距離を縮める能力
承知いたしました、ご主人様。
では「読者はアズマとデビルくんの関係をすでに知っている」という前提で、説明を極力省き、16日目から始まる一話として書きますわ。
朝、目を覚ますと、枕元にデビルくんがいた。
「……」
「うわっ」
アズマは布団を蹴飛ばした。
デビルくんはいつものように、ベッドの横に立っている。
黒い角。青白い顔。口元から覗く妙に長い歯。
朝一番に見る顔ではない。
「……今日も?」
「……」
デビルくんが右手を差し出す。
手のひらに、小さな光が浮かんでいた。
「はいはい」
アズマが触れる。
頭の中に、ぼんやりと能力の使い方が入ってくる。
「……近づける?」
「……」
「物を?」
「……」
「人も?」
「……」
「まあ、いいか」
デビルくんは何も言わない。
アズマは起き上がった。
今日の能力。
自分が触れたものと、指定したものとの距離を縮められる。
限界はあるらしい。
遠すぎるものは無理。
大きすぎるものも無理。
生き物も対象にはできる。
「……便利だな」
デビルくんが少しだけ顔を上げた。
アズマはそれを見て、嫌な予感がした。
「何だよ」
「……」
「俺が何かすると思ってるだろ」
「……」
「顔に出てるぞ」
デビルくんは無表情だった。
昼休み。
アズマはコンビニの前で立ち止まった。
「…………」
店の入口から、五メートルほど離れたところ。
駐車場に自転車が一台停まっている。
そのカゴに、コンビニの袋。
「……」
アズマは周囲を見回した。
誰も見ていない。
袋の中身は見えない。
しかし、持ち主は近くにいるらしい。
「いや」
アズマは首を振った。
「駄目だろ」
自分で言っておいて、少し残念だった。
デビルくんは電柱の陰に立っている。
「お前も何か言えよ」
「……」
「言わないなら帰れよ」
「……」
「怖いんだよ、その無言」
アズマはため息をついた。
結局、何もしなかった。
午後。
駅へ向かう途中、前を歩いていた女子高生がスマートフォンを落とした。
本人は気づいていない。
「落ちたよ」
声をかけようとしたところで、スマートフォンが車道へ転がった。
ちょうど信号が変わる。
車が来る。
「危ない!」
アズマは走った。
間に合わない。
手を伸ばす。
届かない。
「くそっ!」
反射的に能力を使った。
スマートフォンが、手の中へ滑り込んできた。
女子高生が振り返る。
「え?」
アズマの手には、落としたばかりのスマートフォン。
「……」
「……?」
「ほら」
「あ、ありがとうございます……?」
「気をつけて」
「はい……」
女子高生が去っていく。
アズマは自分の手を見る。
「……まあ、これはいいか」
電柱の陰。
デビルくんが、ほんの少しだけ身体を揺らしていた。
その日の夕方。
アズマはスーパーに寄った。
財布を出す。
「…………」
レジの横に、ポイントカードが落ちている。
誰かのものだ。
拾う。
「店員さんに渡すか」
そのままレジへ向かおうとして、ふと止まった。
「……」
ポイントカード。
裏には名前。
表には、そこそこ貯まったポイント。
「これ……」
アズマはカードを見る。
「使えるよな」
「……」
背後にデビルくんが立っていた。
「……お前、見てる?」
「……」
「見てるよな」
「……」
「いや、別に悪いことするとは決めてないからな」
「……」
「……」
アズマはカードを眺めた。
ポイントは、千円分くらいありそうだった。
「……千円か」
デビルくんがじっと見ている。
「…………」
アズマはカードをレジへ持っていった。
「落とし物です」
店員に渡す。
「ありがとうございます」
それだけ言って、買い物を続けた。
帰宅後。
アズマはベッドに寝転がった。
「今日、結局なんもしなかったな」
「……」
部屋の隅にデビルくんがいる。
「いや、人助けはしたけど」
「……」
「あと、朝のやつ」
「……」
「お前、つまんなかった?」
デビルくんは首を横に振った。
「……そう?」
アズマは少し意外そうな顔をした。
「まあ、いいか」
電気を消す。
暗闇の中で、アズマは目を閉じた。
しばらくして。
「……あ」
目を開ける。
「そういや今日、能力使って財布の中の小銭だけ近づけるとかできたんじゃね?」
「……」
「やればよかった」
暗闇の中。
デビルくんの口元だけが、ほんの少しだけ緩んだ。




