50万円する布団を買ったんだからぐっすり寝かせてくれ!
「ああ、どこで間違えたのだろう。」
終電の窓に映る自分の顔を見て、俺はつぶやいた。目の下のクマは、もはや顔の一部として定着している。
俺は、村田歩25歳独身。都内の中堅不動産会社に勤めている。
毎日、馬車馬のように働き、終電で帰ってきては疲労困憊で意識を失うように布団に飛び込む毎日。
布団で寝るのは幸せなのだが、、、
その幸せを味わいきれていない……
横になった瞬間に気絶して、次に目を開けたらもう朝だ。人に「住める場所」を売っている俺の部屋は寝るだけの場所。笑えない話だ。
休みの日に、俺は大型の家具屋に向かった。せめてもの救いで寝具だけは揃えようという動機だ。こんなに頑張る身体を労ってやりたい。
ソファの森をぬけ、ベッドの海をただよい、枕の山を越える。探索していると、見過ごせない寝具が目に入った。
……布団だ。
一見、ただの布団なのだが、何かがおかしい!? いや、その何がおかしいのかわからないのだが。うーん、とにかく目に入るのだ。周りの寝具がすべて背景に見えるくらい、そいつだけがくっきりとそこにある。
そして、俺はそれを結局買わなかった。買わないのかい!!
いや、だって値札を見たら、ゼロの数がおかしかったんだよ。
次の日、いつものように定時で帰るわけもなく、終電ギリギリで帰ってきてスーツの上から寝る。ネクタイをゆるめる力すら、残っていなかった。
*
1週間後の休日。俺は、どうにもあの布団が気になり、気づいたらインターネットでポチッと購入していた。
いや、貯金の3分の1をはたいたんですけど……
50万円よ50万円。富裕層ではない俺が、富裕層ぶった買い物。布団にこの金額は馬鹿げてる。
これで寝心地が悪かったらすぐに返却してやろう。俺はそう思った。
次の日、「『ピンポーン』」とインターフォンと共に業者さんが運んで設置までしてくれた。布団の設置ってなんだよ、と思ったが口には出さなかった。
「さて、肝心の布団についてだが、中々だな。」
さすが50万円と言ってもいいだろう。青色でフカフカの布団である。今まで使っていた安布団と異なり、備え付けの枕や掛け布団までが一級品だと悟った。手のひらを乗せると、ゆっくり沈んで、なかなか戻ってこない。
そして、俺はその日お気に入りのパジャマを着て眠りについた。50万円の布団にそこらのシワシワの部屋着で入るのは失礼な気がしたのだ。
*
……あれ、ここどこ??
目を開けると、青い空が広がっていた。石畳の広場、行き交う人々、聞きなれない言葉。
えっと、ここは、フランス?? エッフェル塔が見える。俺が死ぬまでに行ってみたかったエッフェル塔だ。
しかも俺は、布団ごと広場のど真ん中にいる。それなのに、誰もこちらを見ていない。
すると、布団がふわりと浮き上がった。
登れるぞ。塔に沿って、ぐんぐん高く昇っていく。パリの街並みが、足もとに広がっていく。
展望台の高さで、布団はぴたりと止まった。眼下にはセーヌ川がきらきらと光り、その向こうに、ガラスのピラミッドのある大きな建物が見える。
……ルーブル美術館だ。本で何度も読んだ、世界一有名な美術館。
行ってみたいなあ。そう思った瞬間、布団がすうっと動き出した。
「えっ、ちょっ、待っ――」
布団はセーヌ川の上をすべるように飛び、ガラスのピラミッドをするりと通り抜けて、館内へ降りていく。なんでもありか、この布団。
館内は人であふれていた。ひときわ大きな人だかりの先、防弾ガラスの向こうで、モナ・リザが静かに微笑んでいる。
布団に寝転がったまま、人混みの頭上からモナ・リザを眺める。こんな贅沢な鑑賞の仕方、世界で俺だけだろう。
うーん、俺はその日最高の夢を見た。




