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初めての銃撃戦


 おそらくさっきので位置がバレただろうから、ひとまず稲井は場所を変えることにした。

 廊下に顔を出す。敵の姿は見えない。

 ――クラスのみんなは大丈夫だろうか…。

 俺の反抗への報復として皆殺しにされてるかもしれない。もしそうなったら…いや、さっきから銃声はしてないから、少なくともまだ殺されてないはず…。

 とにかく、早く助けに行った方がいいのは明白。だが、奴らを倒すためには俺では力不足だ。まだ捕まらず生き残ってる奴がいればいいのだが…。

「どこだぁあのガキ!」

 廊下の先から声が聞こえた。

 テロリストが三人、俺の教室から出てきた。

 ――クソ、バレたか。

 今頃テロリスト共には俺の存在が知れ渡ってしまっただろう。だとすれば、すぐにでもあいつらは俺を始末するために追ってくるに違いない。

 ――とにかく、早く逃げなくては…。

 状況を整理しよう。廊下を左に行けば階段と二年の各教室がある。しかし、テロリストがいるためこちらには行けない。右に行けば倉庫になってる空き教室とパソコン室、非常階段。トイレの窓から出る選択肢もあるが、ここは三階なので落ちたら一発アウト。故に不可能。

 ――大人しく右に行くか…。

 しかし、出たところで見つかる可能性が大。あれ、待って、これ普通に詰んでね?

「手分けして探すぞ!」

 だが、ここでじっとしていても一方的に殺られるだけだ。稲井は思い切って出ることにした。

「っ!おいこらぁ!」

 案の定見つかった。だがもうそんなのお構いなしに、稲井はそこの空き教室まで突っ走った。

 幸いドアは開きっぱなしだった。スライディングみたいに滑り込む。次の瞬間、ドア枠に銃弾が着弾した。

「うわ!」

 鉄や木材の破片が飛んでくる。幸い突き刺さりはしなかったが、当たったら相当痛そうだ。

 空き教室は予備や廃棄予定の机の溜まり場になっており、椅子や机が二段ずつ重ねられた物がずらーっと並べられていた。ここなら少しは隠れられそうだ。

 教室の一番奥まで行って、窓に沿った机の列に身を隠す。

「…これ、撃てんだよな?」

 稲井は改めてAKをよく見てみた。エアガンは散々見たし触ったし使ったけど、実銃なんて見るのも初めてだ。

 普通に重いけど、思った二倍は軽い。エアガンと言われても信じるくらいだ。いや、それはエアガンがリアルなだけなのか。改めて東京マ⚪︎イの凄さを感じた。

 ――これであんな簡単に人が殺せるのか…。

 そう思うと、急に自信がついてきた。これがあればテロリストだってへっちゃらだ。かかってきやがれ。

「おらぁいるのは分かってんだぞボケナスがぁ!」

 教室に誰か入ってきた。敵だ。

 机の脚の隙間から覗くと、敵はまだ一人だけ。持ってるのはAKじゃなくて散弾銃のレミントンだった。免許と許可さえ取れば猟銃として日本でも合法的に所持できる銃だ。

 この距離で散弾を食らったらほぼ即死。やるなら一発で仕留めなければ。

 ――頭を狙って撃つだけ、頭を狙って撃つだけ…。

 セレクターを一番下の連射まで下げ、槓桿(こうかん)を引いてチャンバーチェック、戻したら最後に銃をちょっと叩いて薬室を閉鎖。これで発射準備は整った。

 敵が反対側を向いた。今だ。

 机から上半身を出して、サバゲーで学んだ構え方でAKを構える。前後のサイトを合わせて、敵の頭に照準を合わせる。

 敵が振り向いた。目が合う。

「あっ」

 その瞬間、稲井は引き金を引いた。

 ドドドッと、耳を劈くような銃声と火花が連続して散る。肩にラグビー選手がタックルしてきたような衝撃。同時に、敵の頭に大きな赤い花が咲いた。

 それはすぐに萎れ、液体となって敵の体と共に床に舞い落ちた。

 ――やった…。

 しかし、安心したのも束の間。廊下から新たに二人現れた。

 ――クソッ…。

 机に身を伏せた途端、大量の銃弾が撃ち込まれた。後ろの窓が粉々に砕け散って、ガラス片が稲井の体に降り注いでくる。腕や頬など、外に露出した肌が切られる。痛くて泣き叫びそうになった。

「あのガキを殺せ!なにしてもかまわん!」

 敵のうち一人が廊下から前の方のドアに移動した。前後のドアから同時に入ってくる算段のようだ。

 だったら一人ずつ確実に殺すまで…。

 肌がヒリヒリするのを我慢し、教室の後ろの方から机の間を縫って、ちょうどいいポジションまで行き、膝を下ろして獲物を待つ。

 敵が二人同時に入って来た。机たちの脚の隙間からタイミングを伺う。

 ――今だ。

 全身の力を込めて、後ろから机のタワーを前に押す。

「なっ…」

 その瞬間、タワーが崩れ、ドンガラガッシャーンと机と椅子の束が、ちょうど前にいた敵に降り注いだ。敵は押し潰されて下敷きになる。

「あ!」

 前の方から入ったもう一人の敵がこちらを向いた。AKをこちらに向けてくる。

 だが、稲井の方が早かった。指に力を込め、引き金をぎゅっと握る。

 毎分六百発の発射速度を誇るAK74が、高速で弾丸を連射し始めた。

 ズダダダダダダダ…

 さっきと同じ衝撃が連続でぶつかってくる。反動が強すぎて照準が定まらず、外れた何発かが床や後ろの黒板に当たる。だが大多数は敵の胴体に当たったようで、敵は身体中の至る所から血を吹き出して、後ろの黒板にぶつかって、もたれかかるように倒れた。

「こんのっ…」

 そのほぼ真下で、机に埋もれた状態のもう一人が声を発した。体をモゾモゾ動かして抜け出そうとしている。

 稲井は上靴で、その顔面を思いっきり踏み潰した。ゴキッと鼻が潰れる音。短い呻き声。顔を覆う血だらけの手。一旦下がって、AKを何発か撃って殺しておいた。薬莢が飛び出し、甲高い金属音が床を叩いた。

 その音を合図とするかのように、ライブ会場のようにうるさかった教室は、さっきまでの喧騒が嘘のように、完全な静寂に包まれた。

 穴だらけの壁。至る所に転がった空薬莢。周りに転がった三つの死体。ほぼ赤一色に染まった床。

 ――これ、全部俺がやったんだよな?

「…はははっ!はぁーはっはっ!」

 そう思うと、なぜか笑えて来た。

 ――すげえ。本当にできちゃったよ。妄想通りに。やっぱり俺、なんかそういう才能とかあんのかな…。

 実に愉快だった。サバゲーやゲームなんかよりずっと面白い。最高に面白かった。喧騒が終わり、教室が静寂に包まれてもなお、興奮がまだ終わらない。全身の血が沸騰して、体中の穴という穴からアドレナリンが噴き出ているのを感じた。

 だが、次の瞬間だ。

 銃声が響き、稲井の右頬を熱風が横切った。

 はっ?

 風が横切ったところが一瞬だけ冷たくなり、再び急速に熱くなる。

 興奮がぶつ切りされた。

 急いで風が飛んできた方向を向く。ドアに人影。拳銃をこちらに向けている。

 ――クソッ。

 近くの机に伏せた。瞬間、銃弾が机に当たった。もう一人残ってやがったか。だが心配ない。さっきと同じように殺すだけ…。

 銃声が一旦止む。素早く机から飛び出て、ドアの方へ連射。がしかし、敵も()る者。素早い身のこなしでドアに身を隠して避けた。

 そのとき、カチッと音がして、引き金を引いても銃から弾が出なくなった。

 ――ここで弾切れかよッ。

 机に隠れてリロードする。弾倉を外して床に投げ捨て、ベストから一個取って挿し込む。

 ――あれ?

 弾倉がはまらない。押し込んでもガッとなにかに引っかかったように上手く噛み合わない。

 ――クソ。なんでだよ。なんで嵌まんないんだよ…あ。

 気づいたら、目の前に銃口があった。

「あ…あ…」

 いつのまにか敵が接近していたようだ。

 体が石化したように動かない。距離はほぼゼロ。この距離で外す馬鹿はいないだろう。撃たれたら確実に死ぬ…。

「…よくもやってくれたな、小僧。銃を持った大の大人を三人…いや五人も殺るとは。褒めてやろう」

 拳銃はロシアのマカロフ。最近トカレフに代わってヤクザが使い始めたやつだ。

 ――どうするどうするどうする。今度こそ確実に死ぬぞ。考えろ。カッターはポケットの中。取り出せるか…?

「抵抗できるなんて考えるなよ。お前が今まで殺した奴らは金で雇われただけのトーシロだが、俺は違う。俺はフランス外人部隊所属だった元軍人だ。本当の戦争ってもんを経験してんだ」

 フランス外人部隊…外国籍の者が入隊できるフランス陸軍の部隊だ。日本人で入隊した者も多くいる。

 そんなれっきとした正規軍の兵士が、今じゃテロリストか…。

「…まぁいい。お前はここで死ね」

 敵が引き金に指をかけた。

 ――やばい。死ぬ…。

 もう終わりだ。そう思った瞬間、敵の背後に人影が現れた。

 敵ではない。稲井と同じ、制服を着ている。学校の生徒。彼は両手に椅子を抱えていた。

「おらぁぁ!」

 彼は椅子の背もたれで、敵の頭をフルスイングした。

「ブゴォフゥォ…」

 首が変な方に捻じ曲がって、そのまま敵は吹っ飛んだ。

 ――助かった…?

「ふぅ、ギリギリセーフ…かな?」

 彼は椅子をその辺にほっぽり投げると、稲井に言った。

「お前、大丈夫か?血まみれだぞ」

 そう言われて気づいた。返り血で制服が真っ赤になっている。

「あぁ大丈夫だよ返り血だから。えーっと、君は…なんだっけ」

 顔は見たことあるはずなのに、名前が出てこない。

「三組の桑木(くわき)だよ。桑木(そら)

 思い出した。学年一の問題児で有名な桑木だ。近所では不良としても有名で、他校の生徒をボコボコにしたこともあるとかないとか…。

「あー思い出した。桑木さんね。僕は一組の稲井です。とりあえずありがとう。危なかったよ」

 こいつがいなかったらどうなっていたことか。想像に容易い。

「…桑木さんはあいつらに捕まらなかったの?」

 敵が侵入してきたのは授業中だったから、教室にいないとおかしいはずだが。

「あー、えーとね…サボってたんだよ。授業。パソコン室で。そしたらいきなり放送が入って、この学校は占拠したとかなんとかで、廊下見たら銃持った奴が何人もいたし、やべーってなって隠れてたんだよ」

 なるほど。いかにも不良らしい理由だ。

 そのとき、桑木の後ろで、さっき頭をフルスイングされた敵がもがいているのが見えた。床に転がった拳銃に手を伸ばそうとしている。

 ――まずい。トドメを刺さなくては。

 ポケットからカッターを出して近づく。首を引っつかんで起き上がらせ、刃先を喉元へ捩じ込む。

「ンぐいぃ…」

 水がパンパンに入った袋を破ったときみたいに、空いた穴から、ドバーっと血が滝のように溢れてくる。生あったかくてヌルヌルする。滝が床に落ちて、血溜りを作った。

 死体がまた一つ増えた。これで六人目。

「お、おい…お前…」

 そのとき、後ろの桑木の視線に気づいた。

「ん?どうしたの?」

 桑木はなぜかその場にへたり込んでいた。

 彼は震える指で教室の黒板の方を指した。

「こ、これ、お前が全部やったのか?」

 ――これ?

 指の先を見る。一面血に染まった床。無残にも穴だらけになった死体。戦場と化した教室。

 どうやら彼が指していたのは、黒板ではなくこの教室全体だったようだ。

「ああ。そうだよ。俺が全員殺した」

 どうだ。俺みたいな陰キャでも、本気を出せばテロリストをぶち殺すことだってできるんだぞ。

 稲井はどこか誇らしかった。えっへんと胸を張りたい気分だった。

 なのに、桑木はまるで俺が悪者みたいな目で見てきていた。

「…まぁいい。じきに敵が来る。早くここから逃げよう」

 稲井はその辺で死んでた敵からAKとタクティカルベストを剥ぎ取り、桑木に差し出した。

「え…?」

 桑木はきょとんとした表情だった。

「なにぼさっとしてんの。早く持って。みんなを助けるよ」

 とにかく、仲間が一人増えたのは大きかった。


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