7-4.僕達は北高生
おそらく、Ωの世界から元の世界へ戻る事が出来たのだろうが、俺の体は言うことをきかなかった。瞼が上がらない。そりゃあそうだ。Ωの世界へ行く直前、俺は黑の幻手に貫かれ、死ぬ直前だったし、動けないのは当然か。指1本動かせないが、感覚はだんだんと戻ってきた。腹にズキンズキンと鈍い痛みが繰り返し襲ってくる。黑に貫かれた傷と、未来の俺が突き刺したあの傷の感覚だろう。それよりも、顔に当たる柔らかい感覚は何だ。それと同時にヒタヒタと顔に当たる冷たいものは何だ。
「……うっ」
かろうじて絞り出した声。それは自分の体を鼓舞するかのように響く。
「秋葉っ!?」
顔に当たる柔らかい感覚が震える。急に体が軽くなる。痛みが一気に引いていく。さっきまでの重たい瞼が嘘のようだ。目を開けると、そこには有希が目に大量の涙を浮かべて俺を覗き込んでいた。
「秋葉!?秋葉っ!」
「ゆ……き……?」
我ながらか細い声だ。
「秋葉!」
再三度俺の名を呼ぶ。それに合わせて柔らかい感覚が震える。妙に落ち着くような、その感覚に意識を向けると、有希に抱きしめられていた事に気付いた。
「やーらけーな」
「馬鹿。……よかった」
状況がつかめてきた俺は、ゆっくりと起き上がった。手も足も自由に動く。腹を見ると、制服が大きく破れているが、体に傷は無かった。どうやら俺は貫かれてから今までの間に有希が体だけを癒やしてくれたようだ。
「長谷と坂元は?」
「……黑と戦ってる」
有希は涙を浮かべたままの目を手で強く拭って指をさす。10メートルほど先で、黑と人影2人が止まることなく動いていた。人影は激昂の雄叫びを上げ、自らを鼓舞してはいるが、全身傷だらけだった。
「2人とも限界よ……」
「ああ。わかってる。ごめんな、迷惑かけて」
俺は死の淵で観測た記憶を反芻する。黑の言っていた事。Ωに言われた事。最後のタブレットの記憶。それらを統合すれば、黑に対する一つの結論が導き出される。それが、黑を倒す唯一の突破口。それが、狂いかけたこの世界を矯正する唯一の方法。
「俺が、終わらせる……っ!」
俺は走り、時間を止める。世界がモノクロに反転する。黑き異形は止まり、動かなくなった。
静止した時間に気付き、血だらけの2人は手を止めた。
「……おせぇぞ。三途の川で正塚のババァと潮干狩りでもしてたのか」
「まさか、復活出来るとはね。非科学的でインチキだとは思うけど。まぁ、素直に嬉しいよ」
「ああ。秋葉が帰ってきたとなりゃあ激アツだ。負ける気がしないぜ」
表情はこちらに向けないが、俺達は拳を突き合わせた。
「……なるほど。そんなことがあったんだ」
「お前だけいい思いしてんなー羨ましいぜ」
突き合わせた拳を離し、俺達は黑い異形に向き合った。俺はあることを考え、願った。……願いが届いたのか、俺の手足が黑く染まる。
時間を戻す。色彩の粗い世界が、彩度を上げる。
『なんだァ!?』
俺の姿を見て、黑は手を止め驚き慄く。俺は自身の姿を見ることが出来ないが、おおよそ予想が出来る。俺の四肢は漆黒に染まり、さっきまでの未来の俺のようになっている。そしてうっすらと見える、俺以外の手。
『馬鹿な、あり得ねェ!貴様は確かにさッき貫いた!死んだはずだ!だのに何故だ、何故貴様が生きている!?それにその力は何だ、下位構成物質が何故その力を持つ!?』
「お前のような上位構成物質でも、知り得ないことがあるんだな……じゃあ、教えてやるよ」
ゆっくりと腕を振りかぶり、黑に向けて振りぬく。その動きをトレースするように、俺の腕にうっすらと映る別の腕が、黑を殴り飛ばした。
『ガハァッ!』
「力はフルに使わなきゃ、力と呼べねぇんだ。これが黑、いや、暗黒物質のキモだった」
突破口、それは「黑」に「俺に宿る黑の力」をフルでぶつけること。これまでやってきた「つもり」だったが、Ωと出会ってそれが「つもり」である事に気付いたんだ。その為には、浸食を進める必要がある。が、浸食を進める以外にもっと効率の良い方法があった。
「自分自身に内包されている力を、自分の物と思うから力は抵抗して、浸食を進めてきた。だから、自分の物と思わず『力を願う』。そうすれば黑は下位構成物質に対して『力を貸して』くれる。言葉遊びかもしれないが、これが力をフルに使う方法だった、って訳さ」
『馬鹿なァ……!?そんなことでもう半分の俺が力を与える筈がねェ!』
「お前には「信じること」が出来なかった。だが、俺は友を、自分に宿った黑を「信じてる」」
『そういうこと。だから俺はコイツに力を貸した』
俺の背後から声がする。隣にいる坂元や長谷は驚いていたが、俺はこうなる事を確信出来ていた。背後にうっすらと黑の姿が出ている。その姿はまるで、「傍らに立つ者」みたいに。
「……ありがとな、黑」
『礼よりも先に行動を示せ。テメェの願いは「黑に対して人間として戦いたい」んだろ?なら俺は上位構成物質としてその願いを汲み取り、力を貸さざるを得ないんだからな』
「秋葉、その黑は味方なんだな?」
「ああ。俺の中にいる黑だ。細かい説明は省くが、「俺達」として力を貸してくれている」
『馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!?下位構成物質の願いを聞き届け、叶えるだとォ!狂ッてる!』
吹き飛んだ方の黑が立ち上がりながら叫ぶ。
「「「『狂ってるのは、お前だッ!』」」」
俺達の声がシンクロする。それと同時に有希が隣に現れた。
「まさか、こんなことがあるなんて。形勢逆転、かしらね」
『下位構成物質が!調子に乗るなァァァ!』
夥しい量の黑の幻手が雨の如く降り注ぐ。俺は手を振り、頭上の時空を停止させる。停止した時間は俺だけの不可侵空間。攻撃はこちらには届かなかった。俺は時空間からナイフを展開するが、俺の方の黑に止められた。
「なにを……」
『素人にしちゃあ悪くないセンスだが……こういうのはな、こうやんだよ』
黑は手を大きく突き上げる。俺の手も同様に突き上がる。すると、展開したナイフが増殖し、黑を囲うように配置された。ナイフは次第に黑の腕の形をとり、超高速で黑へと飛び掛かった。怯んだ黑は大きくよろめき、倒れた。
『……な?』
「なるほど……」
今がチャンスと踏んだ俺達は黑に向かって駆け出した。
「ねぇ、秋葉」
「どうした?」
「こんな時に聞くのもなんだけど、黑はどうして貴方みたいに時間を制御しないのかしら」
起き上がった黑から繰り出された、縦横無尽に飛び交う幻手を掻い潜りながら、有希が聞く。
「ああ。それは暗黒物質には「暗黒物質単体では自身のもつ能力が使えない」という性質があるんだと思う。器に入って、暗黒物質の持つ性質を譲り受けることで、真価を発揮する。未来の俺が言っていた『人類に取り込まれることで、~~の能力に転じる』っていう表現がヒントだったんだよ」
「なるほどね」
幻手の雨を一足先に掻い潜った坂元は、オーラ状の刀を振り上げ、叫ぶ。
「長谷ッ!とっておきの合体必殺技!やるぞ!」
「は!?なにそれ!?」
「いーから!なんか出せ!」
「……あーもう!」
大声で叫びつつ、困惑している長谷はわけもわからず右手から炎を噴出した。
「よっしゃー!」
希望通りなのか、坂元は大喜びで炎の渦に飲まれた。……が、坂元の周りの炎はすぐに消え、右手で回転させている刀に集約された。
「坂元流合体秘技!妖刀・炎帝!この焔はアグニの化身、一振りの刃で黑を滅する!いざ!話はベッドで以下略推して参る!」
刀を高速で回転させながら、どこかで見たような剣捌きで突進する。言ってる言葉は訳がわからないが、斬撃は本物だ。黒の猛攻を躱しつつ、確実に斬撃を加えていく。
「いいぞ、効いてる!よっしゃ!次だ長谷!」
「またぁ!?」
呆れつつも長谷は上空から雷を降らせる。坂元に直撃したはずだが、坂元は凛と立ち、肉眼でも見える稲光を湛えた刀を構えた。
「次は電気か!坂元流合体奥義!妖刀・頼光!SET!桑原柊豆鰯!高木さんすら恐れ戦く一撃を受けろ!」
「高木さんって誰だよ!」
長谷のツッコミはむなしく空振り。振り下ろされた刀と大地を穿つ雷撃が黑を襲う。これまで攻撃が通用しなかったのが嘘のように、黑に攻撃が通っていく。
『ゴハァッ!……何故だ、何故だァッ!』
「知るか!長谷!次ッ!」
「……そろそろ来ると思って準備してたよ」
呆れ果てた長谷が出したものは水。激流のような水。俺達の膝まで飲み込む激流に立ち、坂元はおもむろに刀を水に浸けた。
「やるじゃねぇか!水のない所でこのレベルのモノが出せるなんてよ!妖刀シリーズもこれで最後だ!坂元流合体奥義!妖刀・翠君!迅速に凄惨に!これは武というより舞、舞踊だ!」
浸けた刀を引き上げると、水を帯びた巨大な刃と化した刀が現れた。一度水面に叩きつけ、反動で高く浮き上がった坂元は、やっぱりどこかで見たことのあるような動きで、刀を大きく振りかぶり、振り下ろす。剣閃は衝撃波となり、その衝撃波は黑を真っ二つに切り裂いた。あぁ、既視感の正体がわかった。アイツの合体奥義、全部アニメの必殺技じゃねぇか。
……などと余裕をかましている暇は無かった。真っ二つに切り裂かれた黑は、何事も無かったかのようにそれぞれがくっつき、また一つの黑へ戻っていった。酷く消耗はしているが、とどめには至らなかったようだ。
『おのれええェ!』
黑は叫び、高く飛び上がった。
『この世界ごとブチ壊れてしまええェェェ!』
「……さっきのあれをぶっ放す気か!?」
長谷が叫ぶ。黑は手を地面に向け、先ほど山をくりぬいた光線を打つ態勢をとった。
「秋葉!時間を……」
わかってる。だが、止めたところで何をすれば……
「……絶対空間」
小さく、だがしかしはっきりと聞こえたその声は、皓の力の持ち主から発せられた。天高く飛び上がった黑き異形は、皓き力によって地面に叩きつけられた。
「……大ボスがどうしようもなくなると何もかも破壊しようとする、って本当なのね」
『ゴハッ……なんだ、これは……ッ!?』
「貴方の大好きな皓の力よ。この距離ならいくら貴方でも、しばらくは捕捉出来るわ」
「ナイスだ、戸川さん!」
俺が止めていた空間に飛び乗り、追いかけるつもりだった長谷が、強く光る物理の参考書を構えながら飛び降りる。
「上空からの位置エネルギーと、戸川さんの重力波があれば……!喰らえ!ESPストーム!」
長谷の手から放たれた光線は、一直線に黑へと飛ぶ。体を大きく動かせない黑は無理矢理腕だけを伸ばし、光線を受け止める。あの瞬間の繰り返しだ。だが今回はあの瞬間とは確実に違う。
『おのれ!たかが下位構成物質4人ごときにィィ!』
着実に、少しずつ、黑が消えていく。
「俺達は、下位構成物質なんかじゃない。俺達は北高生。……まぁ、ただの夢見がちな学生だよ」
妙にかっこつけた長谷のセリフと同時に、光線がゆっくりと消える。そこには、黑はいなかった。
倦怠感。
戦いが終わった刹那、俺に襲い掛かったのは、途方もなきダルさだった。それは俺だけではなく、この場にいた全員がそうだった。有希はへたり込むように座り、坂元は竹刀を放り大の字になって寝転がり、長谷は足を投げうって大きく伸びをした。
「終わった……」
「ああ、終わったな」
「疲れた……」
「ああ、疲れたな」
……沈黙。
「ひとまず、目的は達成されたんだよな?」
「ああ。俺達のひとつの目的が、な」
閃光。俺の頭に過る、ひとつの閃き。
「なぁ、部活でも作らないか?」
「……あぁ?」
「どうしたんだい急に」
俺は思った。無いから出来ないんじゃない、やらないから出来ないんだ、って。最初の一歩が、何よりも肝心なんだって。
「次の目的さ。創るんだよ、世界を作るように。みんなで部活を。……世界を変えるんだよ、俺達が。自分たちの世界を。自分たちの手で」
こんな当たり前のことに、どうして今まで気付かなかったのだろう。否、当たり前過ぎて気付けなかったのかもしれない。灯台下暗し、って奴だな。俺は学生としての最初の一歩を、ようやく踏み出せた……そんな気がする。
あたりを見渡す。山がひとつ無くなってはいるが、世界は変えられることなく佇んでいる。友人達を見る。友人の顔は、傷だらけではあるものの、変わることのないいつもの笑顔だった。




