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シェへルティアの黒狼騎士  作者: 夏萌
第二章 ミクベクレンの森・後編
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2話 魔物狩人の枷

 


 “えりちゃん。あのさ…”


 “なあに?”


 “あのっ…”


 “うん”


 彼女は口籠る俺を急かさずに待ってくれた。


 “あのさ…僕、生まれる前…のことを…夢で見るんだ…”


 “え?”


 “信じられないかもしれないんだけどさ。でも、本当に夢の中の僕は僕で、大人だったり、女の人だったりするんだ”


 さすがに「昔のえりちゃんは従兄妹だったり、隣に住むお兄さんだったり、僕のお嫁さんだったこともあるんだ」とは言えなかった。


 “うん。それでそれで?”


 “…信じてくれるの?”


 “しょうちゃんは私にウソついてるの?”


 小首を傾げて問う。


 “ううん!うそなんかついてないよ!”


 隣に座る彼女は柔らかく微笑んだ。


 “なら、それでいいの”



 頻繁に見せられる前世の記憶(むかしのじぶん)により翔平(じぶん)という存在が分からなくなっていた俺は、今の自分を肯定してくれるその一言に救われた。


 無条件に信じてくれる彼女を、俺も信じ続けようと思った。







 * * *






「あの狼達はどうやって追い払ったんだ?あぁ、魔力を放出して威嚇したのは分かったのだが」


「この森の動物は魔力に敏感なんです。日常的に魔物が現れる上に戦闘時には大量の魔力を放出するので、魔力にあてられる(・・・・・)動物も多いんでしょう」


 俺は先頭を歩きながらライラさんに顔を向けて応える。

 ライラさんとアンネさんがリザさんを挟んで横に並び、その後ろで男性二人が歩いている。


「元々狼は戦闘能力がある相手にはあまり攻撃を仕掛けたりしませんしね」


「しかし、さっきは突然囲まれたが…」


「あそこは彼等(かれら)の縄張りなんです」


「ああ!そうか…少し考えれば分かることだった」


 ライラさんは恥ずかしそうに頬を掻いた。

 その様子を見て、案外、と言っては失礼だが、かわいらしい人だと思った。男っぽいしゃべり方やはっきりした顔立ちからキツめな印象を受けるが、アンネさんとは違ったタイプの美人だ。赤っぽい茶髪を一括りにし、女性にしては大きめの剣を携えている。


 アルドーさんは浅黒い肌に短髪の黒髪で、体格に合った精悍な顔付きをしている。ユアンさんはこの世界で標準的な茶髪で、童顔なのか少し少年っぽさを感じさせる。


 リザさんだけはフードを深く被っているので良く分からないままだ。あまり顔を出したくない理由があるのかもしれないが、引っ込み思案という訳でもなさそうだ。最初の印象と違い、彼女はハキハキとした喋り方をする。


 五人とも大きめの外套を纏っているため、身に付けているものは分かりにくいが、皆似たような格好だ。


 外套や鞄は土汚れなどはあるものの、まだ新しいものだ。森に入る前に揃って買ったのかもしれない。


 外套から覗いて見える衣服も新しく、五人とも似ている。


 ……となると以前の服では身分が分かるため着替えた…?



 一応傭兵という線もあったのだが、ますます彼等の正体が“騎士団兵”なのではないかと思えてきた。


 傭兵にしては物腰柔らかな丁寧な話し方で、一般兵にしても気品というか、心持ちにゆとりがあるように感じる。


 そして一見して武器を所持しておらず、顔を隠している女性が一人。


 貴人を何か、いや、誰か(・・)から守るために逃げている…



 まぁ、全くもって憶測の域を出ないけどな。

 話しながらを情報を集めていくとしよう。



「先程“動物に絡まれない道”と仰ってましたけど、もしかして他の縄張りも記憶しているんですか?」


「鋭いですね。アンネさん」


 そう言って振り返ると、ニコッと笑みを返してきた。


「この森はかなり規模が大きいと思うんだが…」


 最後尾のアルドーさんが独り言のように呟く。


「生まれた時から住んでいますからね。自然と覚えるんです」


「でも、場所は変わっていくよね」


 ユアンさんが疑問を呈し、アンネさんが俺に尋ねる。


「もしかして変わっていくのも覚えていくんですか?」


「ええ。いちいち縄張りに進入して動物を排除していたらキリがないし、森が荒れますから」


 ライラさん達が感心したように首を縦に振るなか、


「ふふ」


 アンネさんが思わず、といった感じで笑い声を零す。


「え…と俺、何か変なこと言いましたか…?」


「いえ、すいません。さっき助けて貰ったのは、私達じゃなくて狼の方だったのだと思って」


 …本当に鋭い人だ。


「確かにそういう面も多少はありました。皆さんなら対処出来そうでしたし」


 本当に騎士なら魔術や魔光技も使えるだろうしな。


「でも、アンネさん達が狼のせいで傷ついても良かったとは思っていませんよ」


「もちろん分かっていますよ」


 苦笑する俺に対し、アンネさんは何故か嬉しそうに笑っている。



「あっ」


 リザさんがよろけ目の前の俺の背中にぶつかる。


「大丈夫ですか?」


「すいません!」


 慌てて離れるが、その動きも少し不自然だった。


「もしかして足を挫きましたか?」


「いえ、大丈夫です」


 リザさんは否定したが明らかに片足を庇った立ち方をしている。


「リザ。無理をするな。今よりひどくなる方が我々も困ることになる」


 ライラさんが優しい声音で諭す。


「そう…ですね。申し訳ありません」


「そういうことは遠慮せずともいいのですよ」


 アンネさんもさりげない風に優しい言葉をかける。


「少し足を冷やした方がいいですね。時間も頃合いですし、ついでに昼食にしませんか?」


 俺の提案で昼休憩をすることになった。




 ライラさんに借りたハンカチを魔術で生み出した水に浸し、軽く絞る。それをリザさんの痛めた足首にそっと巻き付ける。

 魔術の水は魔力を供給しなければ消えてしまうので魔法陣を維持していなければならないが、温度調節ができるので便利だ。純水なのか飲み水には適さないが。

 魔力がなくなれば体内からも消えるから意味ないしな。


「ありがとうございます」


「いえいえ。でも今日はもう歩かない方がいいかもしれませんね。痛めたのも足に疲れが溜まっていたからでしょう」


 おそらく長距離を歩き慣れてないんだろうな。


「でも…」


「良ければ俺が負ぶりますよ」


「え?いえ!そこまでは!」


「シオくん。そこまでしてもらわなくていいよ。アルドーさんがやるから」


 ユアンさんが「ねっ!」とアルドーさんに顔を向ける。


「お前…俺がじょ…年上なの忘れてないか?」


 おっ。今わざわざ言い直したな。もしかして「上司」とでも言おうとしたのかね?


「いや~だって見た目的にアルドーさんが適任じゃないですか」


「まったく…。リザが良いなら俺は構わないがな」


「重ね重ね申し訳ありません…。お願いします」


 今度はさすがに渋るのを止めたようだ。


「さあ。ご飯にしましょう」


 アンネさんの呼びかけで皆、鞄をごそごそと探る。





「そういえばシオ、君は一人で歩いていたが・・・・・・シオ?アンネまでどうした」


 突然動きを止めた俺達に尋ねる。


 森が静かだ。

 アレの気配は感じないが、周囲の変化により気付くこともある。


「まさか…」


 全員が俺とアンネさんの警戒の意味を悟り、戦闘態勢を整える。


「どうやら…そのまさかのようですね」


 俺たちの目線の先。そこには動物の姿ながら漆黒の粒子を撒き散らす黒い塊——————魔物の姿があった。





「元は狼や山犬あたりか」


「俊敏なタイプですね」

 

「魔術による遠距離攻撃に徹しましょう」


「じゃあ結界(シールド)を頼む」



 …随分と冷静だ。

 普通の人であれば失禁レベルの状況なんだが。

 まぁ普通じゃないからこんなとこにいるんだろうけどな。


 話し合ってる所悪いが、彼等に動かれるのは都合が悪い。


「あーすいません。ここは俺に任せて貰えませんか?」


「は?何を…」


 その反応は最もだ。

 しかし魔物狩人(ペラード)の息子として森を荒れさせる訳にはいかない。


 魔物狩人はただ魔物を倒せばいいわけではない。

 自然環境を(・・・・・)守りながら(・・・・・)魔物を倒さなければならないのだ。


 騎士団や傭兵など、魔物を退治する者は他にもいる。

 しかし、彼等が戦えば多少なりとも()が残る。


 周囲の環境に被害を出さないだけの実力を有していること。

 それが魔物狩人の特異性だった。



「俺はこの森の管理関係者です。森を荒らさないことが求められています」


 俺自身は魔物狩人ではない。しかし森を傷つけないことにはきちんと意味がある。


 それに、これは十二の時から始まった、俺の「仕事」だ。



 素早く指先を動かし、アンネさん達を結界で囲む。


「すぐ終わらせますから」


一歩前に進み、剣を抜く。


 


では、働くとしよう。






ここまでお読みいただきありがとうございます。



→次話「シオの実力」

ライラ視点です。

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