第71話 据え膳食わぬは……
いつものようにアニカとシャワーを浴びて、トイレを済ませる。
もうすっかり慣れたもので、恥ずかしいとかは無くなった。
もっとも、恥ずかしがっていたら生活ができない。
慣れた、というよりは諦めた、の方が正しいのかも知れない。
「それじゃアニカ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
俺は2段ベッドの下段に潜り込んだ。
ああそっか。
タイムたちは、みんなエイルの所に行ったんだっけ。
布団を被って寝ようとすると、潜り込んでくる者がいる。
「……アニカ?」
「なんだい、モナカくん?」
「なにしてんの?」
「え? だから寝るんだよね」
「上で寝ろよ」
「上でって、モナカくん大胆だね。女の人に上に乗れだなんて」
「言ってないっ! 2段ベッドの上段の話だ」
「ふふ、冗談だよ。そんなに怒らないで。ボクは下の方が良いな」
「下?」
「やっぱりモナカくんの重さを感じながらがいいな」
「なんの話だっ。まあいい。なら、俺が上に行くよ」
「うん、来て」
「は?」
アニカが仰向けになって、両手を広げている。
なにをしているんだ?
付き合ってられない。
布団を抜け出し、アニカを乗り越えてベッドから出る。
そして梯子を登って上段に移動する。
下も上も、布団に差は無いようだ。
当たり前か。
布団を被って寝ようとすると、再び潜り込んでくる者がいる。
「……アニカ、なにがしたいんだ?」
「なにがしたいだなんて、ボクに言わせないでおくれよ」
「寝言は寝てから言え。アニカが上で寝るなら、俺は下に行く」
「ああん、つれないな。ボクはいつも通り、モナカくんと一緒に寝たいだけだよ」
「折角ベッドが分かれているんだから、別々に寝るんだっ。俺は男と一緒に寝る趣味は無いっ」
「もう、モナカくんの意地悪」
下段に移動して布団を被る。
ふと、疑問を思い出したので、聞いてみることにした。
「なあアニカ」
「なんだいモナカくん。やっぱり一緒に寝てくれるのかい?」
……とりあえず、それは無視しておこう。
「以前アニカは、精霊と会話できるのは自分だけみたいなこと、言ってなかったっけ」
「んー、そんなこと言ったっけ」
「ほら、アニカがオルバーディング家でどんな扱いだったかを話してくれたことがあっただろ。あのとき精霊と言葉を交わすことができる者は数百年振りだって」
「ああ、あれね。うん、そうだよ。でも精霊たちがボクに感化されて、ポツポツと言葉を話すようになったんだ」
「アニカに感化されて?」
「うん。だからボクと関わり合った精霊は、言葉を話し始めたんだ」
そんな話があるのか?
影響力ありすぎるだろ。
「ボクの居た世界では、精霊と会話することなんて、ごく当たり前のことだったしね」
「もしかして、分家がアニカを欲しがるのって」
「うん。そういう一面もあるみたい。だって精霊と会話できれば、今まで以上に精霊を制御しやすくなるからね」
「じゃあ、あの変態御者とも関わってたのか?」
ニファシーは普通に話していた。
会話内容から、以前から変態御者と話ができていたのだろう。
ならば、今回アニカに初めて会ったという訳ではなさそうだ。
「んー、覚えてないけど、多分彼も婚約者候補だったんじゃないかな」
「婚約者候補?!」
「そうだよ。だからちゃんと捕まえておかないと、誰かの物になっちゃうからね」
「そうだな。そうなるとパーティのおバカ枠が時子だけになっちまうな」
「酷いよモナカくん」
「あ、でもその方が話は円滑に進むかも。悪くない?」
「ちょっと! モナカくんでもそれは許せないよっ」
「ははっ、冗談だって」
「モナカくんのは冗談に聞こえないんだよ」
冗談に聞こえない、か。
それを言うなら、最近のアニカの言動の方が、よっぽど冗談に聞こえない。
「なあ、アニカは男に見られたいんじゃなかったのか? 今のアニカは女の子に見られたいように感じるんだけど」
「そんなことないよ。僕は男の人だもの。女の人に見られたいわけじゃない」
「最近の態度からだと、そう感じないぞ」
「そうだね。でも頭で考えるより先に、身体がそう反応しちゃうんだ。身体の真ん中が、特にお腹の下の方がきゅって疼くんだ。それに最近のモナカくんはボクを男の人扱いしてるというより、そうやって壁を作ってるように感じるんだ。違うかい?」
意外と敏感だな。
確かにそれは否定できない。
「最近アニカが変なことばっかり言うからだろ。意識しなきゃ男だって忘れそうなんだよ」
「そうなのかい? ふふ、嬉しいな」
「おいおい。女の子扱いしたら怒る癖に、それはおかしいんじゃないか?」
「ボクも分からないんだ。でも、モナカくんに女の人扱いされるのは、嫌じゃない。頭で感じるより、身体がゾクってするんだ」
「気持ち悪いことを言うなっ。男は趣味じゃない」
「身体は女の人だよ」
確かに身体はそうかも知れない。
でも中身は完全に男だ。
「ついこの前、おっぱい洗いながら〝こんなもの要らない〟って言ってただろ」
「ふふっ、そうだね。不思議な感覚だよ。……ねぇ、そっちに行ってもいい?」
「よくないっ」
「もう。据え膳食わぬは男の恥だよ」
「据え膳が女の子ならな」
健全な男子高校生なら、興味が無いはずもない。
そんなことは俺自身が一番よく分かっている。
「なら、問題ないよね」
ま、まあ確かに身体は完璧に女の子なのは認めよう。
日々のシャワーで嫌というほど分かっている。
しかし俺は時子に〝あんなこと〟をしてしまったんだ。
これ以上不義理はできない。
「……据え膳が時子ならな」
「タイムちゃんからトキコさんに鞍替えしたのは、ホントなんだね」
「鞍替えって……タイムに振られたんだよ」
〝あんなこと〟をした責任を取れとタイムに言われた時点で、終わった話だ。
「ウソ……だよね」
アニカには信じられないようだ。
だが事実だ。
俺が〝あんなこと〟をしてしまったから。
「本当だよ」
「だからって、ソックリな子に鞍替えするの?」
「タイムに〝責任取れ〟って言われたんだよ」
「言われたからトキコさんにするの?」
「そういうわけじゃ」
〝ない〟とは言い切れなかった。
タイムの言ったことだから。
それがタイムの願いだから、俺はそれに応えようとしているだけなのか。
それはそれで時子に対して失礼なのでは。
「時子と居ると、なんか懐かしいんだよ」
きっかけはタイムの言葉かも知れないけれど、この感覚は俺のものだ。
「同じ世界から来たから?」
「そうかも知れない。俺にもよく分からん。そう感じるだけだ」
「トキコさんには先輩が居るんだよ」
「分かっている。でも勝てない相手じゃないよ」
「そうかな。ボクなら争う相手は居ないから、簡単だよ」
「オルバーディング家に入る予定はない」
「家は関係ないよ」
「そういうのは本人だけで、周りはそう見てくれないんだよ。それこそ、異世界にでも行かない限りな」
アニカが身を乗り出し、顔を覗かせてきた。
「なら、一緒に死んでくれるのかい?」
それはまるで散歩にでも出掛けるかのような言い方だった。
死ぬことに躊躇がないのでは……そう思わせるに十分な笑顔だ。
「物騒なこと言うなよ」
確かに俺とアニカは1度死んで転生して異世界に来ている。
だからといって、2度目が有るとは思えない。
「ふふ、冗談だよ」
本当に冗談か? とは聞けなかった。
「死んだからって、また転生できるとは限らないもの」
「いいから、もう寝るぞ」
「はーい。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
結局、タイムは朝まで来てくれなかった。
次回はエイルが主役です




