笑顔
花を編んでいると突然、一人の空間を満喫していた私に、それを盛大にぶち壊す他人の声が耳元に聞こえた。
「ぎゃああああああああ!」
いや、全然一人じゃなかったわ。でも全然気づかなかったわ。
あれ、私ってもしかして、ばかなのかな?
っていうか私あまりにもびっくりしすぎて、令嬢にはあるまじき声量で言葉を放ってしまった。
恥ずか死ぬ。
私もすごく驚いたけれど、
(び、びっくりした)
あっちも私の声に驚いてしまったらしい。
「大丈夫か?なんかわりぃな、急に声かけて」
「だ、だいじょうぶ!気にしなくていいから!」
ま、まぁ、あんな大声を突然あげられたら普通驚くよね。正直すまんかった。
私は私で、まだびっくりしすぎて痛む胸を、ぎゅっと押さえながら、深呼吸をして落ち着く。
「あ、あなた誰ですか?どうしてこんなところに?」
見たところ私と同じ、10歳くらいに見えるけれど、子供がこんなところにどうして一人で?
(あーまずったなぁ)
何やら聞かれたくないことだったらしい。
「えーっと。ちなみにここってあんたの家か?」
私の問いには答えずに、質問を返してきた。
「私の家・・・うーん、まぁ、敷地内ではあります。」
この森はお父様の管理している森で、私にはこの森がどこまで続いているかわからないけれど、この森一帯はうちの敷地らしい。だから侍女にも、ここに遊びに来ることを許されている。
「じゃあさ、わりぃんだけど、名前は伏せといてもいいか?」
(親父に勝手に他人の所有地に入ったって知られたら、怒られちまうし)
彼の口からでた声とはまた別に、彼の声が聞こえる。
ふーむ、なるほど。
私に、家の誰かに「どこどこの家の子供が勝手に入ってきた」って報告されたくないってことかな?まぁ確かに、勝手に他人の敷地内に入ったことで、自分の家に迷惑がかかったら大変だもんな。
うーん。まぁ、でも、そういうことなら、
「良いですよ。多分あなたの名前を呼ぶことはないでしょうから。」
本当は、家の人たちにとっては全然良くないし、この子にとっても良くないことだろう。
ここで叱られないと、また同じことをするかもしれないし。
けれど、使用人に話しかけるのがめんどくさくて、そう答えた。すると、
「おう、ありがとうな!」
そういって彼は「にぱっ」と無邪気に笑った。
「う、ううん、いいよ」
まっ、まぶしい!笑顔がまぶしい!
あと、ものすごくかわいい。
いや、こんなに輝かしい笑顔の人初めて見たよ。
すごい「純粋」って感じだ。
直視したら多分だめな奴だな、これ。うん。
目がやられる。
っていうかめんどくさいから、名前聞かなかっただけなのに、そんな風に喜ばれたら、罪悪感が・・・・
・・・いや、てかほんとまぶしいな?いつまで輝いてるんだろう。
未だに輝いている彼の笑顔を見ながら思う。
はぁ。
この子の笑顔をうちの使用人にも見せてやりたいわー。
この子に比べてうちの使用人ってば、私が見るたび「すんっ」て感じの真顔で、全然笑わないんだもん。絶対あの人たちには、こんな輝かしい笑顔できないでしょ?
はぁ。
ほんと見習ってもらいものだわ・・・。
みな、ら、って・・・
「・・・」
・・・いや待てよ。
彼らそういえば私が話しかけるまでは笑顔じゃない?
・・・え?
じゃあれって、私が近づいたから真顔なだけ?
もしかして皆、普段は笑顔?もしかしなくても笑顔なの?
・・・・。
「・・・うっ、胸が」
こ、こんな話はやめよう。今すぐやめよう。
「それでどうしてこんなところに?」
先ほどとは違う理由で、痛くなった胸を押さえながら聞く。
「実は迷っちまってさ」
「あぁ。そうだったんですか」
まぁ、この森は子供にとっては割と広い面積みたいだから、迷ってしまうのも無理はないかも。
なら、
「もしよければ。ですけど私出口まで送り届けてあげましょうか?」
ここで放っておくのもなんだし、と思って提案すると、
「いいのか!?助かる!」
(どうやって帰ろうか悩んでたけど、まさか送ってくれるとはなぁ!)
またあのまぶしい笑顔で笑う。
お、おう。こんな顔されたらなんかもっと、いっぱいしてあげたくなるな。
いや、まぁ、私にできることなんてないけど。
あと、喜んでいるところ悪いのだが、
「あの、申し訳ないのですが、花冠を作り終わるまで、待っていてもらってもいいですか?」
そう、彼は花冠を作っている途中に私に話しかけてきたので、まだまだ途中なのだ。
「別にいいぜ。むしろこっちが迷惑かけてるんだから、それぐらい待つさ」
「ありがとう」
てっきり嫌がられるかと思ったけれど、本当に気にしていないようすで、地面に座り始める。
「そっちのほうがいいな」
「ん?」
私も地面に座って作業を再開すると、彼が不意にそうつぶやいた。
「そっちって?」
(あぁ、言ってなかったっけ)
彼の心の声が聞こえる。
「喋り方。敬語じゃないほうがありがたい。俺もこんな感じだしさ」
「そう?じゃあ、普通にしゃべる」
「おう。そうしてくれ」
「・・・」
「・・・」
まぁ、そうするって言ったところで、花冠を作ってるから何も話すことがないんだけど。
「ふーん。ふふーん、ふ、ふーん」
私は、もともと独り言を言ったり、鼻歌を歌うことが多いほうなので、しばらくすると、彼がいる隣で鼻歌を歌い始める。
「ふふん、ふーん。」
「それなんて曲?」
すると、彼も暇なんだろう。声をかけてきた。
「う、うーん。えっとねー」
せっかく声をかけてくれたところ悪いのだけれど、実は私にもわからない。
「ごめんね。私にもわからないの」
「なんで?」
「えっとねー、これ知らない人が歌ってた歌なんだー」
幼いころ、屋敷にいたくなくて、夜中にこっそり抜け出したことがある。
いや、今も幼いだろって突っ込みはいいんだよ。
それで当時は今よりももっと小さかったし、行くあてなんてなかったけど、なんか、どうにかして屋敷にいたくなくて、適当に歩いていたら下町についた。
私は貴族だから、下町なんていつも屋敷から眺めているだけだったけど、今日は誰に何を言われるわけでもなく、自由に歩けるんだと思うとテンションが上がって、いろいろなところを見て回った。もちろんお店なんて全部しまっているから本当に見てまわるだけだったけど。
しばらくして、ふと、その下町の一角にある家から、女の人の歌声が聞こえてきた。
どうしてだか無性に気になって、歌声の聞こえる家の中を窓からこっそり見ると、母親が、夜泣きをする赤ちゃんのために、子守唄を歌ってあげているようだった。
その時の母親の顔を今でも鮮明に思い出せるくらい、
母親の子守唄を歌う歌声と、子供を見つめる瞳からは、「愛おしい」という感情が、溢れていた。
愛情ってものに飢えていたからかもしれない。
その光景から目が離せなくなって、結局私は、母親が歌を歌い終わるまでずっと、その家の外から子守唄を聞き続けた。
そしてその時から、何だか無性にやるせなくなると、夜中こっそり抜け出してその母親の子守唄を聞きに行くようになった。まぁ結局、その歌を全部覚えて、一人でも歌えるようになったころ、使用人に夜中抜け出していたことがばれて、それ以降は訪れていないのだけれど。
「んとねー、だからなんていう名前かはわからないんだよね」
まぁ、そんなことを話す必要はないだろう。だから、わからないということだけ伝える。
「ふーん。そうか」
すると彼は少し残念そうに、そうこぼした後、
「なんか優しい歌だな。」
と寝転がりながら言った。
「そう、だね・・・うん、ほんとに・・・」
一瞬だけ花を編む手が止まる。
「・・・私も、とってもそう思う。」
それ以降は、お互い何を話すわけでもなく、私の歌だけが響いた。
「できた~!」
数分して、編み終わった花冠を掲げる。
「おー、お疲れー」
暖かい日差しと森の雰囲気に、眠気を誘われたらしい。すこし寝ぼけたような声で、彼が労ってくれる。
「ねぇねぇ、どう!どう?」
そんな彼の服を引っ張って、立たせた後、できたばかりの花冠を自分の頭の上にのせて、くるくると回って見せる。
「みて!いい感じじゃない?」
自分の作ったものを他人に見てもらう機会がなかったので、知らず知らずのうちに、テンションが上がっていたらしい。だから___
「あ」
「・・・」
「・・・」
急に冷静になって現状を把握すると、なんだかだんだん、いたたまれなくなってきた。
そして、自分の頭にある花冠を、右手でそっととる。
「あ、えーと、ね」
言葉が頭の中で、ぐるぐる回って口から出てこない。
花冠だからって、自分の頭にのせる意味あった?いや、なかった。
それに、眠そうなのを、無理やり引っ張って立たせる必要もなかったし・・・。
っていうかそもそも花冠を見せる必要もなかったんだわ。
ど、どうしよう。何を言われるんだろう。
まだ、心の声が聞こえたら、怒っているのか、そうではないのか判断できるのに、今は全然聞こえない。それが余計不安を煽って、思わず手に持った花冠に力が入る。けど、
「なんでとるんだよ?」
彼が笑いながら、私の手にある花冠をもって、私の頭の上に乗せてくれた。
「あ、ありがとう」
どうやら怒ってはいないみたいで、よかったーと安堵のため息をこぼすと、
「何心配してるか知らねえけど、似合ってるし、かわいいぜ。」
どかーん!
彼は私に最大級の爆弾を落とした後、またあの「にぱっ」とした顔で笑った。
「・・・」
「・・・」
「・・・あ・・・う、ん。あ、あのあの、えっと、ありがとう」
あまりの衝撃に、一瞬固まってしまい、謎に、馬鹿丸出しの「君の笑顔にはかなわないさ」という言葉が出かかった。
・・・踏みとどまれてよかったと思った。