3話 シオの実力
魔粒子化進行度
高
(上) 天災級
(下) 国災級
中
(上) 領災級
(下) 村災級
低
−−−人災級
レベルに関しては一般的な国災、人災の意味とは異なり、「国を脅かす」「人を脅かす」と言う意味で使用しています。
「すぐ終わらせますから」
そう言ってライラ達の前に進み、剣を抜く少年。
自分よりも五つは下であろう子供––––––––十六歳で成人とはいえ、ライラ以上の年齢の者からすればまだまだ子供だ–––––––––を矢面に立たせるなど考えられない。
ライラは少年の前に進み出ようとしたが、六面結界に阻まれ踏鞴を踏んだ。目の前の、シオと名乗った少年が発動させた魔術だ。
魔術の発動を意識させないほど魔力残滓が少ない、見事な技量だった。
彼女たちが危険な森の深部まで潜ったのは、言うまでもなく人目につかないようにするためだ。一人を除いて魔物との戦闘経験があり、なんといっても世界有数の天才魔術師がいる。並みの魔物には遅れを取らない自信があったし、実際それだけの実力があった。
そんなライラ達が森の中で初めて出会った人物は、まだ成人してもいない少年。
シオにとってライラ達が不審人物であるように、彼女たちにとってもシオは素性の知れない男だった。森の管理関係者という曖昧な肩書はあくまで自称だ。
それに森暮らしらしい地味な服装の割に汚れもほとんど目立たず新品のよう。言葉遣いは非常に丁寧で、容姿もハッキリした顔立ちではないが非常に整っている。ともすれば気品さえ感じてしまうくらいだ。
服装や姿勢を含め不快感を抱かせない、むしろ好感の持てる見た目だ。
しかし、どうにもちぐはぐな印象を受ける。
出会い方が違えばライラ達はもっと警戒していただろう。
それでも彼女達がシオに大人しく付いていったのは、助けられた恩(彼女達で対処出来たかどうかは別にして)と、白髪の少女の決定故である。
彼女の勘は鋭い。
と言うよりも人を見る目があるのかもしれない。
彼女に全幅の信頼を寄せるライラに否やはなかった。
道中楽しそうに笑う少女を見て、ライラはほっとすると同時にシオに感謝した。
数日ぶりに見た心からの笑顔だったのだ。
––––––––正直何がそんなに愉快なのか全く分からなかったが。
ライラ達の前に立つ少年の背中は、アルドーはともかくユアンよりも小さく見える。
「シオ!何を言ってる!出してくれ!」
「これは俺の仕事ですから、ゆっくりしていてください」
結界を叩くライラとは対照的にシオは呑気なことを言う。
「ゆっ…?」
魔物を前にゆっくりしていろとは何事か。思わず耳を疑った。
だが、彼女はその意味を数秒後には知ることになる。
先に動いたのは魔物の方だった。
真正面から突進してくる。
ライラは予想以上の速さに驚く。まだ牛くらいの大きさで、魔粒子化(細胞が魔力の粒子になること)の進行度も高くないように思える。せいぜい人災級だろうとタカを括っていたのだが、それにしては速すぎる。
しかし、シオは落ち着いた様子で魔物の目の前に結界を出現させる。最初の結界の魔法陣を維持し、転写による時間差で発動させたのだ。
魔法陣を維持しておけば、繰り返し同じ魔術を使うことができる。魔法陣を維持するのは魔力を流し続ければ良いのだが、言うほど簡単ではない。
魔法陣と体内で魔力を循環させなければならないのだ。
一本の指で魔法陣に魔力を送り、魔法陣からもう一方の指に魔力を戻す。
魔法陣を描く際、人差し指と中指の二本を使うのは、魔力の出力が安定するからだけでなく、魔法陣の維持に必要不可欠だからである。(ただし、個人の力量によっては魔法陣に触れていなくても良い)
そして十分な魔力操作の技術が無ければ難しい技だ。
だが、シオはそれを息をするように行っている。
魔物はといえば突如現れた透明な壁の出現を瞬時に察知し、急停止した。
信じられない反応速度だ。
それでもその停滞は大きな隙となる。
ライラが気付いた時にはシオは結界の前に移動し、結界ごと黄金の光を帯びた刀身で切り裂いた。
『魔光技』
それはライラが持ちうる最大の攻撃手段にして、彼女が最も得意とする技。
自分のみならず多くの魔光技使いを見てきたが、これほどまでに美しい光を纏う刀身は見たことがない。
まるで金粉を舞い散らせている様な黄金色の刃が、彼自身の結界を水の壁を割く様に両断し、漆黒の塊を斬り伏せた。
「金色の魔力光…」
誰が呟いたのか意識していなかったが、内容だけは頭に入ってきた。
「金……色…“白銀”に並ぶ、幻の…」
魔力光は人によって色が異なる。色が濃い方が魔力量が多いとか、色で得意な属性が分かるなど様々な説があるが、確かな統計はない。
魔力光の色で魔術師としての優劣を決めるのは愚昧だとするのが現在の考え方だ。
それでも珍しい色というのは注目されるものだ。
中でも白銀や黄金はほとんど記録がなく、幻とさえ言われている。
(白銀だけでなく黄金まで…!)
自分は今、間違いなく歴史的瞬間に立ち会っている。
白銀と黄金。
両者が同じ時代、同じ国に生まれ、その上言葉を交わし、笑いあっていた。
ライラはさして信じていなかった運命というものを、感じずにはいられなかった。
黒髪の少年は真っ二つになった魔物が細かな粒子となって散っていくのを確かめてから振り返り、慣れた動作で納剣した。
魔物相手に一分もかからない。それも最小限の魔術師しか使っていない。
スピードタイプの魔物の場合、人間ではその動きについていけないため遠距離攻撃や広範囲魔術が中心となる。
しかしシオは、足止め、攻撃のたった二つの工程、しかも接近戦を選んだ。トップスピードを出される前に決着をつけしまおうということだろう。だがこれは、“言うは易く、行うは難し”である。
そもそも魔物は一対一で向かい合う存在ではない。
ライラは目の前の少年がこの危険な森の中を一人で歩いていたことの意味を今更ながら悟った。
しかし、彼女たちが驚くのは早かった。
ゆっくりとこちらに歩いてくるシオの背後に広がる闇。まるで彼を飲み込もうとしているかのようなそれは––––––––黒炎
魔物特有の魔法攻撃であり、直撃すれば大怪我では済まない。最悪死に至る。
数秒後の光景を幻視したライラは思わず目をつぶりたくなる。
数秒後、地に伏しているのは魔物の方であった。
「何だ、今のは…」
アルドーがライラの声にならない声を代弁するように呟いた。
一体を文字通り瞬殺した後、油断したシオの後方からもう一体の魔物が現れ、黒炎を吐いた。
あの距離では逃れられないはずだった。
しかし、黒炎は突如出現した水の壁に相殺された。
先程シオ自身の手により瓦解したはずの結界が、水壁へと変化したのだ。
更に、魔物の四つ足にはいつの間にか水の縄が巻きついており、巨体はそのままシオの元へと勢いよく引っ張られた。
シオは手を掛けたままだった剣の柄を握りこみ、抜刀術さながらに振り抜く。
魔物は黄金の刃に両断され、地面に転がった。
鮮やか過ぎる手並みにライラ達が唖然とする中、シオは申し訳なさそうに、
「すいません。ヒヤヒヤさせてしまいましたか?」
などとズレた発言をする。
「隙を狙ってる見たいだったので…」
ライラはその言葉にハッとする。
彼は隙を伺う二体目の魔物の存在に、最初から気づいていたのだ。
敢えて隙を晒し、相手の隙を突く。
彼は最初から最後まで、少しも油断などしていなかったのだ。
なんて戦い慣れした少年だろうか。
勝てない。儚げにさえ見えるこの少年に、自分は敵わない。
もしかしたら自分の主人さえも……
ライラ側の沈黙を破ったのはユアンだった。
「人災級に見えたんだけど、黒炎って村災級からじゃなかったっけ?」
「黒炎を吐ける人災級もごく稀にいますよ。でも、さっきのは元が子供か小型だっただけで領災級ですよ。これまた稀ですけど」
因みに一体目は村災級ですと付け加える。
「そっ…りょ……」
村災級と領災級を一瞬で……?
動揺が収まらないライラだったが、隣の少女に目をやると……
これまた嬉しそうに微笑んでいるのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
魔術––––魔法陣を用いる魔法
魔法––––原始魔法、固有魔法など(黒炎も魔法に分類される)
総称して魔法ですが、上記のように区別して言うのが一般的です。
作中で説明しきれず、申し訳ありません。




