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ローダクロス  作者: 天猫紅楼
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おかえり!

 研究室の中では、黒い影の掃除が終わった。 

 辺り一面には黒い肉片が散らばり、異臭が漂っている。 不気味な静けさが部屋を包んでいた。

「さあどうする、オヴェラ? もう終わりだぜ?」

 ロウキーは剣を一振りして、刃にこびりついたどす黒いものを落とした。 アァカンも全身を真っ黒にして悠然と立っている。 オヴェラは悔しそうに唇を噛んだ。

「観念しろ!」

 ロウキーが仁王立ちで言うと、オヴェラは膝をつき、頭を垂れた。

「いいか! 二度とルーシアを研究材料なんかに使おうなんて、考えるんじゃねーぞ!」

 冷たく言い放つと、まだ震えているルーシアの肩を抱いてゆっくりと立ち上がらせた。 震えながら振り向き、膝をつくオヴェラを見るルーシア。 オヴェラはゆっくりと顔を上げた。

「うっ!」

 びくりと肩を震わせたルーシアに、オヴェラは静かに言った。

「ルーシア。 あなたはこれからも、誰かに狙われるわ。 それはこれから外の世界で生きようとするあなたの運命。 それは、あなたが一番分かっていることなのでしょうね」

 オヴェラは少し体を起こし、正座をする形になった。

「私も分かっていた。 世界を手にするなんて無理だってこと。 でも、夢なんて大きくて良いのよ。 誰にも相手にされなくても、私は自分の夢を貫く。 そう信じれば、叶うと思っていたから」

 オヴェラの乱れた金髪が、ところどころドス黒く汚れたまま揺れている。 ぼんやりとルーシアを見上げながら、呟くように言った。

「でももう終わりね。 何もかもなくした。 唯一私を守ってくれた人ももういない。 私の今までの努力もみんなパー……」

 オヴェラはひとつ肩をすくめると、ゆっくりと腰を上げた。 そしてそっと腕を後ろに回した。 次の瞬間、オヴェラの手が、忍ばせてあったナイフを放った。

「ロウキー、危ない!」

 ルーシアはロウキーを弾き飛ばし、その拍子に彼の懐からアァカンの短剣を抜き取ると、素早くオヴェラに放った。

 

 

「ぎゃあぁっ!」

 しゃがれた声を上げ、のけぞったオヴェラの胸には、短剣が深々と刺さっていた。 オヴェラが放ったナイフはルーシアたちをかすめ、虚しく床に転がった。

「最後のあがきか……」

 アァカンは小さく呟いた。

「オヴェラ……」

 ルーシアは倒れているオヴェラに近づき、傍にひざまづくと、その顔を見下ろした。

「ルーシア、そいつはお前を利用して、挙げ句の果てに殺そうとしたヤツだぞ! 離れ――」

 引き止めようとするロウキーの肩を、アァカンがそっとつかんだ。 ルーシアが黙って見つめるオヴェラは、細い息で彼女を見た。

「ルーシア……あなたは、私の……いえ、私たち科学者の夢だった。 希望だった。 愛しい子……もっと愛さなきゃならなかったのに……ごめんなさいね」

 そう話すオヴェラは、さっきまでの、私利私欲に溺れ腐ったオヴェラではなかった。 多分、これが本来のオヴェラなのだろう。 慈愛に満ちた瞳でルーシアを見つめ、そして、頬に一筋の雫が伝い落ちた。

「オヴェラさん……父はあたしを、本当の娘のように育ててくれました。 そして、生きろと、強い眼差しをくれました。 だからあたしは、この受けた命を、大切に育てていくつもりです」

 静かな口調で言うルーシアに、オヴェラはにこりと微笑んで

「そうね、それがいいわ。 じゃあ私から餞別……そこの棚の中にラウフジェンという薬がある。 持っていきなさい。 紅い瞳が、目立たなくなるわ」

と言った。 そして、視線をロウキーに移すと

「ルーシアをお願い。 守ってあげて、これからもずっと……」

と震える声を届けた。 ロウキーが強い眼差しで頷き

「当たり前だ!」

と答えると

「本当に強くて……まっすぐな……頼りになるナイトさんね……」

と微笑み、静かに目を閉じた。 それからカクリと首を落とし、二度と動かなくなった。

「オヴェラさん……」

 ルーシアはしばらくオヴェラの顔を見下ろしていたが、やがてゆっくりと立ち上がると、オヴェラに言われた棚の前に行き、引き出しを開けた。 その中から小さな容器を取り出した。

「それは?」

 ロウキーが尋ねると、ルーシアは振り向いて微笑んだ。

「この紅い瞳は、クローンの証。 この目薬を点眼すれば、しばらくの間、紅い色が黒くなる」

「普通の人間と変わらなくなるわけか」

 そう言うアァカンの肩を叩き、ロウキーが不機嫌な口調で言った。

「そんなの要らねえよ!」

「え? でも、この紅い瞳のせいでまた狙われたり――」

「そんなことさせねえ!」

 ロウキーはルーシアの言葉を遮った。

「俺がルーシアを守るんだ! そんなものに頼らなくていい!」

「でも……」

 ルーシアは俯いた。 そして小さくつぶやいた。

 

 

「この紅い瞳…………気持ち悪いでしょ?」

 

 

「なんだと!」

 ロウキーは弾けるようにルーシアに近づいた。

「ロウキー!」

 アァカンの心配する声を無視して、ロウキーの手がルーシアの肩を強くつかむと、その顔を自分に向かせた。

「いいか、ルーシアはルーシアだ! 何も隠す必要は無いし、逃げる必要もねえ! ずっと俺の後ろに居ればいいんだ!」

「ロウキー……」

 まっすぐに見つめて言うロウキーをじっと見返すルーシアの紅い瞳がじんわりと潤み、かくんと下を向いたルーシアは、小さく頷いた。 ポタポタと落ちる雫が床ににじんだ。 その頭をポンと叩くと、ロウキーは

「さ、帰ろう!」

と微笑んだ。 その様子をずっと見守っていたアァカンも、やっと安心できたように頬をゆるませて息をついた。

 

 

 

 階段を上がり建物の一階に出ると、キツンとセィボクに囲まれてジャクリンが泣きじゃくっていた。

「ルーちゃん……何故こんなことに……」

 白い頬をまっ赤にして、ジャクリンは動かない人形となった偽ルーシアを抱き締めていた。

「何やってんだ、皆?」

 ロウキーのあっけらかんとした声に、ジャクリンは激しく頭を上げた。

「ロウキー! ルーちゃんがこんなことになってるのに、よくそんな……事が……え?」

 ジャクリンはロウキーの横にいるルーシアに気付き、言葉を無くした。 キツンも訳が分からずに目を丸くした。

「どうなってるの? ルーシアが二人……」

 セィボクも不思議そうに二人のルーシアを見比べている。 するとロウキーはルーシアの肩をポンと叩き、

「お前ら、それでも仲間か? 本物はこっちだ!」

と怒りの声を上げた。 ジャクリンはまだ事態が飲み込めずに、呆然と座り込んでいる。 アァカンがロウキーの後ろからフォローした。

「そっちは、偽者らしい」

「偽っ?」

 キツンとセィボクはあわてて飛び退いた。

「偽者って……じゃあこの子もクローン……」

 ジャクリンは横たわる偽ルーシアを見つめた。

「そうだ。 アイル姫の偽者、オヴェラが作った、ルーシアのクローンだ!」

 そう言うロウキーから離れたルーシアは、ジャクリンの前にひざまずいた。

「このあたしが本物だという証拠は、どこにもない。 でも、ジャクリンは……信じてくれる?」

 ジャクリンはルーシアをじっと見つめた。 紅い瞳で切なそうに眉を落とすルーシアに、ジャクリンはすぐに事情を受け止めた。 そしてうれし涙を流しながら

「勿論よ! おかえり、ルーちゃん!」

と抱きついた。 キツンとセィボクも嬉しそうにルーシアの肩を叩いた。

「僕も勿論信じるよ!」

「オレもだ! 仲間じゃないか!」

「さっきまで、ルーシアは死んだって慌ててたのは誰だよ?」

とロウキーが釘を刺すと、キツンとセィボクは途端に動揺しながら

「そ、そりゃ、いきなり死んでる姿なんて見たら、冷静さも失うよ!」

「そうだよ! 誰だって慌てるさ!」

と弁明し、ルーシアはそれを見て小さく笑った。

「ごめんね、ルーちゃん。 私も気が動転してしまったの」

と謝るジャクリンに、ルーシアは首を横に振った。 そして、その頬にそっと触れた。

「あたしの為に、泣いてくれたの?」

 ジャクリンはまだ涙の残る瞳を細めた。

「私、ルーちゃんが大好きだから。 いなくなるなんて、考えられないもの……」

 ジャクリンはそっと、頬に触れるルーシアの手に自分の手を重ねた。 冷たいジャクリンの手が、確信を得たように力強く握った。 ルーシアは微笑み、

「ありがとう」

と目を細めた。

 

 

 

 

 数刻後、建物の近くに小さな墓が作られた。

 ルーシアのクローンの墓だった。 小高く盛られた土の前に花を添え、目を閉じたルーシアはそっと手を合わせた。 その後ろで、ロウキーたちも静かに手を合わせた。

「さ、帰ろうか!」

 明るく放ったロウキーの声に、アァカンたちは馬車へと向かいはじめた。 だが、一人だけまだ膝をつくルーシアに、ロウキーが声をかけた。

「ルーシア、行くぞ!」

「うん!」

 ルーシアは勢いをつけて立ち上がると、振り返った。 その瞳は炎のように紅い、クローンの証をしていた。 

 馬車へと駆け寄るルーシアの顔には、はちきれそうな笑顔が浮かび、ロウキーたちはそんなルーシアを迎え入れるように大きな声で言った。

 

「「おかえり、ルーシア!」」

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