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第十話:絡み合う輪舞曲

「う、うるさ……っ!」


 薄暗い広間の中、思わず両手で耳を塞ぐオセロット。弦楽四重奏と荒々しい打楽器の合わさった聞きなれない音楽は、彼女の耳には不快に響いた。

 一方、なんとなく故郷の音楽を思い出して、ゆらゆら肩を揺らしながら吸い寄せられるように歩き出すミミ。


「ミミ様、お待ちください。まずは仮面をどうぞ。悪趣味ですが……ここではそれが作法ですから」

「あ、うん……」


 リカオンはミミが人混みに入り込む前にさっと捕まえて、受付の男たちからもらった仮面をそっとミミの頭にかける。その大きく派手な仮面は、ミミの小さな顔の上半分を覆った途端、ちかちかと色とりどりの光を発し始めた。


「ひかってるよ! リカオン、すっごい光ってる!」

「ローレライ殿下は国内外から大勢の魔術師を招聘しているそうですから、これもその技術の一環なのでしょう。落ち着いて、迷子になりませんよう手を繋いでください」


 そう言って、自然に手を伸ばすリカオン。細く白い手をぎゅっと握ると、ミミは不思議と顔がかっと熱くなった。仮面のおかげで外から見えないことに少しホッとしつつ、どうして自分がホッとするのかがわからずに落ち着かないミミ。


(結婚してるから、これも普通……なんだよね。キスしたり、手繋いだり。でもなんだろ……なんだか……普通じゃない感じ。だんだん慣れるのかな……)


 もじもじしつつ、ミミは照れ隠しのようにオセロットの手を探す。だが、彼女の手は近くにはなかった。二人が仮面をつけている間、オセロットは少し離れたところに立って、じっと人混みの一角を見つめていた。


「……オセロットちゃん?」


 きょとんとした声で尋ねるミミに、はっとするオセロット。


「あ、うん……ごめん。ちょっと、やなもん見ちゃって」

「ヤナモン?」


 オセロットは自分も仮面を被りつつ、アゴで視線の先を示す。そちらへ視線を向けたミミは、見覚えのある大柄のエルフの姿を見つけた。


「あ……オーガス!」


 思わず声をあげるミミに、あちゃーと苦い顔をするオセロット。

 彼女が危惧した通り、オーガスタスはミミの声に反応してふっとこちらを見た。仮面の上からでもわかる、うすら寒い笑み。その隣には、同じ色の仮面をつけた少年――オセロットの双子の兄、マーゲイの姿があった。


「これは、これは……ミミ王子殿下。御機嫌よう」


 オーガスタスは慎重に見えるほどゆっくりと、しかし恐れているとは思われぬように堂々とミミに歩み寄った。ミミは緊張する様子もなく、平然とした顔で彼女に尋ねる。


「仮面つけてるのにわかるの?」

「……わかりますよ。お耳が、横に出ておられますから」


 弱みを見せることを嫌ってか、オーガスタスは硬い表情を崩さずに答えた。ミミは「ふーん」と言ってぴこぴこ動く自分の耳を触り、それから思い出したようにオーガスタスの目を見て言った。


「オセロットちゃんに近づかないでね」


 オーガスタスは仮面の下で何か言いたげにしつつも、何も言わず背を向けて立ち去ろうとする。

 その時、オセロットが堪えきれずにぱっと声をあげて前に出た。


「マーゲイ!」


 空間を満たす音楽を超えて響く声。人目を引きすぎたことに気づいたオセロットは、慌てて仮面をつけつつ、双子の兄の反応を待つ。

 オーガスタスは黙っていたが、マーゲイは妹の声を無視できずに振り返った。


「……オーガスタス卿。少し、話をしてきてもいいですか」

「好きにしなさい」


 それだけ言うと、オーガスタスは広間の薄暗い端の方へと歩き去った。

 残された双子たちは、踊りまわる人々の間をぬって合流し、互いの手をとった。


「……大丈夫? 無事? あんた、どうしてあいつといるのよ」


 矢継ぎ早な質問を投げかける妹に、あきれたように首を横に振るマーゲイ。


「相変わらずだな、お前は。自分が王子と婚約して、それで全部終わりだと思ってたのか」

「思ってないけど……でも、立場は対等になったでしょ」

「それが甘いっていうんだ。僕と一緒に生まれたくせに、いつまで子供なんだよ」

「何よっ……!」

「しっ」


 むっとするオセロットに、マーゲイは声を抑えるよう促す。唇をとがらせつつも、口をつぐむオセロット。仮面に隠されて見えづらいが、ここにいるのは大半がエルフ貴族たち――すなわちオーガスタスの味方、彼女にとっては敵なのだということを思い出していた。


「……僕はあの人と結婚した。これで家族もお前も自由だ。本当に全て収まったんだ」

「でも、それじゃあんたが……っ」

「僕もそれでいい。最初は怖かったけど……もう、いい。大丈夫だった。怪我なんかもさせられなかった」


 マーゲイの落ち着いた口ぶりに、オセロットは少し困惑した。自分と同じようにオーガスタスに脅されているのかと思ったが、彼の言葉には本当に怯えも不安もなかったからだ。


「本気……?」

「ああ。お前は怯えすぎなんだ。あの人は……確かに善人ではないよ。野心家の暴君だ。でも、優しい時は、優しい……お前の思ってるようなエルフじゃない」

「嘘よ。そんなの上辺だけ。だって、あいつはあたしに……!」


 オーガスタスに耳元でささやかれた脅し文句を思い出して、ぞくっと背筋が冷えるオセロット。マーゲイはその恐怖を感じて、慰めるように彼女の両手を自分の両手で握った。


「お前はもう心配ない。忘れていいんだ。あのちっちゃい子と仲良く暮らせよ」

「……あんたも、一緒に来ればいいのに」


 オセロットは不安が薄れるのを感じつつも、マーゲイの境遇を思って唇を噛む。だが、マーゲイは念押しするようにもう一度繰り返した。


「僕は本当に大丈夫だ。それに、多分……あの人にも、僕が必要なんだ。だから、行けない」

「…………!」


 その言葉から滲み出たマーゲイの情を感じた瞬間、オセロットはさっと彼の両手を手放した。

 それは、ほんの何日かともに過ごしただけで生まれるような情ではなかった。彼が自分と同様にオーガスタスを恐れ、憎んでいたことは双子のオセロットが誰より知っていた。なのに、こうも突然裏返るのは、相応の何かがあったからだ。


「あんた……あいつと何したの?」

「僕は……」


 マーゲイの顔が仮面の下で赤らむのを見て、オセロットは全てを察した。


「……最低」

「お前にどう思われたっていい。僕は僕の選択をした。お前も……生きたいように生きろ」


 それだけ言って、マーゲイはオセロットから離れていった。

 後ろから引っ張って横っ面を叩いてやりたいと思いながらも、オセロットは黙ってじっとその背中を見送った。嫌悪感はあるにせよ、マーゲイが自分のことを思ってオーガスタスのもとへ行ったことは、彼女もよくわかっていた。


 一方、オーガスタスの隣に戻ったマーゲイは、名実ともに自分の主人となったこの大柄なエルフを、複雑な思いで見上げた。


「……お前が逃げずに戻ってくれてよかった」

「僕は……逃げません。オーガスタス」


 オーガスタスは彼の心中の迷いを見透かしながら、それを味わうように満足げに微笑んだ。


***


「オセロットちゃん……マーゲイくんと仲直り、できたの?」


 少し離れて二人の会話を聞いていたミミは、戻って来たオセロットに尋ねた。聴力鋭い彼女には会話の内容は聞こえていたのだが、兄妹の間で交わされた複雑な感情は、ミミにはほとんど理解できていなかった。


「んー、微妙……かな」

「そっか……」

「まぁ、今はいいよ。踊ろ、ミミ! そのために来たんでしょ」


 うつむくミミの右手を取って、少し無理しながらも明るく笑うオセロット。それを見てミミもぱっと笑って、歩き出そうとする――が。


「お待ちください、ミミ様。まずはローレライ殿下にご挨拶をしませんと」


 話が落ち着くのを待っていたリカオンが、そう言ってミミの左手を引き止めた。慣れない音楽でも無理に踊ろうと心の準備をしていたオセロットは、出鼻をくじかれて不満げに顔をしかめる。


「無礼講なんでしょ? ほっといてもいんじゃない?」

「建前がどうあれ、主催者に顔は通しておくものです。二人とも、手を離さないようについて来て下さい」


 先導するリカオンに手を引かれ、ミミとオセロットは手を繋いだまま人混みを進んでいった。

 リカオンはこの屋敷にも来たことがあるのか、迷いなくスタスタと人の動きをかき分けていくのだが、三人の最後尾になったオセロットは、ぎゅうぎゅうと寄せては引く周囲の人波に翻弄されて始終ぶつかってばかりだった。


「痛っ……社交界のダンスってもっと、かっちりした奴だと思ってたんだけど。こんな好き勝手にみんなで揺れてるだけのが、ダンスなわけ? 曲もなんか、イメージと違うし……なんか、やらしいっていうか……」

「他の舞踏会はきっとあなたの想像通りですよ。ローレライ様の催し事は少し……特別なんです。先進的と言いますか……以前と同じ構成なら、後でおそらく古典曲の演奏も……」


 二人が話しているうちに、ふと周囲の人の波がまばらになった。


「あれ……?」


 空気が変わったことを感じて、ミミはきょろきょろと左右を見回す。どこか緊張感が混じったような、張り詰めた空気――心なしか、音楽も遠ざかったように思える。


「ミミ様……あちらです」


 リカオンは自然に後ろに下がり、ミミに前を歩かせる。促されるまま進むと、やがて視界に煙が立ちこめ始めた。


「けふ、けふ……」


 ミミが咳き込んだ途端、煙の向こうから「ふふっ」と笑う声が聞こえた。

 続いて、ふーっと深く息を吐く音。すると、視界を満たしていた紫煙がさっと晴れ、三人に向き合うエルフの姿が露わになった。


「夢の一夜にようこそ、子猫ちゃんたち」


 長煙管(キセル)を燻らせ、繻子地のソファに横たわる褐色のエルフ。その体には、仮面以外何も身につけていない。素肌をかろうじて覆うのは、腰にかかった一枚の薄布だけ。

 胸元に垂れる銀の髪を妖艶な仕草でかき上げ、ぎょっとする三人に向けて微笑みかける彼女こそが、第四王子ローレライその人であった。


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