明けの空を目指して
遠くから再び高い金属音と爆発音、叫び声が大気を伝ってくる。始まったと理解するには十分で、振り出しより状況が悪い。
正気の者狂気の者……入り乱れ、戦況は混沌を極める。
ソウルが力任せに人を蹴散らす絵面は好ましく無い。ヴィーナスの武器も破壊してしまいまともに戦闘が行えるには俺だけで、正直笑うしか無い状況だ。
俺は剣を強く握り締める。カイトが吹き飛んだ先を見つめ、口を開く。
「ヴィーナス……ソウルの背中に乗っていてくれ、あの集団に突っ込むから危険だ」
ヴィーナスは眉を顰める。低めの声で、答えた。
「それは──足手纏いという意味ですの? 返答次第では侮辱と捉えますわよ?」
鋭い視線が俺を捉える。怒りを含んだ感情で、隷属印を破壊しても、魔王は失われない事を証明しているようだった。
俺は機嫌を損ねないように慎重に答える。
「ここからは他に意識を割いている余裕はない。タウラスとプルートの二人以外を、ヴィーナスにはその他を警戒して欲しいんだ」
「筋は通っていますが、簡単に二つ返事はしたくありませんのよ?」
理解は出来る……しかし納得はしないと言った様子だ。
「武器がない程度で、私が遅れを取る事などありませんわ」
「カイトとプルート以外は任せる……それでいいか?」
かなり譲歩したつもりだ。少しの間があったものの、静かに口を開いた。
「これ以上言っても始まりませんし、それで手を打ちますわ」
口元を吊り上げ髪をかき上げると、ソウルの背中に飛び乗る。それに抗議するように口を開いた。
「お前たちはいつも我を置き去りにして話を進めるな……意見を仰いでも良いのだぞ?」
いつも口を出してこ無いから、特に意見はないと思っていたがそうではないらしい。俺は意外と思いながらも、意見を聞く。
「それは構わないが、いい案でもあるのか?」
「無論だ──貴様が本気を出せば、千程度の軍勢なら消し炭にするのも容易いであろう?」
息を吸うように“殺し”を勧めてくる。龍の表情から心境を読むことは出来ないが、到底容認できない意見に俺はソウルを睨み付ける。
「二度とそんな事を口にするな……それは────」
「最後の手段とでも言うつもりか? 酔いしれるのは勝手だ……選んでいる余裕があるほどの立場なら良いが、そうでもあるまい?」
俺は苦虫を噛み潰したように眉を寄せる。
「俺はカグラに顔向け出来ないことはしない、それに……勇気の神託はそれを許さない」
間髪入れず答えた。俺の考えは決まっている。
歯軋のような音が鳴り、ソウルは不機嫌そうに口を開いた。
「後悔する事になるぞ? 全てを捨てる覚悟も無しに何かを得られると思うな」
「後悔は尽くす。その上で納得するさ……何も失わない覚悟なら、とうの昔に出来ている」
俺はそう言ってソウルに笑いかける。
どうしてそんな事をしたか分からない。でもそうするべきだと思ったからだ。
「貴様はまたしても美徳を並べるのか!」
尻尾を振るい、俺の目の前に叩きつける。それに微動だにしなかった事で、更に火が付く。
「自己犠牲で民を救い満足だろう。なるほど、勇者の鏡だ──眩しくて眼も当てられない程にな」
声を荒げ、その轟音に俺たちは耳を押さえた。その巨体は耳鳴りが鳴るほどに声量を誇る。
ヴィーナスが飛び降り眉をぴくりと動かすと、ソウルを指差し口を開く。
「いい加減にして下さいまし、これ以上は聞くに耐えませんのよ?」
「貴様は関係ないであろう“黄金”の魔王……身の程を弁えよ!」
いがみ合うように意見はぶつかり、抑えが効かなくなる。
ヴィーナスの意見は理解できる。だがソウルに関しては、引っ掛かりのようなものを覚えるのも事実……そもそもよく知らないはずだ。
「こんな事を言ったら怒られるかもだが────すまない、これが俺なんだ」
理解してやれないもどかしさから、苦笑いが込み上げる。同時に寂しくも思う……強気な態度に隠れる何かを知りたいのかもしれない。
「命の価値は平等では無い、なら貴様がすべき事は選別だ。必要な者だけ残せ、それで良いだろう!!」
「俺は救える数に限りがあるから、手の届く範囲だけは守ると決めてる」
「貴様は──我の気持ちは汲んでくれぬのか?」
拳を強く握りしめ、絞り出すように答える。
「出来る限り尊重する」
「そうか……ならこれ以上は言うまい、無理に付き合う必要も無いのだ」
ソウルは肩の力が抜けると、アルテミスを背中から下ろし、翼を羽ばたかせ飛び上がった。
「俺もお前の期待に応えてやれそうに無い」
その会話にヴィーナスが慌てるように飛び出し、俺たちの顔を交互に見ながら口を開く。
「ちょっとどう言う事ですの? そこまでの事には見えませんでしたのよ」
多分ヴィーナスの考えていることとは大きく違うと思う。それだけは言える。
「多分俺に問題があるのだろうが、身に覚えがない以上どうする事も出来ない。だから落ち着いたら戻ってきてくれるとありがたい」
ソウルは答えようとせず、後ろを振り向く。
「なんとか言ったらどうですの?」
ヴィーナスの声も虚しく。飛び上がる……カイトが吹き飛んだ方向に飛び去ると、消えて行った。
「こんな時に仲間割れってどう言うことですのよ!?」
頭を抱えながら、苛立ちを含んだ声で強めに答えた。次の矛先は俺に向けられ、心境は穏やかで無い。
「答えは俺の中にあって俺に無い。見つけたとしても、俺ではダメかも知れない」
「言ってる意味が分かりませんのよ」
「俺自身よく分からないが、戻ってくると思うそれだけは分かるからな」
ますます分からないと言った様子で、ヴィーナスが眉間にしわを寄せる。そうこうしていると、前方より大群の前進が見られた。
「話は後ですのよ、まずはあれを片付けますわ」
ヴィーナスは表情を引き締めると、両手を構え魔力を集中させる。
「賛成だな、生き残ってからで無いと話すら聞くことが出来ない」
相手方は海王軍か……カイトの影は無い、少し飛ばしすぎたか?
「私の魔法で牽制致します。後は任せますわよ?」
「十分だ……後は、そこで眠り続けているアルテミスを頼む」
ヴィーナスは頷き、手の平から蓄えた魔力が解放される。
「始まりの音──プレリュード!」
魔法が放たれると音は大気を揺らすように無色透明の衝撃となり、着弾と同時に衝撃が弾ける。
俺は剣を構え、地面を蹴り上げた。刀身に炎を宿し、前方から迫る赤い鷹を見上げる。




