ルーシアの誓い
一路、ビリーザメク国へ戻ることになった。
ロウキーとルーシアはヴァルツの背に乗り、馬車と並行して歩く。
「それにしても、ショウシュンのケガがたいしたことなくて良かった!」
ロウキーが言うと、馬車を引くショウシュンは、包帯が巻かれた足を軽快に動かしながら鼻を鳴らした。
「『軽く切られただけだ! 早くヴァルツを助けに行く』って、うるさいくらいだったんだよ!」
とキツンが言うと、ヴァルツもそれにたいして小さくいなないた。
「ヴァルツも喜んでるね!」
ルーシアは笑った。
「もしかして、ショウシュンとヴァルツ、好き同士なんじゃないの?」
ルーシアがからかうように言うと、ショウシュンはいなないて前脚を上げた。 その拍子に馬車が大きく揺れ、慌てたセィボクが
「うわぁっ!」
と、馬車の縁にしがみついた。
「ショウシュン、落ち着いて!」
キツンが慌てて手綱を引いた。
「もう! ルーシアが変なこというから、ショウシュンが動揺したじゃないか!」
迷惑千万と眉を吊り上げるキツンに、ルーシアはペロッと舌を出して
「ごめんごめん!」
と笑った。 馬車の荷台から、何事かと顔をのぞかせたアァカンは、前の四人が笑う姿を見て、呆気にとられながら再び体を引っ込めた。
「何かあったのかしら?」
状況が分からず、荷台にしがみついて心配そうにするジャクリンの頭を撫で、アァカンは
「心配ない。 皆、仲良さそうだ」
と微笑んだ。
「ロウキー、覚えてたんだ?」
「何を?」
不意に背中へ話し掛けてきたルーシアに、ロウキーは少し顔を後ろに向けて聞いた。 ルーシアの紅い髪が風になびいている。
「あの夜のこと……」
ルーシアにとっては、過ぎた時間の中のほんの一部だった。
――
配達の途中、川べりで休憩をしていた時のことだった。
「ロウキー!」
声をかけたルーシアは、砂利の上に寝転んで空を眺めているロウキーの隣に座った。
「いい天気だね!」
雲一つない吸い込まれるような青空を見上げ、気持ちよさそうに深呼吸をするルーシアに、ロウキーはにっと笑った。
「ああ、昼寝日和だな!」
ロウキーの腰にぶらさがっている剣が、ルーシアの手に触れた。
「ね、これって、ロウキーの大切なものなんだよね?」
「あぁ」
寝転んだまま剣をカチャリと外し、頭上に上げた。 所々傷の入った鞘が、年代物の風貌を醸し出している。 ロウキーはそれを見つめながら、言った。
「俺は戦争孤児だった。 まだ乳離れもしていなかった俺が助けられたとき、一緒にコレも傍に置かれていたらしい。 孤児院にいる間は、危ないからって預かって隠してたのを、出ていく時に渡してくれた。 『まるでこの剣に守られるように眠っていた』らしい。 だから俺は、これを親の形見だと思ってる」
「形見……」
ロウキーは剣を腰に戻すと
「コレのおかげで、俺は、今まで生き抜いてこられたんだぜ!」
と得意げに言った。 じっと聞いていたルーシアは、ふうん、と空を見上げ、呟くように言った。
「じゃあ、あたしの親の形見は、この身体かな。 ロウキーがその剣を大切にするように……あたしも、大切にしなきゃ」
『ルーシア、俺は覚えてるぜ。 お前が俺に誓ったこと』
あの時の言葉をロウキーが覚えていたことに、ルーシアは嬉しくて仕方なかった。 いつも人の話を聞いていないようにそっぽを向いているロウキーだが、本当は心にちゃんと留めてくれていた。
ロウキーは黙ったまま、背中を向けていた。 ルーシアはその背中に額をつけると
「あの時は勢いで言っちゃって、本当は照れ臭かったけど、今は自信持って言えるよ!」
と笑った。 ロウキーはふいっと前を向くと
「俺は、ルーシアの紅い瞳、綺麗だと思うぜ!」
とはっきりと言った。 ルーシアは彼のその後頭部を見つめ、さっきよりも嬉しそうに笑顔をみせた。
「ありがと!」
セィボクは馬車の縁に片肘をついてその様子を眺めながら
「いいなー」
と呟いた。 会話は聞こえなかったが、二人が仲良さそうにヴァルツの背に乗る姿は、とても穏やかな雰囲気を醸し出していた。
横に座っていたキツンが
「また、アンジーに会いたくなった?」
とからかうと、セィボクは慌てて帽子を深く被った。




