決意の日
「・・・ひまだなぁ」
ベッドから起き上がる。
「お花畑行こうっと」
侍女を探して外出する旨を伝えると、本を1冊だけ持って屋敷の外へと出て行った。
あの日から、もう3年がたった。
彼とはあれ以来出会えていない。
彼と別れて最初の1週間は、彼と出会う以前の私と、なんら変わらなかった。
本を持って、外に出て。
図鑑に載っていても、まだ実際には見たことのない花があの森にないか探しに行って。
あれば観察して、無ければ既に見つけているお花たちで花冠を作る。
雨が降ったら読書や編み物をして、晴れたらまた外に遊びに行って。
全然変わらずに過ごせていた。いたんだけれど、
2週間くらい経ったとき、
「また会えないかなぁ」
ふと、そう思った。
一人でいると少し、本当に少しだけだが、寂しく思えたからかもしれない。
「そうだ。あの子と出会った場所に行けば、また会えるかも」
だから彼を待つことにした。
最初はお花畑に行って、以前のように好きなことをしながら彼を待った。
元々一人だったから、一人で遊ぶ方法も心得ているし、すぐに会えるだろうと思っていた。
そんなことはなかった。
来る日も来る日も一人きりで彼を待った。
雨の日にも森に行くようになった。
寒さに凍えながら彼を待った日もあった。
けれど、彼がこの森を訪れることはなかった。
そうして1年が経つころには、花の図鑑も虫の図鑑もすべて読み終えてしまったし、実際に森にあるだろう花や虫も調べ尽くしてしまった。
「明日から・・・何しよう・・・」
その時は困ったし、無気力になった。
毎日森に足を運んでいたけれど、その時は反動なのか1週間自分の部屋にこもりっぱなしになってしまった。
けれど諦めはしなかった。
彼に会いたくて、もう外に行ってやることがなくなっても森に出かけた。
この森で、私の知らないことなんて無いんじゃないかって、思ってしまうくらい何度も。
そうして今日が、
「あれからもう3年かぁ」
ちょうどあの日から3年目。私は13歳になっていた。
「・・・」
草原に寝転がる。
空がいつもより眩しい気がした。
「・・・はー、ふふ。神様も意地悪だなぁ。こんなに想ってるんだから会わせてくれたっていいのに。」
冗談っぽく、そっと呟く。
自分では気づいてなかったけど、今日こそ会えるんじゃないかって、期待しすぎてしまっていたらしい。
「ぅ・・・っ、あ、あれ?・・っ」
無性に泣けてきた。
今日までの3年間の期待が一気に崩れたみたいだった。
そして、頭の隅では、彼が会いになんて来ないと思っていたからか。
「・・っ・・はぁ。あの子も、あの子だよ。会いに、っ、来てくれたらよかったのに。」
そんな言葉が自然に溢れた。
正直会いに来ない確立の方が高いのはわかっていた。
そもそも彼が私の家に来たのは偶然だし、この森に勝手に入ってしまったことも反省していた。それに彼とはあの日が初対面で、友達だったというわけでもないし、別れるときに約束をしたわけでもない。
だから、期待しすぎただけで、この結果は何らおかしくない。
分かってはいた。けど、分かってたつもりなだけだった。
「・・・っ、ふ・・っ」
さすがに人生2週目だから泣きわめいたりしないけど、涙は止まらない。
あの日の思い出が眩しく感じるのは、私が独りぼっちだったからだろう。
誰とも心を通わせられずに、代わり映えしない日常を送っていたから、余計に大切な思い出になったのだと思う。
そんな私に比べて、彼は友達もたくさんいて、ああいう思い出もたくさんあるに違いない。
きっと、彼にとってはなんてことのない日だったのだ。
でもやっぱり私にとっては特別だった。
いつの間にか彼ともう一度会うことが人生の目的になっていた。
彼とまた会って、また話してみたい。
その思いだけで今日まで生きてきた。
誰にも気にかけてもらえなくても、誰とも笑いあえなくても、
彼とまた話せたら、一緒に笑いあえたら、、、
「うぅ、っ・・・っう・・」
だから嗚咽を止めることはできなかった。
そうしてしばらく泣いているうちに、だんだんテンションがおかしくなってきた。
「ふ。ふふ、ふふふ。」
意味の分からない笑いがこぼれる。そして、
「あの子のばかやろー!名前知らないから罵倒できないけど!ばかやろー!」
やがてそれは怒りに変わった。
はたから見たらものすごく恥ずかしいやつだけど、どうせ誰もいないんだから、この際思い切り3年分の思いを叫んでしまおう。
「こんなに、君のことを待ってる人なんて、他にいないでしょ!いや、しらないけどー!」
あの子のことは何にも知らない。あの日出会って少し話をしただけだから。
「でもどうせいないでしょ!ばかやろー!」
それが余計に悔しくて、悲しくなった。だから、ありったけの声で叫ぶ。
何回か叫ぶと、だんだん自分でも何を言ってるかわからなくなってくる。
「別にいいもん!逆に私が迎えにいくし!」
「首を洗って待ってなさいよ!」
「絶対もう一回会うから!」
「絶対、!」
すぅ、と思い切り息を吸って
「もう一度会って、お礼も言うからああああー!」
そして、最後にもう一度全力で叫んで、草原に倒れた。
「はぁ、はぁ、しんどっ・・・。我ながら、はぁ、馬鹿すぎる。」
もし誰かに見られてたら人生終わったな。一瞬そう思ったけど、もういいやと思った。
どうせ見られるとしても、うちの侍女くらいでしょ。
「はぁ、はぁ」
自分でもびっくりするくらい大きな声がでたし、変に疲れたけど、なんかすっきりした。
「はは。あははっ。あははははは!はー!疲れた!」
寝転がった草原で笑う。
「・・・うん。頑張るか。」
私は今日この日を境に、彼を待つことをやめた。