第1話
僕はこの世界が大嫌いだ。
美しさの裏には醜く汚いものが隠れている。
人はそれを見て見ないふりをする。
自分の目には美しいものだけを映したいらしい。
僕はそんな世界を憎んでいる。
そう、僕には負の感情しかない。
その感情だけが僕を生かしている。
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「お母さん大丈夫?お水ここに置いておくね。じゃあ行ってきます。」
僕は足の踏み場のない部屋の中をつま先だけで歩いて玄関へ向かった。
お母さんは具合が悪いようで今日も寝ている。
僕のために寝ないで仕事をしてくれているせいだ。
そんなお母さんのために僕はいい子でいないといけない。
学校で問題があれば、お母さんに連絡されてしまう。
そんなことになったらお母さんは怒り狂って僕を殴り殺すかもしれない。
そうなったらお母さんは逮捕されてしまう。
きっとお母さんには刑務所なんて我慢できない。
お母さんはきっと自殺するだろう。
だから僕はいい子でいる。
勉強もちゃんとやるし、宿題だって忘れたことがない。
意地悪な友達にも笑顔で対応できる。
そんな小さな意地悪なんてお母さんに殴られるよりも100倍マシだ。
僕には友達がいない。
友達がいると問題が起きやすくなる。
だから僕は友達を作らない。
幸いなことに僕と友達になろうとする人はいない。
断らなくていいから僕には都合がいい。
学校は楽しくない。
みんなが楽しそうにしているのを見るのは僕には拷問のようだった。
羨ましいというわけではない。
彼らが楽しいと笑っている裏には本当の気持ちが隠れているからだ。
かわいいと褒めていても内心は「私のほうがかわいい」と思っている。
服を褒めていても「何そのダサい服」と思っている。
僕はそんな裏の気持ちを想像して吐き気をおぼえる。
そんな学校だったが僕にとっては生きる手段でもある。
給食を食べないと死ぬからだ。
家にまったく食べるものがないわけではない。
ただ、僕のお母さんは忘れっぽいところがあるから、僕のご飯を用意するのを度々忘れてしまう。
お母さんはプライドが高いから、忘れていることを指摘すると怒る。
そして僕を殴る。
だから僕は1日の栄養を給食で補う。
クラスメイトは僕にたくさんおかずをくれる。
「まずいから」と、嘘をついて僕の皿を大盛りにしてくれる。
僕はいつも何も言わず、ありがたくいただいている。
ときどき美味しいおかずが出たときに取られることもあるけれど、毎日山のようにくれるから問題ない。
正当な対価だと思っている。
先生は僕を気遣ってくるているようで何も言わない。
何か言えばお母さんに僕が殴られるとわかっているのだろう。
僕を空気のように扱ってくれる。
僕にとってはありがたい。さすがは先生だ。
そんな感じで僕は学校という試練を今日も無事にクリアする。
スマホもゲーム機も持っていない僕にとっては毎日がゲームのようでクエストをクリアするかのように思っている。
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学校から帰るとお母さんはいつも忙しそうにしている。
この時間のお母さんには近づかないのが1番だ。
お母さんの邪魔をしてはいけない。
僕はできるだけお母さんの視界に入らない場所を探す。
それはたいていキッチンで、ゴミの山がいい感じにお母さんから僕を隠してくれる。
僕はそこでお母さんが出かけるのを待つ。
時間通りに支度ができたお母さんは機嫌が良い。
そういう時には僕もお母さんの視界に入る。
「あら、ルイくんいつ帰ったの?お母さんそろそろ仕事に行くわね。」
「いってらっしゃい。」
僕が笑顔でそう言うと、お母さんは僕を抱きしめて「かわいい子」と言って頭を撫でてくれる。
僕はそんなお母さんが大好きだ。
お母さんが出かけると僕は部屋の中を掃除する。
掃除と言っても散らかっているゴミを袋に入れるだけだ。ゴミを放っておくと虫がやってくる。
お母さんは虫が大嫌いだから虫をみつけると殺虫剤をかけまくる。
あれは良くない。僕が代わりに死にそうになる。
掃除が終わると次は洗濯をする。
洗濯機に洗剤を入れてスタートを押すだけだ。
お母さんは僕のために服を脱ぎ散らかしてくれる。
僕がこの家にいていいと思うような仕事を与えてくれている。
僕はお母さんの脱いだ服を探し出して洗濯機に入れる。
高級な下着はネットに入れないと殴られる。
僕に本物をわからせるための試練である。
お母さんはそうやって僕を試し、知識をつけようとしてくれる。
それは化粧品も同じだ。
お母さんは瓶の蓋を閉めない。
それを倒したときには僕が殴られる。
倒したのがお母さんであっても、それは僕の責任になる。
これも僕に与えられたクエストだ。
瓶の蓋をみつけてきちんと閉めておく。
冷蔵庫には昨日と同じで何もない。
テーブルにはお母さんが僕のために残してくれた弁当の残りがあった。
今日の晩御飯だろう。
僕はそれをレンジで温めて食べる。
ご飯が少し固くなっていたが温めたら問題はない。
お母さんはこういうところでも僕のために生活の知恵のようなものを教えてくれる。
洗濯物を干して、弁当の残りを食べて、宿題を終わらせた。
僕の家はお湯が出ない。
お母さんはやかんでお湯を沸かして洗面器に溜めたお湯で頭を洗う。
僕も真似をしたかったが火を使うことは禁止されている。
僕を放火魔にしたくないのだろう。
だから僕は水で済ませる。
慣れたらなんの問題もない。お母さんの使ういいにおいのシャンプーがあるし、石鹸もある。
タオルで拭いたらとても気持ちがいい。
僕は不潔が嫌いだから、いつもたくさん洗っている。お母さんのシャンプーは高級品だから、においが気になるときだけ使う。
僕は節約家だからね。
そうしているうちに夜になる。
静かにしていると隣の家からテレビの音が聞こえてくる。
うちにはテレビがないけど、それで十分だった。
きっとお母さんは僕の耳が良くなるようにとか、集中力がつくようにと考えてくれたのだろう。
目が悪くなったら眼鏡をしないといけないしね。
きっと僕には眼鏡が似合わない。
お母さんはそこまで僕のことを考えてくれているに違いない。
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僕が小学校5年生のとき、お母さんが家に帰って来なくなった。
今までもときどき帰ってこないことがあったので最初は気にしていなかった。
しかしそれが一週間になり、僕は少し焦りだした。
洗濯の洗剤も石鹸も高級なシャンプーもなくなりそうだった。
食べられるものはすべて食べてしまい、家には塩と醤油しか残っていなかった。
部屋の中から小銭をかき集めて僕は石鹸を買った。
学校で臭いと言われたからだ。
僕は不潔なのが嫌いだからそこだけは譲れなかった。
お母さんがいなくなって2週間が過ぎた頃、突然家の照明が消えた。
何も入っていない冷蔵庫も真っ暗になって音もしなくなった。
隣の家のテレビの音がよく聞こえた。
そして3週間が経った頃、児童相談所とか言う女の人が来た。
お母さんは訪問者が嫌いだった。だから僕もピンポンが鳴っても出なかった。
すると今度は勝手に誰かが入ってきた。
警察の服を着た人だった。
その人は僕を見るとすぐに無線で誰かを呼んだ。
僕は逃げ出すのを諦めてその人たちに捕まった。
パトカーに乗れるのかと思ったけど救急車だった。
僕は服を半分脱がされて胸に冷たい何かを貼られた。
嫌だったけど文句は言わなかった。
あとでお母さんに殴られるのも嫌だったからだ。
きっとお母さんは何かのトラブルがあって僕を迎えにこれなかったのだろう。
だから違う人に僕をあの家から出すように頼んだのだ。
でも僕が学校に行かなくなって、食べるものもなくて、なんだか病気みたいになっちゃったから、救急車に乗せられてしまったんだ。
こんなことお母さんに知られたらきっと殺されちゃうな。
お母さんに言わないように頼んでみよう。
もしかしたら、いい大人かもしれない。
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僕が眠っているうちに僕の腕には何かが刺さっていて薬を入れられていた。
お母さんが来ないのは僕が誘拐されたということかもしれない。
僕は病室に来る人たちを観察した。
お医者さんのような人と看護師さんのような人しか来ない。
僕は逃げ出そうか迷った。
腕には針が刺さっていて、それを抜くのが怖かった。
だからなかなか抜け出せずにいた。
もしかしたらお母さんがここをみつけて迎えに来てくれるかもしれない。
僕はただそれを待った。
いろんな大人が僕にあれやこれやと聞いてきたけど、お母さんは知らない大人と話しちゃだめって言っていた。
僕はお母さんに殴られたくないからちゃんと言いつけを守った。
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僕の腕から針がなくなった。
僕は逃げようか迷った。
だけど病院のパジャマじゃすぐにみつかってしまうだろう。
悩んでいると知らないおばさんがやって来た。
そのおばさんはやたらとニコニコしていて馴れ馴れしい人だった。
僕に変な服を渡して着替えろと言った。
僕はパジャマじゃないほうがよかったので変な服に着替えた。
おばさんは僕にいろいろ説明をしていた。
僕はそれを聞いていなかった。
知らない人の話なんて聞いていられない。
おばさんは話を終えると僕の腕を掴んだ。
僕は引っ張られるように病室を出た。
看護師みたいな人たちが僕に手を振ってくれているようだった。
僕はあの人たちに売られたのかもしれない。
このおばさんが僕を奴隷として買って、どこかで働かせようとしているのかもしれない。
僕は逃げようか迷ったがすでに車に乗せられていた。
車に乗るのは久しぶりだった。
この前、救急車には乗ったけど外の景色は何も見えなかった。
今日は窓側に乗せてくれたから外がよく見える。
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こうして僕は児童養護施設という所に入れられた。
父親は不明、母親の両親は保護を拒否したと後で知ることになる。
僕は天涯孤独の身になったのだった。
施設では毎日ご飯が食べられる。
大人がちゃんと世話をしてくれる。
こんなに安心して生活できるなんて思ってもいなかった。
お母さんはきっと僕のために施設に入れるようにしてくれたんだ。
僕は里親に出されることもなく、18歳になるまでこの施設にお世話になった。
お母さんは僕の前に現れることはなかった。
僕が一人でも大丈夫だと信じていてくれたからだろう。
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