山道の惨劇
「ほらほら、こっちだセィボク!」
透き通るような青空が広がる朝。 いつものようにロウキーとセィボクの追いかけっこが、騒がしく繰り広げられていた。
「か、返せよ~! ロウキー~!」
息を荒げながら、セィボクは必死にロウキーの手に握られている人質ならぬ【物質】のフレッド奪還に汗を流していた。
「よく毎日毎日続くよなぁ」
馬車に寄り掛かり、紅い髪の毛を掻き上げながら、あきれた表情で見るルーシア。 彼女はいつも、この騒動で目を覚ます。 と言うより、起こされるので、もはや目覚まし代わりだった。
小さい頃から朝に弱いルーシアは、ローダクロスに入り、一日のほとんどを外で過ごすようになってから、余計に疲れが溜まるのだろう、寝起きがますます悪くなっていた。
「皆、ほんと元気だよね……ふぁぁ……」
涙をにじませながら大きなあくびをするルーシアに、ジャクリンはクスリと微笑んだ。
「小さい頃から、同じような年頃の仲間たちに囲まれてたから、自然に元気に過ごすことは覚えてたのかも。 あともう一つ……」
「?」
ジャクリンは走り回る二人を見つめた。
「皆、夜が怖いのよ」
「えっ? 夜が怖い?」
ジャクリンは少し目を伏せた。
「目を閉じると、独りになる。 どんなにすぐそばに仲間が居たとしても、目を閉じた途端、あっという間に手の届かない所へ行ってしまう。 また独りになるんじゃないかって、皆、怖いのよ」
「ジャクリン……も、なのか?」
ルーシアは言葉を選びながら尋ねた。 ジャクリンはルーシアに微笑んだ。
「私はもう大丈夫よ。 でも、この中で一番幼いセィボクは、きっと今でも夜は怖いはずよ。 その証拠に見て、今のセィボクは、必死な顔をしながらもどこか嬉しそうでしょう?」
ルーシアは、セィボクを注意深く見てみた。 確かに必死な顔をしているが、芯からの怒りは感じられない。 むしろ、また今日も仲間がいてくれるという喜びを噛み締めているようだった。
「ロウキーなりの、愛情表現なのよ。 あれでね」
ジャクリンは朝食を乗せた皿を手に、テーブルに向かった。
「ルーちゃん、そろそろ二人を止めてくれる? 朝食にしましょ」
テーブルに皿を並べながら、ジャクリンは微笑んだ。 ルーシアは馬車から背中を離すと、腕をのばしてストレッチを始めた。
「あたしにも、朝の体操ってことね」
気合いを入れたルーシアの紅い瞳が輝き、二人に照準を合わせた。 素早く懐からナイフを三本、指の間に挟んで取り出すと、眼光鋭く構えた。
「はっっ!」
次の瞬間、ルーシアの放ったナイフは、走るロウキーとセィボクの前に深々と突き刺さり、二人はつんのめって団子のように絡まりながら転んだ。 いつものことだ。
「いつもながら、見事だな、ルーシア!」
アァカンが声をかけた。 土と草まみれになって転がるロウキーとセィボクは、迷惑そうにルーシアを見上げた。
「もう少し優しく出来ねーのかよ?」
ロウキーが頬を膨らませると、ルーシアは腰に手を当てて笑った。
「あたしの訓練にもなるし、ロウキーとセィボクも止められるし、一石二鳥じゃない?」
「さあさあ、二人とも、水浴びで体をきれいにして! 用意が出来たわ。 朝食にしましょう」
ロウキーはセィボクにフレッドを返すと、彼の頭をグリッと撫でた。
「今日もよく頑張ったな!」
セィボクは少しすきっぱの口をいっぱいに広げ、それは嬉しそうに笑った。
「あれはあれで、仲が良いんだな」
ルーシアはまた眠そうにあくびをすると、腕を伸ばした。
「今日はあの山を越えることを目標にしよう!」
ロウキーは皆の視線を、指差した方に仕向けた。 目前には、高くそびえるチラン山が堂々と鎮座している。
「あれを登るのか……」
さすがのアァカンも少し驚いたように腕を組んだ。
「キツン、馬は大丈夫だろ?」
ロウキーが尋ねると、キツンは
「いい加減、名前を覚えてあげてよ。 ショウシュンだよ」
と不満げに言ってから
「勿論大丈夫だよ。 いつでも出発できるって、ショウシュンも息巻いてる」
と自慢げに頷いた。 ショウシュンは、任せろとばかりに首を振り、鼻を鳴らした。
ショウシュンはごく普通の馬ではあるが、キツンがいつも世話をしてくれるので、とても毛並みが良い。 日の光を反射して、焦げ茶色の背中がキラキラと輝いている。 その引き締まった背中に手綱を取り付け、キツンは
「頼むよ」
とショウシュンの首を撫で、ショウシュンもまた、太い足を上げていなないた。
馬車が出発する準備は整った。
ロウキーはいつものように幌の上に座り、その後ろにはルーシアが。 荷台にはアァカンとジャクリンが乗り、セィボクが運転席のキツンの横に飛び乗ると、馬車は軽快に走りだした。
林を抜けると、すぐに山道に入った。
人の行き来はあるため、それなりの道はあるが、山肌に沿った曲がりくねった道は、馬車に乗る者たちをことごとく翻弄した。
やがて山の頂上近くなったときには、セィボクとルーシアが限界を感じていた。
「も……もうダメ……」
走る馬車から飛び降りたセィボクは、草むらに駆け込んだ。 慌てて止まった馬車の上から、続いてルーシアも飛び降りて草むらへと駆け込んで行く。
「なんだよ、二人とも酔ったのか? 弱いなぁ! そんなんじゃあ、一人前に配達なんてできねーぞ!」
ロウキーは急に止まった馬車から転げ落ちそうになったのを必死でこらえ、幌の上に立つと、迷惑そうに二人が消えた草むらを見下ろした。
「大丈夫? セィボク、ルーちゃん!」
ジャクリンが水を持って二人の後を追った。
「今回はさすがに揺れが激しかったものね。 さ、お水を飲んで。 少し休みましょう」
優しく二人の背中をさするジャクリンに、セィボクとルーシアは気分の悪さに耐えることに必死で、礼も言えずにうずくまっていた。 彼らは、もうこれ以上一歩も動かせない状況だった。
「仕方ねえなあ。 どこか休めるところを探すか……」
額に手をかざし、幌の上から周りを見渡しながら、安全そうな場所を探した。 そして、ロウキーがセィボクを、アァカンがルーシアをおぶって移動した。
「こんな山道に負けてちゃ、まだまだだな!」
ロウキーが笑うと、セィボクは青い顔で
「うぅ……」
とうなり、次の瞬間、
ケポーーーー!
「うわおぉぉぉいっ! 何するんだっ、てめえコラァァァッ!」
ロウキーの叫び声が、山の中に響いた。




