29 常識。
《大人げないと思うんですよぉ》
『すまなかった』
『本当、大人げないわね、赤子同然の来訪者様を困らせるだなんて。本当、そこに愛は有るのかしら、甚だ疑問だわ』
『有るならば追い詰めるべきでは無かったと思う、本当に申し訳無い』
『そう思うなら、暫く控えるべき、よね?』
《ですよねぇ》
『あぁ、そのつもりだ』
『それは勿論の事、後はどうしようかしら、ね?』
《一旦は手打ちにしますが、次はもっと厳しくしますからね?》
『あぁ、心得た』
ネネちゃんの居ない場所で、ネネちゃんの事を話すとかしたくなかったんだけど、コレばっかりはね。
だからネネちゃんには全部言って、結論だけ聞いて貰う事になったんだけど。
《終わったよー》
「お疲れ様、ありがとう」
《いえいえ》
「それで、どうなさいますか、殿下」
『以降は、2人きりにならない様にする』
「私が望んでも、ですか」
『ぐっ』
《揺さぶるねぇ》
「可愛い事もするんすね、来訪者様」
《そうなんだよ、ネネちゃんは可愛い》
「貧乳ですがね」
「女は胸だけじゃないっすよ、先ずは賢さ強かさ、それから個々人の好みなんすから。気にしない気にしない」
「賢さ、強かさとは何ですか」
「先ずはそう聞き返す頭の良さと、聞く事を恥としない心根っすよね」
《何か、1番マトモな人かも?》
「レオンハルト様、マジで何したんすか」
『いや、その、すまない』
「ちょっとした誤解が生じてネジ曲がり方が非常に特殊な状態になっただけで、問題は無いのでご心配無く」
「マジっすか?」
《うん、マジマジ》
「なら良いんすけど、あんま無理しないで下さいよ、男だ雄だは星の数程居るんすから」
《しかも選び放題ってマジ?》
「そら能力の高い来訪者様だって分かりますし、良い人だろうなって思ってるんで」
「髪と目の色だけですかね」
「だけじゃないんすけど、あぁ、微妙に違う世界なんすよね」
「はい」
「どんなに色が濃くても、どんなに薄くても、小刀と一緒で使い方次第なんすよ」
「はい」
「で賢さ、考え方の器用さが必要なんすけど。もしかしてマジで何も説明されて無い、とか無いですよね」
「そこは大丈夫です、色が濃いと言う事は容量が多い、けれども素養次第だとも伺っています」
《答え合わせって感じですけど、お願いします》
「あぁ、うっす。まぁ、容量だけが重要じゃないんすよね。どう活かすか、どう使うか、どう生きるか。まぁ、ウチの子だったら確実に合同親族会議っすね、めちゃ慎重に子育てしなきゃなんないんで」
「あぁ、確かに、何でも得たら後で困りますしね」
「そうなんすよ、大人になってやりたい事が変わったら、はい縁切り。って事に納得しないのも居ますし、そんな事をしたら薄情者だって事で、幾ら容量が多くても魔法の渡し手が居なくなったら、行使出来無いっすからね」
「あぁ、それで悪魔へ、とかの場合も有りそうですね」
「そっすね、別に悪い事じゃないんすけど、至り方に語弊が生まれがちっすね」
《誰も仲間になってくれなくなったから、かも、みたいな》
「まぁ、そこまでのは周りに居ないんで、ほぼ御伽噺からっすけどね」
「《御伽噺》」
『ふふふ、絵本を、持って来させるわね』
遠い昔、幼い黒髪の少年がやって来た。
少年は初めて見る魔法に心惹かれ、様々な魔法を得た。
そうして青年になり、恋をした。
隣国の、黒き女王に恋をし。
愛を告げた。
けれども女王は受け入れなかった、受け入れられなかった。
何故なら、彼の得た魔法は、あまりにも危険なモノばかり。
王族には役に立たないモノばかり、だったから。
青年は悲しみのあまり、全てを手放し。
新たに魔法を得ようとした。
けれど、既に薄情で不誠実な者と広まっており、新たに担い手となるモノは現れなかった。
だが彼は誰にも相手にされず、とうとう、精霊に懇願した。
けれど精霊は懇願を受け入れず、青年は無力なまま。
そうして悲嘆に暮れる青年の前に、悪魔が現れた。
一生涯、縁を切る事は叶わない、それでも良いなら授けよう。
青年は悪魔の能力を手に入れ。
黒き女王と、いつまでも仲睦まじく過ごしました。
そして、その一生を終えようとしたその時、再び悪魔が現れました。
次は私と共に過ごそう。
悪魔の要求した対価は、死後の魂でした。
そして彼は魔獣となり、悪魔と新たな一生を共に過ごしました。
「食物連鎖の頂点って、上位の魔獣とかなんすけど、ご存知でしたよね?」
「殿下」
『あぁ、その通りだ』
《そこ重要じゃないですかね?》
「どんな順序で話そうとしてたのかは分かんないっすけど、まぁ、人里では人種が頂点っすから」
「ほう、だからこそ魔法陣での移動、ですか」
『それも有る』
「で、その頂点の好物って、不器用な愚か者らしいんすよね」
《美味しいのかな?》
「それが旨いらしいんすよ、愚か者程、不器用な程に旨いみたいで」
『時に人里まで来る事さえ有るとされている』
「こわっ」
《いやマジで、あ、じゃああの閂って》
『あぁ、逃さない為だ』
「成程、手を汚さないで済みますか」
『いや、城に入り込む事は無い、だが要請されれば差し出す他に無いとされている』
「で、食べて貰える事こそ、幸福なんすよね」
「生まれ変われるから」
「まぁ、半分は子を早くに失った親を慰める為の民話、みたいな感じなんすけど」
『ある種のモノは味わう為、敢えて育て食すそうだ』
「究極の、光源氏」
《いやアレは食べないでしょ》
「家庭菜園」
《まぁ、そうだけど》
「そう食われたって知り合いは居ないっすけど、あんまり姿を見ないと、そう揶揄る馬鹿も居る感じっすね」
「馬鹿だから食われた」
「そっすね」
「会いたい」
「は?」
『はぁ、だから嫌だったんだ』
《ネネちゃん》
「いや、来訪者様は」
「器用さが微妙かも知れませんし」
『ネネ、君には器用さは十分に』
《失敗はしてるし、未だに抜け出せて無いもんね》
「うん、はい」
「いやいやいや」
《でも、来ないって事は不味いって事じゃない?》
「そう思って本当に良いのでしょうか」
『間違い無い』
《でも、2号ちゃんには》
「あ、もしかして来てますか」
『あぁ』
「なら、何も、あんな事をする必要は無かったのでは」
『敢えて捨てられる者を待つ者も居るらしく、見極めが遅いと、損失を出させられる場合も有るそうだ』
《凄い特殊なご趣味をお持ちで》
「マジならパないっすね、マジで」
「蒟蒻や納豆作ってる民族としては、何とも言え無いかと」
《確かに、食の加工っぷり凄いけど》
「疑問なんですが、何故、件の物語の魔女は食べられなかったんですか」
『物語の7人が、嘗て魔獣を倒し、時に7英雄とさえ呼ばれていた時代があるとされているの』
大昔、1人の姫を守る為、7人の英雄が魔獣の頂点との死闘を繰り広げ。
7人と姫は生き残り、魔獣の頂点は滅びた。
けれども魔獣は最後の力を振り絞り、予言を遺した。
我は世界の杭、支柱、錨で重石であった。
だが我は倒された。
荒れるであろう、変わるであろう、どうか覚悟しておけ。
人種は魔獣の頂点を滅ぼし、食物連鎖の頂点に立とうとしたが。
災害が起きた。
落雷、火の竜巻、洪水。
地が揺れ、山は血の涙を噴き上げ、海沿いは次々に波に飲み込まれた。
それらが各地で十月十日続いた後、産声と共にピタリと止んだ。
魔女と王子の子が産まれた瞬間、全ての災害が収まり、魔獣達が祝福した。
新たな杭の誕生だ、と。
そして急激に数を減らした人種は、城内で恐怖に固まったまま、集まった魔獣達の言葉に耳を傾けた。
コレは人種が認められたと言う事、祝いだ、宴の準備を。
魔獣からもエルフからも、今まで杭は誕生していた。
けれども歴史の浅い人種からは、未だに誕生していない事を誰もが知っていたが。
そう、人種だけが、自分達が世界や神々に認められていなかった事に気付かなかったのだ。
そして殆どの英雄は魔女の呪いが解け、全てを知り、変化した。
愚かな自分達に怒り憤怒と化した、悲嘆と化した、怠惰と化した。
そして強き者は強欲と化し、弱き者は暴食や虚栄へと化し。
最後に1人だけ残された英雄が、色欲と化した。
寄る辺の無くなった色欲は、アメジストで出来た龍の彫像の口へと飛び込み、生まれ変わりを願った。
その願いを神々が聞き入れたのか、龍は金色となり色欲を飲み込むと、白い雲の中へと飛び去った。
そして、色欲は生まれ変わった。
自らの子として、人種の業と責務を忘れぬ様、己の血筋に生まれ変わり続ける。
いつまでも、いつまでも。
「重い」
《うん》
「俺の知ってるのって、かなり省かれてるんすね」
『耳障りの良い事だけの方が、広めるには都合が良いもの』
「ですよね」
《その生まれ変わりって、例えですよね?》
『あぁ、初代の色欲が転生した事は無いとされている』
「書類上は、っすよねぇ、自覚が有るなら名乗れない筈っすよね」
「でしょうね、世界や神々に認められたとは言えど、経緯と手段が恥晒し過ぎですし」
《でも操られてたなら、仕方無いと思うんだけどなぁ》
「本当に、私に魅了の魔法は無いんでしょうか」
《もしかしてネネちゃん、それが怖くて頂点に会いたいの?》
「うん、こんなにモテた事は御座いません」
「大変っすね、力が有るって」
「相変わらず無自覚なのでタチが悪いですしね」
《ネネや、湖に意思も自覚も無いだろう、お前とて同じ事。ただ、お前は水を飲ませる相手を選べる、そう言う事だ》
「影さん、私は湖でしたか」
《あぁ、大きく深い澄んだ湖だ。だからこそ既に存在するモノが、新たに来るモノを選別する事も有る。我らに排除されたく無かったのだろう、人種の雄共は》
『だが、同時に守るつもりも』
《我らはネネの邪魔はしない、だがお前達がネネの邪魔者となれば、ネネの命令次第では排除する事になるだろう》
「湖から水を得ているなら、私からは何を得ているんでしょうか」
《人種同士の交流は複雑さが有る、そしてあらゆる事における経験を得られている、要は娯楽であり学習だ。人種となれば人種の味覚、感覚、思考の傾向もまた人種寄りになるのだ》
「お料理、食べますか」
《作るのは大変だろう、ただ同じモノを同じ時に食べ、感想を共有する。そうした事に、今は興味が湧いている》
「人種は好きですか」
《人種の中でもお前が好ましいと感じる、だが食欲は感じないが、多かれ少なかれ食欲を唆られる者は近くに居たな》
「何故、美味しいんでしょうね」
《子牛の丸焼き、バロット、そうしたモノと同じだそうだ》
「その感想は、明らかに人種の感想では」
《サトゥルヌスやクロノス、彼らが政権交代を恐れ子を食べたなど、それはあまりに人種寄りでは無いだろうか》
「美味しくて、食べた」
《そうかも知れぬ、後に語られる事など、結局は後付けやも知れぬのだから》
「7英雄すら後付けかも知れない」
《真実を知る手立てが有るのなら、探求してみるのも良いかも知れぬが、さして興味は無いだろう》
「ぶっちゃけ、はい、今が大事なので」
《真面目さや誠実さは、美徳だ。ぁあ、お前を例えるなら、人に良く管理された庭とも言えよう。お前が自制し整備する庭、心に我らは住み着く、その居心地の良さは良く整備されているからこそ》
「昨今は非常に波立っておりますが」
《草木が非常に速い速度で成長し、時には酷い雨風が吹き荒れる事が有るが。大元、基礎の良さだ》
「湖の近くの庭、ですか」
《人種の心だからこそ、泥濘も砂漠地帯も有るが、そこには有るべきモノが存在しているに過ぎない。カオスを好むモノも、破綻を好むモノも居るが、やはり理路整然とし区分が分かれている事を好むモノが多い。お前はそうしたモノ、多種多様な思いを抱え溢れさせない、それは非常に居心地が良いモノなのだよ》
「心情描写の具現化が上手でらっしゃる」
《そう褒める事が出来るのも、お前の良さだ、そして立ち入る相手を選ぶのも良い。愚か者は簡単に踏み荒らし悪びれぬ、そうしたモノを我らは好むモノと忌避するモノとで極端に分かれるが、良い悪いでは無い。コレもある種の、ココの自然の摂理なのだろう》
《つまり、食べるのも、愛情表現?》
《あぁ、お前も物分りが良くて助かる。食べると言う事は、得る事、その身にする事だ。愚かさは時に毒となるが、毒は時に薬となるだろう》
「麻酔薬、ですか」
《惜しいな、それに近い故に食すモノも居る、そして愛故に食すモノも居る》
「違法薬物兼愛玩動物自家栽培」
《あぁ、そう言う事だ》
「それを神々が、世界が存在を許している」
《居る、と言う事はそう言う事だと理解しているが、人種の雄共はどうだ》
「まぁ、そうっすね」
『だが人種はより複雑化した事で、粛清の機会を、自ら日に日に狭めていると感じている』
《だろうな、勝手に複雑化させ勝手に苦しむ愚かな人種、と揶揄るモノも居るが。それらが紡ぎ出す紋様は、確かに美しく感じるそうだ》
「それは、誰が仰ってるものでしょうか」
《お前達で言うドリアードやエルフが主だな、人種と共存する長命種には、また別の何かが見えているらしい》
「ソチラではどの様に呼びますか」
《何処其処の長命の耳長だとか、古代樹に居るモノだとか、そう呼ぶ事が殆どだ。そうだな、お前達は短命の、だけだが。ネネはオアシスとも言えるかも知れないな》
「小数の方にしてみれば、愚か者こそオアシス」
《あぁ、らしいな》
「愚か者にも価値が有る」
《どう言った価値かは、また別だがな》




