おまけ 食いしん坊巫女の義弟と熊竜王
酒樽を手押し車にのせて店への道を急ぐ。
今頃、姉ちゃん……リーアは肉屋でよだれをたらしながらおいしい肉を物色してるころか。
早く回収しにいかないと!
「げ、あれは?」
店に戻る途中、筋肉ムキムキの男の後ろ姿が見えた。
あんな筋肉ムキムキに鍛え上げた体の人間など、世の中にそういるわけがない。いや、いるにはいるのだろうが、辺境のイチール領の端っこの街にいる意味が分からない。
……。
すぐ横まで行って、声をかける。
「何しに来た」
ここにいる理由は、リーアに違いない。
姉ちゃんの選んだ食材で作った飯を食べに来たのなら許す。
だが、もし姉ちゃん自身が目的だとういうなら、会わせるものか!
「え?」
声をかけた筋肉男が振り返った。
あ、あれ?
「あ、申し訳ありません、人違いでした」
タウロスだと思った背中は、タウロスではなかった。
タウロスよりも濃いイケメンだ。眉が太くてまつげが長い。彫りが深くて大きな口をしている。
イケメンなのだが、顔には生気がない。やつれて情けない表情をしている。
「それはなんだ?」
筋肉男は、手押し車に載せた酒樽を指さした。
心なしか指先が震えている。大丈夫か?
「ああ、店で出す酒ですが」
「売ってくれ」
へ?
男は懐から金貨を三枚出して俺の手に押し付けると、あろうことか酒樽を持ち上げて傾けた。
中身を確認するための栓を引っこ抜くと、そのまま口につけてごくごくと飲み始める。
「う、うわー……」
言いたいことが山のようにある。
売るとは言ってないのにってことは、まぁいい。金貨三枚なら、また買いに行く手間を考えても十分すぎるほどの金額だ。いや、金貨一枚だって十分だからあと二枚は返すべきだな。
それよりも、重たい酒樽を持ち上げてそのまま酒を飲むとか!何キロアルと思っているんだ!
流石筋肉。
だが、筋肉の使い方が間違っている気がするのは気のせいだろうか。
そして、あんなにやつれ顔なのに酒を欲するなんて……。もしかして、アルコール中毒ってやつか?
と、いろいろと考えている間に、男は酒樽1つ分の酒を飲みほした。
「マジか……」
「ありがとうよ、坊主」
坊主……。ったく筋肉男はどいつもこいつも。もういいや。金貨二枚返そうと思ったけれどもらっておこう。
「はー、助かった助かった」
男の顔色がよくなっている。やつれた様子もすっかりなくなり、指先の震えも収まっている。
アルコール中毒じゃないのか? そもそもあれだけの大量の酒を飲んで酔うどころか顔色がよくなるってどういうことだ?
「いやぁ、街中でうっかり熊になっちまうところだったよ、本当に助かったよ、坊主」
「は? 熊?」
……ま、さ、か?
「おっと、ははは。何でもない。ところで、おいしいご飯が食べられる食堂があるって聞いたんだがな?」
何でもなくないだろう!
猫竜が力不足で人の姿を保てず猫になるってことは……、熊になるのは……この筋肉男の正体は……。
「なんでも、料理コンテストでイチール領の代表になった食堂が」
「知りません、ありません、つぶれました、帰ってください!」
これ以上リーアの周りに変な虫はいらない!
最後の最後までお付き合いありがとうございました!
いつかどこかで続編書けるといいなーという願いを込めた短編です。
熊竜王……なんだか猫竜王に続いて残念な性格の予感……




