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ぼんやりと日課の水まきをしながら、カルナリスは今日何度目かのため息をついた。
はたして、こんなことをやっていて良いのだろうか。
勉強しなきゃ、と、自覚したばかりである。それなのに、こうやってのんびりと畑の水やりなどやっている。もちろん、畑の世話をおろそかにはできない。だがしかし。
「うわあ、すごいですね。さっそく勉強の成果が出ている」
背後でとても楽しそうな声がして、カルナリスはびくりと肩を震わせ、振り返る。
「こんにちは」
「……こんにちは?」
木陰に、先日会った少年が立ち、にこにこと嬉しそうに笑いながら挨拶をしてくるので、彼女は反射的に挨拶を返した。疑問符付きなのは、少年の表情と立ち位置に違和感を覚えたからだ。なぜなら彼は、にこにこ笑いながらも、木の陰からちらりと顔だけのぞかせて、露骨にこちらを避けているのである。
「あの、何故その位置?」
「あ、えっと、その……」
なんとなく一歩踏み出せば、当然のように彼は、一歩後ずさる。
「今日は、色々と障りがありまして」
とても困ったような、どこか情けない表情に、カルナリスはそれ以上突っ込むのをあきらめた。まるで、自分がいじめているような罪悪感がじわじわと押し寄せてくるのだ。
美少年ってずるい。
「えっと、それより、すごいじゃないですか」
「すごい?」
「はい。教本を読みなおしたんですね。ほら、ちゃんと成果が出ている」
少年が満足そうに見ているのは、いつもの水遣りの現場。成果と言われても、これと言って変わったところはない。
「あれ? 無意識ですか? それはそれで……」
少年は、やけに真剣な顔で、首を傾げるカルナリスをまじまじと見つめた。ぞくり、と彼女の背筋を悪寒が走る。
「いけませんね」
きっぱりはっきり、ダメだしされた。先ほどの情けない表情はどこへ行った。が、彼女には何がダメなのか一向にわからない。
多分、それもダメなのだろう。
「もう一度、水遣りをやりましょう。――うん。あっちがいいな。あの花壇にしましょう」
指示されたのは、遠くに見える水の塔付近の花壇だった。
「え? でも、あれ、私の畑じゃ……」
「この畑も、貴女のじゃないですよね」
きりっと見据えられて、カルナリスは黙って頷いた。ぞわぞわと、悪寒が収まるどころか増している。
よもや、こんなところで、畑の無断借用を指摘されるとは思わなかった。だが、悪寒の原因はそんなことではない気がする。笑顔の少年に、とてつもなく脅威を感じる。
「さあ、頑張りましょうね」
これ以上ないくらい爽やかな笑顔が向けられて、カルナリスは盛大に顔をひきつらせていた。
「ど、どうした、ルナ?」
扉を開けると同時にぐったりと座り込んだカルナリスを見て、キーアは慌てて彼女に駆け寄り、しゃがみこむ。
「師匠、すみません」
「ルナ?」
「夕飯、作れそうにない」
それだけ師匠に伝えると、カルナリスはそのまま床に突っ伏した。
「え? え? ルナ?」
慌てたキーアは、自分もぺたりと顔を床にくっつけて、カルナリスの顔を覗き込む。目をつむる弟子の姿に一瞬ピキリと体を固くしたが、安らかな寝息が聞こえて、ようやくカルナリスがただ眠っているだけだとわかると、安堵の息を吐く。だが、眠っている彼女の顔は、眉間に深いしわが寄り、苦悶の表情だ。
「ルナ?」
起こした方が良いかと迷いながら声をかけるが、カルナリスはうんうんうなりながらも、起きる様子はない。
そのまましばらくじっと待ってみるが、やはり起きないので、キーアは仕方なしにカルナリスをベッドまで運ぶことにした。
「よしっ」
と、気合を入れて、眠ったままのカルナリスを抱え上げる。一瞬、よろけそうになりながらも、何とか踏みとどまり、ほっと息を吐く。
腕の中の重さをはかるように、そのまま立つこと数秒。
「……そっかあ、大きくなったんだなあ」
感慨深げに呟いて、キーアは腕の中の確かなぬくもりに、微かに口元をほころばせた。
こうやって、カルナリスをベッドまで運ぶのは、何年振りのことだろう。まだ彼女がここに来たばかりのころは、何度か魔力を暴発させ、意識を失った彼女を、その度にベッドに運んでいた。その時は、軽々と運べたのに。
「本当に、大きくなったんだな」
多少よろめきながらも、無事にカルナリスをベッドに運び入れ、キーアはもう一度呟いていた。
「うぎゃあああああっ」
「うわああああああっ」
叫び声を上げて飛び起きたカルナリスに、キーアもつられて叫び声を上げる。
ベッドに運び入れても、眉間に力が入ったままのカルナリスを見守っているうちに、どうやらキーアも眠りに誘われていたらしい。
カルナリスの叫び声に目を覚ましたものの、あまりの勢いにキーアは椅子から落ちてしりもちをついていた。
「ル、ルナ?」
呼びかければ、どこか虚ろな視線がゆっくりとキーアに向けられる。
「し、師匠?」
「うん。ルナ、大丈夫?」
「大丈夫? ええ、何とか、無事みたいです」
弱弱しくもそう返して、カルナリスは薄暗い室内を見渡した。
随分と眠っていたらしい。窓の外もすっかり暗い。部屋の明かりをつけようと立ち上がったキーアを見送りながら、カルナリスはふと思いついて、自身の手のひらに意識を集中する。
光源は火。
熱を下げるために水の魔力を意識し、風の魔力を使って光の球を手のひらの少し上に浮かせる。
それぞれの魔力の量を確認しながら、ゆっくりと時間をかけて、光の球の大きさ、光量、熱量を調節していく。光の球は、時に火傷するほどに熱くなったり、形を大きく歪ませたり、暗くなったりしながら、やがて拳大の、室内を柔らかく照らす光に落ち着き、天井までふわりと浮かび上がった。
光球によって、部屋が昼間のように明るく照らされる。
どっと疲れが出て、カルナリスはもう一度ベッドに沈み込んだ。
視線を感じて、今にも閉じそうになる目をその先に向けると、キーアが呆然とカルナリスを見つめていた。
ああ、やっぱり。
眠くてたまらなくて、目を閉じる。
――光の魔法使いを目指すなら、魔力量の調節は自在にできないとだめですよ。
そんなこと知らなかった。知ろうとしなかった自分が悪い。でも。
本当にそれだけだっただろうか。
なんで、キーアは教えてくれなかったのだろう。
カルナリスの自主性を重んじて? 本当に?
今まで、キーアはカルナリスに何を教えようとしていたのだろう。それとも、何も教えようとしなかったのか。
ねえ、師匠。
私は、師匠の弟子ですよね?




