第12話 ダンジョンのボス
「ボスだと? アルベリオ、お前まさかさっきのマルクの戦いに触発されてるんじゃないだろうな」
このパーティは周りのことなどお構いなしにガンガン進むアルベリオさんと、それが行きすぎてしまわないようにブレーキをかけるのがファルタさんで、全体のバランスを取っているように思う。
「無茶な戦いをしたんだ。指導者の立場としてはむしろあの無茶を責めるべきであって、さらにそれ以上の無茶をさせるなんてあり得ないぞ!」
「おいおい、冷静になれって。いつ坊主にボス討伐をさせるなんて言ったよ。そろそろ俺たちの本気を見せてやってもいいかなってな」
「本気って、まさか……」
「そうさ、俺たちでボスを倒す。坊主はついてくるだけでいい。ボスをどうやって倒すか、見るのも勉強だ」
思わぬ提案に誰もが一瞬沈黙した。
ダンジョンのボスか……
ギルドではこう習った。
【すべてのダンジョンの最奥にはボスと呼ばれる屈強の魔物がいる。ダンジョンを満たす魔素の発生源と考えられており、ボスを倒すと魔物は弱くなり、すべてを倒せば数ヶ月から数年魔物が湧いてこなくなる。
ボスを倒すと安全にダンジョンに入れるようになる。
そして山師たちが掘削作業を始める。
ダンジョンでは岩石が魔素によって変質するらしく、金銀プラチナやミスリルやオリハルコンなどの貴重資源がかなり高い確率で見つかる。
これによる収入は莫大なもので、当然ながらボスを倒した冒険者パーティにも報酬が渡されることになる。高ランク冒険者たちにとってボス討伐は花形であり、また大きな収入源にもなりうる。
しかしながら、Sランク冒険者を含むパーティが壊滅したなんて話も珍しくはなく、出会ってみるまでそのボスの強さはわからない。決して油断はできない、注意が必要】
「……まあ、俺たちは何度もボスを倒している。今のマルクにはいい勉強になるだろう。だが、今回も必ず俺たちの手に負えるボスであるかどうかはわからないぞ」
「おい、坊主。お前はどうなんだ? ボスとの戦闘、見たくないか?」
いきなり僕に話を振ってきた。
アルベリオさん以外のみんなは口にこそ出さないが明らかに反対している。
だけど、僕がこのパーティに参加してこの人たちの本当の力は見せてもらったことがない。高ランク冒険者がどう戦うのか、この目ではっきり確かめたい。
「み……見てみたいです」
正直に答えた。
「だろ?」
アルベリオさんがしたり顔になる。本当はみんないやだったろうに、怒ったりしないだろうか。
「うーん、マルくんがそう言うなら仕方ないにゃ」
「やばかった場合の撤退の判断の勉強になるかもね」
あれ、意外なことに僕の意見は通ってしまった。相変わらずセシリーさんだけは意思表示がなかったけど。
「いいか、撤退することも頭に入れて、その判断を見誤るなよ」
「俺を誰だと思っている。ダンジョンでは撤退する勇気がなければ、確実に死ぬ。基本中の基本だ」
作戦が決定すると、パーティの表情が引き締まった。そしてダンジョンの奥へ向けて行進する。
ボス討伐の際は、道中に出会った魔物はすべて駆逐していくのが原則になる。ボスを倒して疲弊しきったところで、弱い魔物に足をすくわれてはたまったものではないし、その可能性は十分にある。
ボスにたどりつく前に疲弊するなら、引き返した方がよい。
とはいえ、ボスがいる最奥に行きつくまでに遭遇した魔物はこのパーティにとっては大した障害とはならなかった。
トリエルさんは浄化魔法でアンデッドを消し去れるし、セシリーさんも初級の浄化魔法が使えた。ライナさんはアンデッドを動かす核がわかるので簡単に倒せるし、ファルタさんが剣を一振りすれば何十体という敵が粉々になる。アルベリオさんはそんな仲間の後ろをポケットに手を突っ込んで余裕で歩いていた。
僕はパーティの実力のほんの一部に呆然とさせられながら、とことことついていくだけだ。そのまま進むと、むせかえるような空気感が強い場所にたどりつく。
多分、大量に発生する魔素のせいだ。
つまりここは――。
「こいつがボスのようだ」
行き止まりになったやや広い空間に、武装したゾンビの馬車に乗った首なしの鎧の騎士がいた。その周りに白いもやかたまりのようなものがいくつも飛び交っている。
「デュラハンか……」
【デュラハン】鎧を着た首なしの剣士で、戦車と呼ばれる馬のゾンビに引かせた馬車に乗った姿が多く見られる。自分の姿を見られることを嫌い、見つけてしまった者を徹底的に死の世界へ追い詰める。
知性はかなり高く、多くの死霊を呼び寄せて有利に戦いを進めようとする。また浄化魔法に対する耐性が高い。適正ランクはS。
「く……やはりこのレベルの魔物になると浄化魔法は効かないわね」
すでにトリエルさんは攻撃を仕掛けていた。だけど効果がなかったようだ。
「くるぞ!!」
馬車に乗った騎士が迫りくる。
バン!!
激しい衝突音がダンジョン内に響く。
見えない壁にデュラハンの馬車がぶつかったのだ。
「障壁魔法」
これもトリエルさんの魔法だ。物理的な攻撃に対する見えない障壁を展開できる。だけど、馬車の勢いがすごかったのもあって、足止めこそできたものの障壁は砕けてしまった。
「足止めしてくれれば十分だ」
ファルタさんがよろめく馬車馬を無視し、デュラハンめがけて背負っていた巨大な剣を振り下ろす。それを敵は薙ぎ払う。Aランクのファルタさんと互角くらいか。敵は強い。
馬車馬がいなないながら前足を跳ね上げ、その勢いでファルタさんを踏み潰そうとする。その巨体で何とか跳ね返すが、その隙にデュラハンが斬りかかって鈍い音が響く。装甲の厚い鎧のおかげで深い傷とはならなかったが、その衝撃はファルタさんの巨体を大きく揺らすものだった。
「ぐおおおおお!」
その馬に矢が刺さる。ライナさんが放ったのだ。
「ゾンビ毒にゃ」
【ゾンビ毒】ゾンビにしか効かない毒。ジャハライノキ科の植物の花の蜜にわずかに含まれる成分がゾンビなどのアンデッドを動かす核のはたらきを弱める効果があることが知られている。
スケルトンは骨しかないので直接核に打ち込まないと効果がないが、ゾンビのように体液をもつものはその循環によりどこかに当たればすぐに効果が表れる。蜜を集めて濃縮し、矢などに塗って利用することが多い。
馬は動かなくなると、その肉体がどろどろと溶け始めた。すでに腐っている肉体を核がつなぎとめることができなくなったからだ。
セシリーさんの治癒魔法で回復したファルタさんがデュラハンと剣を交える。その隙を狙ってトリエルさんが詠唱を始める。おそらくデュラハンを弱体化させる魔法だ。
それに気づいたのか、デュラハンは何やら仕草をした。それに呼応して、周囲を浮遊していたもやのようなものが老婆のような姿に次々と変化してゆく。
トリエルさんは即座に詠唱をやめた。
「気をつけて、バンシーよ! 触れられると魂を抜かれる!」
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