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01

 火曜日の夜まで、結局デニス・ミシュラーからジョイの元へ連絡はなかった。


 サンライズはカンナの脇に立ったまま、彼女の示す通信記録を辿っていた。


 カンナは問いかけに簡潔に答える、もちろん笑顔ひとつなく。

 しかし何を尋ねても打てば響くような返答だった。

 サンライズは内心舌を巻きながら、それからつい、つまみを意味もなくいじったり独りブツブツ専門用語をつぶやいていたりと何だか訳の分からないキタノの方をちら見してしまうのだった。


 キタノはたいがい、細かい説明をサンライズから求められると「カンナ、」といかにも助手に振るような目線を彼女に向ける。


 最初はいちいちムッとした様子だったカンナも、今ではそれは単なる番組編成の一部であるかのようにさらっと無視することを覚えてきたようだった。


 盗聴の結果も、特に進展なし。

 ミシュラー博士は発表の準備に追われているようだった。

 秘書に、夜の待合わせの話もしていない。秘書からも何も、そういった話が出ていないことをカンナたちが確認していた。


 かかってきた電話は二件、かけたのも二件だがフロントとの会話。どの電話もすべて秘書のミナが取り継いでいた。


 ミナがかけた電話については、どちらもフロントへのもので、「飲み物持ってきて」とか「雑誌買ってきて」と事務的に頼んでいる。


 かかってきたうちの一件は、同じインドの学者仲間。帰国後、学会の報告会を行う件についての確認だった。

 もう一件は、間違い電話だったそうだ。

 英語だったが、ミナが電話に出ると

「おじさんはもうそっちへ迎えに行ったわよ、パーティー始まっちゃうけどさ、ピザは何枚だっけ」

 と、若い女の声が興奮気味に叫んでいたのだと。

 ミナは間違い電話にイラついていたようだ、とカンナが報告した。

「パーティー? サラミ二枚とマルゲリータよ、バカ」と乱暴に電話を切ったらしい。


 その後は特に電話もなく、彼女は秘書らしく近くに日用品の買い物に出たり書きかけの原稿チェックをしたりで過ごしていた様子だった。


 すっかり手紙の約束は反古になったか、と疑い始めた八時三〇分過ぎ頃、博士に、少しそわそわと落ち着かない様子が見え始めたようだった。


「博士、水出しっぱなしですよ」「博士、爪噛んでる」などと秘書チェックが少し多くなる。


 四五分に急に立ち上がったようだった。ミナが、どちらに? と聞くと

「こっちに住んでいる知り合いとさっきロビーで会ったんだ、気になるから少し見てくる」

 キミはもう一度、原稿チェックを頼む、終わったら先に休んでいてくれ、と言い残し、彼は出ていった。


 シーロム通りにあるカフェ・シーロム(そのまんまの名前だ)が、博士との待合わせ場所だった。


「部屋を続けて見張っていてくれよ」

 サンライズはカンナに向かって言ったはずなのに、こんな時に限ってキタノが勿体をつけて答えた。

「カンナは今までの解析を頼む……僕が後は部屋のモニターするから」

 かなり不安なものがあったが、一応キタノがカンナのボスになる。

 カンナがちらりと上目でキタノを見たが、軽く肩をすくめて奥の部屋に入った。


 サンライズはキタノにもうひとこと言ってやりたいところをぐっと呑みこみ、とりあえず

「タクシー拾っといて」

 とシヴァに告げ、急いで支度をした。


 サンライズが外に出てみると、そこに止まっていたのは三輪タクシーだった。

「これ……トゥクトゥクだろ?」


 さあ乗って、とシヴァに勧められ、まるで遊園地の乗り物みたいなのに詰められた。

 あたりの景色が丸見えだ。

「料金は?」

「もう交渉したよ」

 シヴァは、小銭の入った財布をふってみせた。開けてみると、たった二〇バーツしか入れてない。

「これしかない、って言ったらいいよ、ってさ」

 まあいいや、とサンライズは相場がよく分からないので黙っている。

「食事の時にボーイさんに教えてもらった、観光客が料金を交渉する時は実際に少なめの小銭を見せれば案外それで乗せてくれるから、って」

「へえ、豆知識だね」たいした感動もない口調でサンライズは答える。


 観光? と聞かれたので、NO、と答え、彼は、あとはむすっとした顔をしたまま腕を組んでいた。


 交通量が半端でなく多いせいか、ガソリン臭い生ぬるい風だがそれでも外気は爽やかに頬を撫でる。裏通りを縫うようにトゥクトゥクは街を駆け抜けた。


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