代的でファンタジー感がないので別の名前を色々紹介しました。




