玉ねぎを食べよう
前回のあらすじ
トイレを綺麗にしたら床がびちょびちょになった。
「やっぱりこれは欠かせないよね」
アポロはそう言うと、フライドポテトとフライドチキンを購入した。
「またか!いや、確かに美味しいけど」
「今日は掃除を頑張ったんだし、ご褒美ご褒美」
掃除を頑張った…?僕の記憶だと、雑巾掛けでゴミの山に突っ込んだり、後ろで飛び跳ねたり、床を水浸しにしていたような気がするが。
僕はため息をついて、店内を巡った。今日も野菜を購入しなければ。あの勇者、放っておくと揚げ物しか食べない。このままだと勇者が生活習慣病で死んでしまう。
すると、綺麗な玉ねぎを見つけた。大ぶりで、形も美しい。それにこれはただの玉ねぎじゃなく、新玉ねぎだ。きっとみずみずしく、甘いぞ。
勇者は僕が手に取った玉ねぎを見ると、絶叫した。
「うわぁ、あの辛いやつだ!!!」
「何だ、どうした」
「タカキ、それ辛いやつでしょ!すぐに戻して、すぐに!」
「何だよ、まあ確かに多少辛味はあるけど」
「多少じゃない!昔、果物だと思って飾ったら大変な目にあったんだ!次の日まで舌がヒリヒリした!」
ああ、こいつそのままかじったのか。それは確かにトラウマになるかもしれない。
「よし、じゃあ今日は玉ねぎにしよう」
「何でよお」
「まあ見てなって。昨日みたいに美味しくするから」
アポロは疑いの眼差しを向けた。僕はそれを無視して、店内を物色した。
「おお、鰹節がある!それに醤油も!」
なんと、店内の隅に鰹節や昆布といった乾き物、醤油やみりんまで存在していた。本当にここは異世界か?
「店員さん、鰹節と醤油、それに玉ねぎ買います」
「へえ、鰹節に醤油を知ってるのかい。それは珍しい商品で、売れなくて困ってたのよ」
珍しい、ということはこの世界に元々存在していた訳ではなく、僕と同じく日本からやってきたものが作っているのかもしれない。僕は顔も知らない同士に合唱をした。ありがとう、この世界に出汁と醤油を持ってきてくれて。
「はい、フライドポテトにフライドチキン、玉ねぎ、鰹節、醤油ね。お待たせしました」
「ありがとうございます。そういえば店員さん、このフライドチキンってどんなスパイス使ってるんですか?」
「企業秘密よ」
怖い顔で睨まれてしまった。流石に失礼な質問だったか。
アポロと僕は家路を急いだ。僕たちは実はとてもお腹が空いていたのだ。フライドチキンの良い香りで空腹を思い出してしまった。
「いいや、奇跡を使おう!自宅警備!」
彼女は僕の手を取り、奇跡を使った。段々、使用で使うことに抵抗がなくなってきているようだ。
僕たちは急いでビニールシートを引き、お皿を用意した。
「さあ、この玉ねぎを切ってくれ。さあ」
「やだなあ。風の歌!」
玉ねぎは綺麗に半分に切れた。
「そういえば、今日は力が暴走しないな」
「勝手がわかったからね。力加減を調節したら大丈夫」
「昨日は何だったのかな」
「私もわからない…」
僕はそう言いながら、急いで玉ねぎの皮を剥いた。
「よし、じゃあ今度は玉ねぎをスライスしてくれ。できるだけ薄く、うすーくな」
「えいや、風の歌、風の歌、風の歌!」
風がよく歌う1日だ。玉ねぎは薄くスライスされた。
「この前食べた時は辛かったんだよな」
「うん、だから私は食べないよ」
「まあ、このまま食べると辛いよな。だけどここからの作業で一気に変わるぞ」
僕は玉ねぎを塩揉みした。
「さっき覚えた奇跡、何だっけ、家をびしょびしょにしたやつ」
「水の浄化、ね。だからごめんって」
「いや責めてないよ。それを使って、玉ねぎを洗ってくれ」
「奇跡を何回使うのよ…ええい、水の浄化!!!」
塩揉みした玉ねぎを流水に晒す。そして少し揉み込む。
「よし、これでオッケー」
僕は玉ねぎの水気をしっかりと切った。
「えー、これだけ?」
「これだけ」
そして玉ねぎを皿に盛り付け、鰹節と醤油をかけた。
「完成、新玉ねぎのサラダ!」
「ただの玉ねぎじゃない!」
「まあいいから、食べてみろって」
アポロは恐る恐る箸を伸ばした。そして、少量の玉ねぎをゆっくりと口に入れた。
「ん!甘い!」
「だろ!!!」
「全然辛くないじゃん!それに鰹節と醤油?も美味しい!玉ねぎの甘さとベストマッチ!」
日本に生まれていたら食レポで食えたかもしれないな、この勇者。
僕も口にしたが、甘くシャキシャキとした食感のたまねぎと、鰹節の旨味がよくあっていた。ベストマッチ!
「何でこんなに甘いの?」
「辛味成分を塩と水で落としたんだよ」
「辛味成分…?よくわかんない」
「まあ、とにかく玉ねぎは水にさらすと美味しくなるんだ」
「タカキはすごいね、何でも美味しくしちゃうんだね!」
アポロは玉ねぎをバクバクと食べた。そしてフライドチキンを飾り、玉ねぎを食べる。良い組み合わせだ。
夕食は大満足に終わった。アポロの剣はまた少し、ぼんやりと光っているように見えた。
その夜は魔物は出なかった。アポロは寝室へ行き、僕は廊下に横になった。足を伸ばせるだけ、昨日よりは随分と楽だ。
しかし、この2日料理をしたが、やはり火や調理器具を使えない中ではかなり限定されてしまう。
明日は絶対にリビングとキッチンを綺麗にする。そして全力で料理してやる。
僕は決意を固め、深い眠りに入っていった。どうか、あの家の中ではポンコツな勇者に邪魔されないことを願いながら。