反撃 前編
理科室のちょうど真下、つまり三階の同じ場所には第一音楽室がある。この学校には音楽室が無駄に二つあり、第二音楽室は第一の向かい側にある。
稲井は第一音楽室で、教卓の影に身を潜めていた。桑木や結菜は後々の作戦に備えて別の場所で待機している。
理科室を出たあと、稲井たちは敵の目を避けながら罠や武器などを学校中に仕込み、効率的に敵を刈り取れるようにしておいたのだ。なんだかホームアローンのケビンになった気分だった。映画を見た人なら分かるだろう。
あとは敵がこちらに吸い寄せられるのを待つだけ。
「ったく、なんで俺らがただのガキ探さなきゃなんないんだよ」
閉まり切ったドアの向こう、廊下から声がした。足音も複数聞こえる。四、五人くらいか。
「黙って探せ。しかも相手はただの子供じゃない。俺らの仲間を何人も殺したクソガキだ。油断するなよ」
――お前らの方こそ、生徒も先生も関係なく、みんな殺し回ったクソ野郎共のくせに。
だがそんなことを言えるのも今のうちだ。なぜならお前たちはこれから地獄に落ちることになるのだからな。
AKのグリップを握る。手が震え始めた。しかしそれは決して恐怖のせいではない。FPSやサバゲーをプレイしているときの興奮に似た、胃がひっくり返りそうな、奥からズンズンと迫ってくるような高揚感。思わず口がほころびそうになった。
「…おい、この教室、こんなドア開いてたか?」
足音がドアの向こうで止まった。
――来たか。
「いや、さっき通ったときはこんなんじゃなかったな。…おい、無線でタカダさんに伝えろ。奴は第二音楽室にいるってな」
ドアに手が掛けられる。
稲井はもう我慢の限界で、顔がニヤけるのを抑えられなかった。
次の瞬間、ガラガラとドアが横滑りした音がした。
それと同時に鳴ったのは、パリンとガラスが割れるような音だった。
「…あぁぁ、あち、あちいいぃぃッ!」
――引っかかったな。
第一音楽室のドアの向こうから聞こえる絶叫に、稲井はほくそ笑んだ。
教室の引き戸の上に黒板消しを挟んでおいて、ドアを開けた人間にそれを直撃させる、俗に言う黒板消しトラップ。それを応用したブービートラップだ。
稲井がドアの上に挟んでおいたのは、瓶に入った硫酸だった。開けた瞬間、瓶が頭に落ちて割れて、硫酸が頭からぶっかけられるという仕組みである。
教卓から立ち上がってAKを構える。ドアの小窓を目掛けて連射。ガラス越しに廊下の敵に弾丸を撃ち込む。
「があっ」
ガラスの向こうで血飛沫が上がる。
「クソ、これは罠だ!」
「隠れろ!」
「二人やられた!」
教卓から飛び出る。走りながら壁越しに廊下へ乱射。撃ちながら教室の反対側へ移動し、後ろのドアから顔を覗かせる。
倒れてるのが二人、立ってるのが三人。ドア越しに撃ったのと硫酸で逝ったのが一人ずつか。
反対側の第二音楽室のドアは開いている。
ドアから飛び出して奥へ連射。一人の頭が弾けるのが見えた。そのまま撃ちながら向かいのドアへ飛び込む。
「あそこにいるぞ!殺せ殺せ!」
敵が撃ち返してきた。稲井の近くのドアや床に弾が当たり、破片や火花を散らせる。
ベストから弾倉を一つ抜き出し、それでマガジンキャッチボタンを叩きながら前へ突き出し、空になった弾倉を弾き飛ばす。弾倉を斜めに回すようにして差し込み、下から手を回してコッキングレバーを引いてリロード。
そんなことをしてる間に、どうやら敵の応援が来たようだ。廊下の奥から、横の階段から人影がいくつか現れた。三人増えて、全部で五人。
稲井はAKを一旦置いて、あらかじめそこに置いておいた消火器を手に取った。学校に置かれている業務用の蓄圧式消火器で、中には消火用の粉末の薬剤と窒素ガスが充填されている。
それを渾身の力を込めて、弾丸雨飛の廊下へぶん投げた。すかさずドアを閉める。
敵の放った数多の銃弾が、宙を舞う消化器へ当たる。
蓄圧式消火器は常に内部に空気圧がかかっているため、穴が開くと破裂しやすいのだ。
ボォンと、鉄製の風船が割れたような音がした。消火器が破裂したのだ。
ドアを開ける。思った通り、消火剤があたりにぶちまけられ、もくもくと白い霧が漂っていた。稲井は消火器を煙幕用の発煙弾代わりにしたのだ。
「クソ、前が見えねえ!」
思った通り、敵の視界を遮断することに成功したようだ。
次の瞬間、霧の中で閃光が散った。左右で一つずつ。敵が銃を乱射したのだ。
「バカ、闇雲に撃つな位置がバレる!」
――そこか。
ドアから乗り出して、左側の光が見えた方へ引き金を引く。
「うっ」
当たったか分からないが、断末魔が聞こえたから多分命中しただろう。
「お、おいどした!大丈夫か」
敵の方も前が見えず状況把握が出来ていないようだ。この隙に距離を詰める。
ドアから飛び出して霧の中へ、右側のもう一つの閃光が見えた方へ突っ走る。
白いもやの中から、テロリストが現れた。
「なっ」
下ろしていた銃を構えようとする。だが、距離が近すぎる。間合いを取らなきゃすぐに詰められるだろう。
手を伸ばすと、銃はすぐに届いた。左手で銃身を掴み、上へ押し上げる。銃口はあらぬ方向へ向きを変えられた。
そのまま、稲井はAKの銃口を相手の下っ腹に押し付けた。完全密着のゼロ距離状態。その状態のまま引き金を引く。
銃声がくぐもって聞こえ、敵の背中がささくれ立つ。ゲロみたいに口から血をどっぷり吐きながら、力を抜いてこっちに倒れ込んだ。それを稲井が受け止めるような格好になる。
発煙弾の効果が薄れてきたようだ。霧が徐々に晴れ、残った敵の姿が露わになる。
視線が交錯する。銃口がこちらに向けられていた。それも三つとも。
稲井は咄嗟に、倒れ込んできた死体の袖を引っ張って背中を前に突き出し、盾にした。
銃声が幾重にも重なって鳴る。その数の分だけ、死体を抑える手に衝撃が加わる。まるで迫ってくる軽トラを両手で止めようとしているみたいだ。
「うおおおおお」
右手を離す。左手にかかる力が増し、思わず押し返されそうになった。AKの銃口を死体の脇から通して前へ向け、盾越しに連射。前もよく見えないし片手なので反動を受け流すのが難しく、狙いはほとんど定まってない。
「がふぅ」
それでも、弾幕のパワーは凄まじく敵を一人倒すことに成功した。
残った二人の右にいるやつがリロードし始めた。盾からの衝撃が一気に減る。
――今だ。
稲井は盾を両手で前に押し出し、死体にタックルをかます。そしてそのまま、左にいる敵に向かって突進し、
「うらあぁぁぁ」
死体を突き飛ばした。
ドンッとぶつかり、敵は死体に覆い被されるように一緒に倒れた。
右に銃を向ける。敵はリロードに手こずっているようで、まだリロードの最中だった。
――いつまでやってんだよ雑魚が。
頭に狙いを定めて連射。脳みそがデカいトマトみたいに弾けて、仰け反るように倒れた。
AKの弾が切れる。
「こ、こなくそぉ」
死体に潰されている方が声を上げた。上に乗っかった死体をどけ、銃に手を伸ばそうとする。
――させるかよぉ。
右足を振り上げ、男の体へ全力で落とした。
「オラ!オラ!オラ!オラァ!」
胸に、腹に、股間に、太ももに。地面を這う害虫を踏み殺すときのように、何度も何度も踏みつける。
男の手が動かなくなった。AKを捨て、さっき奪っておいたマカロフで眉間を撃った。
静寂が戻る。AKを拾い上げ、リロード。そうしたら次の狩場へ移動する。
すぐ目の前にある階段へ移動、上へ登り始める。次の瞬間、手すりの柱に何かが当たって弾けた。続けて下から銃声。階段を駆け上がる足音も聞こえる。
「おい待て!」
敵の追っ手だ。
――早いな。
手すりから銃と腕だけを出して下へ連射。牽制しながら上へと上がる。
「桑木!ドライアイス!」
上へと叫んだ。
階段を登り切って四階へと滑り込む。そこでは桑木と結菜が待機していた。そして待ってましたと言わんばかりに、中から白い煙がもくもく立ってるペットボトルのキャップを閉め始めた。中身はドライアイス、そこに砕いたガラスや空薬莢を一緒に詰めてある。
桑木がペットボトルを手渡してきた。まだ完全に閉まったわけではなく、少しだけ隙間が残っていて、煙が出続けている。
――自分で投げろよ。
タイミングをミスれば死が待っている。足音と怒号が徐々に迫って来る。ほとんど真下まで来た。
――ここだ。
最後の一捻りでキャップを閉め、下へ投げた。
ドライアイスは気化すると体積が七百倍ほどにも膨らむとされている。密閉されたペットボトルにそれを入れておけば、時間経過と共にどうなるかは簡単に想像がつく。
「んあ?なんだこ」
――パァン。
爆発音とは程遠い、けれども確実になにかが破裂したと一発で分かるような音が鳴った。
「あ、あぁ、ああぁぁあ痛えぇぇぇえぇ」
「目が!目があぁぁぁぁ」
ペットボトルが破裂することによって、一緒に中に入っていたガラスや金属片が辺りにぶちまけられるという仕組みになっている。要は破片手榴弾と同じ使い方というわけだ。
階段から身を乗り出す。身体中に破片が刺さって床で悶え苦しんでいるのが二人、まだ立ってるのが二人いる。先に倒れている手負の死に損ない共に銃弾を撃ち込んで介錯してやった。続けてまだ立ってる方の一人を射殺。残りの一人は階段の奥へ隠れた。
階段の奥から銃弾が飛んでくる。また敵が増えてる。次から次へと、まるで無限湧きしてるかのようだ。
「桑木!ドライアイスもう一発!そしたら移動する!」
最後に足止め用にドライアイス爆弾をもう一発投げ込んで、次の場所へまた走り出した。




