12 てーいがく。てーいがく。
「なるほど。
私たちを誘き出すために、一芝居打ち恋仲を装ったか」
落ち着きを取り戻した部長は自分の言葉にうんうんと頷く。
「はい。ご指摘の通り」
カップル役の女……風紀委員は静かに頷いた。
風紀委員だと?
俺たちはいったいどうなってしまうんだ?
遊撃の真っ最中に取り締まられたため、言い訳の余地も無い。
「私たちに構う暇があるなら輩共を取り締まれ!!!」
部長は風紀委員相手でも怯むことなく一喝を放つ。
唐突の豹変にも関わらず、風紀委員に驚く素振りは見られない。
女は用意された原稿を読み上げるように、淡々と主張を展開する。
「いいえ。取り締まる対象は貴方」
そう言うと机の中から、分厚い紙束を取り出した。
「四月一日から本日七月六日に至るまで、覆面女に関する苦情が133件」
一日に一件以上のペースだ……。
「何が苦情だ! 放課後の無駄な居残りや男女交際など、 校則を犯した生徒のみを私は遊撃している!」
「いいえ。完全下校時刻までに下校すれば、放課後の居残りは校則違反には当たらない。
並びに男女交際を禁ずる校則は、蛙高校にはそもそも存在していない」
「そ、それがどうした! 我々は我々の信念に基づいて活動を行っている!
それは貴様らの活動規則とは当然異なるものだ!」
信念に基づいてって……。一言前には校則違反を遊撃してるって言ってましたよね……。
「はい。そのため貴方を取り締まる。
図書室での私語の取り締まりや立ち入り禁止区域におけるショート動画の撮影など、指導に値する生徒たちへ貴方が注意する場面も確認できている。
しかしその行為は徐々に暴走し、四月中旬には無実な生徒たちへの過剰な粘着行為が確認された。
さらに先日の球技大会における妨害行為は前代未聞」
「……なぜ『ノアの方舟計画』を知っている?」
女は紙束の中から一枚のA4用紙を抜き取り、部長に提示した。
「こちらはドローン部の活動申請用紙。球技大会当日に撮影用ドローン十台を使用することが記載されている。
しかし大会当日、使用された撮影用ドローンは四台のみ。残りの六台は農業用ドローンであることが委員会により確認された。
この件についてドローン部に聞き取りを行ったところ、『帰宅 (させる)部』なる非公認の部活動の存在が発覚。さらに同部が学校行事への工作活動を行っていたことが判明。
更に聞き取りを進め、同部と覆面女との関連性を認められた。
133件の苦情並びに球技大会への妨害行為。この二点で貴方は摘発対象に選定された」
「…………」
つまり、『ノアの方舟計画』に関する情報がドローン部から漏洩してしまったらしい。ここまでのことが明らかになってしまっていてはぐうの音も出ない。
しかし133件の苦情とあるが、その差出人の殆どはどうせ部長に帰宅させられた連中だろう。
普段は校則を無視したり教員に反抗して反体制ぶってるくせに、いざ自分が困ったら風紀委員会に頼るとはこの上なく自分勝手な奴らだ。
だが『ノアの方舟計画』については言い訳の余地がない。
ドローンの形状が異なることは俺も不安視していた。その危惧は現実になってしまったのだ。まさかこの高校に、部長の他にも賢い人間が在籍していたとは。
ドローン部の部員たちを責めるつもりは当然なかった。彼女たちは善意から俺たちに力を貸してくれたのだ。
加えて、「ドローン部は今年から新設された部活だ」とあの一年生は言っていた。
風紀委員会相手に虚偽の情報を流せば、新設されたばかりの部活はきっと呆気なく廃部にさせられてしまっただろう。従順に従うのは当たり前のことだ。
「妨害行為を受けて大会進行に大きな支障は確認されず。しかし全ての違反行為を総計して、覆面女は一か月の停学が妥当だと判断」
「て、停学だと……!? 私たちはこれからも輩共へ遊撃を続けねばならないのだ! 立ち止まる瞬間は一秒たりともあってはならない!」
女は紙束を机の上に置くと、パチ、パチ、と拍手を始める。
「てーいがく。てーいがく」
「そ、そのコールを止めろっ! 悪しき記憶が蘇る!」
「まあまあ二人とも。そこまでにして」
二人の間に割って入ったのは、カップル役の男だった。
しかし部長と女は全く聞く耳を持たず、悲鳴とコールを順番にあげ続けている。
ここは俺がこいつの話を聞くしかなさそうだ。
「あんたも風紀委員会か?」
「そう。僕が会長で、彼女が副会長なんだ。君は?」
「『帰宅 (させる)部』の副部長だ。
……で、部長を停学させるって本気かよ?」
「最終的な判断を下すのは先生たちだけどね。
まぁこれだけの苦情が来てたら、先生たちも無視はできないんじゃないかな」
これまでの所業を振り返ってみれば停学は確実だろう。
しかし俺は同志を見捨てるつもりはなかった。
彼女の行為は、俺達のような人間の代弁だった。遊撃に助けられた人間は俺以外にも多くいるはずだ。
そして何よりも……一人の学校は寂しい。
部長を助けるために、俺ができることとは……。
頭を悩ませていると、会長の男は再び口を開いた。
「でもね。生徒や教員の中にも、覆面女さんの行動を評価している人物はいるんだ。事実として、放課後の治安は良くなったしね。と言っても、殺菌じゃなくて滅菌って感じだけど」
「……つまり、何が言いたいんだ?」
「つまり、君たちの能力を見込んで……。
風紀委員会に協力することを条件に、今回の件は帳消しにする。っていうのはどうかな?」
「協力……? 校則違反者を取り締まれってことか?」
「いや、通常の取り締まり業務は風紀委員会で行う。
君たちには、僕たちが手を出せない領域の生徒たちを帰宅させてほしいんだ」
「お前らが手を出せない領域……?」
「校則を違反しているのに、風紀委員では取り締まりできない生徒だよ」
校則を違反しているのに、風紀委員では取り締まりできない生徒……?
そんな奴がいるのか? いったい誰だ?
会長の男は、副会長が抱えていた紙束から一枚を抜き取り俺に差し出してきた。それは学籍簿のコピーだった。
貼付されている顔写真を見る。クラスメイトの名前も憶えていない俺だが、彼女のことは知っていた。
「万国ニコ……」
万国ニコはベルギー人の祖父を持つクォーターだそうだ。
二年生ながら女子バスケ部のエースの座に立つ彼女はその類いまれなる才能で、スポーツ強豪校でもない蛙高校をなんとインターハイまで導いてしまったのだ。
噂によると、既に複数の大学や実業団からスカウトを受けているらしい。
と、流行り事に興味のない俺ですら彼女のことはここまで知っている。万国ニコは校内きっての有名人なのだ。
「で。そのスーパースター様が、どんな校則を違反してるって言うんだ?」
「インターハイに向けて熱が入っているみたいでね。最終下校時刻を越えても学校に残って、一人で練習を続けているんだ。部員や顧問の声にも耳を貸さない」
「明確な違反行為を確認できているなら、お前らでなんとかできるんじゃないのか?」
「まあね。でも考えてみてほしい。
万国さんは学校の人気者。そんな彼女の努力に僕たちが水を差せば、当然風紀委員会に批判が集まるよね。
だけど、彼女だけ特別扱いというわけにもいかない。
そこで君たちに対応を頼もうと思ったんだ」
「つまり……汚れ仕事を俺たちにやらせようってことか。
わざわざ名簿のコピーを持ってきたんだ。最初からそのつもりだったんだろ?」
「僕たちだって停学者を増やすようなことはしたくないんだよ。
じゃあ帰るよ、副会長」
「てーいがく。てーいがく。てーいがく。てーいがく」
「も、もう止めてくれえええええ!!!!!」
会長は副会長の後ろから両脇に手を差し込み、引きずる形で教室から出ていった。
トラウマ刺激された部長は、未だに平静を取り戻せないままでいた。
「風紀委員会の戯言には塵ほども納得できない!
私は遊撃を続ける! 例え停学になろうとも学校に乗り込んでやるとも!」
「そんなことしたら今度は退学ですよ……。
今はとりあえず、風紀委員会に従いませんか?
バスケ部のエースなんて完全に青春側の人間じゃないですか。俺たちのターゲットではありますよ。
利用されるのは俺も癪ですけどね」
覆面の中から、ギリギリと歯を食いしばる音が漏れている。その音だけで部長の悔しさが伝わってきた。
「……面倒ごとは今日中に終わらせる。
あいつらに私たちの能力の高さを見せつけてやるぞ」
「やってやりましょう。俺だって部長の停学は嫌ですから」
「しかし万国ニコ……。女子バスケットボール部か……」
部長は不機嫌そうに声を漏らす。その理由は、この後すぐに判明するのだった。




