第九話:仮面舞踏会・序曲
「……肌、見せすぎじゃない?」
舞踏会の当日、ドレス姿のミミを見たオセロットが放った第一声はそんな言葉だった。
ミミは両腕を上下にぱたぱたさせつつ、自分のドレスを見下ろす。
「そうかなー。キラキラしててかわいいと思うけどなー。涼しいし!」
鏡の前でくるりと回ると、白いスカートがふわりと広がる。その様子を見て、楽しげにくすくす笑うミミ。スカートの正面には深いスリットが入り、中に履いたキュロットが見えるようになっている。さらに上半身は背中が大きく開いており、そのデザインは気温の高いこの街でさえかなり開放的な印象である。オセロットの指摘もあながち言いがかりではなかった。
「それ、リカオンが選んだんでしょ。子供にこんな服着せるってさ……変態っぽくない?」
「エルフ向けのドレスとしては上品なものを選んだつもりですよ、私は」
非難するような目で見られて、リカオンはややムッとした声で答えた。曽祖父ジークフリートの側でエルフ社交界を見てきた彼女は、エルフたちのファッションを理解し、流行も把握しているという自負があった。このドレスも、ミミが周囲のエルフたちに田舎者などと揶揄されぬよう注意深く選んだものなのだ。
二人のやりとりを聞いていたミミは、ふと首を傾げて言う。
「わたし、子供じゃないよ」
そう言うわりに子供っぽく口を尖らせるミミを見て、ぷっと吹き出すオセロット。
「はい、はい。じゃあいくつだってのよ?」
オセロットのからかい半分の問いかけに、ミミは大真面目に答える。
「17さいだよ」
ミミの答えを聞いた瞬間、オセロットとリカオンは同じように目を見開いて彼女を見た。
「……えっ」
二人が驚いているのに気づいて、付け足すように言うミミ。
「17さいだよ。島で過ごした夏が17回だもん。5回まではお母さんが数えてくれて、あとは自分で数えてたから合ってるよ!」
「それじゃ、あたしより一個上? 嘘……いや、嘘つく子じゃないか。うーん、なんか納得いかない……」
「…………コホン」
混乱するオセロットの横で、一瞬のショックを咳払いで隠すリカオン。
「……で、あれば。やはりドレスはこのままで構わないでしょう。裏地はご不快ではありませんか?」
「うん! すっごい快適! ここちよいよ! ありがとね、リカオン」
感謝とともに天真爛漫な笑顔を向けられて、リカオンもふっと顔がほころぶ。驚きはしたものの、結局のところこの伴侶たるエルフが何歳であるかなど、彼女にとっては些細なことだった。
一方、オセロットはまだ混乱がおさまらない。
「…………ミミさん、って呼んだほうがいい?」
「えっ、やだ。なんか変だよ。オセロットちゃんらしくないよ」
率直なミミの物言いに目が覚めたのか、オセロットは自分の頭をリセットするようにくしゃくしゃと揺すって、ふっと息を吐いた。
「……だよね。うん、気にしないことにする。そもそも、ついさっきまで気にしてなかったんだし」
「落ち着かれたのなら、その乱れた髪を整えるとしましょうか。……また」
いつの間にか、オセロットの背後に立っていたリカオンが冷たい声で言う。二人はミミより先に身支度を済ませていたため、オセロットの髪もついさっき彼女が整えたばかりだったのだ。
「あはは……よろしくお願いします」
「はい、はい。座って、じっとしてください」
二人の様子にくすくす笑いながら、部屋を出ようとするミミ。だがふと言い残したことを思い出して、ドアの隙間からひょいと顔を出す。
「あ、そうだ。言うの忘れてた……二人とも、すっごく綺麗だよ!」
それだけ言って、トタトタと駆けていくミミ。オセロットは鏡に映った自分を見て、照れと困惑の混じった複雑な顔で笑った。
「ふ……なんかああいうの、年上に言われてると思うと感じ違わない?」
「いいえ、別に。些細なことを気にされますね、あなたは」
オセロットの問いに、無表情で答えるリカオン。
「些細かなー……ま、リカオンよりは下なんだろうけど。あんたもよくわかんないよね」
そう言って、オセロットは鏡ごしにちらりとリカオンの目を見る。
「何がです?」
「前にも聞いたかもしんないけどさ。嫌じゃなかったの、言われるままに結婚なんて。相手がミミみたいな人畜無害だったのも、単なる幸運でしょ。もし、オーガスタスみたいな奴だったら……」
「私は過去よりも、これからのことを考える方が有用だと思っていますので。特に今夜は、考えることがたくさんありますし」
リカオンは淡々とオセロットの髪を梳きながらも、興味本位な詮索を封じるように、彼女の言葉にかぶせて言った。オセロットはそれに気付きつつも、さらに踏み込んだ質問を投げかける。
「これからのことならさ。この先、いつか他の誰かを好きになったりするかも、とか考えない?」
「……さあ、どうでしょう」
一瞬の間を置いて、はぐらかすリカオン。それからきゅっとオセロットの髪をきつめに結い上げつつ、話題をすりかえる。
「人の詮索より、ご自分のことを考えてはいかがです。今夜の舞踏会は、オーガスタス卿もいらっしゃいますよ」
「げっ」
「王侯貴族の前でそういったはしたない声を出さないように、今から心の準備をしておいてくださいませ」
リカオンはそう言って、結い上げた頭をポンポンと軽く手のひらで叩く。髪が簡単に崩れないかどうか確認するためだが、オセロットにはその力の込め方に私情が入っているように思えてならなかった。
「相手に弱みや隙を見せない……社交界では最も大事なことです。くだらないとお思いでしょうが、あなた自身のためでもあるのですから」
確かにリカオンの言う通り、エルフ社会におけるミミの権勢はオセロットとその家族の命にも関わることなのだ。オセロットもそれはよくわかっていた。
「覚えとくわ。あたしも、あいつに弱みなんか見せたくないし……」
オセロットは物憂げにしつつ、リカオンなりの気遣いを感じて薄く微笑んだ。
「……髪、ありがとね」
「どういたしまして。さ、参りましょう……長い夜になりそうです」
***
赤らんだ日が沈み、闇と星とに空を譲ろうとする時間。
ミミたち三人は馬車から降りて、第四王子ローレライの屋敷の前に立っていた。
「でっかい!」
開口一番にそう叫び、両手をぱたぱたと広げるミミ。
それは彼女がこの国に来てから目にした建物の中で、最も大きなものだった。実際、海岸にそびえる王の居城を除けば、ローレライの屋敷はこの国で最も目を引く豪華絢爛な建築である。横に広がった壮麗な邸宅の周囲には美しい庭園と野外劇場が併設され、この屋敷を見学するために遥か国外から旅してくる人々がいるほどだ。
「そのパタパタ、恥ずかしいからやめなさい。田舎者っぽいわよ」
「いなかもの……! なんか、かっこいい響き!」
ぱっと目を輝かせて嬉しそうにするミミに、オセロットは苦い顔で首を振る。
「いや、いい意味じゃないから……もういいや、忘れて。ほら、さっさと入るわよ」
屋敷へと続く門の前には、二人の若い男が立っていた。ローレライの召使いか、あるいは彼女の夫たちなのだろう。
彼らはミミたちにちらりと目をやると、同時に深々と礼をした。
『ようこそいらっしゃいました、美しいお客さま方』
男たちの声はまるで彼らが一人の人間であるかのように、一瞬の乱れもなく重なり合っていた。
「な……なんなのよ。気持ち悪……」
双子の兄を持つオセロットすら気味悪く感じるほどにシンクロしたその二人の美青年は、まったく同時ににこりと笑う。
『今宵の舞踏会は無礼講にございます。仮面をまとい、名前を捨ててこそ、心は裸になれるもの。魂の導くままに、曲節の官能に身を委ね、一夜の夢をご堪能くださいませ』
そう言うと二人の案内人は、いつのまに手にしていたのか煌びやかな仮面をミミたちに差し出した。
リカオンはそれをすぐには受け取らず、すっと歩み出て二人に話しかける。
「こちらは第十三王子、ミミ殿下にあられます。私と彼女は殿下の同伴者です。招待状はこちらに……」
『その必要はございません。あなた方が何者か、ローレライ殿下はすでに存じておりますゆえ。何も聞かず、何も問わず。仮面をどうぞ、リカオン様』
「…………」
彼らの答えを聞くと、リカオンは何も言わず仮面を手にとった。オセロットも後に続きながら、うんざりした調子で首をすくめる。
「あたし、すでにこの王子サマのこと苦手になってきたわ」
一方、最後に門をくぐるミミはこの奇妙な歓迎を楽しんでいた。
「お面、ありがと! 一緒に喋るの、すごいね!」
『恐縮にございます。私たちは良く調律されておりますので。さあさ、どうぞ奥へ……』
促されるままに、豪邸に向かって歩き出す三人。
扉のまえで、先を歩いていたリカオンがふと立ち止まってミミを振り返る。
「ここからは……ミミ様が前をお歩きになってください。私たちは後ろについていきます」
「なんで?」と、首をかしげるミミ。
「それは……」
言葉に詰まるリカオン。ミミが先を歩くべき理由はただ一つ、彼女が「エルフ」だからだ。
このエルフ社会において、まともに個人として扱われるのはミミだけ。たとえ結婚相手であろうと、人間はエルフが連れてきた「お供」に過ぎない。だが、それをまともに説明すれば、ミミはきっと怒るだろう。そんな舞踏会には出たくないと言い出すかもしれない。
答えに窮するリカオンに、後ろからオセロットが助け舟を出す。
「それは、あんたがちっちゃいからよ。後ろ歩いてると、あたしたちに隠れちゃうでしょ」
「うー……そっかー……そうだね……」
自分の背の低さにしょぼんとしつつも、二人の前に出て歩き出すミミ。
その後ろで、二人の人間は横目でちらりと視線を交わす。
「……ありがとうございます」
「さー、何の話だか」
三人が扉の前に近づくと、扉は彼女たちを誘うようにひとりでにキィと開いた。
隙間から漏れ出てくる青い光に、ミミは目を輝かせる。
「早く入ろーよ、二人とも!」
「はい、はい」
ワクワクした様子のミミの肩に、後ろから手を乗せるオセロットとリカオン。
しかし、ミミがそっと半開きの扉に手をかけた瞬間。響いてきた大きな声に二人はびくっと立ち止まる。
「エルヴズ! エェェーンド! ヒューマンシット!」
古代語まじりにまくしたてる女の声が、さらに魔術で増幅されて巨大なホール全体に響いていた。
面白そうに駆けていくミミを追いかけるオセロットと、ため息まじりに耳を塞ぐリカオン。三人を出迎えるように、女の声が大きくなる。
「千年万年都市のファックドールズ! 終わりなき夜の始まりだ! 踊れ、足が折れるまで! ミューズィィィック! スタートッ!」
鳴りだした音楽とともに、最後尾のリカオンの後ろで音もなく扉が閉まった。




