第87話 精霊と遊ぼう
アニカが杖を振るいながら、言葉を紡いでいる。
精霊に呼びかけているのだろう。
このときの言葉は、言語相互翻訳で翻訳できない。
精霊と会話をすることはできる。
だから召喚する際の言葉が特別なのだろう。
召喚陣がアニカの前で、徐々に描かれていく。
「鎌鼬、出ておいで。遊ぼうよ」
最後にアニカが呼びかけると、召喚陣が完成し、輝きが増す。
ここだけは聞き取れるのも不思議だ。
それと同時に風属精霊の鎌鼬が飛び出してきた。
見た目は勿論、イタチだ。
背は薄緑色で、腹が真っ白い。
長い尻尾をアニカの腕に絡ませ、フヨフヨと浮いている。
「なによ、あたしは忙しいんだから、遊んでる暇なんて無いのよ」
でも、召喚には応じてくれている。
しかも急いで来たような感じに見えたのは、気のせいか。
「ゴメンよ、じゃあ他の子に――」
「それで、なにして遊ぶの?」
「え、忙しいんじゃ」
「わざわざ来てやったんだから、相手をしなさい。そのまま還すとか、礼儀がなってないわよ」
「そうだね。ありがとう」
悪態を吐く割には、いつもアニカと遊んでいる。
相も変わらず、あまのじゃくな奴だ。
ツンデレというやつか。
「忙しいんだから、早くしなさいっ」
「あ、うん」
デレ……てる?
あれは意訳すると、〝早く遊びましょう〟ってことか。
言語相互翻訳が意訳してくれたら楽なんだけど。
それはそれで面白みがないような気もする。
「的当てをしようよ。的はね、あそこで動き回ってる魔獣だよ」
「当てたらなんだっていうのよ」
「なにして欲しい?」
「主にして欲しいことなんてないわよ。だから主が決めなさい」
〝アニカがしてくれることなら、なんでも嬉しい〟ってことか。
「ふふっ。じゃあいつもみたいに、当たったらナデナデしてあげるよ」
「あたしはそんな安い女じゃないわ、よっと」
そう言いつつ、尻尾を振るって風刃を魔獣に投げつける。
攻撃開始が早いな。
そんなにナデナデして欲しいのか。
風刃自体も速い。
タイムの計測結果だと、音速を軽く超えている。
800メートルほど離れている魔獣まで2秒と掛からない。
しかし直線的な風刃は、いとも簡単に避けられてしまう。
「ああっ、避けるんじゃないわよ。このっこのっこのっ」
連続して風刃を投げつけるも、その全てを避けられてしまう。
さすがに遠すぎるのか。
「ムカーっ! なんで当たんないのよ! ムカつくー! これならどうだっ!」
辺りの灰が、静かに渦を巻き始める。
その渦は次第に大きくなり、つむじ風となる。
周りの空気を巻き込み、更に成長を重ねていく。
「あはははは、これなら避けられないわよ。あたし、頭いいー。泥猪、あんたも協力しなさい」
「ナンダ、ヨンダカ」
地面が緩んだかと思うと、そこからイノシシが湧き上がってきた。
地属精霊の泥猪だ。
アニカの契約精霊は、召喚しなくても出てくるのが当たり前なのか?
自由すぎる。
「おおおお! 僕は奇跡を目の当たりにしているよ。精霊を同時に2体も召喚するなんて。こんなことができる精霊召喚術師は数えるほどしか居ないよ」
レイモンドさんが大げさに感動している。
アニカはいつも沢山の精霊と戯れているから、気にしたこともない。
この前なんか、契約していない野良精霊たちと戯れていたぞ。
それにフレッドもシルフィードとイフリータを同時召喚していた。
そんなに凄いことなのか。
「あんたの石つぶてを貸しなさい」
「ヌシサマ、イイカ?」
「うん、鎌鼬に貸してあげて」
アニカはそう言うと、泥猪の頭を撫でてやる。
「あ……」
鎌鼬が声を上げる。
アニカはそのことに気づいていないようだ。
泥猪の頬は緩み、ご機嫌だ。
対照的に、鎌鼬は目をつり上げ、牙をむき出しにする。
石つぶてが鎌鼬の周りに、1つ、2つと増えていく。
それを尻尾で切り刻み、細かく砕いた。
砕けた石つぶてが、風に巻き取られていく。
ただのつむじ風が、砂嵐へと変貌した。
あの中に入ったら、紙やすりで削られるような感じになるだろう。
つむじの回転速度が、徐々に上がっていく。
気のせいか、アニカが泥猪の頭を撫でた回数に比例して、早くなっていないか?
その上大風程度の規模だったのに、今では竜巻に近いのではなかろうか。
身体を踏ん張らないと、風に飲み込まれそうだ。
「時子、手を離すなよ。携帯は仕舞っておけ」
「うん、分かった」
「エイルも、巻き込まれるなよ」
「分かってるのよ」
更に風が強まると、視界の確保が困難になった。
俺は左目の補正でなんとか見えている。
しかし時子とエイルは、目を開けていられないようだ。
といっても、俺も右目は瞑っている。
時子はスカートを押さえ、必死に耐えている。
スカートの下はジャージなのに、押さえる意味ってあるのか?
レイモンドさんは……さすがだな。
何処から取り出したのか、いつの間にかゴーグルをしていた。
強風に煽られることもなく、俺たちを観察してる。
……魔獣ではなく、俺たちを?
この状況でも、試験官なんだな。
そんな暴風の中、アニカだけは悠然と立っていた。
目をしっかりと開け、髪はなびかず、服も乱れていない。
まるで砂嵐なんて幻だ、と言われているような錯覚に陥る。
イフリータの契約陣のときと同じだ。
異常な風に、魔獣もその足を止めて身構えている。
その距離、約700メートル。
次回も引き続き精霊が大活躍……と思ったら大間違いだ!
本命は……




