第97話 シャワーには成り得ない
さて、こうなると逃げてもいられない。
腹をくくって魔獣を食べるしかない。
そういう流れだ。
そう、タイムの言うとおり、あれはオオカミじゃない。
魔獣なんだ。
「なあ時子」
「……なに?」
随分と横柄な態度だな。
こっちを向いてくれさえしない。
声も低い。
「あ、いや。魔獣の解体をしてもらおうかと思って」
あれから解体は、ずっと時子がやっている。
何故かって?
狩猟協会での買取額が、全然違うからだ。
それに早い。
「……あっそ」
「どうしたの?」
「……なにが?」
「いや、機嫌悪いなと思って」
「……なんで時子が機嫌悪くしなきゃいけないんですか?」
いやいやいや。
確実に機嫌悪いだろ。
なんか早口だし。
「それを聞いているんだけど」
「……機嫌なんか悪くありません。いつも通りです」
いつも通りって……
口をへの字にしてムスッとしているのが、いつも通り?
俺、なにかしたかな。
とはいえ、時子は携帯魔法でサクサクと解体を始めてくれた。
気のせい……なのか?
手順は、オオネズミと、変わらない。
普段通り、滞りなく、黙々と、不貞腐れながらも、解体を、進めて、くれて、いる。
その雰囲気に、直立して、ただ終わるのを、待つことしか、できずに、いた。
この異様な、沈黙が、いつまで、続くと、言うのだろう、か。
あ、そうだ。
時子が、解体を、している、間に、調理場を、準備して、おくか。
「エイル、テーブルとか包丁は何処だ?」
「あ、マスター、道具はタイムが出すからいいよ。血で汚れちゃうから」
「タイムが?」
「テーブルは無理だけど、肉を焼くだけなら、タイムでも用意できるよ」
「そっか、分かった」
タイムが道具を用意するということは、つまり幻燈機で投映するということだ。
俺の着ている服や、武器の野太刀と同じ。
ブロックをいくつか出すと、それでかまどを作っていく。
結局、俺はやることがなくなってしまった。
フブキと戯れることもできないし……
「……終わりました」
「ああ、ありがとうございます」
時子が解体を終わらせてくれた。
やっぱり気のせいではなく、機嫌悪くないか?
「……なに、まだなにかご用ですか?」
そう言いつつ、乱暴に俺の手を掴んできた。
同じ握り方なのに、完全に捕まれたって感じだ。
すごい睨んでくるし。
への字口だし。
「いえ、その」
次は焼いて欲しい……とは言いにくい。
仕方ない、自分で焼くか?
でも料理なんて全くしたことないからなー。
そもそもどうやって火を起こすんだ?
木を擦り合わせるにしても、その木が無いし。
ストアでそういうアプリでも探すか?
「アニカさん、時子と一緒にステーキを焼いてよ」
お、タイム、ナイスアシスト!
「時子がご主人様と?」
え、なにその変わり身の早さ。
俺と会話するときと、全然違うじゃん。
への字口じゃないし、声のトーンも普段と変わらないし、どゆこと?
俺、本当になにしたんだ?
アニカも変なこと言ってたし。
女の子って、分からん。
「うん、ボクも手伝います」
「エイルさんとレイモンドさんは、念のために離れててね」
「分かったのよ」
「分かった、僕は大人しく従うのだよ」
「ご主人様、下ごしらえしようか」
「そうですね」
アニカに対しては、いつもの元気な時子だな。
というか、俺は朝ご飯の前に、この血を流して落としたい。
近くに川でもあればよかったんだけど。
……結界外では身体の汚れ、どうやって落とすのかな。
まさか戻ってくるまでそのまま、なんてことは……
とりあえず、濡れタオルで拭うとしよう。
着替えはタイムに出してもらえばいい。
「タイム、濡れタオルってあるか?」
「んー、タオルならあるんだけどね」
濡れていないのか。
それだと取り切れないな。
「モナカ、アニカ、ちょっとこっちに来るのよ」
「ん、なんだ?」
「はい、なんでしょうか?」
エイルは少し離れた場所に移動した。
すると、双子がカーテンを取り出して吊り下げた。
「おいエイル、なにをするつもりだ?」
「服を脱ぐのよ」
「服を?」
「体液を洗い流すのよ」
そういうことか。
レイモンドさんの目があるから、カーテンを用意してくれたんだな。
とはいえ、屋外で全裸になることに違いは無い。
なんか、開放的だな。
アニカが血で汚れた服を脱ぎ始める。
普段から一緒にシャワーを浴びているから、恥じらいだの躊躇いだのはない。
……と思ったのだが、アニカは背中を向けて脱いでいる。
なんでだ?
俺はというと、服を脱ぐまでもなく、タイムが消してくれた。
上から下まで、すべてタイムが繕ったものを、幻燈機で実体化しているだけだからな。
脱ぐのは一瞬。
でも着るのは普通だ。
魔法少女とか、宇宙刑事みたいに、自動的に着るといった機能は無い。
そこも一瞬にならないものか。
服が消えると、服に付いていた魔獣の血が地面に落ちた。
本当に洗濯要らずで、簡単に汚れが落ちるのは、便利だ。
アニカも服を脱ぎ終え、全裸になった。
やはり背中を向けて、こっちを見ない。
というか、なんか……手で隠している?
今更恥ずかしがる仲でもあるまい。
「それじゃやるのよ」
そう言うと、エイルは少し離れたところから俺たちに向かって単発式詠唱銃を向けて構えた。
……もしかして、エイルが居るから?
エイルに背中を向けている、ということか。
「エイル、大丈夫なんだろうな。命まで洗い流すなよ」
「バカ言わないのよ。うちを信じるのよ」
「だから不安なんだけど」
「なんか言ったのよ?」
「言ってませんっ」
「大人しくするのよ。すぐ終わるのよ」
そう言うと、単発式詠唱銃から、サッカーボール大の水球が放たれた。
水を頭からかぶる、というのはあるだろう。
その勢いで、水を真横からかぶるようなものだ。
立っていられないほどの威力ではない。
くると分かっていれば、耐えられる程度だ。
しかし冬の早朝に、水を全身でかぶるとか、冷たすぎる。
そんなものを、エイルは遠慮なしに薬莢を交換しながら、何発も撃ってきた。
「エイルっ! お湯とかじゃ、わぷっ、ないのかよっ。風邪引いちゃうよっ」
「引かないから安心するのよ」
「バカは風邪を引かないってか?」
「そんなこと言ってないのよ。でも一理あるのよ」
「おいで、火蜥蜴」
「ぐるるるる……」
アニカの呼びかけに、サラマンダーが現れた。
「モナカくん、この子で暖を取ろうよ」
「ああ……なあ、思ったんだけどさ、龍魚に洗ってもらえばよかったんじゃないか?」
「あ、そうだね。あはは、忘れてたよ」
忘れてやるなよ。
時子は何故機嫌が悪いのでしょうか
アニカは何故恥ずかしいのでしょうか
次回は着替えについて言及します




