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ホットミルクを飲もう

前回のあらすじ

家が光った


ご飯を食べ終わり、お風呂に入ったあともアポロは元気がなかった。それでも、無理に話しかけるとかえって気を使わせてしまう。今日はおとなしく眠るしかない。


僕は、2階の和室を寝室として使うことに決めた。布団は、吸水性のあるいぐさの床でないと湿ってしまいカビの原因となってしまう。それにしても、布団は伝わっているのが不思議だ。醤油にしろ、布団にしろ、鮮度が関係なく、持ち運びができてそれなりに便利なものは広まっているのかもしれない。


2階に布団を敷き、リビングに行くとアポロが座っていた。


「おやすみ、アポロ」


「うん、おやすみ」


アポロは自分の寝室に向かおうとはしなかった。いつもならすぐに寝付いてしまうのに。


和室の布団に寝転ぶと、日本にいた時のことを思い出した。この世界の食品も、道具も大好きだ。だけど、やっぱり慣れ親しんだ文化が懐かしく感じてしまう。日本の僕の体は雷に打たれて炭になっているだろうから、戻ることはできないのだろうけど。


そんなことを考えていたら、何だか眠れなくなった。水でも飲もうと思い、リビングに降りると、まだアポロが座っていた。もう夜更けだというのに、眠る気配がない。また何かを書いているようだ。


「眠れないのか?」


「ひゃあ!」


アポロはビクッと驚き、書いていたものを隠した。


「いつもなら寝てる時間だろ」


「う、うん。でも、私だっていつも直ぐにグースカ寝てる訳じゃないからね!悩めるお年頃なんだからね!」


「グースカ寝てるだろ。寝室に入って5分後にはいびきかいてるぞ」


「悩める乙女に何てことを!と言うか私、いびきかいてるの!?」


こうやって話していると、いつものアポロだ。ただ、疲れているだけなのだろうか。とりあえず、僕も寝つきが悪いしホットミルクでも作ろう。日本にいる時も、眠れない時にはよく飲んでいた。


残っていたミルクをパンに入れて、火にかける。弱火でゆっくりと加熱する。固まってしまわないように少しかき混ぜながら。砂糖をたっぷり入れて、完成。甘いホットミルクだ。


マグカップに入れて、アポロに手渡す。


「ほら、ホットミルクだ。眠れない時にはこれだろ」


「うわ、ありがとう!」


アポロはふーふーと少し冷ました後にゆっくりと口に入れた。


「美味しいね、何だか落ち着く」


「だろ?でも、寝る前にもう一回歯を磨けよ。虫歯の勇者なんか嫌だからな」


「もー、また子供扱いして!」


アポロは少し頬を膨らました。子供だ。


「ねえ、せっかくだし、綺麗な景色のところで飲まない?」


「綺麗な景色?」


「うん、私のお気に入りの場所」


アポロはそう言うと、マグカップを持って立ち上がった。


「おいおい、溢れちゃうぞ」


「大丈夫、直ぐ近くだから」


僕たちは玄関から外へ出た。雲ひとつない空だ。今日は朝からずっと快晴だった。風呂上がりの体に夜風が心地良い。


「こっちだよ!」


アポロはそう言うと、庭を出て少し歩いた先にある藪の中に入っていった。


「おいおい」


「獣道があるから、ついてきて」


アポロの声だけが聞こえる。マグカップを持ってくるところじゃないだろう。しかも少し坂になっていて、歩くのがしんどい。


なんとかホットミルクをこぼさないように歩いていると、何かにぶつかった。顔を上げると、笑顔のアポロが立っていた。


「はい、ついた」


「すぐだな!」


「言ったでしょ、直ぐ近くだって」


そこは藪の中に急に開かれたスペースだった。地面には芝が生えている。とても綺麗な芝だ。


アポロは芝に腰掛けた。手招きをするので、僕もその横に座る。狭いので、自然と身を寄せる形になってしまった。風呂上がりの香りに少しドギマギしてしまう。普段は子供のくせに。


「タカキ、空を見て」


挙動不審にならないように気をつけながら、ゆっくりと顔を上げた。そこには、満点の星空が広がっていた。天の川のような青雲が広がり、視界の隅には流れ星が無数に流れていた。夜とは思えない程空は明るく、無数の光が散らばっていた。過去に星が綺麗な場所には行ったことはあるが、これは、それとは比べ物にならないほど…


「綺麗だ…」


「綺麗でしょ?」


僕はまた、心の声をつぶやいてしまったようだ。しかし、言わずにはいられない程に、綺麗だった。僕たちはホットミルクをゆっくりと飲みながら、星空をぼーっと見上げていた。


「いつもタカキには貰ってばかりだから、何かお返ししたかったんだ」


「いいよ、そんな」


「いや、私がそうしたいの。タカキが来てから、女神様の加護も目覚めたし、力も強くなった。それに何より、綺麗な部屋で眠ることは気持ちいいことを知ったし、美味しいご飯は疲れが吹き飛ぶことも教えてもらった。今日のプリンも、すごくおいしかったよ」


「照れるからやめろよ」


「何よ、いい大人でしょ」


僕たちはホットミルクを飲んだ。


「それに比べて、私は本当にだめだなぁ」


アポロがポツリと言った。僕は思わず彼女の横顔を見た。アポロの顔はマグカップの陰に隠れて、よく見えなかった。


「何を言ってるんだ。お前は勇者なんだろ。沢山の人を救ってきたじゃないか。みんな感謝してるぞ」


「ううん。私が救った人なんてほんの少し。本当はもっと困っている人がいて、私はそれを助けないといけないのに。助けられた人が、きっと沢山いたはずなのに。それなのに、私は…」


「おい、大丈夫か」


「私が家に帰って、すぐに寝てしまう前に掃除をしたら良かった。料理をしたら良かった。私が怠惰だった。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


僕はアポロの背中をさすった。きっと、今日は家が光ったことに関係しているのだろう。


「アポロ…」


アポロは急に顔を上げた。


「ごめん、また出た!少し行ってくるね」


「こんな時間にか?」


「うん、ごめんね」


アポロはそう言うと駆け出した。星の光に照らされた彼女の眼は、真っ赤になっていた。


僕は遠くに消えていく彼女の背中を見ていた。帰ってきたら、僕は彼女に言わなければいけないことがある。


「早く帰ってきてくれ」


そう呟いて、再び星を見た。


その時だった。


藪の中から複数の男が現れ、僕の体を羽交い締めにした。目隠しをされ、手足を縛られ、口を塞がれた。一瞬の出来事で何が起こっているのか分からなかった。


「城へ連れて行け!」


その言葉だけが耳に響いた。


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