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惚れた相手は敵国の英雄だった  作者: おじゃっち
3章 少女の時辰儀
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59話 対峙

魔力暴走で荒れ果てた野原。空が黒い雲で覆われて、赤黒い雷を落とす。異常現象に耳を傾ける余地がない。それが侵略の狼煙であると分かっていても、賢者リュイヌの目に映る兄を見続けた。沈黙が長引く。予期せぬ者ファタールは黒い靄に覆われておらず、昔と変わらぬ容貌を取り戻していた。その事実に驚嘆する神人アンフィニは、昔のことを思い出す。

(天から追放するとき、暴れないようにファタールの権能を一部奪った。人類を滅ぼすために、生命を酷使した代償も重なって、ファタールは目も当てられないほど醜悪な姿に落ちぶれた。朽ちた言語を理解する化け物から、ここまで回復するものなのか?)

『不敬なことを考えているな。まあ、いい。事は完遂した』

『なにを…』

ファタールも遂に不可思議な能力を発動した。暗雲が空を支配する空間で、黒い靄が更に暗雲を支配する。それは徐々に広がって、世界の空がただの闇に支配された。闇を媒介に、魔物が出現する。全身が黒い翼を持った馬のような魔物もいれば、翼は同じだが胴が蛇のような魔物、そして蝙蝠の翼を持つ竜もいる。

(魔物ではない。あれは…)

神人グロワールは上空を見上げ、魔物を凝視した。魔物とは疑わしき生命体はファタールに従っている。その様子に確信した。

(あれは…ファタールに付き従う神獣ヴィーヴル!)

様々な形態を見せる神獣ヴィーヴルの群れは四方八方に飛び去っていく。赫髪が揺れると、無数の黒い竜巻と雷が地に降り注ぐ。意図的に猛威を振るう自然の災厄は苛烈さを増していく。それは幾星霜に蓄積されたファタールの憤怒を表しているかのように、長き歴史を超えて、戦争の残虐さを再び蘇らせる。過去の記憶で笑い語り合った兄でもあり、旧友であるファタールが破壊行動を楽しむ感受性に理解の追いつかない賢者リュイヌ卿だが、諦観するわけにはいかない。降り注ぐ自然の猛威に【中庸】を中て、一部の範囲だけだが、ファタールからの攻撃を防ぐ領域を形成した。中庸域とでも呼べる領域に、アンフィニとグロワールは避難する。

『セクアナを頼む』

リュイヌ卿は抱えていたセクアナらしき人物を託し、中庸域から外に出る。何万年もの邂逅。賢者に数えられる二柱は対面する。

『地上から人の気配が消えていく。世界の異変に対しての判断能力だけは高い。相変わらず…それだけが群を抜いている』

『ラジュネスを渡し、騒動を収めろ』

『騒動? これが、か? ただ災害が起こる自然の摂理だろう? 数千年の対面に歓喜せぬあまりか、抽象的な命令だけをして、依然として過去を取り戻そうとしているお前はいつだって変わらないな』

『民に危険が迫っている。お前の故意な進軍によって。民の望まぬ戦争に食らいつき、復讐を遂げるつもりか!? あの時の人間の大半は寿命を迎えている。意味のないことだ!』

声を荒らげるリュイヌ卿をもの悲し気に眺め、そして賢者の娘ラジュネスに視線を向けた。

『お前達には必要のないことだ。お前のように聡い者には。だが、余には必要なことだ。そして、この哀れな娘にも…存在を迫害された者たちにとって、今の世界は生きづらい』

視線を元に戻したファタールからは悲壮感が漂う。会わなかった時間で手に入れてしまった感情に触れて、リュイヌ卿は息をのんだ。

『お前に心残りが無かったはずがない。お前は家族よりも世界を優先してしまう。優先した世界がお前の安堵を誘うのであれば、仕方のないことだ。全体の推移が平和に分類された世界で忘れてしまったのだろう。止めたいと望むならば、その手で止めて見せよ。身内の感情に触れ、過ちを正せ。それができぬと言うのであれば…余は歩みを止めぬ!』

ファタールは携えていた黒槍でリュイヌ卿の胸を貫いた。荒波に呑み込まれることのなかった怒りが、幾星霜の時を超え、賢者の胸を屠る。追撃を目論む賢者の槍を、神人グロワールが権能を用いて妨害した。本調子ではないファタールが怯んで後退りした隙を見逃さず、リュイヌ卿が手を伸ばすが、横槍が入った。研ぎ澄まされた刃に無名の魔力を乗せ、賢者の行く手を遮る麗しき英雄が参戦する。

「ラジュネスは全ての責任を果たしてくださいました。大人の不祥事を収拾し、危険を一つ消しました。大人は助けることができませんでしたね。信用できません。ラジュネスは神帝教で匿います」

カルム貴の参戦で戦況が不利になっていく。勝ち目のない戦場。侵攻するファタールの眷属から民を守るために、リュイヌ卿は不可思議な能力を全世界に展開し、民を空の上に転送した。大規模な能力行使で目がくらむリュイヌ卿を回収し、神人も同様に空の上へ姿を消した。

「ふん! 所詮この程度ですか」

剣を納め、カルム貴はファタールに一礼する。

『貴様の計画は揺るがないな。愛子も手に入れ、リュイヌにも鬱憤を晴らすことができた』

「復讐は始まったばかりです。空の上に逃げた愚民を亡き者にしなければ、私は怒りが収まらない…!」

『何事にも準備が必要だろう。特にラジュネスが安心して過ごせる場所と人材を』

ファタールはラジュネスを預けた。黒槍を地面に突き立て、陣を描く。世界が揺れ、物質がファタールに忠誠を誓う。不毛な土地に靄が立ち込め、巨大な城が建設された。

『苦悩が報われて然るべきというのなら、余が報いてやろう―これからは神帝教の時代だ』


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