67 虹の国。
神は勿論、精霊や悪魔の干渉を一切受けぬ。
人種が作り上げた、人種のみの独立国。
人種、との分類はあくまでも外見のみ。
人型ならば、全て人種とされる国。
その国を築いた者は、違いに苦しんだ星の子でした。
建国は古く、人種が安定して直ぐに出来た独立国でした。
悪魔も精霊の子も、人の形を保ってさえいれば、どんな者も平等でした。
当初、虹の国は安定していました。
貨幣や通貨は無く、けれども人々は不自由無く過ごせ、過剰な労働も有りませんでした。
ですが。
初代の建国王が亡くなると、途端に破綻をきたし始めました。
右腕とされた者が摂生となり、幼い王を支えていましたが。
より良くする為、他所から訪れる者から金銭を得る様になりました。
それだけなら、まだ平和でした。
土地は整備され、訪れる者も住む者も、心地良く過ごせた。
ですが摂生は、欲を出してしまいました。
本来で有れば禁止されている妾を持ち、増やし、果ては幼い2代目に自らの妾を差し向けた。
そこへ悪魔が現れ、幼い王を救った。
そして更なる法整備を行い、王の地位は盤石となった。
そうして3代目が生まれ、幾ばくかの問題は起こるも平和だった。
だが、7代目の王の代に、訪れる筈の無い者が現れた。
それは星屑、来訪者だった。
悪魔は助言した。
その女を手放すべきだ。
王は拒絶した。
もう、我々は我々だけで生きていける、と。
王は悪魔や精霊を排する結界を張り、その女と添い遂げた。
幸いにも女は悪しき行いはせず、その時はソレだけで終わった。
けれど13代目の王の時代。
星屑の血が目覚め、再び女が王に寄り添った。
老いた王は、若い女の虜となった。
そして星屑は、徐々に変革を齎した。
亡くなる筈の子を引き取り、自らが手に掛けると申し出た。
何の駆け引きも要らず、王の側室自らが手を掛けるとなり、民は喜んで子を譲った。
だが、子は悪しき者達に売り払われ。
女は金銭を得た。
けれど足りなかった。
飢えた獣となった女は、民からも金銭を吸い上げ始めた。
幸運な子が産まれる呪いだとして、嬰児に害の有る薬草を売り捌き、子は売られ。
女は着飾った。
あらゆる贅を極め、果ては男まで侍らせ。
王は激怒した。
そうして王は亡くなり、既に女の虜となっていた14代目が王となった。
そして税を取り始めた。
既に民は逃げ出し始めており、資金も手も足らない状況だった。
けれど、学ぶ事をしなかった民は残った。
きっといつか、誰かが救ってくれるだろう、と。
けれども飢饉となり、直ぐにも民は逃げ出した。
残ったのは15代目となる筈の王子、その周囲の者。
王の側近、悪しき女と王だけ。
その頃、帝国の皇帝と悪魔は睨み合いを続けていた。
このまま滅ぶ事を望む皇帝、最後に救いの手を差し伸べるべきだと言う悪魔。
精霊は、ただ眺めているだけでした。
「人種の運命を人種は受け入れるべきだ」
《星屑により捻じ曲げられたなら、再生を待つべきだ》
精霊は、どちらも正しいと思いました。
『では、選ばせれば良い』
帝国は虹の国に侵攻しましたが。
既に、とても酷い状況でした。
人種だけの筈が、飢えから魔獣となった者、獣に成り果てた者が死者を喰らい。
帝国の兵達は嗚咽し、時に泣き叫び、逃げ出す者も多く出た。
そして皇帝は、王の間にて14代目と次期王、女を並ばせました。
「この国を滅ぼすか、貴様らが死ぬか選ぶが良い」
女は操っていたエルフに皇帝を襲わせ、それが叶わないと知ると王を人質に取りました。
ですが無意味な事、再び皇帝は問いました、国か自らか。
女も王も命乞いをしましたが。
次代だけは違いました。
『既に残った民は居ないかも知れません、ですがどうか、国と民をお救い下さい』
皇帝は答えました。
「膿を出す手伝いはする、だが後は、アナタが救いなさい」
そうして次期王の地位は、取り上げられました。
皇帝は借金と言う形で、償いを行わせ、完済の暁には地位の返還を約束しました。
これらの出来事は、小氷期なる時期が訪れた頃。
凡そ十数年前の出来事です。
「何故、歴史書には」
『コレは虹の国に生まれた者にのみ、語る事が許されています。私は、その地で娘を産みました』
「既に、かなり大変だったのでは」
『はい、ですが知らなかったのです、分からなかった。逃げ出すと言う事も、国や家族を見捨てる事は罪だ、そう教えられ育ったのです』
「ですけど今は」
『帝国領での教育の賜物です、お恥ずかしい話ですが、私も当時は似た者と結婚していたのです。今は其々に別々の人生を歩んでいますが、互いに幸せです』
「どう、でしたか」
『愚かなままで有る事を許すのは罪です、無知を放置する事も、いずれ国が滅びる。私達は無意識に無自覚に、選ばずに、罪を犯した。既に国には財は無く、私達難民は各国に負債を負わせました。そして惨たらしい姿を晒し、無辜の民を傷付けた』
「戦争は無いそうですが、戦争も同じです、当事者国だけが被害を被るワケでは無い」
『はい、例え戦に加担しなくとも、支持していなくとも、その国の罪は民の罪』
「ですけど」
『帝国は私達を教え養い、選択肢を下さいました。借金を背負い世話になった国に残るか、借金無しに国に戻るか』
「それは、選択肢が有って無い様なものでは」
『いいえ、戻った際の負担に比べれば、借金は僅かです。汚名を被る事を承知し、どうなられたかも分からぬ次期王へ期待し尽すか、こうした穏やかな国で暮らすか。借金は既に返済済みです、額面上は、ですが無関係な他国の方に被害を出した事は確か。幾ばくか寄付をさせて頂いています、今でも、そして語り継ぐ事も』
「ご苦労、様です」
『ありがとうございます、ですがどうか、元愚か者からの助言をお聞き下さい。真面目で誠実でらっしゃる事は、人種最大の美徳なのですよ、ネネ様』
母は良く泣いていた。
学び終えた後も、語り継ぐと決めた後も。
けれど今日は泣かなかった。
私は何も怯えていないけれど、とても大変だったのではと思う。
いつも、語りの途中で泣いてしまっていたから。
けれど、今日は泣かずに終えられた。
きっとネネ様の優しさを考慮して、母は堪えたのだと思う。
だって、既にネネ様は涙を我慢なさっているんですから。
《ネネ様、大丈夫です、ゆっくり悪しき者の毒を消し去りましょう》
「はい」
《すみません、急にこんなに重い話をしてしまって。さ、母さん、少し休憩して頂きましょう》
『そうね』
「あの、アナタは愚かでは無いと思います、不運だったんです」
《ね、ほら、私も言っているんですけどね》
『そうなのだけれどね、ネネ様ならお分かり頂けますでしょう』
「ですね、お互いに納得出来る様に頑張りましょう」
『はい』
《では、失礼致しますね、誰かお呼びしましょうか?》
「レオンハルト氏の手が空いていれば、お願いします」
《はい、では》
ネネ様は本当に真面目で誠実でらっしゃる、だからこそ、連続でどちらかを選ばない様にと気配りなさって。
何故、どうしてそんな方が損をするのか、私は全く分かりません。
『ネネ、虹の国の事を聞いたそうですが』
「肩を貸して下さい」
『はい、失礼します』
「語らせるのはキツいです、もう文章にしませんか」
『コレは内々の事なんですが、完済の際に文書化、語り部から解放なさるそうです』
「いつですか」
『数年以内には』
「はぁ、そうでしたか」
『例え財政難だったとしても、例え来訪者様でも、虹の国の返済に関わる事は一切行えません』
「だからこそ、侍女に様子次第で語らせるかどうかを選ばせたんですか」
『現皇帝が、立ち会われた事ですので』
「はぁ」
『俺も、彼女から聞かされました、王族用の語り部なんです』
「彼女は、職業を選べましたか」
『はい、教師の道も有ったそうです』
「何でそんな辛い道を選んだのか、全く分かりません」
『愛国心からです、いつでも戻る事は出来ます。ですが彼女は、外から支える事を選んだ』
「私には、選べない、道です」
ネネが始めて、俺の傍で泣いた。
身を重ね、その苦労を推し量り、自身の事の様に苦しんでいる。
『共感出来ぬ者、鈍感な者の琴線の目は粗く、ネネの様に思う事は難しいらしい』
「目の粗いザル」
『ネネは良く肥えた地面の様に、年輪の様に琴線が幾重にも有る。だが鈍感な者は、この部屋に絹糸が数本張り巡らされている程度、問題を問題と感じる琴線がさして無い』
「もう少し、解説して下さい」
『ネネには岩や腐葉土、様々な堆積物で満ちているが、湧き水が通る特定の道筋が有る。だが愚鈍な者には道筋すら無く、捌け口も全て底に有るのみ』
「蓄積すらしないから、道筋も出来無い」
『目の粗いザルに例え引っ掛かろうとも、自身は困らないからと振り落とし、そこに残る事は無い』
「困らなかったから、困らないだろう」
『蓄積せず、琴線を張り巡らせる事も出来ず、悪循環のままに育つ』
「周りが困ってい無さそうなら、張り巡らせる事も、蓄積も無い」
『だがもし困れば』
「お前の目が細か過ぎるんだと非難する」
『あぁ、致命的に目の粗いザルの分際でな』
「ココには」
『僅かに命の危機が有るからだそうだ、安心安全な平和の弊害、愚鈍な索敵者に任せれば隊が全滅する』
「そう目が厳しくなる、平和の代償」
『補えぬまま、進化を続けてしまったのだろう』
「ですね」
『目の細かい者を排したがるのは、独裁者だと学習しているんだが』
「左利きは殺します、学が有る者も殺します」
『御し易い者を求める者は愚か者か、相当の物好きだ』
「騙されると疑ってしまう、信じないだけなら苦労しなくて済む」
『信じようとする苦労は、苦痛を伴う』
「はい、とても大変です」
『ネネは努力してくれている、その事は十分に褒められるべき事、決して無碍に扱われるべき事では無い』
「グズグズと面倒」
『手間を惜しむなら相応の者を得れば良い、得られない分際で文句を言うのは烏滸がましい』
「もっと言って下さい」
『文句を言う前に自身の見極める目と頭を批判すべきだ、相手の度量を見抜けなかった自己を批判し修正しろ、自己を修正出来た者だけが石を投げる権利を有する』
「何でも切れる剣を投げ付けてやりたい」
『ネネなら可能だ、帝国も俺も幾らでも用意する』
「ぶん殴って欲しいかもと思ってたんですが、理詰めで滾々と言い募って頂きたい」
『構わないが、ネネと楽しく過ごす事にも時間を割きたい』
「毎回こうで、何が楽しいんですかね」
『逆の立場なら、ネネは嫌か』
「回答拒否で」
『確かに毒を流し込まれたなら除去は難しく時間も掛かるだろう、だが土に他意も悪意も無い、問題は毒を流した者だ』
「アナタが流した毒では無いんですが」
『そこに根を下ろしたい者、その土地の所有者が行う事、だがネネは毒の専門家でも土地の専門家でも無いだろう』
「仰る通り」
『ネネは新しい水の通り道を作る必要が有る、だがそう簡単に地を変える事は難しいだろう』
「もっと出来た方に惚れれば良いのに」
『ネネは十分に出来た大人だ、ただ前任者が不適格過ぎただけだ』
「荒れ地の庭」
『いつか見せて欲しい、綺麗だったとルーイが言っていた』
「どう、お見せすれば良いんでしょう」
『人種は、体と心を重ねれば見れるらしい』
「性的な意味で」
『あぁ、らしい』
「あ、忘れてた、ノーク君とカイル氏の事で相談してたんですよ」
『成程』
「ありがとうございました、ご褒美はどうしましょうか」
『結婚』
「以外で、ハグで宜しいですか」
『あぁ』
「はい、どうぞ」
何処かに、立ち直りの早くなったネネに、残念だと言う気持ちが有る。
もっと弱ければ、もっと頼られるだろう、と。
歪んでいる。
ネネの幸福を願っている筈が、愚かさを望んでしまっている。
『あまり気負わないでくれネネ』
「はい、程々にしておきます。馬に蹴られて犬に食べられたくは無いので、では」
一体、それはどんな拷問なんだ。




