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立場の違い

 大きなクレーターの中心で崩れ去るように俺は座り込む。足を組み、そっと膝の上に龍を乗せ、クレイドルの中に形見()を戻していく。


「これ以上の厄介ごとはごめんだぞ?」


 ルナが横に来て、10センチくらいの間隔を空けた状態で座り込む。山形になった膝を抱え、口を開いた。


「確かにそうですね……でも、なぜ救おうと思ったのです?」


 俺は空を見上げながら、その時の気持ちを思い出す。


 ーー殺す。選択は簡単だが、すべきでないと思った。根拠なんてないわがままに近い感情で、俺は選んだ。殺さないと言う選択肢……。


「星龍は不滅なのを知っていたのですか?」


「いや、知らなかった……俺にそんな知識はないし、あいつから悲しみに近い感情を読み取ったからかもしれない」


 自分でも分かっている。戦いの度にそんな感情を抱いていては、命取りになる。無論命を奪う事に躊躇はない。


 敵が心の底から悔いて、助けを求めた時、俺はーーどんな選択をするのだろうか?


「ちなみに後悔は有りますか?」


 クスっと笑うように、少しだけ悪戯気味な視線を向けられる。


「有ったと仮定して話します。後味はどうです? 苦味に満ちていますか?」 


 体をこちらに傾け、顔がぶつかるのではないかと言う距離まで近づいて来る。俺は思わず体を逸らす。俺の行動に少し不可解な表情をすると、龍へと手を伸ばしていき、掬い上げる。


「もしかして……何か期待しましたか?」


 龍を抱きかかえると、意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「冗談はやめてくれ、話を逸らしては全然進まない」


 我ながら卑怯な返し方だ。それに対し、ルナの口角が吊り下がった。少し不機嫌になったようだ。


「む……ユウセイこれを見なさい」


「その龍がどうしたんだよ」


 先ほどと変わらない落ち着いた寝顔……一体何があると言うのか?


「貴方が救った命です」


 円環する星龍は不滅と説明したばかりだ。それをあえて“救った命”と言うからには、意味がある問いなのだろう。


「解放したのはルナだ……俺は、ソウルを倒しただけ」


「でも救うと決め、それに全力を尽くしたのはユウセイです」


 もう一度龍を……いや、ソウルに視線を向ける。穏やかな眠りで、先程の荒々しさなどどこにも感じなかった。


「救うとは命だけでは有りません。心の死、それは命と同等に重いものではないでしょうか?」 


「そうかも知れ……いや、そうだと思う。あの歯車が何かはわからないが、ソウルを狂わせていたと言うなら、心に大きな負荷をかけただろう」


 俺の手を離れ、ルナの元に渡ったことで、全てがよく見える。


 灯台下暗しとは良く言ったものだ。自身から離れたことで視界に映るものもある。大切なもの程……こぼれ落ちる瞬間が、鮮明で、美しく、眩しい。


「強き自分を誇りなさい、もっと強くなりなさい、権利はいつも強者の手にあります」


「中々無茶を言うな……まあ、腫れ物を扱いよりはずっと良い」


 俺たちは少しして話を終えると、ソウルが動き出した。


「むう……うるさいぞ、お前たち……目が覚めてしまったではないかーー」


 性格は変わらないのか、歯車を外す前と同じ口調で口を開く。最初にルナを視界にに捉え、言葉に詰まると素早く飛び上がり自然に降り立つ。


「あ、アネさん……先程は申し訳ありませんでした」


 流れるような土下座で、ルナの動向を伺う。土下座って魔物の世界でも共通認識なのか? 理解が追いつかず、ルナに視線を向けるも首を横に振り全力で否定させる。


「なあ、ソウルはルナと知り合いなのか?」


 素早く首を90度こちらに傾け、飛びかかるように胸ぐらを掴まれる。


「貴様! “最年長者”に向かってなんて口の聞き方だ!」


 ズブリと何かが突き刺さった幻聴が聞こえる。無論そんな音はなっていないが、ルナの肩が跳ねた以上、流せる問題ではない。


 今も俺に対しあれこれ言っているのだろうが、耳に入らないほどにルナの動きがおかしい。ゆらゆらと体を左右に揺らしながら、こちらに迫ってくる。


「ーーぶち殺しますよ、クソ蜥蜴(とかげ)


 背後からルナが首元を乱暴に掴み取る。ミシッと嫌な音が鳴り、ソウルは口を酸欠の金魚のようにパクパクと繰り返し、今にも息が止まりそうだ。無論肉体的ではなく精神的威圧による過呼吸にある。


「貴方は礼儀の前に女性に対する“エチケット”を学ぶところから始めましょうね?」


「おーい、ルナさん? そろそろ許してあげたらどうかな、悪気はなかったんだろうし」


 次は目を細め、俺の顔をじっくりと眺め始めた。


 意図が全く見えない以上、下手なことは言えないのだがーー。


「俺はいいと思うぞ、肌も顔も髪も綺麗なままだし、それに大事なのは心だろ?」


 言い聞かせるように首を傾けると、眉間にシワを寄せ、そうしたかと思いと顔から表情が消え、後ろに振り返る。


「……綺麗だとかなんだとか、そう言うのはよく分かりません」

 

 やがてため息を吐き、立ち上がると服についた砂を払い、こちらに振り返る。


「もう行きましょう……鷹侯も様子を見に来る頃です」


 視線を避難した方角に向けると、赤い鷹が猛スピードでこちらに飛んでくる。


「お前ら無事か、星龍のやつはどこに行きやがった」


「もう倒したから心配いらない」


着地すると同時にその勢いのまま俺に迫ってくる。獣化を解いていき一瞬驚くが、直前で急停止し、肩を組んできた。


「いやーお前強いな、あのレベルを倒すようじゃ俺は全く敵わん」


「それはどうも……そう言えば、町の住人はどうなったんだ」


 魔獣が暴れまわっている時点でいなかった為、避難しているのが妥当だろうが、巻き込まれているとしたら、気分が悪い。


「それならみなさんご無事ですよ、さっきここにくる前見かけました」


 無事を確認し安堵すると、思い出したように口を開く。


「星龍って事は、生まれ変わったのか?」


「騒々しいぞ小童め!」


 ルナの手の中でバタバタともがき、存在を主張する。不思議そうに俺に視線を向けてくる。


「あれがそうなのか……冗談だろ?」


「信じたくないが、あれがそうだ。暴走させていた原因は取り除いたから、もう人は襲わない」


 少しだけ疑う視線を向けるも、興味を失ったように俺の方を強く引き寄せる。


「完全に信用したわけじゃない、だがお前は俺たちを貶めるような奴とは思えん」


 そういうと俺を突き飛ばし、一定の距離を保つ。笑いながら手を組んだ。


「今回だけ見逃す……俺は何も見ちゃいねえ、カイトの報告も適当に誤魔化しとく」


 あまりの破格の提案に、俺は間抜けなツラをしているかも知れない。ヴィーナスに対する行動を考えれば、強制連行すら妥当だと思ったからだ。


「そんなに不思議か? お前が本気を出せば、俺ぐらい簡単に殺せるし、強行突破はもっと簡単だ」


「お前を信用させるためだとは思わないのか?」


 そこまで言うと、ルナも含めた周りから、呆れるような視線が降り注ぐ。


「捻くれてやがる」


「捻くれてますね」


「捻くれ者め」


 全員の言葉に居た堪れない気持ちになりつつも、持ち直して鷹侯……ファルホークに手を差し出す。


「また会えるだろうか?」


「次にあったら全力で捕まえるけどな」


 小刻みに笑い、手を握り合う。


「これは独り言だが、明日メスズの町でコウモリ魔族の処刑が決行されようとしている。人族の諸侯が先導しているが、ヴィーナスが現れるかもしれん」


 そう言うと手を離し、ファルホークは風のように飛び去っていった。


 手にはまだ暖かさが残っている。気のいい男だった。俺の中で芽生えた新たな疑問と共に、俺たちは歩みを続ける。

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