55話 見てくれている
「セーヌ条約に則るとは、貴方らしい判決ですね」
講和会議が終わり、裁判は持ち越しとなった。第一審ではヴァンジュレス未解決事件、通称キメラ第一次災害を取り扱った。そのまま控訴し、キメラ第二次災害を取り扱った。その際の尋問を担ったカルム貴と、裁判官である賢者リュイヌ卿が別室で対談している。
『カルム貴』
「いいじゃないですか。今はプライベートでしょう」
態度を窘めようとするも、カルム貴が拒絶した。
それもそうだろう。カルム貴の娘と、リュイヌ卿は結婚していて、夫婦関係にある。そうなると、カルム貴は義父にあたる。
「判決はごもっとも。ですが、何故断言しなかったのでしょう?」
『…セーヌ条約では、国民の意見を是が非でも取り入れなければならん。特にヴァンジュレス未解決事件に関しては、執行官から進言があった。国民の不信が募った事件をお咎めなしにはできない』
「国民、お前はいつだってそうだ。あそこで、第二次災害の軍事責任はないと断言さえすれば、もう事件は終わったんです。セゾニエとの勝敗が亡くなり、軍事責任もない。ラジュネスからヴォク・ラテクの権限を剥奪し、天の上で匿えばよかったんですよ。
血統証明を利用し、お前の娘だと公表しないのですか?」
『したとして、変わるか?』
カルム貴の見解に、リュイヌ卿は嫌悪を示した。保身気質の賢者は、憶測の行動を嫌っている。
『余は世界の調停者。均衡を崩さぬため、多くの国民が平和に過ごせる世界を存続させるため、大多数の意見を尊重する』
「立派なことで。ですが、あなたも薄々勘づいているでしょう」
カルム貴は紅茶を口に運んだ。
「ラジュネスはあなたの娘です」
『セクアナが…』
「もう死んでいます。墓も建てました。それを以て、教えて差し上げます。我々神帝教は近いうち、大陸を侵略します」
カルム貴の告発に、賢者は揺れた。
「ラジュネスが責任を全て果たしたとき、攻め入ります」
『…キメラ討伐を延期する』
「国民の声がどうこう言っているくせに。公言したことは覆せません。それに神帝教を根絶やしにしたいなら、この好機は逃せませんよね」
カルム貴の提示した二択を、賢者は嘆いた。
「娘を囮にして世界を守るか、国民を蔑ろにして私欲を優先するか。さっさと選びなさい」
極端な話だが、カルムは知っていた。賢者リュイヌは唯一世界を調停する役目を担っている。一つのことを優先する。世界を混乱に陥れる行為をするわけがない。
「お前は変わっていない。セクアナの時と同じように傍観し、世界を優先する。大切なものを捨てて」
────────
『顔を上げなさい』
神人グロワールは鬱陶しそうな物言いで、目の前の人物に命令した。目の前の人物ラジュネスは跪いて、敬意と謝罪を示している。
裁判が終わり、キメラ第二次災害の判決を待つ間は、神人グロワールが世話をすることになった。いや、志願した。グロワールは同じく神人のアンフィニとジュレの治療があるため、空の上に止まっている。一度、話をしようとラジュネスを私室に連れてきた途端、彼女は跪いた。
「私はロクザンを見殺しにしました。合わせる顔もありません」
『前線に立つ判断は、ロクザンがしたはずじゃ。お主が責めることではない』
「いえ、私の責任です。治療すらまともにできなった私に非があります…」
神人相手に意見を曲げない。嫌気が差したグロワールは、ラジュネスの顎を引いて強引に顔を上げさせた。そこには憔悴しきった顔があった。見目麗しいと評判の顔は痩せこけ、新緑の瞳に生気がない。
それもそうだろう。度重なる連戦と、生命魔法の奥義の使用。ヴォク・ラテクが抱えていた悪事の責任を問われ、カルムの難詰で精神を削られ、国民から悪女だの、売女だのと糾弾されたのだから。判決が延期になってはいるが、この短い間にも国民から誹られている。
『否定の一言を申さなかった?』
「…否定すれば、もっと反感を買います。激高している相手には、何を言っても聞きません。それに、こういったことは慣れてますから」
『素直に従うつもりかの?』
「はい、ネル達アバンチュールが後ろ指を指されることが無いようにします。それに、これは私が総帥に返り咲くと選んだ結果です。デスティネの愛し子になって、総帥にも最高司令官にもなることを選んだ代償です。責任は必ず果たします」
彼女の意思に、グロワールは歯がゆい気持ちが抑えられない。
『どれもこれも、強制されたことじゃ…討伐は我も力を貸せぬし、国民から直接暴力を振るわれることもあるじゃろう。それでも往くか?』
「…これ以上、迷惑をかけるわけにはいきません。同盟も破棄されましたし。それに、ちゃんと終わりがあります。キメラの討伐さえ終われば。もしかしたら、隠居しろって言われるかもしれません。それでも、きっと楽しいことがあるはずです。前と違って、理解してくれるヒトがいますし…」
『ラジュネス』
「頼みごとを聞いてくれませんか?」
申し訳なさそうにするラジュネスは、つらつらと喋る。異常事態だ。
「英傑会の存在は知られていません。私が彼らの先導者でなくなってしまった場合、英傑会のメンバーをお願いしてもいいでしょうか?」
『…』
グロワールの顔が強ばった。
「大丈夫です。ちょっとの間、辛い思いをするだけですから。これさえ乗り切れば、楽しい生活があるはずです。私が無事に帰ってきたら、そのっ…美味しい果物があれば、嬉しいです」
偽って、元気に振る舞っている。もしかしたらと、今まで口にしなかった希望で未来を語り、幸せを願っているラジュネスの健気さに、グロワールは思う所があった。少し前、いや、ずっと前から確証のない発言をしなかったラジュネスが、ひた向きに良いことを考えている。
『承知した。果物じゃな。うんと用意しておこう。英傑会のことも我に任せい。その代わり、無事に帰ってくるのだぞ?』
「うん」
今にも泣きそうな疲弊した顔で、ラジュネスを奮い立たせた。
『願掛けに、我の腕輪を貸してやろう。純金で出来ておってな?』
グロワールは木箱から、一つの腕輪を取り出して、ラジュネスの腕に嵌めた。
『少しは気が紛れるじゃろう?』
「とっても綺麗です」
ラジュネスは腕輪を指でなぞった。彼女の反応を満足そうに見つめるグロワールは、腕輪について語り始めた。
『職人に作らせてな。紋様を事細かに再現して、宝石を散りばめておる。中々に綺麗じゃろう。その宝石は…』
「ええ、鮮やかな黒で綺麗です」
『!?』
腕輪に嵌めこまれた宝石について話そうとしたグロワールは耳を疑った。
「黒い宝石なんてあるんですね。金と黒なんて、珍しい組み合わせ…」
強ばった顔を僅かに微笑ませたラジュネスの問いかけに、グロワールは平静を装った。そして、彼女の話に合わせた。何度聞いても、宝石は黒だと言っている。聞き間違えではなかった。
グロワールは、ラジュネスの顔を見つめ、心の中で焦った。
―それは緑の宝石じゃ。




