果樹園の少年
セィボクの汚物は、ロウキーの身体ごと川で洗い流すことになった。
「ったく……散々だぜ……」
ロウキーは川にひと潜りし、髪の毛から水をしたたらせながら陸に上がり、迷惑そうに眉をしかめながら馬車まで戻ってきた。 セィボクとルーシアは、木陰に寝かされている。
「安静にしていれば、じきに回復するわ。 二人とも若いし、すぐに治るわよ」
と介抱しながら言うジャクリン。 その様子を見たロウキーは、
「しばらく休憩だな。 体でも動かしてくるか!」
と腕を思い切り伸ばしながら、きびすを返した。
「じゃあ俺も」
アァカンがその後に続き、ジャクリンは
「いってらっしゃい!」
と見送ると二人の傍に寄り添い、額に冷たい水で濡らした布を当てた。 そこへ、キツンが近づいてきた。
「んっ? どうしたの、キツン?」
見上げるジャクリンに、彼はおそるおそる口を開いた。
「ご……ごめんよ、僕がもっと気を付けてれば、こんなことにはならなかったんだ……」
今にも泣きだしそうな顔をしているキツンに、ジャクリンは優しく微笑んだ。
「あなたのせいじゃないわ。 ショウシュンも一生懸命馬車を引っ張ってくれてるのは、分かってるから。 自分を責めないで」
「そうだよ……」
「セィボク……」
セィボクはゆっくりと起き上がった。
「こんなことで負けてたら、男じゃねえし!」
まだ少し辛そうな顔をしてはいたが、それでも懸命に笑顔を作ってみせた。
「セィボク、ごめんよ」
「もう、あやまんなくていいよ」
ルーシアも起き上がった。
「これだけの険しい山だ。 少しは覚悟してたけど、やっぱり厳しかった。 でもそれは、キツンのせいじゃないからな。 ショウシュンのせいでもないよ! 気にするなって」
ルーシアは少し頭を押さえながら、辛そうににこりと微笑んだ。
「さ、まだ先はあるんだろ? よろしくな、キツン!」
セィボクはキツンに手を挙げた。
「……うん!」
キツンはセィボクの手に、自分の手を合わせた。
「あれ、二人とも、もういいのか?」
ロウキーがきょとんとした顔で言いながら戻ってきた。 その両手には、いっぱいの果物が抱えられていた。 後から来たアァカンの手にも、たくさんの果物が抱えられている。
「ど、どうしたの、それ?」
驚くジャクリンに、ロウキーは自慢げに胸を張った。
「あっちの方に、たくさん成ってたんだ! まだまだあるぜ! 食糧に持ってきた。 それに……」
そのひとつをセィボクに投げ渡した。
「滋養になるだろ!」
もう一つ、ルーシアにも手渡した。
「早く良くなれよ!」
そう言って笑いかけるロウキーに、ルーシアは少し頬を赤らめて頷いた。
「ありがとう」
その時、ロウキーの後頭部に何かが飛んできてゴツンと当たり、つんのめった拍子に彼の額とルーシアの額がぶつかった。
「いったぁい! 何をするんだよっ!」
目を回すルーシアの前で、頭の前と後ろを押さえてうずくまるロウキー。 彼の足元に、こぶし大の石が転がった。
「お前たち、どういうつもりだぁっ!」
いきなり、少年とみられる小さな人影が草むらから飛び出してきて、咆哮のように叫んだ。
「な、なんなんだよ! お前がやったのか?」
ロウキーは振り返り、少年を見た。 年の頃はセィボクと同じくらいか。 背丈も体型もよく似ている。 深くかぶった帽子から見えるくりっとした丸い目に、黒めがちな瞳が燃えるように輝いていた。 それはまさに、怒りに満ちていた。 少年は大きな八重歯を牙のようにむきだしにして、ロウキーを指差した。
「何言ってんだっ! 人んちの物を盗んでおいて! この泥棒がぁっ!」
ロウキーの足元には、さっきぶつけられた拍子に落とした果物が転がっている。 ジャクリンははっと気付いて口を押さえた。
「もしかして、あなたが育てていた果物を持ってきてしまったのかしら?」
「もしかしてじゃねーよ! そうなんだよ! 人が精魂込めて育てた果物を、何淡々と盗んでんだよ? どういうつもりだ、お前たちっ!」
ロウキーとアァカンは顔を見合わせ、そして苦笑いをした。
「そ……そうだったのか! どうりでたくさんの果物があると思ったんだ」
ロウキーは足元に転がる果物を拾い集めた。
「悪いことをしたな……」
アァカンは少年に果物を返した。 少年はそれを持っていた革袋に詰めると、
「もう売り物にならねーじゃねえか! お前たちのせいだからなっ!」
と毒づいた。 その時、少年は座り込むセィボクとルーシアに気付いた。
「お前ら、どうしたんだ? 顔色が悪いみたいだな」
「ちょっと馬車に酔ってしまって、今休んでいるところなの。 すぐに出発するわ。 迷惑かけてごめんなさいね」
ジャクリンが優しく声をかけた。 少年は
「ふうん……」
と二人をいちべつすると、きびすを返した。
「あ、あの……」
ルーシアは自分の手にある果物を差し出した。
少年はそれを見て、ルーシアの顔を見ると、少し目を丸くした。
「あんた、目が真っ赤だぞ!」
「えっ? あ、これは……」
ルーシアは思わず視線をそらせた。 ロウキーが慌てて言葉を重ねた。
「さっきしこたま吐いたからな、充血してんだよ」
「充血……? そうなのか?」
怪訝な顔で見る少年から顔をそむけるようにして、ルーシアはわざと咳き込んだ。 ジャクリンがその肩を抱いた。
「そ、そうなの、結構つらいみたいで……ね、ルーちゃん」
「ん……あぁ……」
セィボクも心配そうにルーシアを見ている。 少年はじっとルーシアの様子を見ていたが、くるっときびすを返して言った。
「そんなとこじゃなくて、うちに来れば?」
「えっ?」
「ここをまっすぐ行ったとこにある。 ついてこいよ!」
少年はまだ少し怒っているのか、とてもぶっきらぼうな口調だったが、明らかに親切な誘いだった。
「……ついて行こうか……?」
ロウキーも戸惑いながら従うことにした。
なにしろ泥棒をしてしまったのだから、何か罰を受けなくてはならない。 ロウキーたちは少年についていくことにした。
「馬は、あそこで休ませるといい」
少年は、離れにある小さな小屋を指差した。
「あ、ありがとう!」
キツンは少年の言葉に甘えて、山小屋を使わせてもらうことにした。
ショウシュンを連れて中を覗くと、ただの物置かと思いきや、意外なほど綺麗に掃除されており、物はほとんど置いていなかった。
そんな狭く小屋の隅には、一頭の白い馬がいた。 干し草が山になっていて、白馬はそれを口に含んでいたが、キツンたちに気付くと、背筋を伸ばして顔を向けた。 どこか気品の漂う雰囲気が印象的な白馬だった。
「初めまして。 僕はキツン。 この子はショウシュン。 少しここで休ませてもらっていいかな?」
キツンが刺激しないように優しく白馬に声をかけると、ブルンと鼻を鳴らした。 キツンには、白馬の言葉を理解できる能力があった。
「ありがとう。 君はヴァルツっていうんだね、よろしく」
キツンはヴァルツの首筋を撫で、ショウシュンを隣に繋いだ。 ヴァルツとショウシュンは鼻先をさすりあいながら、何か会話をしているようだった。 キツンはそれを見ながら微笑み、
「よかった。 仲良くやれそうだね」
と嬉しそうに言った。




