EP.僕達は北高生だった
時間というものは酷なものである……なんて言っていた過去を振り返る。確かに、酷ではあるが、良いものでもある。今思い返してみれば、あの戦いは現実離れしすぎていて、あれは願望に狂う自分が見た夢だったのかもしれないと錯覚する。しかし、自分が経験したのは夢ではなく現実だ。その裏付けに、俺は今時間を止めて、レジュメに無い黒板の記載をノートに書き留めることが出来るのだから。
……そう。俺、原秋葉は現在大学生。あの不思議な出会いをした、「未来から来た自分」と同じ姿をしている。嫌々ながらも勉強をして進学し、学びたくもない統計学を勉強している。
「はい、それじゃあ今日はここまで」
教授の発言と同時に、講義を聞いていたのか聞いていないのかわからない生徒達の荷物をしまう音でにぎわう。俺も荷物をしまっていると、ポケットに入れていた携帯が振動した。4年前から何一つ変わっていない時代遅れの携帯を開くと、見慣れた友の名前が表示されていた。
ついに、「あの日」がやってきた。
……研究室棟。普段俺達が授業の合間などでたむろしている、講義などでは使われない研究用施設だ。研究室棟には、20年以上ずっと使われていない教室があった。俺達はその教室に何故か親近感を抱き、この教室を活動拠点とした。誰もいない、暗幕のせいで暗く静かなその教室に足を踏み入れると、久しぶりに頭の中から声がした。
『はっ、懐かしいな。この教室』
「この教室を使うのが規定事項だからな。というか、久しぶりだな。2年ぶりくらいか?」
『正確には2.191780821年ぶり、だ。前にここに来た時もわがままに付き合わされたが……今回もそんな感じだな』
頭の声はしみじみと言う。その声に俺は多少の嫌味を込めて返す。
「悪かったな」
『いや、いい。前も言ったが、お前は他のどの器よりも破滅に向かわない。精神汚染された器のように、いたずらな破壊衝動に襲われないから安定していて楽だ』
「前の器の話か?」
頭の声に回答をしつつ、教室の中央に頓挫するモノを覆う布を取り払う。そこには巨大な機械が存在していた。稼働させると、青白い光が辺りを照らす。この機械は起動にしばらく時間がかかる。
『そうでもあるが、そうでもない。お前は創られた器ではあるが、極端な悲観もしないし、楽観もしない。だが、東雲といい別の時空のお前といい、安定しないこともあった。そういう事だ』
「ずっと気になっていたんだが、その時のお前は同じ存在なのか?」
『暗黒物質はすべて同一だ。だが、あの黑だけは全くのイレギュラー。元は俺とひとつだったが、暗黒物質の抽出実験の影響で黑が2分化した結果、あっちが別の時空、つまりこことは違う世界だな。そこに送られてしまった。その結果、物質として不安定になったアイツが、安定を求めて別の世界に存在する暗黒物質を喰らい、性質が変化してしまった。故に存在は同じだが、別物として考えてもらって構わない』
「ふーん……よくわからんが、そういう事なんだな」
俺は教室の暗幕に手をかける。夏特有の強い日差しが目に痛い。
「やぁ、もう来ていたんだね」
聞きなれた声に振り向く。そこにはいつもと変わらない、友人達がいた。
「約束の時間よりも大分早いけど、みんな揃ったなら始めようか」
「ちょっと待て長谷、俺緊張しててまだ心の準備が……」
「君が言うかい坂元……まぁ、ちょっと休憩してからにしようか」
「ミミチャンの5期が楽しみで楽しみで心臓が破裂しそうだ……!」
「いや緊張ってそっちかよ!」
友人達が来た刹那、一気ににぎやかになる。俺はこの空気が大好きだ。多少の無茶をしても、一緒に笑える友がいるだけで平気だ。嫌なことがあっても、これまでずっと、笑い飛ばしてきた。今までも不変だった。となれば永遠に変わらないんだろう。そんな気がする。
「秋葉、行く前にどうだい?」
長谷が人差し指と中指を立て、顔の前でちょいちょいと動かす。そのジェスチャーの意味は理解していた。
「ああ、いいよ」
バルコニーに出て、1本のたばこを取り出す。ライターを探す為ポケットをまさぐるが、どこにも見当たらない。畜生、落としたか。
「わりぃ、火」
「ん」
隣ですでに燻らせていた長谷は小さく返事をすると、俺に指の腹を差し出した。その指から小さな炎が現れる。俺は炎に近づき、息を吸う。たばこの先端が赤く染まり、次第にその赤は白とも黒ともとれない色へと変化する。吸った息をしばし溜め、ゆっくり息を吐くと、一筋の煙となり吐き出される。
「サンクス。便利だな、それ」
「でしょ」
短い会話を交わし、互いに一服する。
「秋葉、緊張してんの?」
「ん、まぁ、そんなところかな」
バルコニーの壁に凭れ掛かる。普段は緊張しない性質なのだが、今回ばかりは緊張する。
「まぁ、一人旅みたいなものだし、緊張する気持ちはわかるよ」
「そういえば、頼んでおいたアレ、組み込んでくれたか?」
「ん……ああ、『複数人の時間遡行』機能?暗黒物質の助けがあれば、理論自体は難しくないし組み込むのは簡単だったよ。使えるレベルまで調整も終わってる」
「そうか。必要かどうかの判断はその時に下す。その時は……頼むよ」
「まぁ、任せとけって」
備え付けの灰皿に灰を落とす。一部の灰は穏やかな風に乗り、バルコニーから踊り出る。
「高分子……なんだっけ。あの機械の改良はどうだったんだ?確か動力が課題だった、ってところまでは覚えているが」
「高分子核加圧式原子計測器バージョン3。今は『ノア』って名前だよ。かつては電力で核反応を起こし続けてたんだけど、あんなことが起きたらもう頼れないじゃん?だから動力を変える必要があったんだ。……で、試しに俺の蒼で動かしてみたら意外と暗黒物質とノアの動力炉の親和性が高くてね。試運転テストしてみたら電力よりもはるかに高効率で稼働出来たんだ。それからは動力リソースを始動時以外、暗黒物質に供給してもらっている」
長谷が燃え尽きたたばこを灰皿に押し付ける。それとほぼ同時に、バルコニーの扉が開いた。
「ここにいたのね」
「……有希」
バルコニーに入ってきた、髪の長い女性。風に舞う髪に沿える左手の薬指には、指輪が輝いていた。女性の名は戸川有希。あと数年で、原有希となるけど、な。
「長谷君、ノアが正常に起動したわ。でも急に喋り始めて困ってるの」
その言葉を聞くと、長谷は嬉しそうに笑みをこぼした。
「隣の研究室から貰ったAIがきちんと稼働した証拠だよ。ノアのAI、帰依」
「きえ?」
「ああ。動力とその他諸々に、俺の持つ暗黒物質:碧を入れてみたんだ」
「……なるほど、だから『季江』ね」
「こうしちゃいられない、教室に戻ろう」
長谷はバルコニーを飛び出した。俺と有希は、顔を合わせて肩をすくめた。
教室に足を踏み入れると、知っているような、知らないような……どこか機械じみた声が響く。
『おっ!黑だ!久しぶり!』
「……なるほど」
「……ね?」
高分子核加圧式原子計測器バージョン3改め『ノア』の前に、くるくると回る青白い人型の映像が出ていた。そこにいたのは紛れもなく、かつて長谷を愛し、憎み、殺しあった桜庭そのものだった。
『ええと、キミ達が困惑する気持ち、わかるよ。なんてったってわたしがここにいるんだからね。本当のわたしはすでにこの世には存在しない。SSKもね。そりゃあそうさ。少人数の組織なんだし、そもそもキミ達が滅ぼした。……ううん、気に病む必要は無いよ。キミ達が正義だったんだ。わたし達が間違っていた。証明しきれなかったんだ、わたし達の正当性を。だから「力」に走った。そうしないと、目的を見失いかねなかったんだ。ボスの器が破滅を知っているんだから。……ごめん、話が脱線しちゃったね。わたしはノアのAI、帰依。このノアを「ノアの箱舟」にする為に存在する、暗黒物質:碧の残滓から生まれた存在だよ』
突然の長台詞に困惑している俺達とは別に、長谷が少し興奮気味に話しかけた。
「帰依。君は暗黒物質:碧そのものだが、器である三季江の性格を引き継いでいる。別物ではあるけど、三季江そのものでもある。わかるね?」
『うん、うん。わかるよ、ユウちゃん。わたしは、わたしの出来る事をするんだよね』
「よし。上出来だ」
長谷は満足そうに頷くと、俺達を見渡した。
「みんな。準備は整ったよ。秋葉」
長谷に促され、ノアの前に立つ。皆はそれに続き、俺の背後に立つ。
「それにしても、過去に戻るという事象を確立させた割には、機械だよりだなんてな」
「まぁ、暗黒物質の力を借りてるから、お互い様なんじゃない?」
『そうそう。碧の彩で、みんなの存在をモニタしてるから。安心して』
長谷が付属のキーボードを叩くと、俺が光に包まれる。緑色の魔法陣の中に足を踏み入れる。帰依の声が響く。
『システム:ノア0 コンプリート>
システム:ノア1 コンプリート>
時空エラー 発見 座標特定に入ります>
座標設定 コンプリート>
時刻設定 コンプリート>
暗黒物質 碧 展開>
暗黒物質 黑 接続 コンプリート>
時間移動 承認>
READY...>』
背後のノアが轟音を立て駆動する。振り向くと、高校生時代の友人達に見えた。瞬きをすると、いつもの姿だった。気のせいか……?
「さぁ、行こう。「僕達は北校生」だったあの時へ」
俺は、指を鳴らした。
あとがき
高校生の時に発案、途中停止期間を挟んで12年。ようやく完結出来ました。思い返せば交換日記の要領でノートに書き始め、それをWordに置き換えて完成。と思いきやリメイクと称してルーズリーフにまた書き始め、またそれをWordに置き換えて完成。と思いきやまたデータ上で1からまた書き始めて。試作とリテイクを何度も何度も何度も繰り返して、表現を何度も何度も見直して、出来上がりました。拙い文章ではありますが、楽しんで頂けたら幸いです。
私がこれを書き始めた当初は、秋葉と同じ高校生でした。いつの間にか秋葉と干支1周分も上回る年齢になっていることに気が付いて、その時点で高校生の自分が描いていた未来とかなりかけ離れていたことにも気が付いて。今の自分を形成した原点に返りたい。4章以降の中盤からはそういう思いでこの作品は書いていました。本当はもっと早く完結させたかったですが、書きたい表現がうまく見つからず……遅筆も重なりこんな体たらく。
……そんなことはさておき。「小説家になろう」に投稿したきっかけは、ちょうど物書きの真似事が自分のマイブームで「いつぶん投げてもいいや、展開が考えられなくてエターなってもいいや」って気持ちで始めたものであります。その他の作品は少しだけ書いて続きを考えられず放置しているものもあります(できるなら、完結させたいなぁ……とは思っています。が、それはまた別のお話)。でも、これだけは絶対に完結させたい。友人と一緒に考えたものを形にしたい。そういう思いがこの作品に募っていき、やっとその約束を果たすことが出来ました。
学生時代に「高校・大学の友人は一生の友人」という言葉を聞いたことがあります。この言葉は、聞いた当時はそこまで意味を理解していなかった(学生なのですから、その瞬間が永劫に続くもの、という認識でいました)のですが、12年経ち、社会人になった今だからこそ、その言葉の意味がようやく分かったような……そんな気がします。
まだまだ拾いきれていないネタや設定、このキャラクター達でやりたい事、たくさんあります。『僕達は北高生』はまだ続きます。気力のある限り。ですが、とりあえず本編はここまで。いったん彼らの世界はここでおしまい。と致します。
ここまで読んでくださった皆様と、北高生の皆に感謝しつつ、あとがきとさせて頂きます。
令和1年7月15日
田中勝也




