32 知恵熱。
《はい、あーん》
「あの」
《構いたかった、会いたかった》
「1週間も経ってませんが」
《毎分一緒に居たいのを我慢してるからね、それともコレからさせてくれる?》
「色欲」
《うん》
「はぁ」
《はい、あーん》
正直、熱が出そうだ。
世に言う知恵熱。
急に、一気に情報が集まって、正直考える順番さえ割り振れていない。
取り敢えずは命を最優先に、そして損失回避の為、頂点に会おうとしてみたけれど。
どうすべきか中庭で迷っていたら、どう伝わったのか直ぐに目の前に現れてしまって。
クソ焦った。
「はぁ」
《まだ食べれるでしょ、はい》
「あー」
そもそも食物連鎖の頂点について、本当に考えていなかった。
死生観云々の前に考えるべきだった。
助けられた状況からしても、考える材料は有ったのに。
向こうの当たり前のままで居てしまっていた。
人より強いモノが居る。
人を食べるモノが居る。
そうしたモノは向こうにも居たのに、考えが及ばなかった。
《ネネ、人種の領域に居る限り、他の領域を無闇に侵さない限りは》
「境界線はハッキリしていますか」
《うん、地図通りだよ》
「無理に領域を侵させられる事件は無いですか」
《有ったとしても、即座に死を、とはならないよ》
「あぁ、失礼しました、向こうは即座に死を齎しても問題が無いとされる国が有るので」
《それは、どう言った場所の場合なの?》
「国民に銃の所有を認めている国の、一国民の私有地です」
《あぁ、ココは大丈夫、猶予と弁解の機会は誰にでも与えられるから》
「だとしても、襲われたんですが」
《アレは保護しようとしての事だよ、巣に持ち帰り幾ばくかしてから、食べられる》
「食べられそうになってますが」
《直ぐには食べないよ》
「教える事が沢山有るのに、抱く暇は無いかと」
《暇は作り出すモノだよ、けど今日は我慢する、ユノに無事を知らせたいでしょ?》
「はい」
《ごめんね、コチラの都合で不安にさせて》
「いえ、未だに正解は出せないので、仕方が無いかと」
《はぁ、比べられても全く嬉しく無いのは分かるけど、ネネは本当に良い子だよ》
ココで点と点が繋がった気がした。
ルーイ氏とて、人種以外の血が入っている可能性が有る。
魔獣同様、居心地の良さを違う感覚で察知しているのかも知れない事に、どうして至らなかったんだろうか。
「分類は、あくまでも外見から」
《うん、僕にもレオンハルトにも、人種以外の血が流れてるよ》
「なら」
《その感覚は僅かだし、それが本当に正しいのかどうか、僕らは比較検討する手段が無いから》
ココは、自然崇拝に馴染みが無い者にとっては、厳しい世界だろう。
人が頂点では無く、悪魔の存在が許されているのだから。
「警戒するワケですね、とある者にしてみれば、地獄も同然なんですから」
《地獄は国、そこは幾つか地区分けがされてるんだけど》
「辺獄、煉獄」
《うん、詳しいね》
「コチラには八大地獄が存在していますから」
《成程、八大地獄は東方が発祥なんだね》
「つまりはココも」
《うん、復活を意味する等活地獄、黒縄……》
圧縮を意味する衆合、叫喚、絶叫を意味する大叫喚。
焦熱、業火を意味する大焦熱、無間。
「だけ、ですか」
《腫れ物に》
「待った、それ、何処の国の言葉ですか」
《分類はラテン語、とされているよ》
「あぁ、ですよね」
本来ならたしか、アブダラとか何とか。
その言葉の意味は流石に知らないけど、どうやらしっかり意味が有ったらしい。
《ネネは博識だね》
「コレも兄のお陰です」
家族全員で食事をする際、好きな映像作品を家族で共有する、制限時間は1時間以内の何か。
皆が忙しいくて用意が難しい時こそ、兄は嬉々として様々なアニメやドラマの初回を流した、中にはゲームの実況動画すらも。
だからこそ、家族の会話は途切れなかった。
久し振りに会った父とも、常に一緒に居た家族とも。
《怖い?》
「いえ、寧ろ知らない事の方が怖いです」
《行ってみたい?》
「安全に過ごせ、帰還出来るなら」
《王族は滅多な事では行けないんだ、だから僕らは付き添えない》
「でもケントさんは、大丈夫なんでしょうか」
《無闇に食べはしないよ、しかもケントは辺境育ちだから礼儀作法も良く理解しているし、大丈夫だよ》
「じゃあ行きます」
《分かった、直ぐに用意させるよ》
「ありがとうございます」
《ご褒美は?》
「ソチラの損失を回避させるんですから、寧ろコチラが欲しいんですが」
《うん、何が良い?何でも良いよ》
「婚約破棄」
《うん、良いよ》
成功すれば、それ程の成果になると言う事なのだろう。
けれど。
「では保留で」
《良いの?》
「未だ後ろ盾の無さには耐えられそうも無いので、保留で」
《結婚して?》
「保留で」
《帰したくないなぁ》
「2号ちゃんとはどうですか」
《意地悪だね?》
「はい、で」
《もう落ちたから大丈夫》
聞かなければ良かった。
今まさに湧き起こっているのは、嫉妬心。
と言うか、安直過ぎる、2号よ。
「はぁ、面倒」
《妬いてくれた?》
「してしまいましたしね、多少は湧きますよ」
《僕はレオンハルトとは違って避けるのも上手だから、何もされて無いしして無いよ》
「流石ですね、夜伽もお上手ですし、一生そうした職に就けば良いのでは」
《ネネ、何が知りたい?》
「本当に、襲われた時だけ、ですか」
《そんなに上手だった?》
「次に質問を質問で返したら暴れ散らかしますよ」
《答えてくれたら答える》
「じゃあ結構です」
《良いの?ずっと気にしてるクセに》
とても気にはなり続けてはいる。
「でも、気にしたとて、事実は何も変わりませんし」
《女はアレとネネだけ、男も、ネネと。指導してくれた者に、少し触れられただけ》
「実質、座学だけでアレですか」
《そりゃ、見て学んだ事も有るけど、そこに情欲は無いからね?》
「それもそれで苦痛では」
《好いた相手の為にもなるって聞いてたし、他の勉強と同じだよ》
「大変ですね、皇太子」
《向き不向きは考慮されてるから大丈夫、実際、カイルはこうした事に不慣れだから》
「あぁ、カイル氏の同行も不可能なんですよね」
《相当の理由が無ければ、ね》
「そこ、考えに組み込んでも宜しいんでしょうか」
《うん、同行すべきならね》
「どう、しましょうか」
《したら良い案が浮かぶかも?》
「そんなにしたいですか」
《うん、好きだから》
ダメだ、コレが俗に言うサル化か。
「なら、したのは失敗だったかも知れませんね」
今のコチラに全く余裕は無い。
なのにこう。
《ネネ、熱出て無い?》
「確かに少し考えが纏まりませんけど」
《ごめん、今日はもう休んで、後はコッチで出来るだけ考えるから》
《そうだな、コレは上がるぞ、もう休めネネ》
「喉の痛みとかは無いですけど」
《知恵熱だろうな、だから言ったろう、赤子同然だと》
「あぁ」
《レオンハルトに送らせるから、待ってて》
《だそうだ、食いたいモノでも考えておけ、伝えておいてやる》
「はい」
知恵熱って、本当に出るんだ。
《おぉ、本当に熱いねぇ》
「ごめんユノちゃん、こうなるの初めてで」
《良いの良いの、なんせ赤ちゃんなんだから》
「ばぶー」
《可愛いねぇ》
「お煎餅が食べたかです」
《ちょっと頑張ってみる、もち米だっけ?》
「それと蒟蒻ゼリー、あの歯応えが好き」
《蒟蒻芋から?あく抜きするんだっけ?》
「追々で、何か、眠くて」
《うん、おやすみネネちゃん》
「うん、ごめんね、ありがとう」
兄弟以外で知恵熱出す人、初めてだなぁ。
お兄ちゃん、繊細って言うとブチ切れる人だったけど、繊細なんだよねぇ。
酷い事件とかニュース見ると泣きそうになってどっか行っちゃうし、兄弟姉妹が少しでも無神経な事を言うとマジで問い詰めるし、本当に1人が好きだから寂しそうじゃなくて。
違う生き物みたいだって思ってたけど、ココの人達の方がよっぽど違う。
軸とか根幹が違う。
器官も、感覚も。
感覚。
《あの、ケントさん》
「ん?どしました」
《ケントさんには、他の種族の血が》
「狼のが入ってるんで、妹はもろ人狼ですけど、分かっちゃいました?」
全く分らなかった。
って言うか、全く考えて無かった。
知ってたのに、何か、流してたんだ。
きっと、違う生き物だと思いたく無くて、敢えて無視してた。
違うって事を、敢えて無視してた。
《ごめんなさい、全く考えて無かった》
「あー、そらそうっすよ、人種しか城に居ないんすもん」
《けど、知ってたのに無視してて、今更驚いてます》
「そりゃ向こうには人種か獣しか居ないって聞きますし、上位の貴族のお嬢さんもそうなんで、気にしないで大丈夫っすよ」
まさか、ううん、ネネちゃんは他にも向こうで知って。
何かに気付いて、知恵熱出しちゃったんだ。
《ルーイさんに会えますかね》
「うっす、聞いてみますね」
それからネネちゃんが知った事、気付いたであろう事を聞いて。
《それで知恵熱を》
《ユノ、向こうの者はあまりそうならないのかな?》
《あ、うん、はい。でも兄弟に1人居て、その彼は繊細だって言われてて、そう言われるとキレます》
《繊細は褒め言葉の筈だけど》
《無自覚に無神経な者が皮肉を交えて言う事が多いのと、男で繊細だと、女々しいとして悪しざまに誂われますから》
《そうした部分は、あまり進歩的では無さそうだね》
《ですね、外国の悪い影響も有ると思います、本来は男尊女卑では無かったと思ってますから》
《少し調べてみたんだけど、神道の最高位が居るそうだね》
《女神とも両性具有とも言われてる、天照大神、でしょうか》
《面白い神話だと思う、スサノオノミコトについても、国作りにしても》
《私、あんまり知らないんですけど、かなり破天荒ですよね彼》
《全ての神々を把握している者が、どれだけ居ると思う?》
《私を含め、大多数が知らないかと。ただ、全く知らない者は、極僅かだとは思いますけど。小さい子は、地域によりますね、宗教での揉め事は何処にも有りますから》
《どう言った揉め事が有ったのかな?》
《あ、他とは少し違くて……》
知恵熱を出さない者は、ココでは寧ろ異端に近い扱いになる。
その違いこそ、感覚、感じ取る量の差だと思っていた。
けれど、魔獣の血が入っていないネネが熱を出した。
情報の処理が追い付かず、体が物理的に情報を遮断する防御反応。
《ありがとうユノ、君も早く休んだ方が良いかもね》
《えっ、あ、いや私は丈夫だし。無神経な方だから、えっ?あ、うん、はい、休みます》
ユノの妖精が警告を出したらし。
《うん、またね》
《はい、失礼します》
ユノは天衣無縫な素振りはしても、場を読み身を弁える。
率先して道化師的な立場になり、違う側面から問題提起をし、時には傍観者に徹する事も有る。
この2人だけなら、どんなに良かっただろう。
『ルーイ』
《あぁ、ユノも熱を出してたね》
『あぁ』
僕らは様子を伺いながら、情報を小出しにし続けていた。
けれども強欲の王から忠告を受けていた。
いずれ情報が決壊し、彼女達が伏せる時が訪れるだろう、と。
僕としては、その時期は遅い方が良いと思っていた。
知恵熱を出せると言う事は、それだけココに適応能力が有ると言う事。
例え無知であれ、幼かったとしても。
ココの神々に、世界に認められた者として扱われる事になる。
《折角だ、2号にも同じ情報量を流し込もう》
『任せた』
《うん、任せて》
明後日まではネネ達は動けない筈。
それまでに目一杯手を汚して、目一杯褒めて貰おう。
そして目一杯、甘やかして貰おう。




