アンジーの家にて
ロウキーたちは少年の家のなかに招かれていた。
古びた小さな小屋のような家の中には、必要最低限のものしか置いていないようだった。 小さな家具と使い込まれた調理道具が印象的なキッチン兼リビングのような部屋にロウキーたちが入ると、小さな空間が余計に狭く感じた。
人一倍大きな体をしているアァカンが一人いるだけでも、かなり圧迫感がある。
それぞれ自分の居場所を探して、床や椅子に座った。
「一人で暮らしているのか?」
ロウキーが尋ねると、少年は棚から器を取りながら振り返った。
「いや、父ちゃんと母ちゃんは麓の町に行ってるんだ。 週に四日位、農園で採れた果物や野菜を売りに行くんだ。 オレは留守番!」
「それじゃ、売り物を勝手に採ってしまったんだな? すまねー」
ロウキーは苦笑しながら頭を掻いた。 少年はかぶりを振った。
「まあいいよ。 事情が事情だからな。 おい、そこの二人。 これ、飲め」
少年はセィボクとルーシアそれぞれに、小さな器を差し出した。 言葉は粗雑だが、その瞳はどこか優しさを滲み出している。 セィボクはまだ気分が悪そうな様子をしながらも、頬を膨らました。
「【おい】じゃねーよ! オレにはちゃんと名前がある! セィボクだ!」
「あたしはルーシア。 ……これは何?」
二人が怪訝な顔でのぞく器の中には、白く濁った液体が波をたてている。 少年は腰に手を当てた。
「それは、ここで採れた林檎の絞ったやつだ。 少しは気分も落ち着くと思うぜ!」
少年が見る前で、二人は一口付けた。 すぐにその顔が明るくなった。
「うめえ!」
「ほんと、美味しい!」
「ほんとか?」
ロウキーは目を丸くして、嬉しそうに顔を見合わせる二人に迫った。 その目は興味津々に輝いている。 少年は笑った。
「美味いに決まってるさ! オレんとこの果物は最高品質だぜ! まだたくさんあるから、あんたらも飲むか?」
被せるように首を激しく縦に振るロウキーをはじめ、途中で加わったキツンも、少年の特製ジュースに舌鼓を打った。
「そういえば、お前の名前聞いてなかったな? 俺はロウキー。 こいつらのリーダーだ!」
爽やかな果汁に喉を潤したロウキーが、満足げに少年に尋ねた。
「あぁ、オレはアンジーだ!」
「いくつ?」
今度はジャクリンが尋ねた。
「十歳だよ」
「オレと同じだ!」
セィボクが驚いて背筋を伸ばした。 もうすっかり体調が戻り、同じくルーシアと一緒に椅子に座っている。
「そうか、えっと……」
「セィボクだよ!」
彼が頬を膨らませるのを、面白がるアンジー。
「仲良く出来そうね」
ジャクリンが言うと、セィボクはプイッとそっぽを向いた。
「人の名前を覚えられない奴なんかと、友達なんかになれるかよ!」
「ふぅん、セィボクはこいつの名前覚えたのか?」
ロウキーは腕を頭の後ろに組んで、からかうように言った。 セィボクははっと顔を上げた。 そして途端に目を泳がせながら、かよわい声で言った。
「ジッ……ジー……ジートだろ?」
「あっははは!」
ロウキーが弾けるように笑うので、他の皆も笑い始めた。
「なっ! なんだよ! 笑うなよ!」
セィボクは顔を真っ赤にして立ち上がると、そう叫んだ。
「ま、許してあげてよ、アンジー」
ルーシアが笑いながら言うと、アンジーは呆れたように息をついた。
「いいよ別に。 気にしてないから」
「同じ歳ながら、アンジーは大人だな」
何気なく言ったアァカンの言葉に、セィボクは途端に俯き、グッと拳を握ると、いきなり外へ飛び出していった。
「あっ! セィボク!」
慌てて追おうとしたジャクリンだったが、目前で扉が強く閉じられ、次に扉を開けたときには、セィボクの姿は見えなくなっていた。
「どうしよう?」
困惑した顔で振り返るジャクリンにアァカンが近づいて、その肩に手を置いた。
「俺が行ってこよう。 そもそも、俺の一言が悪かったのだからな」
苦笑いをして外に出ようとするアァカンについて、ルーシアも立ち上がった。
「あたしも行くよ!」
ゆっくりと扉を開けて出て行くアァカンとは逆に、ルーシアは跳ねるように飛び出していった。 ロウキーはたいして慌てた様子もなく、閉じられた扉をじっと見つめていた。 アンジーはそれを見回しながら、きょとんとした顔で
「あんたら、仲が悪いのか?」
と尋ねた。 キツンは
「そんなことはないよ。 皆、いつも仲が良いんだよ」
と苦笑した。 ジャクリンは、心配そうに扉の方を見つめた。
「きっと、セィボクのプライドが傷つけられたんだよ……」
ルーシアが心配そうに呟くと、アァカンはそんな彼女を横目で見た。
「俺もしまったと思った。 セィボクも男だ。 同じ歳の人間の前で恥をかかされたとあれば、気分を害しても仕方ない」
「早く探そう! こんな知らない土地で、何があるか分からないよ!」
ルーシアとアァカンは、セィボクの名を呼び、周りを見回しながら、山の中を進んだ。
やがて最初に馬車が止まっていた場所まで戻ってきた二人は、なおセィボクの名を呼んだ。 だが、その声は林の中に吸い込まれるだけで、何も返ってこなかった。
「困ったな……」
アァカンは短髪の立ち並ぶ頭をかきむしりながら、周りを見回していた。 ルーシアも時折木の枝に上っては、セィボクの姿を探した。 その時だった。
「うっわああああ!」
「あの声は! セィボク!」
二人はセィボクの金切り声を頼りに、林の中に駈け入った。




