★第十九話 赤い幻影
遂に交わる!!!
「あの人がなんだって云うんですか?」
とある日の午後。
陽が一番高くなる時間帯に、僕は例によってメムさんに引っ張り出されていた。
直射日光に旋毛が焼かれ、禿げそうだと文句を云ったところ、手近な喫茶店に入れたのは良かったのだが……。
「あの男は絶対怪しいだろ。なんか盗んだり人殴ったりしてそうだろ」
「なんすか、その偏見」
僕らの視線の先には、窓際の咳で、貧乏ゆすりをしながらコーヒーを飲んでいる男性がいる。丹念に撫でつけられた髪。ピンストライプの細身のスーツを着て、サングラスを掛け、口ひげを蓄えている。この喫茶店は喫煙が可能らしく、灰皿には吸いかけのタバコが何本も押し付けられている。
確かに、柄が良いとは云えない。
この人はきっと、小さな子どもを抱きかかえることも、女性に笑いかけて薔薇の花束を贈ることもないだろう。そういう偏見が僕にもあるのは否定しないが。
「奴を今のうちに確保しておかねば」
「ちょ、ほんとやめて下さい。ほら、パンケーキ来ましたよ」
今にも飛びかかっていきそうなメムさんを制し、食べ物で気を逸らせる。
先日、メムさんは云った。
『俺達で事件を未然に防ぐ』のだと。
あれ以来、そんな話はしていなかったのに、深夜にまた、ぎゃーっと叫んで、それに関してとんでもない秘策を思い付いたとかなんとか。
「『事件を未然に防ぐ方法』ってまさか、怪しげな人をとっ捕まえるってことですか?」
「そだよ?」
メムさんはホットケーキを口いっぱいに頬張りながら、それしかないだろうとばかりに頷いた。なに小悪魔みてえに首傾げてんだてめえ。
「まさか、今までもこういうことを……」
「神様伝いにやってるんだよ。ヌンとかと一緒に」
「神様伝い?」
「そ、ヌンとかベートとか、俺とか、なんか神様センサーみたいなのがあってさ。なんか『はたらき』があると分かるんだよな。全部じゃないけど」
早くも自分の分を平らげたヌンさんは、当然のように僕の皿に手を出して来たので、フォークで手の甲を刺してやった。
「くっそ、暴力反対!」
「見知らぬ人を搔っ攫おうとしてる人が何云ってんすか」
「すいません!! クリームソーダ!!」
「うわ、もう、うるさいなあ」
俺はオーダーを取りに来てくれた店員さんに謝りながら、続きを促す。
「神様はさ、犯罪者をすぐに殺すわけじゃないでしょ。ま、殺人犯以外は」
「つまり、まだ生きてる犯罪者を監視してるってことですか?」
「ま、そんなとこ。犯罪者だってさ、改心する奴はいるよ。少ないけど。でも、俺達にビビッと届く奴らは、そういう奴らじゃない。またやる……可能性の高い奴らだけ」
「でも、それでもすごい人数でしょう? どうやって監視なんか……」
「そこで登場するのが【神様を見守る会】よ!!」
「はあ?」
「メンバーの中には、ネット? 機械? に詳しい子たちもいるし、探偵やってる子とか、肉体労働で体力と持久力には自信のある子とか、色々いて、監視にも全面協力してくれてて……」
「え、え、いや、ちょっと待ってくださいよ。【神様を見守る会】は、ただ神様のファンクラブみたいなものだって……」
「それは嘘じゃない。自助会みたいな感じでもあるし」
「だってこないだ、僕の仕事は、【神様を見守る会】じゃないって」
「そうは云ってない。あの時、君は、『神様を見守る会で神様を愛でることが僕の仕事なんですか』と問うたから、俺は違うと云っただけ」
いや、その時に説明しろよ!
「あの人はじゃあ、どんな罪を?」
僕はピンストライプの男性を横目で見て、ごくりと喉を鳴らす。
「知らない」
「は?」
「今回は俺の勘だから」
「はああ?」
「神様なしでもイケるんじゃないかって思って」
怒鳴る言葉も思いつかず頭を抱えている僕の横を、店員さんが通り過ぎる。僕は店員さんに釘付けになる。何故ならその手に持ったトレイには、巨大なパフェが乗っていたから。
本当に巨大としか形容のしようがないパフェだ。あんなの誰が、どうやって食べるのだろうと、思わず目で追っていると、一番奥の、窓際の席に座る二人のテーブルへと運ばれて行った。
大柄な男性の背中と、その向かいに座る目つきの鋭い男性の二人……。
確か僕らの後に入ってきたお客さんだ。
「あ! 見て、奴が去ってしまう!」
「は?」
メムさんが指さしているのは、先ほどのピンストライプの男性。もう帰るらしく、レジで会計をしている。
「ああでも、こんなタイミングでクリームソーダが来たあああああ」
「何に苦悩してんすか」
自称犯罪捜査よりもクリームソーダを取ったメムさんを置いて、僕は手洗いに立った。例の巨大パフェテーブルの横を通る時、ちらりとテーブルを見ると、目つきの鋭い方の男性が無表情で黙々と巨大パフェを食べている。
普通はシェア用なのだろう、カレー用サイズのスプーンはあと一つあるのだが、向かいに座る大柄な男性は手を付けず、彫りの深い顔でニヤニヤその様子を鑑賞していた。
どういう関係?
などと訊ける訳もなく、トイレに向かう。
さっさと用を足して出ようとしたところで、ちょうど入ってくる人とかち合った。こちらの胸と、相手の肩が軽く接触する。
その瞬間。
視界いっぱいに、赤色が広がった。顔に、ホースから出る水を当てられているような感触。赤い液体が、水しぶきのように降り注いでいるのだ。
何とか目を開こうと努力する。けれどどこかで、事実を把握したくない、何も見たくないという裏腹な気持ちもある。
やがて、赤一色の世界に、黒い亀裂が入る。その周辺だけ、赤い液体が掻き分けられるように移動し、肌色が覗いた。それはどうやら、円柱形をしている。
そう、きっとこれは……。
「大丈夫ですか?」
声に、引き戻された。
赤色が引き潮のようにスーッと引いていく。
代わりに目の前には、鋭い目があった。
「あ、パ……」
パフェ、と云いそうになって慌てて口を抑え、
「すいません」
と謝る。
それはあの巨大パフェを黙々と食べていた男性だった。
「体調、悪いんですか?」
男性が肩と腰を支えてくれているのに気付いて、僕は再び謝り、立ち直した。
「大丈夫ですか?」
男性は繰り返し尋ねる。慣れた感じがするのは、こういう対応が多い職種だからだろうか。
「大丈夫です。ちょっと立ち眩みが……」
「ああ、気温差がありますから」
気遣ってくれているのは分かるのだが、表情は厳しいままなので、ちぐはぐな感じがする。
「あ、えっと、」
僕は段々と気恥ずかしくなってきて、
「パフェ」
「え」
「完食、頑張って下さい」
と、謎のガッツポーズまで添えて、そそくさと退場した。
何云ってんだ、僕。
「メムさん、帰りますよ」
「え、俺次は、ステーキでもキメてやろうかなって思ってんだけど」
「なんでデザートの後にメイン行くんだよ。じゃなくて、良いから帰りますよ」
あの人とまた鉢合わせるの気まずいから。
「ええ~~い~~や~~だ~~」
「ワガママ云わないの!!」
メムさんを引きずって会計カウンターへ行くと、何故か店員さんにお支払いは済んでいますので、と云われた。まだ食べる気満々だったメムさんが、というかそもそもメムさんという生き物が、僕がお手洗いに行っている間に支払いを済ます等というスマートなことができるはずないので、僕は首を傾げる。
「こんにちは」
その声は、僕の首筋をぬるりと撫でた。




