この世界の終わりに。
平凡。
普通。
その言葉を、僕がどれだけ欲したことか。
僕の人生は、クズでカスで、ゴミ以下だ。
産みの親は知らない。
育ての親は殴る蹴る罵詈雑言しか知らない、養護施設の大人たち。
歪んだ環境は歪んだ人間を作る。元々まともな人間でも、長時間そこにいれば、自ずとその世界の常識に染まる。水を型に入れて、氷点下で固めれば、型の通りの形になる。それと同じだ。人間の場合は固める要素が、周囲からの圧力だったり、肉体的あるいは精神的な暴力によるものであるというだけだ。
僕を取り巻く世界と、そこに現れる出来事はすべからく醜悪で、その腐臭で周囲までドロドロに溶かしてしまいそうだった。
そんな僕の頭にも、先日、ようやく天啓なるものが訪れた。
そうだ。死んでしまおう。
どうしてもっと、早くそうしなかったのか? 今となっては、本当に疑問でしかない。
だがその理由をあえて探すなら、僕はきっと怖かったのだ。
死ぬこと、その瞬間の苦痛、前後の恐怖。
それ以上に、【希望】が怖かったのだ。
何ひとつ良い事のなかった人生。
愛だとか、思いやりだとか。
そんな作り物の世界でしか触れたことのないものが、もしかしたら、一万分の一の確率でも、自分の人生に訪れる時が来るのかもしれない。
そんな【希望】が、自分の死んだ一秒後に来る予定だったのかもしれない。
ガラス越しに見る家族たち、恋人たち、友人たちが浮かべる、あのどうしようもない笑顔。そんな笑顔を、自分が浮かべる時が、死んだ後にもし来る予定だったなら?
それを受け取り損ねることが、死ぬことよりも怖かった。
だが、そんな情けなく震える日々からも今日でおさらばだ。
ヒュウ、っと。
冷たい風が通り過ぎる。
時刻は丑三つ時。
ネットの掲示板で見た、廃工場の屋上。
度重なる侵入者たちのお陰で、入り口を塞いでいた門もチェーンも見事に破壊され、簡単に入ることが出来た。
「幽霊が出るには、ぴったりの時間と場所だな」
楽し気な声を出した。自分が一番、嘘だと分かっていても、最後くらいは笑ったっていいと思った。誰かの為でなく、自分の為に。
フェンスも何もない、真っ暗な空間で、まるで世界にただ一人だけになった気分だった。それはどこか小気味よく、もう誰にも、何にも傷付けられない、護られた世界だと感じた。自由で、気ままだった。
不思議な高揚感に押されるようにして、屋上のへりに足を掛けた。ひとつ。次にふたつ。両方の足裏が、綺麗に並ぶ。ボロボロの、底に穴の開いたスニーカーも、ライトひとつない暗闇では見えない。何より、誰よりも憎悪している、自分自身の姿を見なくて済む。
「でも、やっぱり……」
やっぱり、寂しいよな。
力ない笑いと共に、真っ暗な穴へと、吸い込まれた。
『じゃあその命、もーらった』




